戸惑う心に忍びよる影①
長らく更新できずに申し訳ありませんでした。
ちょっと親子揃って体調不良となっておりました。
皆さまもどうか体にはお気をつけくださいませ。
今回から新章です。
どうぞお楽しみいただけたら幸いです。
「お、おいこら秋月……じゃなくて、『鬼その三』! 『猿』ばっかりに構うなよ!」
演劇部員の一人が、鬼の格好をしている秋月にこそっと注意している。
「え、無理無理」
それをシレッと答える秋月。今日は休日。部長の方針で、地域奉仕活動中の私たち東楠高校演劇部は、現在、地元の保育園で演目『桃太郎』を公演している最中です。……最中なのですが。
「あ、秋月! じゃなくて『鬼その三』離してよ~!」
「やなこった。久しぶりに可愛い『猿』に会えたんだぜ~? 離すかよ!」
私は今、公演真っ只中で鬼のコスプレをしている秋月に抱き着かれています。はたから見たら、桃太郎の部下である『猿』が『鬼』にセクハラを受けている感じです。あ、ちなみに私『猿』をやっています。って、言わなくても分かりますね。
「おにー! 猿をいじめるなぁー!」
「桃太郎~! 猿を助けて~!」
園児たちから興奮した声が聞こえる。もうオリジナルの『桃太郎』とはかけ離れているのに、ヒートアップしている子どもたち。デパートのイベント広場さながら、この私たちからヒーローショーを彷彿させているのか、あちこちから「猿を助けろー!」「鬼をたおせー!」と声があがっています。
え、いいんですか? これ、『桃太郎』ですよ?
戦隊ヒーローものばりに「きゃあきゃあ」と楽しんでいる園児たちを見て、私は何だか信じられない気持ちになった。ムチャクチャです。
「うるせーぞガキ! 猿が可愛いんだからしょーがねーだろ!」
野次を飛ばす園児に向かって、秋月が逆ギレしている。いつも通り、このメチャクチャを巻き起こしているのはコイツが原因。私は迷わず、秋月のすねを思いっきり蹴りました。園児たちからの大歓声を受けたのは、言うまでもありません。
「うむ、本日の公演も無事に成功を納めた。あちら側からお礼を言われたぞ」
保育園からの帰り道、近くの公園で今日の反省会をする私たち演劇部。途中、演目とはまったく違う展開になったのに、藤堂部長は私たちに激励を送ってくれた。
「いつもと違う『桃太郎』で楽しかったと。休日に、共働きの家庭で育つ子どもたちにとって最高に気分が紛れたと言われた。みな、良くやってくれた!」
「はは……はははっ……」
私を含め、部員全員が「本当に良かったのか~?」と冷や汗を垂らす。だって、最後は主役である桃太郎をさしおいて猿が。私がコスプレしていた猿が、大暴れしてしまいましたから。秋月のセクハラに恥ずかしくて、誤魔化すために必要以上に動いてしまいましたから。鬼(秋月)を蹴ったり、蹴ったり、蹴ったり……。
「ところで部長、そろそろ秋月くんを何とかしないと……」
汗を垂らしながら、女子部員の一人が視線を秋月に向けている。他のみんなもさっきから気になっていたみたい。まぁ、私もだけど。だって、部員全員が起立して反省会をしている中。一人だけ背を向けて座り込み、ブツブツと何かを言っている秋月がいるからね。
「相手はガキ……相手はガキ……。キレんな俺。耐えろ俺。……ムカつくけど……我慢だ俺」
思っていることを口に出していると気付いていない秋月。相当、何かを必死に抑えているみたい。
「………………」
一同、沈黙しながらも苦笑い。ははっ。秋月がこうなってしまったのも無理ないかも。だって秋月、帰り際、園児たちに囲まれて「鬼! かくごー!」と、男の子には蹴りとパンチを。女の子には「おにーちゃん、お猿さんみたいに抱っこして」と、言いよられたりで大変だったから。
なかなか意外。園児たちにすっかり大人気となってしまったみたいです。見た目がいいから目立ったというのもあるかもね。すぐに覚えられて、揉みくちゃにされてました。秋月にはストレスとなったみたいだけど。
普段、他人に対して、自ら接触を持つ気がない秋月。でも、純真な園児たちを追い払うことも出来ず、相当イライラした様子。
「ふむ、仕方がない奴だ」
部長が溜め息をつきながら、秋月に近付いていった。何故か私の腕を掴みながら。
えっ、なんかデジャブ? こんなこと前にもあったような? あ~。演目決めのとき、秋月が私にしたっけ。……って、部長!? 私を使って、秋月に何をするんですか!?
「ほ~ら秋月~。真山だぞ~」
ヒョイっとおもむろに部長は、私の両脇に手を添え持ち上げた。そして何の意味があるのか、ぶらぶらと秋月の前で私を揺らしている。
え? なんで私、持ち上げられてるの? なんで、秋月の目の前でぶらぶら揺れてるの?
奇怪な部長の行動に意味不明の私。
どういうことですか部長? そんなまるで、子どもにオモチャで気を引く的なことを……。
――ピクッ
秋月が反応して顔を上げる。そして、部長によって宙吊りにされている間抜けな姿の私をジッと見てきた。
あれ? イライラ度マックスの秋月が、みるみる顔を輝かせ始めてる。もしかして部長、本当に私で秋月の機嫌を直そうとしているんですか!? いやいやいやいやいや! そんな子ども騙しみたいな気の引き方! あり得ないですっ!
あたふたとしている私そっちのけで、部長はまだ私を秋月にちらつかす。「あ」と秋月が手を伸ばし始めた。すかさず、部長がとどめをさすかのように口を開く。
「秋月~、元気出して! ほら、私がいるじゃない!」
チ――――――ン。
重低音の部長から発せられる、無理矢理に作られた甲高い声。その場にいる部員全員が固まったのは勿論のこと、私も固まりました。
え、それってもしかして私の声マネですか? どこから出したんですか? ……というツッコミはともかく、『それ』で秋月の機嫌をとるつもりなんですか部長? それはないですよ部長。いくら秋月だって……。
「せんぱ~~い!」
ってぇ! 引っかかってます秋月! 私は宙ぶらりのまま、秋月に抱き締められた。
「きゃあああ~~~~っっ!」
大絶叫の私に対してなんのその。部長から私をもぎ取った秋月は、私に頬擦りしたあと、ムッと部長を睨みつけながら口を開く。
「部長、何勝手に流香先輩を触ってるんすか。セクハラだろ!」
「あんたもでしょ――!?」
というか、あんたなんてしょっちゅうじゃあないの! 自分のことを棚に上げないで!
すでに真っ赤な顔になっていた私は、秋月に向かって精一杯突っ込まさせていただきました。でも、すっかり機嫌が良くなった秋月には効かない。うそぉ。部長によって見事、私に釣られた秋月。こんなことってありですか!?
「先輩真っ赤じゃん。カワッ! ねー、マジでこのあと遊びに行かね?」
私の顔を覗き込みながら、秋月はすっかりいつも通りになった。近い! 近すぎる! 私のすぐそばには、秋月の端正な顔がニヤッと笑っている。調子に乗って~~。
そんな私たちを微笑ましそうに見ている演劇部のみんな。だ、誰も秋月を止めない。むしろ、「邪魔になるから」とさっさと切り上げようとしています。
えぇ!? このままなんですか!? 置いてかないで~~。今私、秋月とはなるべく二人きりにはなりたくないのに……。
「ふむ。では秋月は真山に任せて、ここで解散!」
私の悲痛な叫びは誰にも届かず、無惨にも部長が解散宣言をする。それを聞いた秋月は、さっきまでのイライラは本当にどこかへ吹き飛ばしたようで、満面な笑みで私を見てきた。
「よっしゃっ! 先輩、折角土曜なんだしさ、デートしよーぜ?」
デート? ………………。いゃあああ~~~~~~っ! 待って! 本当に待って下さい部長! みんな! 私と秋月を二人きりにしないで~~っっ!
私の虚しい叫びは、初夏の空に消えていった。




