加速する想いと留まる想い⑤
自宅へ向かう道すがら、俯き加減の顔を元の位置に戻そうとはせず、ただただ足元にまとわりついている自分の影を見ていた私。そこへ、背後から遠慮がちな秋月の声が降り注いでくる。
「先輩……今の人……」
途中で秋月に追い付かれたらしい私は、とぼとぼと歩きながら秋月に答えてあげた。
「今の人? ……あっくんの……彼女だよ。倉敷絵里さん……」
「………………」
尚も後ろから着いてくる秋月は、少し黙したあと、静かにまた聞いてくる。
「先輩。あの二人が付き合ってること……いつから知ってたの?」
「……最初から。もう半年前になるかな? …………あっくんが、教えてくれたの」
半年前。あっくんは私に向かって、少々照れたように言ってきた。
“俺、彼女出来たわ”
相手の名前――倉敷さんの名前を聞いて、私は落胆する。倉敷さんの名前は、以前からよく聞いてましたから。
学年でトップクラスの美少女。スラッとした背、腰にまで届きそうな長くて綺麗な黒髪。細い首すじに、手足。そして、ちょっと大人びた端正な顔。
その完璧な容姿に、誰もが羨望の眼差しを向けている。私が持っていないものを全て、持ち合わせている人。
やっぱりそうか、と思った。あっくんも、こういう人を好きになるんだと思い知らされた。
チビで童顔な。私じゃなくて…………。
秋月がどんな表情で聞いてたのか、見えないから分からないけど。その分、今の私の顔を見られずに済んでるから良かった。今私、きっと酷い顔をしてる。
「先輩もアイツのこと……好きなんだろ? ……その、告ったりは……」
暗い声で聞いてくる秋月。何であんたがそんな声出してるの。私は湿っぽくなった空気を払拭するかのように、わざと明るい声で答えた。
「したよ。でも、気付いて貰えなかった! 幼なじみだし、これからも友だちとして仲良くしよう! ……って、言われちゃった」
ハハハッと空笑いする私に、秋月はもうそれ以上聞いて来なかった。
私の家に着くまで、私たちは何も話さないまま、ひたすら歩みを進める。いえ、違いますね。話せなかった。私が。
あっくんだけだったら例え気持ちが伝わらなくても、幼なじみとして一緒にいることが出来る。
だけど、倉敷さんと一緒にいる時のあっくんとは、顔すらも見ることが出来ない。
一人の。あっくんのことが好きな一人の女の子として、二人を見てしまうと苦しくなるから……。
またさっきの光景が頭に浮かんでくる。仲良く手を取り合うあっくんと倉敷さん。胸が苦しくて、話せない。
「じゃあね、秋月。もう家に着いたから。……あんたも気を付けて帰りなね? 送ってくれて、ありがとう……」
頑張って作り笑いをした私は、玄関のドアに手を伸ばし、ようやく振り返って秋月の顔を見た。
「先輩……」
真っ直ぐ私を見つめてくる秋月。え。何で秋月、そんな切なそうな目をしているの?
私はずっと今までそうしていただろう秋月の表情を見て、少し驚いた。
「俺、じゃ……ダメ?」
「え……?」
唐突に、何かを問うてくる後輩。切なげな視線は、相も変わらす私へと向けられている。そんな彼が、一体何を言い出し始めたのか分からなかった。聞き返したあと、しばらく止まってしまった私。
「俺じゃあ……ダメ?」
秋月は、もう一度聞いてきた。
何が? 何のこと秋月?
私が首をかしげていると、痺れを切らしたのか。秋月が、私の腕をグイッと思いっきり引っ張ってくる。
――チュッ
柔らかく。でもハッキリとした音が、私の口元から聞こえた。え?
私は自分が秋月にされたことを一瞬、理解出来なかった。理解出来るはずもなかった。だって、いつも秋月は私をからかって、ふざけたことばかりしてくるから……。
呆然としている私に、秋月は再度近付いてくる。ゆっくりと包みこむように、私の唇に自分の唇を重ねてくる秋月。今度は先程よりもずっと長く、私の腰に腕をまわして抱き寄せながら、深く、キスをしてきた。
「俺、流香先輩のことが好き」
まるで惜しむように口を離しながら言う秋月。
「え……」
まだ自分の身に起きたことを理解出来ていない私に、より一層、切なそうな目を向けながら秋月は言葉をつむぐ。
「先輩のこと……好き。すんげー……好き……。アイツじゃなくてさ……」
ギュッ、と秋月は私を抱き締める。そして耳元で、本当に本当に小さな声で囁いてきた。
「俺と……恋しよ?」
――ドクンッ
――ドクンッ……ドクンッ
――ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ
今何て? 何て言ったの秋月? 好きって……。秋月が私のことを好きって……。
「か、からかわないで……」
「からかってねーよ!」
――ドクンッ
――ドクンッ……ドクンッ
――ドクンッ……ドクンッ……ドクンッ
心臓の音がうるさくて。私はつい、いつも秋月に言ってることを口にしたら、すぐに否定された。
「からかって……ねーよ」
私を抱き締める力が更に込められた。それとは反対に、震えている秋月の声。そこでようやく私は気付いたんです。うるさいぐらいに鳴り響く心臓の音が、秋月から聞こえてきていることに……。
「は、離して秋月……っ」
「……イヤだ」
秋月の突然の告白に、顔を真っ赤にさせた私は、彼から逃れようとバタバタと暴れたけど逃れられなかった。
本当に、秋月は私のこと……好きなの?
初めて気付いた事実。そして、真実。
秋月から聞こえてくる心臓の音が、そのことを私に教えてくれた。でも……私……。
「わ、私……好きな人が……」
「知るか!」
え、そんな。急に恥ずかしくなって、口がおぼつかなくなっている私に、秋月はキッパリと言った。私の言葉を最後まで聞かず、バッと秋月が私から勢いよく顔を上げる。
「俺は先輩と恋したい。絶体。あんなヤツじゃなくて、俺が……先輩のそばにいたい」
秋月から伝わる真剣な表情。真剣な気持ち。私は、秋月から視線を反らすことが出来なかった。真っ直ぐ向けられる秋月の瞳に、捕らえられてしまったからです。
生まれてから初めて味わう経験に、私はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。こんなこと。この私が、男の子から告白されるなんて思ってもみなかった。それも、今までただの後輩として接してきた秋月に告白されたものだから余計。どう対処していいのか、経験不足の私には分からない。
そんな私の様子に秋月は気付いたのか、それまでの真剣な態度から一転。まるで、新たに決意したと思わんばかりに、毅然とした面持ちで私に告げる。
「俺のこと……見てて?」
ニッコリと、だけど自信も含められた笑顔を私に向ける秋月。
「先輩が好きってこと、これから証明するから。……だから、俺のこと見てて?」
顔を赤くさせながら、まだわたわたとしている私に、突然。秋月はニヤッと、いつも通りの不敵な笑みをさせた。
「俺がアイツから先輩を奪ってやる。……逃がさないから、覚悟して? 先輩」
――チュッ
「これで三回目」
「な……な、な、な……」
私の体がワナワナと震えた。秋月に告白されて、恥ずかしくて、どうしようと思っていた気持ちも飛んでいってしまいました。
「な、なな何すんの! 秋月――っ!」
「え。何って、チュー」
シレッと答える秋月。いつもの調子をとり戻したのか、秋月はケラケラと笑って私に抱き着く。
「ちょ、ちょっと! 調子に乗らないで――――っっっ!」
もうこの時、私の頭の中はあっくと倉敷さんのことがすっかり抜け落ちていた。度重なる秋月からのキスで、支離滅裂になってきたからですね。
――トクンッ
でもそんな中、僅かに鼓動する私の心臓。秋月も、私ですら気付かない、小さな小さな鼓動。
それはまるで、留まらざるを得ない気持ちに加速し始めた気持ちが追い付いたような、そんな僅かな鼓動だった。
少女漫画の定番として(?)いきなりチューがありますが、学生のうちはセクハラになるのかならないのかそれともれっきとした犯罪うんたらかんたら、と余計なことをいつも考えてしまいます。
大人ってやーねー!
夢がない←
ちなみに最終的には「ただしイケメンに限る」で納得しています。




