戸惑う心に忍びよる影④
「……あ、秋月!?」
突然、ダーツを楽しんでいる私たちの所へ見知らぬ声が舞い込む。
ん? えっと……どちら様?
「手取り足取り教えてやる」と言う秋月を避けていた私は、ふと、声をした方向へ顔を向けた。そこに私たちと同じ高校生とおぼしき男子数名が驚いたようにこちらを見ている。
どの人たちも金髪に茶髪、メッシュ、カラコン、耳には沢山のピアス、ジャラジャラと着けているアクセなどなど。服装からしてもちょっと、感じの悪そうな集団。真夜中のコンビニ前でたむろしている、そんな雰囲気を持っている人たちです。
何か、怖い……。
「……っち」
そんな彼らに小さく秋月が舌打ちする。まるで会いたくもない人に会ったような感じで、顔を彼らから背けた。
「ひ、久しぶりじゃん秋月」
一人の男の子が秋月に話しかけるけど、完全に無視。
え、そんな秋月。無視なんて、相手を怒らせたらどうするの!?
あわわと慌てる私はそこで奇妙な違和感を覚えた。秋月の態度に如何なものかと思ったけど、それよりも、気になるのは微妙におどおどしている彼ら。笑いながら声をかけてくるけど、でも、どこかひきつった表情をしている。言い表すならばそう、秋月に畏怖の念を彷彿させているみたいな、そんな感じ。逆に、この人たちの方が秋月を……怖がって……る?
「秋月、お、お友だち?」
恐る恐る私は秋月に聞いてみた。それを秋月は、失礼にも「ちげーよ」とシレッと答える。こんな秋月に彼らも流石に頭にくるかと思ったけど、「ははっ」と苦笑いするだけで何も言い返してこない。
変な間柄だなと思った。向こうは精一杯、秋月に親しげに接しようと頑張っているけど、相手である当の秋月は全くの眼中無し。逆に、目障りだと言いたげに不機嫌な顔をしています。
「え、コイツがあの『秋月楓』!?」
彼らの一人が、目を見張るように秋月を見ている。どうやら彼は他の人たちと違い、今日初めて秋月に会ったようです。だけど、以前から秋月のことを知っているような素振り。別の一人が「あ、バカ!」と止めに入るを聞かず、ズイッと秋月の前に出てきた。
「なんだ、普通じゃねー? つーかなんだコイツ! スッゲーイケメン君じゃんか!? よぉ~、オメーがあの『西楠中の秋月』なんだろ? なぁー仲良くしようぜ」
「ばっ! お前、何言ってんだよ!?」
へらへらと笑いながら秋月に声をかけた男の子は、別の男の子に慌てて止められている。でも、「余裕じゃん」と更に馴れ馴れしく秋月に話しかけていた。無視してるけど。
随分と秋月は有名人なんだ……。私はそんな彼らのやり取りを、ぽかんと見ながら思っていた。でも何で秋月が、そんな会ったこともないような人にまで知られているのか、その理由は分かりません。本当に不思議です。こう言ったら申し訳ないけれど、こんな柄の悪い人たちに名前が知れ渡っている秋月って一体……。
「……先輩、行こ」
「え!? あ、う、うん」
いい加減うざくなってきたらしい秋月は、グイッと私の手を引っ張るとスタスタとダーツフロアから去ろうとする。私も促されるまま、秋月に着いて行った。ちょっと私も、この場に居づらく感じてたから良かったです。
だけど立ち去ろうとした私たちを遮るように「待てよ!」と先程、秋月に馴れ馴れしくしていた男の子が、何故かガシッと私の肩を掴んできた。
え!? ど、どうして私?
「何このチビ。オメーの女? 趣味悪くねぇ~? こんなショボいの放っておいて、俺らと遊ぼーぜ~」
「お、おい、お前! 本当にやめろよっ!」
顔を青ざめさせながら一人の男の子が止めに入るけれども、私の肩を掴んできた当人は気にもせず、秋月を引き留めようとしている。途端に。
――ブチッ
秋月から何か、線の切れる鈍い音がしたのを私は聞こえた気がした。「ヤバイって!」と必死に止めている人たちの声の合間を縫って。間違いありません。ハッキリと聞こえた、秋月のぶちギレる音。彼らの何人かは状況を把握し、事態の悪化を防ごうとし始めている。私も、このままではまずいと思った。
「テメー、先輩から手ぇ、離せよ」
背後へと振り向かずに、冷たく言い放つ秋月の低い声。ゾクッと、その場にいる誰もが背筋を凍らせる。未だに私の肩を掴んでいる男子も、流石に少し腰が退けたようだった。でも、半ば自暴自棄でもなったかのように、掴む手を離そうとしない。
「な、なんだよ! へっ、怒ったかぁ~? じゃあ離させてみせろよ。俺はオメーなんざぁ、こ、怖くねーからな! 折角遊びに誘ってやったのにっ!」
「マジ……マジでヤバイって、ヤバイってぇ! 離せよお前っ! 秋月、本気で強ぇー……」
――バッ
突然、私の前は真っ暗になった。秋月によって、視界を塞がれたからです。そして、「ヒュッ!」と鋭い空気を切る音が、私の横を通り過ぎた感じがした。刹那。
「え?」
掴まれた肩の圧迫感は突如として消え去り、「バタンッ!」と何かが激しく地面に叩きつけられたような音が、私から少し離れた場所でする。
「え? え?」
何が起きたの?
「……俺と遊びてーんなら、もちっと鍛えてこいよ。ばぁーか」
ボソリと秋月がそう言い、私の視界を解放する。途端、私は自分でも気付かない内に、声にならない声を発していた。当然です。
「……っ!?」
また開けた目の前の光景に、私はもう愕然とするしかなかった。ダーツフロアのところどころに置いてあったプレイヤー用の椅子が、辺りへ散り散りになって散らばっている。まるでそれは弧を描いているかのように、見事な放物線を描いていた。その椅子たちの中心には、さっき私の肩を掴んできた男の子が倒れ、のびている様子が私の目に映り込む。
驚愕せずにはいられません。だってそれは、わざわざ説明しなくても誰もが分かる通り、見たまんまの光景だったんですから。
もしかして秋月…………殴ったの!?
私は当の本人に目を塞がれていたから見ていなかったけど、この状況において私の推測は外れていないはず。現に、しっかりと見ていた他の男の子たちの表情を見て察すれば、簡単に解答を導き出す事が出来ます。みんな、顔を真っ青にして、ガタガタと全身を震わせている。いつぞやの、私が暴行を受けた時の女子生徒たちとそっくり同じ反応。あ、秋月……あんた……。
「はぁ」と、私は思いっきり溜め息をついた。前回言えなかったこと、今、言わせていただきます。
「秋月、暴力はダメだよ」
無事に卒検合格しました。
今度は学科試験かんばります!
評価、ブクマ、ありがとうございました!
次の更新は週末にできるようにしますので、少々お待ちくださいませ。




