戸惑う心に忍びよる影⑤
週末に更新、と言っておきながら遅くなりました。
冷や汗を垂らす私に、秋月は少し気が晴れたのか、きょとんとした顔で私を見る。
「え? だってあの野郎、先輩に失礼なこと言ったじゃん。とーぜんだろ」
シレッと答えた秋月に、私は脱力する。いや、確かに失礼なことは言われたけど。でも、何も殴る程じゃあ……。どちらかと言えば、逆にお釣りが沢山貰えるぐらいだよ。
「ど、どうするの秋月!? あの人、完全にのびちゃってるよ! お店の人に言って、病院へ……」
あわあわと、これからどうするか必死に頭を巡らす私。そして、サーッと嫌なことを思い当たった。お店の人に伝えるのはいいです。むしろ、それが人道というもの。だけどそのあとが問題。
こ、これってもしかして……。警察沙汰になるかも!?
いえ、間違いなく警察沙汰になります。
た、大変! ど……どど、ど、どうしよ~~っ!
でもそんな私とは裏腹に。最悪の事態を想定している私の思考を読んだのか、秋月はそっと私を抱き寄せてきた。そして、ニコッと笑ってみせる。
「大丈夫だって先輩。手加減してやったし、そのうち気付くんじゃね? おい、テメーら」
おもむろに秋月は、私たちのやり取りに何故かビックリしている彼らに向かって言い放った。
「アイツ、とっとと連れてけ。じゃ、行こ先輩! 後はこいつらに任せよーぜ」
って、えぇ!? そ、そんな! 人任せですか秋月! ムチャクチャにも程があるでしょ!? っていうか、それはないでしょ!
でも抗議する私に秋月は、
「だってあいつから仕掛けてきやがったんだぜ? とーぜん、こいつらに後始末させねーとな! お仲間なんだし?」
と、さらっと言われてしまった。いや、で、でも……。秋月の言ってることはもっともに聞こえるんですが、結局は人任せ。と言うより放置。いえ。敢えて悪い言葉を使うなら、やり逃げです。
私は秋月の言葉を素直に聞く事が出来ず、「えっ、えっ」とまだ慌てふためいている。そんな私に、一人の男の子が声をかけてきた。
「だ、大丈夫ですから! 行って下さい。な! な! お前ら」
「うんうん! あ、秋月、俺らに任せといてもらって……いいから!」
なんか微妙にどもっている気がする。そして一斉に私たちへ「大丈夫!」と言っている彼ら。なんか変な雰囲気です。妙に焦ってる感じがする。私の気のせい?
まさか私が気付かないよう「テメーらも言え」、と、秋月がギロッと睨みをきかせているとは思わずに、仕方なく私はお言葉に甘えさせてもらうことにした。本当にいいのかな? と、頭に疑問符を浮かばせながら。
「腹減ったー。せんぱ~い、飯食いに行かね?」
緊張感も無しに言う秋月。さっきまで、バイオレンス的なことがあったばかりだというのに……っ全く!
でも、散々アミューズメントパークで遊んでいたから時間はすっかり夕方。確かにそろそろ、夕食どきとなります。うん、そうだね。私もちょっと、お腹減っちゃったかも。
ひとまず、パークを出る秋月と私。何か今日はとても色々なことがあって、どっと一気に疲れが出てきました。ご飯食べて、そして帰ろう。本当に、デンジャラスな一日だったなぁ。
ふぅ、と息を吐きながら、私は秋月に何を食べたいか聞く。それを秋月がニコニコと満面な笑顔で「洋食!」と答えたから、私たちはそのままご飯を食べに行くことにした。途中で「あっ」と秋月が突然声をあげ、私は何か忘れ物でもしたのかと思ったけど、そのあとに言った秋月の言葉を無視し、スタスタと彼を置いて行かさせていただきました。
「飯食った後はもち、先輩をお持ち帰り……って! 待てよ先輩! 冗談だっつーの!」
………………。本当に。本当に今日は、家に帰るまで気が抜けない。
犬のように私のあとを追いかけてくる秋月。一日中、秋月に振り回された感が否めません。つ、疲れた……。
秋月の、奇妙な交友関係も成り行きで知っちゃったし。本当にあの人たちとは友だちじゃないみたい。まぁ、知り合いではあるみたいだけど。今度、機会を見計らって聞いてみようかな?
「ふ~~」と私は再度、今度は深い溜め息をつく。怒涛の一日へ、まるで区切りをつけるかのように。でも。と、私は秋月に見えないように少し笑みを溢した。色々あったけど……楽しかったな、今日は。それが、私の正直な気持ち。
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「はぁ~、こ、これで手加減かよ……。マジこえー、秋月……」
流香と楓が去ったあと、とりあえず散らばった椅子を元に戻し、逃げるようにアミューズメントパークから出てきた不良少年たち。まだのびている男子の様子を伺いながら、近くの駐車場でたむろする。とにかくどこかで腰を落ち着けたかったからだ。
「ヤバかったよなー。コイツのせいで俺、秋月に殺されるかと思った!」
ていっ、と一人がのびた男子に軽く蹴りを入れる。一向に気付きそうもない。完全に気を失っているようだった。その反応を見て、更に彼らは背筋を凍らせる。
「ヤバイ……ヤバイよ。俺らもしかして、また秋月にシメられねーかな?」
「う、わかんねー。最近秋月、すっかり別人って噂聞くし……。でも……こぇ~~」
一同、顔面を蒼白にし、身震いをする。これまでの楓を知っている彼らは揃って、楓に声をかけるんじゃなかったと思う。でも一人が思わず楓を見かけ、名前を言ってしまった。それを流香が気付いたので、もうあとには退けない。そのまま素通りしたら、とんでもなく恐ろしい目に遭うと思っていた。
しかし、それは彼らの単なる思い過ごしなのだが。
「『秋月』って今、言ったー?」
突如、彼らの背後で声がする。バッと振り返ると、自分たちと同じ年齢の人物がニーッと笑いながら立っているのを認めた。途端に彼らは、「ヒッ!」と悲鳴にも似た怯え声をあげる。そこには、極限まで脱色した金髪をツンツンに立たせ、飴を舐めているのか、コロコロと口を動かしている、一人の男子がいたからだ。
「か……か、か、神澤っ!」
不良少年たちのうち、一人がその人物の名前を叫ぶ。そして、呼ばれた人物――神澤は、ガリッと口に入れていた飴を噛み砕き、嬉しそうに尋ねた。
「ねー、今『秋月』って聞こえた気がしたんだけどぉー? それって、あの秋月くんのことー?」
神澤の問いに、一人が急いで返答する。
「あ、ああ! そうそう! あ、秋月っ!」
それを聞いた神澤は、顔を輝かせる。
「どっかで会ったのー?」
無邪気な顔でガリガリと。神澤は、残っている飴を全て噛み砕き、更に聞いた。そして、今まであった内容を彼らから聞き、満面な笑みを溢す。
「秋月くん、どっかに行っちゃったかと思ったー。良かったぁー、また遊んでもらおっとー」
全部を話し終えた男子たちは、これで神澤から解放されると思った。何しろこの神澤は、楓と張るかそれ以上にヤバイ奴だと認識されているからだ。中学時代、楓と肩を並べる程『西楠中学校』の問題児であった神澤。数々の悪行を、不良少年たちは知っている。
「じゃあ、俺たち……か、帰るから……」
そそくさと、この場から立ち去ろうとする不良少年たち。一日で楓のみならず、神澤にまで会ってしまうなんて、何とも厄日だと思いながら。
そんな彼らに、神澤はニーッとまた笑う。
「帰っちゃうのー? ……僕、まだ君らで遊んでないよー?」
全身の血が無くなったかと思う程、彼らは寒気を覚えた。そして。
「あはっ! 今度、秋月くんのところへ遊びに行こーっと」
駐車場に、数人の男子が血塗れになりながら倒れ込んでいる。その中心で、神澤は一人ぽつんと立ちながら、手についた返り血を舐める。最高にワクワクしている神澤。おもむろにポケットから携帯を取り出し、高まっている感情に促されるまま、ある人物に連絡を取った。
――RRR
「あー、哲平くん? あのさぁー……」
ウキウキと駐車場をあとにする神澤。興奮状態の自分を満足させてくれるのは、後にも先にも楓だけ。
そう思っている彼は楓に会うべく、しばしの間哲平と何やら話しをし、立ち去っていった。




