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戸惑う心に忍びよる影⑥


□□□□□□□





秋月と遊んだ二日後。私は、とある話を学校で耳にする。


「知ってる? 一昨日、駅近で派手な喧嘩があったらしいよ?」


――ギクッ


次の授業の準備をしていた私は、クラスメートが発した言葉にひやりとした。それは、とても心当たりのある内容だったからです。

も……もしかして……。一昨日、秋月がしたこと……広まっちゃったかな? 

喧嘩という言葉に、冷や汗がとめどなく流れる。だけど、次の内容を聞いて、全く別の件だと分かった。


「駐車場で男子高生が何人かやられてたんだって! みんな重傷だってさ、こわ~」


あ……違う……。秋月は一人だけだったから、話の内容は彼にまつわるものじゃあないです。って、内容が内容なだけに、むやみやたら喜ぶべきものでもないけど。大丈夫だったのかな? あの人、完全にのびてたましたから。

ホッと安堵したものの、一昨日、秋月に殴られた人のことを私は心配した。他の人に任せてきちゃったけれど、最後まで見てあげられなかったから、ちょっと気がかりなんです。


「物騒だね~。駅の駐車場って、近いじゃない」


私と一緒に、クラスメートの会話を聞いていた沙希がボソッと言う。そのあと、「まぁ私たちには関係ないけど」と話題を変えてきた。一昨日の喧嘩の話より、気になっていることがある様子。


「と・こ・ろ・で。あんたたち~、一昨日デートしたんでしょ? いつの間にそこまで発展してたわけ~?」

「えぇっ!?」


ニヤリと笑いながら聞いてきた沙希。それに私は動揺する。慌てて「違うの!」と否定した。


「デ、デートってものじゃないよ沙希! ただ部活帰りにちょっと……遊んだだけで……」


でも、口をもごもごと動かしている私に、沙希は全く信じてくれない。


「アイツを見て、それでも言うか!」


グキッと私は彼女に顔を鷲掴みにされ、そのまま首を動かされる。

いたたた! 見ないようにしてたのに~~。

沙希によって、無理矢理ずらされた私の視線。その先には、すっかり私のクラスに馴染んでしまった秋月が、智花と柚子を相手に楽しく談笑している光景が映り込んできた。会話の内容は……、恥ずかしくて聞きたくありません。


「そうなんだぁ~良かったね! 秋月くん、流香とデート出来て楽しかった~?」

「へっへ~、スッゲー楽しかった! 幸せ~~俺~~」


デレッとしている秋月に、柚子は「きゃっ」と喜んでいる。そこへズイッと智花も入った。


「のろけときたか。ごちそーさま。んで、ちゃんとリードしたの秋月楓? 男が引っ張ってくれないと、女はどうしていいか分からないんだからね」


何を聞いてるの智花。それに対し、秋月は満面な笑顔をたたえながら、得意気に話す。


「ったりめーだ! そこは抜かりねーよ。ちゃんと手ぇー繋いで、案内したもん俺」


何を言うの秋月――――っ! 勿論、今私の顔は真っになっています。バレた……バレた……。その言葉が頭の中で、ぐるぐる回っています。だって、絶体言いたくなかったから。言ったら大変です。


「きゃあああ~~! 手だって智花! いやぁ~ん、秋月くん満点! 満点だよ~~っ!」

「いやーその場面見たかったわー。因みにどう繋いだの? 普通に? それともカップル繋ぎ?」

「えー、それ言わせんの? じゃあ実演で」

「しなくていい――――っっ!」


堪らず私は叫んだ。何なんですかその会話! 盛り上がり過ぎだよ~。だから言わないでおこうと思ってたのに~~。秋月のバカ! すっかりみんなの中で、私と秋月が一昨日、デートしたことになっちゃってるじゃない! 

私は恥ずかしくて、近寄って来た秋月にバタバタと両手を振り、追い返そうとする。でも、呆気なく両手を掴まれ、「はいっ」と秋月に手を握られてしまった。

それを見た沙希は、フッと笑う。


「なぁ~んだ、普通じゃない。私てっきり、もっとねっとり手を繋いだかと思ったわ。甘いね秋月!」


な、何を言ってんの沙希!


「うっせー小林先輩。いいんだよ! これからじっくり、ねっとりするかんな! つーわけで流香先輩、そーゆーことだから」


それに秋月も! てゆうか、ねっとりって何!? 私はもう恥ずかしくてしょうがない。

「フフン、まだまだね」と言いたげな沙希に「これからだ!」と食い付く秋月。

それを聞いて、大爆笑している智花と柚子。そして、真っ赤になっている私。いつもの光景。普段通りの私たち。私としては、いっぱいいっぱいな状況だけれど、平和な日常が私たちに流れているのを意味している。

まだ、色々と解決出来ていないことが、私の中にあるけれどね。

哲平くんのことを始めに、秋月への気持ちとあっくんへの思い。まだまだ考えていかなければならないものがある。でも、今の日常が好きになってきた私。みんなとこうして過ごすのが、凄く楽しいから。


だからというか何というか。それが束の間の平和であるとは、夢にも思わなかった。

私は勿論のこと。沙希や智花、柚子。そして、秋月でさえも。また新しい事件が、私の身に起きたことが発端。





「流香、危ないっ!」

「え?」


飲み物を買いに廊下を歩いていた時、沙希の悲鳴が私の耳に飛び込んできた。瞬間。何かが私をめがけ、物凄い速さで飛んでくる。

え。な、何!? 

目の前まで迫ってきて、避けられないと思った。だけど、咄嗟に柚子が腕を引っ張ってくれたおかげで、間一髪、当たらずに済む。


「だ、大丈夫~? 流香~」

「ちょっと誰!? 室内で野球ボールなんて投げたヤツはっ!?」


へたり込む私に、柚子が声をかけてくれた。そして、投げられたと思われる野球ボールを握り、智花が怒鳴り声をあげる。


「あんた!? それともあんたなの!? 出て来いゴラァ! 危ないでしょーがっ!」


騒然となっている廊下で沙希が、その場に居合わせている人物を手当たり次第に捕まえ詰問する。でも、誰もが首をブンブンと横に振り、結局投げた人物を見付けられなかった。


「ふ、ふざけて遊んでたのかな? あー、びっくりしたぁ」


のっしのっしと憤慨しながら戻って来た沙希に私はそう言い、


「きっと、どっかの誰かが間違って投げたんだよ」


と、彼女をなだめる。この時は本当に、そう思っていた。だけど、それは序章に過ぎなかった。


「流香先輩! 怪我してないよな? 大丈夫!?」


教室にいなかった私たちを捜しに来たらしい秋月。事情を聞き、心配そうに私の顔を彼が覗き込んだ時も、再び野球ボールが私めがけて飛んできた。


「先輩、危ねぇっ!」


――パシィ


今度は秋月が一瞬でボールを掴み取り、私の目の前に届く事すら出来なかったけど。この時も、誰がボールを投げたのか分からなかった。見えない相手に、私は背中が一気に冷えていくのを感じる。


「……何だよ、どーなってんだ?」


掴み取った野球ボールを見つめながら、秋月は眉間にしわを寄せた。


「また、嫌がらせ……?」


沙希も渋面な顔をする。一度ならず、二度までも。私に向かって投げられた、野球ボール。偶然にしてはあり得ないと、誰もがそう思っていた。


「え~? だってだって、もうそれは無くなったはずでしょ~?」


柚子の言う通り。確かにそれも誰もが思っていること。私に嫌がらせをしてきた人たちはみな、まだ停学中。そんな中で、こんなことをする人なんていないと思ってたのに。

落ち着かない内に、また繰り返される私を狙った行為……。


「ちょっと……おかしいかもね」


ボソッと智花が呟いた。


「う、うん……」


それへ答えるかのように、私は頷く。

また、何かが起きるの……? 

頭と心に不安がよぎった。暴行を受けた時とは違う不安が、私を襲ってくる。何だか得体が知れなくて怖い……。

だって、二度も投げられた野球ボール。その二回共、確実に私の顔を的確に狙っていたから。しかも、物凄い速さで。私に嫌がらせをしようとしてくるのなら、到底女の子には無理な芸当。

それは秋月も感じたようです。掴んだ拍子に、少し赤くなって腫れてきた自分の手の平を見つめている。下手したら、指の骨折でもするんじゃないかと思う程の速球。グローブも無しに野球ボールを止めて、それで済んだ秋月はある意味凄いけど。


「流香先輩、ぜってー俺から離れんなよ」


秋月の瞳に、険が宿った。そして、真っ直ぐ私を見つめてくる。あまりにも秋月が真剣な顔をしてくるので、思わず私はコクコクと頷いた。「相手が今までと違う」と、言いたげな。そんな表情をした彼を見たら当然の反応です。


「誰がやったか知んねーけど、先輩は俺が守る。……クソ『野郎』が……」


雲行きが怪しい展開となっておりますが、あくまでも本作品はラブコメです←何回目

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