戸惑う心に忍びよる影⑥
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秋月と遊んだ二日後。私は、とある話を学校で耳にする。
「知ってる? 一昨日、駅近で派手な喧嘩があったらしいよ?」
――ギクッ
次の授業の準備をしていた私は、クラスメートが発した言葉にひやりとした。それは、とても心当たりのある内容だったからです。
も……もしかして……。一昨日、秋月がしたこと……広まっちゃったかな?
喧嘩という言葉に、冷や汗がとめどなく流れる。だけど、次の内容を聞いて、全く別の件だと分かった。
「駐車場で男子高生が何人かやられてたんだって! みんな重傷だってさ、こわ~」
あ……違う……。秋月は一人だけだったから、話の内容は彼にまつわるものじゃあないです。って、内容が内容なだけに、むやみやたら喜ぶべきものでもないけど。大丈夫だったのかな? あの人、完全にのびてたましたから。
ホッと安堵したものの、一昨日、秋月に殴られた人のことを私は心配した。他の人に任せてきちゃったけれど、最後まで見てあげられなかったから、ちょっと気がかりなんです。
「物騒だね~。駅の駐車場って、近いじゃない」
私と一緒に、クラスメートの会話を聞いていた沙希がボソッと言う。そのあと、「まぁ私たちには関係ないけど」と話題を変えてきた。一昨日の喧嘩の話より、気になっていることがある様子。
「と・こ・ろ・で。あんたたち~、一昨日デートしたんでしょ? いつの間にそこまで発展してたわけ~?」
「えぇっ!?」
ニヤリと笑いながら聞いてきた沙希。それに私は動揺する。慌てて「違うの!」と否定した。
「デ、デートってものじゃないよ沙希! ただ部活帰りにちょっと……遊んだだけで……」
でも、口をもごもごと動かしている私に、沙希は全く信じてくれない。
「アイツを見て、それでも言うか!」
グキッと私は彼女に顔を鷲掴みにされ、そのまま首を動かされる。
いたたた! 見ないようにしてたのに~~。
沙希によって、無理矢理ずらされた私の視線。その先には、すっかり私のクラスに馴染んでしまった秋月が、智花と柚子を相手に楽しく談笑している光景が映り込んできた。会話の内容は……、恥ずかしくて聞きたくありません。
「そうなんだぁ~良かったね! 秋月くん、流香とデート出来て楽しかった~?」
「へっへ~、スッゲー楽しかった! 幸せ~~俺~~」
デレッとしている秋月に、柚子は「きゃっ」と喜んでいる。そこへズイッと智花も入った。
「のろけときたか。ごちそーさま。んで、ちゃんとリードしたの秋月楓? 男が引っ張ってくれないと、女はどうしていいか分からないんだからね」
何を聞いてるの智花。それに対し、秋月は満面な笑顔をたたえながら、得意気に話す。
「ったりめーだ! そこは抜かりねーよ。ちゃんと手ぇー繋いで、案内したもん俺」
何を言うの秋月――――っ! 勿論、今私の顔は真っになっています。バレた……バレた……。その言葉が頭の中で、ぐるぐる回っています。だって、絶体言いたくなかったから。言ったら大変です。
「きゃあああ~~! 手だって智花! いやぁ~ん、秋月くん満点! 満点だよ~~っ!」
「いやーその場面見たかったわー。因みにどう繋いだの? 普通に? それともカップル繋ぎ?」
「えー、それ言わせんの? じゃあ実演で」
「しなくていい――――っっ!」
堪らず私は叫んだ。何なんですかその会話! 盛り上がり過ぎだよ~。だから言わないでおこうと思ってたのに~~。秋月のバカ! すっかりみんなの中で、私と秋月が一昨日、デートしたことになっちゃってるじゃない!
私は恥ずかしくて、近寄って来た秋月にバタバタと両手を振り、追い返そうとする。でも、呆気なく両手を掴まれ、「はいっ」と秋月に手を握られてしまった。
それを見た沙希は、フッと笑う。
「なぁ~んだ、普通じゃない。私てっきり、もっとねっとり手を繋いだかと思ったわ。甘いね秋月!」
な、何を言ってんの沙希!
「うっせー小林先輩。いいんだよ! これからじっくり、ねっとりするかんな! つーわけで流香先輩、そーゆーことだから」
それに秋月も! てゆうか、ねっとりって何!? 私はもう恥ずかしくてしょうがない。
「フフン、まだまだね」と言いたげな沙希に「これからだ!」と食い付く秋月。
それを聞いて、大爆笑している智花と柚子。そして、真っ赤になっている私。いつもの光景。普段通りの私たち。私としては、いっぱいいっぱいな状況だけれど、平和な日常が私たちに流れているのを意味している。
まだ、色々と解決出来ていないことが、私の中にあるけれどね。
哲平くんのことを始めに、秋月への気持ちとあっくんへの思い。まだまだ考えていかなければならないものがある。でも、今の日常が好きになってきた私。みんなとこうして過ごすのが、凄く楽しいから。
だからというか何というか。それが束の間の平和であるとは、夢にも思わなかった。
私は勿論のこと。沙希や智花、柚子。そして、秋月でさえも。また新しい事件が、私の身に起きたことが発端。
「流香、危ないっ!」
「え?」
飲み物を買いに廊下を歩いていた時、沙希の悲鳴が私の耳に飛び込んできた。瞬間。何かが私をめがけ、物凄い速さで飛んでくる。
え。な、何!?
目の前まで迫ってきて、避けられないと思った。だけど、咄嗟に柚子が腕を引っ張ってくれたおかげで、間一髪、当たらずに済む。
「だ、大丈夫~? 流香~」
「ちょっと誰!? 室内で野球ボールなんて投げたヤツはっ!?」
へたり込む私に、柚子が声をかけてくれた。そして、投げられたと思われる野球ボールを握り、智花が怒鳴り声をあげる。
「あんた!? それともあんたなの!? 出て来いゴラァ! 危ないでしょーがっ!」
騒然となっている廊下で沙希が、その場に居合わせている人物を手当たり次第に捕まえ詰問する。でも、誰もが首をブンブンと横に振り、結局投げた人物を見付けられなかった。
「ふ、ふざけて遊んでたのかな? あー、びっくりしたぁ」
のっしのっしと憤慨しながら戻って来た沙希に私はそう言い、
「きっと、どっかの誰かが間違って投げたんだよ」
と、彼女をなだめる。この時は本当に、そう思っていた。だけど、それは序章に過ぎなかった。
「流香先輩! 怪我してないよな? 大丈夫!?」
教室にいなかった私たちを捜しに来たらしい秋月。事情を聞き、心配そうに私の顔を彼が覗き込んだ時も、再び野球ボールが私めがけて飛んできた。
「先輩、危ねぇっ!」
――パシィ
今度は秋月が一瞬でボールを掴み取り、私の目の前に届く事すら出来なかったけど。この時も、誰がボールを投げたのか分からなかった。見えない相手に、私は背中が一気に冷えていくのを感じる。
「……何だよ、どーなってんだ?」
掴み取った野球ボールを見つめながら、秋月は眉間にしわを寄せた。
「また、嫌がらせ……?」
沙希も渋面な顔をする。一度ならず、二度までも。私に向かって投げられた、野球ボール。偶然にしてはあり得ないと、誰もがそう思っていた。
「え~? だってだって、もうそれは無くなったはずでしょ~?」
柚子の言う通り。確かにそれも誰もが思っていること。私に嫌がらせをしてきた人たちはみな、まだ停学中。そんな中で、こんなことをする人なんていないと思ってたのに。
落ち着かない内に、また繰り返される私を狙った行為……。
「ちょっと……おかしいかもね」
ボソッと智花が呟いた。
「う、うん……」
それへ答えるかのように、私は頷く。
また、何かが起きるの……?
頭と心に不安がよぎった。暴行を受けた時とは違う不安が、私を襲ってくる。何だか得体が知れなくて怖い……。
だって、二度も投げられた野球ボール。その二回共、確実に私の顔を的確に狙っていたから。しかも、物凄い速さで。私に嫌がらせをしようとしてくるのなら、到底女の子には無理な芸当。
それは秋月も感じたようです。掴んだ拍子に、少し赤くなって腫れてきた自分の手の平を見つめている。下手したら、指の骨折でもするんじゃないかと思う程の速球。グローブも無しに野球ボールを止めて、それで済んだ秋月はある意味凄いけど。
「流香先輩、ぜってー俺から離れんなよ」
秋月の瞳に、険が宿った。そして、真っ直ぐ私を見つめてくる。あまりにも秋月が真剣な顔をしてくるので、思わず私はコクコクと頷いた。「相手が今までと違う」と、言いたげな。そんな表情をした彼を見たら当然の反応です。
「誰がやったか知んねーけど、先輩は俺が守る。……クソ『野郎』が……」
雲行きが怪しい展開となっておりますが、あくまでも本作品はラブコメです←何回目




