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嵐を呼ぶ男と体育祭⑨


「いい加減にしてよ、こういうことは! 止めてよ! 他の女の子にして!」


思わず突き放した言い方をしてしまった私。だって、ちょっと頭にきたんだもん。それを聞いた秋月は、ムッとした顔をして私に言ってきた。


「何だよソレ。どーして俺が先輩以外のヤツにしなきゃなんねーんだよ!」


秋月も少し怒ったようです。まぁ。私を好きだと言っている秋月に対し、失礼なことを言ったからね。でもそれぐらい、私だって怒ってんだから! 

また口論しそうな感じだけど、いつでもどうぞ! 今日という今日は最後まで言わせてもらう! 私は秋月から顔を背けた。そうしたら意外にも……。


「ごめん先輩。髪、柔らかくてスゲー気持ちよかったからつい……怒った?」


あれ? 秋月はすぐにやり過ぎたことを詫びてきた。頬を膨らまして、プイッと秋月から顔を背けている私に、つんつんと顔をつついてくる。次第に顔も近付けてきた。


「ごめん。先輩、そーいやぁ応援したがってたもんな。俺、ちょっと無神経だったわ……」


いや、どちらかと言うと、私の方が秋月に対して無神経なことを言ったのに……。なんか秋月、変わった? 

前はムッとしたら、そのまま感情を相手にぶつけてた秋月。でも、何か今日は今朝のあっくんのときといい、ちょっと落ち着いている気がする。

くるっ、と私はそれまで背けていた顔を秋月に向けた。そこには何かを必死に我慢しながらも、私のことをジッと見ている瞳があった。そして、こちらの様子を慎重に伺っている雰囲気さえも感じる。

なんか秋月。ちょっと大人っぽく見える……。


「……もうしない?」


戸惑い気味の私は、かろうじてそれだけ言えた。そんな私に秋月はフッと優しい笑顔で答える。


「しない。だから許して?」


何だろ、ちょっとドキッてする。秋月がグッと大人っぽく見えたからでしょうか。いつもはケラケラと笑って私にしがみついてきたり、ニヤッと笑ってからかってきたり。どこか子どもっぽかった秋月が、いつもと違う雰囲気を出している。


「なんか、いつもの秋月と違う気がする……」


思わず私は思っていることを言ってしまった。そうしたら、秋月が何故か微妙な顔をしながら返してきた。


「う~ん、ちょっと……さ」

「???」


曖昧な返事をする秋月。私はきょとんとしていたけれど、秋月は「こーゆーこともだよな」と呟きながら、私に笑顔を見せる。


「これから流香先輩と一緒にいられるように色々と頑張るってことだよ。……もう、怒ってない?」


秋月の言っていること、意味が分からなかった私。とりあえずもう怒っていないので、「うん」とだけ答えた。秋月、どうしたの……かな?


「な~に二人でイチャついてんの」


沙希の声が突然、頭上から降ってきた。


「え、何が!?」


いつの間にか私と秋月のそばに立っていた沙希と智花と柚子。そんな三人が、ニヤニヤしながら私たちを見ている。

ちょっと待って! 別にイチャついてなんか……っ!


「お! お疲れっすー。悪ぃ先輩たち。全然見てなかったわ」


沙希に言われたことを気にしていない秋月が、サラッと見ていない宣言をした。そんな秋月! 何て失礼な!


「うん、知ってる。二人で何やってんだか。こっちから丸見えだったよ」


智花が呆れながら返す。あう、見られてたんだ。って! 本当にイチャついてなんかいないってば! 

私がわたわたしていたら、今度は柚子が、


「そんなに密着して~?」


と言ってきた。ニヤケ顔のまま。

あぁ! いつの間に!? 私は柚子に指摘された通り、秋月と密着していた。彼の腕が私の肩にまわり、私はその中をすっぽり収まっている形です。


「いゃあ~~! な、な、な……何してんの秋月――――っ!」

「何だよ先輩。気付いてなかったのかよ。ずっとこうしていたのに」


ずっと!? へっ? いつから? いつからしてたというの!? 

秋月のこと、セクハラ魔王何て言ってらんない。まず、自分が気付かないとダメじゃない! 


慌てる私をよそに、秋月はいつもの秋月らしく、ケラケラと笑いながら私にそのまましがみつく。私が気付かないでいたのが相当面白かったらしい。さっきまで落ち着いた雰囲気を出していた秋月はどこかへ行ってしまったみたいに、普段の彼に戻った。一体、何だったんだろう?


「それより、なーんか今年も優勝気分が味わえなさそうだわ」


秋月から私を奪い返した沙希が、得点表を見ながら一人ごちる。私も沙希に合わせて「うん」と頷いた。それもそのはず。現段階で私たちが属する青軍団は、僅差ではあるものの、最下位の状態。

結構頑張ったんだけどなぁ~。やっぱり障害物競争で、私がビリでゴールしたのがまずかったのでしょうか。だって、パンが届かなかったんだもん……。

たった一人の活躍で、軍団全体の点数が左右されるはずもないのに、私はそんなことを思ってしまった。


「え、先輩、優勝したいの?」


私を沙希に奪われた秋月が、また取り戻そうと腕を伸ばしながら聞いてくる。


「う~ん……まぁ、出来れば優勝してみんなで喜びたいなぁって。去年も出来なかったし」


そして私は、その腕に捕まらないように身を捩りながら答えた。折角の学校行事なんだし、分かち合いたいじゃない? 思い出にもなるし。ってゆうか秋月、何この手は! 私を掴もうとしないで! こんな人が沢山いる所で、油断はもうしないから!


ちょっとポツリと言っただけだった。

だけど、それを聞いた秋月がみるみる顔を輝かせながら私に言ってくる。


「じゃあ先輩、俺が優勝ぶん取ってきてやるよ!」

「……は?」


私はつい、目が点になってしまった。沙希たちも私と同様。椅子に座って寛ぎながら、目が点になっています。

秋月に聞き返してみよう。優勝をぶん取るって、どうゆうこと? もう騎馬戦も終わり、今は学年別リレーがとっくに始まってて、残りは軍団対抗リレーしかないのに……。


「え。ど、どうやって?」


「だから~」と言いながら、秋月がツイッと指を得点表に向けた。


「最下位っつっても、得点差はそんなにねーじゃん? 最後のリレーで挽回出来るから、俺、走ってくる!」


そう言って秋月は、入場口へとスタスタ行ってしまった。

えっ……ちょっと待った! 確かに最後の軍団対抗リレーは、学校のメインイベント。だから貰える点数も今までの競技と比べて遥かに高い……けど! そもそもあんた、リレーのメンバーに入ってないじゃない! どうやって!? 


秋月の奇想天外な発言と行動に唖然としている沙希たちを置いてけぼりにし。私は急いで秋月のあとを追いかけた。


「アンカーって、お前?」


入場口に近付いた秋月は、青色のたすきをかけている一人の男子生徒に声をかける。って、うわわ! 秋月その人、三年生だよ! 青色のたすきをしているから、間違いなく私たちの軍団の人だけど、三年生だってば!


「俺とアンカー代われよ」


どうやら陸上部出身らしく、かなり筋肉がしまっているその男子生徒は「はぁ?」っと間抜けな声を出している。うん、私も出したい声です。何てことを言い出してるのあんたは!? 相手は陸上部で、三年生なのに! 

私は「失礼しました!」と言って、秋月を連れて帰ろうと思ったけど……。


「俺、50M走……」


秋月が自分のタイムを三年生に言ったら……なんとぉ。悔しそうに、たすきが秋月に渡されてしまいました。え、うそ。


「平和的解決!」


秋月はそう言いながら、すっかり渡されたたすきを身につけている。他のリレーのメンバーも、突然、秋月が乱入したので動揺しているようでした。当然ですね。こ、こんなことってありですか? 前から秋月はメチャクチャなヤツだとは思っていたけれど……。


「おい、あの一年。大会連覇の田中先輩より速ぇーってよ」


そんな声が、どこからともなく聞こえた気がした。マジですか。タイム告知が、驚かれながらも秋月をメンバーに迎え入れてます。本末転倒です。きっと、前々からこの日のために、リレーの練習をしただろうに……。

あ、よく知らないけど、田中先輩の背中が何だか寂しそうです。誰かが慰めています。私も、行った方がいいのかもしれません。すみません、うちの後輩が……。


「先輩、どこに行くんだよ!」


あれ、秋月に捕まってしまった。


「ちゃんと俺のこと見とけよ流香先輩! 最後の最後でラッキー。先輩にいいとこを見せられるチャンスだ!」


秋月が満面な笑顔で私を見てくる。いや、田中先輩は最後の最後でアンラッキーなんですけど。

そんなことを心の中で思いながら、私は秋月に聞いた。

ほ、本当に優勝狙うの秋月?」

「ったりめーだ。だから先輩、ちゃんと俺のこと見とけよな!」


その自信は一体どこから出てくるのかと思う程、余裕の表情の秋月。そして、そっと私に近付いたかと思うと、耳元でボソッと告げてきた。


「優勝したら、ご褒美、頂戴?」


え……。呆然としてしまった私。ご褒美? どんな? 

そう聞き返す暇がなく、体育祭の最後の競技。軍団対抗リレーが始まる放送が流された。


「先輩、約束だかんな!」


そう言って、秋月は校庭に向かい駆け出して行く。ご褒美……。何をあげればいいんだろう? 聞けず終いだったので、私はとりあえず沙希たちのところへ急いで戻った。頭とか撫でてあげればいいのかな? 秋月へのご褒美について、そんなことを考えながら。





「おいおい流香。お前の後輩、一体どうなってんだ~?」

「こんにちは~」


あっくんが倉敷さんと一緒に、私のいる場所までやって来た。あともう少しで、軍団対抗リレーが開始される。そこへメンバーにいないはずの秋月を見かけたあっくんが、私に理由を聞くために来たみたいです。


「流香に優勝をプレゼントするみたいよ?」


ちょっと顔が引きつっている私を隠すように、代わって沙希があっくんに答えてくれた。と同時に、手を繋ぎながらやって来たあっくんと倉敷さんを睨んでいます。沙希、何か物凄く嫌味が込められているのは気のせいでしょうか?


「マジでか!? あり得ねって。頼むぜ~俺ら赤軍団に優勝させろよ」


私とクラスが離れているあっくんと倉敷さんは、共に赤軍団に所属している。運動部でもあるあっくんは、秋月にアンカーを奪われた三年の田中先輩をよく知っていたらしく、代わりに走る秋月がどれだけ速いのか偵察に来たみたい。


「あの秋月くんって、そんなに速いの真山さん?」


倉敷さんも私に聞いてきた。いや、私もよく分からないんですが。とりあえず、自信はあるみたいだけど……。

答え兼ねる私。それをあっくんが「大丈夫だよ絵里。うちの奴らも速いし」と言って、倉敷さんを安心させている。

最後に「ふふっ」と笑い合うあっくんと倉敷さんは、しばらくして二人だけの世界に入ったようでした。ははっ、本当に仲が良いなぁ。見せ付けているつもりは当人たちにはないんだろうけど。私にとっては、ボディーブローを何発も食らわされている感じです。


「あ~もう我慢できない! 秋月く~~~ん! 頑張れ~! 優勝ぶん取れ――っ!(流香のために)」


いきなり柚子が立ち上がって大声を張り上げる。それに合わせて智花も拳をつくり、前へ突き出しながら叫び始めた。


「秋月楓――! あんた、勝たなかったら承知しないからね! 何としてでも優勝っ!(流香のために)」


何だか最後にボソッと呟いている二人に秋月も気付き、こちらを向く。そして、しばらくこちらを見つめたあと、「了解っす」と口が動いているように見えた。一瞬、秋月の目が据わっていたような気がするのは私だけかな? 

でも秋月、更にやる気を出したみたい。頭に巻いてある青い鉢巻きをギュッと結び直し、気合いを入れているのがここからでも分かります。


第一走者がトラックに並ぶ。そして、「パァン!」という音とともに、みんなが一斉に走り出した。ついに、軍団対抗リレーが始まりました。私は校庭の中心で、自分の番を待っている秋月の背中を見ながら、彼の言葉を思い出す。


“優勝したら……ご褒美、頂戴?”


本当に、何をあげればいいんだろう? ジュースとか奢ったりでいいのかな? それともやっぱり頭を撫でる? あ、まだ優勝すると決まったわけじゃあないし、そこまで真剣に考える必要はないんだけれど。でも私は、まだ近くにいるあっくんたちの会話を聞かないようにするため、必死になって考えてしまった。乱れそうになっている心を、あたかも紛らわせるかのように……。


「いやー! 抜かされた――っ!」


沙希が痛烈な悲鳴をあげた。最初のスタートは良かった青軍団の走者が、黄色軍団の走者に追い抜かされたからです。現在第二位の青軍団。けど、次第に赤軍団の走者も追い抜きをかけてくる。


「お! いけ赤ー! 抜かせ――!」

「黙んな岡田! むっかつく! 赤には抜かされるなー!」

「甘いな小林。赤は今回つぇーぞ? 何つったて、運動部の精鋭揃いだからな!」

「フン! 分かっちゃいないね~岡田。青だってやる時はやるんだから! あんたたちー負けたらツブすっ!」


あっくんと沙希もリレーに乗じて勝負し始めた。って、何の勝負ですか。お互いがまるで自分が走っているみたいに応援を繰り出す。それを、倉敷さんが楽しそうに見ている。

倉敷さんって落ち着いてるよね。あっくんが他の女子と話していても、あんなに平気そうで……。私には出来ないな。だって、あっくんが倉敷さんと話しているだけで胸が苦しくなるんだもん。さすがは彼女……だね。

ふぅ、とあまりにも小さい器の自分に私が幻滅している間、リレーではまさかのまさか。思いがけない事態が起きていた。


「あ、バカ!」


智花が舌打ちをした。私も思わず悲鳴をあげる。青軍団がバトンの受け渡しミスをして、黄色軍団と赤軍団に大きく引き離されてしまったからです。その後の走者が何とか差を縮めたけれど、僅かな距離でしかなかった。

これは……優勝どころか、ビリも免れないかも……。

私は今年も優勝はないなと思った。秋月が優勝を取ってきてくれるって言ってたけど……無理だよ。だって、もう残りが一人と……アンカーだけだもん。たった二人分で、逆転出来るわけがありません。気持ちだけ受け取っておくね秋月。

そう思いながら、私はスタンバイしている秋月を見た。だけど。


「え……」


私は驚く。秋月、笑ってるよ。まるで、


「こうでなくちゃ面白くない」


と言いたげな、そんな顔をしている。


「ねぇねぇ、秋月くん……何か笑ってない~?」


柚子も気付いたようです。同様に、沙希や智花、そしてあっくんと倉敷さんも気付いたらしい。みんなそれぞれ、驚いた顔をしている。何でこの状況下で笑えるのか。私を含め、その場にいるみんなが不思議に思ったのは言うまでもありません。

でも同時に、あることも思い起こされる。まさか秋月……。

大体のリレーは、校庭に引かれているトラックの半分である100Mを走る。だけど、アンカーだけは一周の200M。他の人より長く走れる。それがあるからなの? もしかして……最後は全部追い抜くつもり秋月? 

でも、いくら距離を長く走れるからって、距離は開いたままなんだよ? 

そんなドラマチックな大逆転劇が、ラストに起こるなんてあるわけ無い。きっと、誰もがそう感じていると思います。青軍団の生徒には、もう気力が無くなっている。諦めのムードが、辺りから漂よってきました。今年はこれで終わりか、という声があちこちから聞こえるのがいい証拠。


でも、それは一瞬だけの絶望の空気だった。とうとう最後の走者――アンカーに、それぞれの軍団がバトンを渡していく。最終レーンです。秋月にもバトンが渡る。


「うそだろ……」


どこかの誰かが言ったような気がした。


「アイツ……はぇー……」


あっくんもつられ、ポツリと呟く。そしてその言葉を皮切りに、一気に校庭が興奮の嵐を巻き起こした。秋月が、どんどんと相手との差を縮めていったからです。トラックの半周。つまり100Mの地点でついに、第二位の赤軍団を追い抜く。

ドッと、まるで息を吹き返したかのように湧き上がる青軍団の歓声。私はそれまで座っていたのを我慢出来ず、立ち上がってしまった。周囲も見渡せば、みんな総立ち状態。それはそうでしょう。だって秋月、残り75Mのところで、第一位の黄色軍団を追い抜きにかかってるんだもん。

凄いよ……。本当に秋月、優勝をする気だよ……。

私は興奮しながら、一生懸命秋月を応援した。

残り50M。秋月は、応援席にいる私の目の前を走り抜けていく。その瞬間。秋月と私は、目が合った。


サブタイトルの嵐を呼ぶ男は二人。

一人は哲平。

そしてもう一人は、もちろん楓です。

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