嵐を呼ぶ男と体育祭⑤
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「頭部裂傷一ヵ所、擦り傷並びに打撲、打ち身が数十ヵ所。貧血も少々ありますね。はい、全治二週間って所です」
わお~。思っていたよりも傷が多くて、思わず間抜けな声を出してしまいそうになった私。担任の先生と保健の先生、そして颯太に付き添われて行った病院で、私は以上の診断結果を言われた。
どれも大した傷ではないけれど、数が多いので二、三日は休養を取るように告げられる。え、親に何て言おう。学校休まなくちゃならないこと。まさか暴行に遭いました、なんて言えるわけないし。でも隠しようがないし……。
「ど、どうしよう? 颯太」
弟に伺いをたててみる。
「いいじゃん休めば。ねーちゃんは安静にしてなきゃダメだろ――!? 俺が看病する!」
いや、看病して貰うほどじゃあないから。っていうか、休む気満々でしょ颯太! 姉離れしなさい! あんたは元気なんだから、学校に行くこと!
そのまま思ったことを私が言ったら、颯太から「え~~」って非難の声がしたけど……無視。うん、もうこの際いいや。親にはしっかり、私がちゃんと説明しておこう。心配されるかもしれないけど、とりあえず無事だったんだからね。
案の定、先生たちに家まで送って貰ったら、両親とも私の帰りを心配しながら待っていてくれた。そして、私から説明するのは少しだけで済みました。担任の先生が、いつの間にか連絡をとってくれていたらしいです。事情を知った両親は時々溜め息をついていたけれど、私が無事だったことを素直に喜んでくれた。
「学生の時は色々あるものよ……」
そう片付けてくれたお母さんには感謝です。だって、お父さんと颯太が話が終わったあとでも顔を真っ青にしてるから。いつまでも引きずらないで欲しい。当の被害者である私が落ち着いているんですから。
そりゃあ落ち着きますよ。私はあの時。部長に「また次があったらどうする?」みたいなことを聞かれた時、再び訪れるかもしれない恐怖に怯えたけれど、思い出してみる。秋月が私に言ってくれた言葉を。
“今度こそ守るから”
とても安心しました。私のそばで、誰かがついてくれるということに。誰かが一緒にいてくれるということが。あの時の秋月の言葉で、私は救われた。彼が。彼という存在が、私のそばにあるんだと。そう、気付いた。
――ブーッブーッブーッ
自分の部屋でゆっくりとしていた時、私のスマホが振動する。あ、これは……。
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先輩、だいじょうぶ?
医者にちゃんと
みてもらった?
ケガ、ヘイキだった?
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秋月……。
私はまだ体中痛かったけど、自然と笑みが溢れた。そういえば、秋月も病院へ付き添いたがってたみたいだけど部長と何か話している間に私がもう行っちゃってたから、出来なかったね。
私は返事をするために指をすべらす。
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大丈夫だよ
心配してくれて
ありがとう
3日ぐらい休むことに
なったけど、私は全然
平気!
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送信したあと、すぐに秋月からも返事が来た。
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良かった~
これからは俺が
ずっと先輩のそばにい
るから!
哲平は今回だけ!
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ははっ! 返事が早すぎるよ秋月。スマホにしがみついているかと思うほど、早い秋月の返信に私はまた笑う。そして、内容を見て「あっ」と思った。哲平くん……。やっぱり、ちゃんと秋月が頼んでくれていたんだ。うぅ。ごめんね哲平くん。怪しんじゃって……。
反省と共に私はうなだれる。もうこれからは、ちゃんと哲平くんが言ったことを信じてあげよう。
ん? 言ってたこと……?
“これから真山先輩は色々と大変な目に遭うけど、楓のためだから。頑張ってね”
最初は意味が分からなかった哲平くんのあの言葉。哲平くん、もしかしてあのあと、私が暴行を受けることを知ってた……?
「いやいや!」と被りを振る私。だって、秋月の友だちなんだし。こんなに私のことを心配してくれる秋月が、自ら頼んだのが哲平くんなんだし。それにちゃんと、部室までは送り届けてくれたんだし……。
一抹の不安がよぎったものの、私は考えを改めた。哲平くんは、私と秋月の状況をただ気にかけてくれただけ。きっと……ただそれだけです。哲平くんは予想していのかもしれません。今回のことが起こりそうなのを。
“真山先輩、ごめんね?”
じゃあ何で謝られたんだろう? 僅かな疑問は、私の中で少し積まれていった。
秋月には言えない。哲平くんは、彼の友だちだから。私の中で処理しておこうと思いました。
まるでこれから先、嵐を予感させるような哲平くんの発言を。
それから三日間、私は哲平くんの言葉を考えながら、ゆっくりと家で養生していた。一度気になると止まりません。彼は何で私に謝ったんだろう? 哲平くんに私は何もされていないのに。
何回か秋月から心配メールが来たけれど、そのことには触れないように気をつけさせていただきました。これ以上、秋月に心配かけるのは申し訳ないし。
沙希たちにも黙っておこうと思います。友人たちからも心配メールが来てたからね。その判断は正解でした。
「る、流香ぁ~~~~っ!」
学校を休んで二日目の日。クラスを代表して、沙希がお見舞いに来てくれる。
「流香! ……良かった。本当に良かった……無事で……」
私を見た途端、いつも気丈な沙希が大号泣してちょっとビックリ。やっぱり哲平くんのこと、言わないでおいて良かったです。物凄い勢いで沙希は私に謝るんだもん。沙希自身、聞けば智花と柚子も、私が暴行を受けた日は「自分たちも着いて行けば良かった!」と後悔しているみたい。
「気にしないで沙希。あの時は誰にもどうすることも出来なかったんだから。今はもう無事なんだし、大丈夫!」
私は元気をアピールするために、両腕をパタパタと沙希に向かって動かせてみせたけど……。
「でも……でも……。うぇ~~ん~~流香ぁ~~~……」
まだぐずっている沙希。うん、言えないです。
とりあえず、何とか沙希を落ち着かせた私。私が休んでいる間の学校のことを、色々と聞きたかったので。哲平くんの他に、気になってる点があったから……。
「あの人たち、みんな当分の間停学処分だって。当然だよね」
眉間にしわを寄せて、用意した紅茶を飲みながら言う沙希。
停学。やっぱり……。
大袈裟にするのを嫌がった私に、部長が言ってたのを思い出す。この機会に利用しなくては、今後もあるかもしれないと。
あの人たち。つまり、私に暴行を加えた人たちは、どうやら探し出されて処罰されたみたいです。沙希が言うには、学校では今、そのことで話が持ちきりだと言う。休んで良かったのかも。ちょっとまだその話題の中に入るのは、勇気が出ないから。
話が広がって、もう誰も私に手を出す人はいないだろうとも沙希は言っていた。
「秋月のヤツが暴れたんでしょ? それも話に被ってみんな言ってるみたいだよ? 『真山流香に手を出したらダブルパンチ』だってさ」
ははっ……笑えない~~。何か変な方向で有名になってしまった私。どうしよ~~学校に行きづらくなっちゃったよ~~。
そんな私の様子を見て慌てた沙希は、「平気だよ! 流香には私たちがついてるんだから!」と言ってくれたから、少し持ち直したけれども……。
「それよりも沙希? よ、よくみんな見つかったね」
一先ず、自分が有名人になってしまったことは置いといて。沙希からの話の中で、私は驚いた。
「嫌がらせしてきた人たち?」
私が聞いてることを急に振られても、沙希は何のことか分かったらしい。さすが沙希。言葉足らずの私なのに、親友パワーです。
そう、被害に会った私ですら漠然とでしか覚えていないのに、私に危害を加えた人たち全員が処分されたことにちょっと驚いてしまった。
「あ~~。何かね、タレコミが職員室にあったらしいよ?」
え? タレコミ? 思わず、私は沙希からの返答に食い付く。
「何でも、一年の男子がある先生に言ってきたんだってさ。『俺、見ました』って」
「ち、ちなみににその一年生ってどんな……?」
私の心臓がバクバクと動き出した。『見た』って言うことは、文字通り見たわけで……。
でも、私が暴行を受けている時、扉は閉められてて中は見えないはずだし。しかもそのあと、空き教室の外では誰も来ないように見張りもいたのに……。
「んと~なんかね? 派手な子だったみたいよ? チャラチャラした感じ? 私も気になったから先生に聞いてみたんだけどさ~、それ以上は教えてくれなかった! 守秘義務とか何とかぬかして!」
「ぷん!」と沙希は怒った風に口をすぼめる。
「そいつがちゃんと、その場で流香を助けてくれたら良かったのにさ~」
ちょっと……。ちょっと待って沙希。今、何て言った……?
私は「まぁ私が言えことじゃないけどさ」と、少ししょんぼりと言う沙希を見つめた。
一年生? 男子? チャラチャラした感じ?
頭の中で、私はふと哲平くんの姿を思い浮かべる。も、もしかして……本当に? あの日、私と私に暴行を加えた人たちを見る機会があったのは、私が無理矢理連れ去られた時だけです。
そして、その場を直前までいたのは……哲平くんです。
再び、私に一抹の不安がよぎった。
もしかして哲平くん、あなたが仕組んだの……?
私に謝罪した時の哲平くんを思い出す。言葉とは裏腹に、ニッコリと笑った彼。だから。だから謝ったの……? これから自分がすることに……。
哲平くんはこうも言ってました。
“楓のためだから”
秋月のために仕組んだ? 何で? その理由は?
私は頭の中がごちゃごちゃとしていた。まさか、そんなわけない、という気持ちはどんどんと薄れていく。休みの間に考えていたことが、不確かだったことの点と点が繋がっていったからです。
哲平くんは……私が邪魔……?
「流香ー? やだ! どうしたの!? 顔が真っ青だよ!」
沙希に言われ、私は自分の背筋がぞくぞくしていることに気付いた。
「な、なんでもないよ! ちょっと貧血気味だから!」
我ながら何とも苦しい言い訳。二日もたって、今更貧血だなんてあるわけないじゃない。
でも、沙希はそんな私の言い訳を信じたみたいで心配そうに言ってくれた。
「まだ体調良くない感じ? 二週間後にはもう体育祭なのに……大丈夫? 出れる? 何だったら休んだ方がいいよ」
「だ、大丈夫大丈夫! 病院でもそのぐらいには治るって言われてるし! 平気だよ。ありがとう。楽しみだね、体育祭!」
「あはは~」と笑う私に、沙希はいぶかしげに見てきたけど、何とか誤魔化した。
言えない。これは……誰にも言えない。まだ確証があるわけじゃあないし。私の思い違いの線もまだ残ってるし。何よりも、仮に仕組んだとしてもその理由が明白ではない。なぜ、哲平くんがそうしなければならないだろう?
本当のところを、私はまだちゃんと知っていない。本当に嵐が起きそう……。
私はふと、自分のスマホを見る。秋月が私のそばにこれからずっといる、とメールで言ってたっけ。当分、哲平くんと関わるようなことはない……ですね。ちょっと秋月には悪いけど、彼とはあんまり関わりたくない。
疑惑の要素が多すぎるから。
果たして哲平は敵なのか味方なのか?
なんか少女漫画っぽくない雰囲気になってきていますが、あくまでもジャンルはラブコメですと声を張り上げます←




