勇者は人助けをする
登場人物
勇者:生まれながらに魔王を倒す宿命を背負った者。精神状態があまりよろしくない。
魔王:魔族の王であり、人類の天敵にして勇者の宿敵。何等の主張も宣戦布告もなく、突如世界への侵略を開始した。
イスティア大陸中央の王国、シャルドアの東に、古い石造りの塔がある。いつからあるのか定かではないが、無数の武器が突き刺さり、崩れかけたまま放置され、何種類もの生き物の骨が散乱する様子から、おそらく先の魔王の時代には既にあったのだろう。
同じような塔は大陸のあちこちに点在しており、その内のいくつかは遺跡として学者たちの発掘の対象となっているが、この塔はそうではなかった。劣化が激しいことに加え、長い年月の中で徹底的に荒らされており、歴史的な発見など望むべくもない有様だからだ。
それが、ダンカン率いる盗賊団が目を付ける理由のひとつとなった。劣化していると言っても元が監視塔、あるいは砦の類だったようで、造りそのものがしっかりしており、まだまだ倒壊する様子はない。多少崩れている程度なら、野宿や厩舎やノミだらけの安い宿に比べればあまりにも上等である。
頂上からの見晴らしは良く、近づく者があればすぐに見つけることができたことも加点だ。命を狙われる機会に事欠かない盗賊にとって、この点は極めて重要だ。逃げ出すにせよ迎え撃つにせよ、敵がどの程度の規模でどちらから来るかがわかれば、その成功率は格段に高くなる。
魔王軍の侵略がこの地にはまだ及んでいないという点も大きい。魔王軍に属する魔物たちは、いわゆる野良の魔物とは比べ物にならないほどに強く、知能も高く、統率も取れていると聞く。20人程度の盗賊団が太刀打ちできる相手ではないが、しかしここに居ないのであれば恐れる必要もない。
そして最大の理由は、北西、南西にそれぞれ数時間も歩けば着く距離に村があることだ。どちらも大した村ではなく、ひとつであればいつものように略奪して終わりとなっただろうが、ふたつあれば話は別だ。ダンカンは、イナゴのようにすべてを食い尽くして次に向かうのではなく、ダニのように寄生し少しずつ血を吸い続けることを選んだ。
彼らは両方の村から若い娘を数人ずつ攫い、その命を保障する代わりに、食料や酒、金品を要求した。無論、保障するのは命だけだ。彼女らが粗野な盗賊たちにどのような扱いを受けているのかなど、わざわざ語るまでもあるまい。
一度男衆が妻や娘を取り返そうと、ボロボロの農具を手に立ち上がったが、あまりに儚く弱々しい反抗だった。大半は農作業や貢ぎ物の運搬に支障を来さない程度に痛めつけられ、一部は見せしめに惨たらしく殺された。その後貢ぎ物を増やし、更に追加で数人の娘を連れて行っても、もはや歯向かう者はいなかった。
シャルドア軍による討伐を、ダンカンは恐れていない。シャルドアに限らず、軍はどこも魔王軍との戦いとその備えに手一杯だ。国益を担うような大都市であればまだしも、辺境で自給自足の生活を営むチンケな村を助ける余力などない。
ダンカンとその手下たちは、心身共に充実した生活を満喫していた。盗賊団を立ち上げて以来の満ち足りた生活だ。彼らのアジトである古びた塔は、彼らにとっての城であり、王宮であった。その小さな国は約半年ほど栄華を極め、そしてある日突然、終わりを迎えた。
(……勇者。勇者、だと? こいつが? このガキが、あの伝説の?)
ダンカンは困惑していた。目の前に立つ少年の姿が、想像していたものとあまりにかけ離れていたからだ。
彼はふたつの村で一人ずつ、僅かな分け前を対価に斥候として村人を抱き込んでいた。村の様子を逐一報告させ、不穏な動きがあれば素早く対処するためだ。
その斥候が昨日、貢ぎ物を運んで来た際に奇妙なことを言った。勇者を名乗る少年が村を訪れ、ダンカンたちの討伐と娘たちの救出を約束した、と。
勇者。その存在を知らぬ者はいない。かつて魔王が世界を支配していた闇の時代に現れ、その卓越した剣技と強大な魔法で魔王を討ち滅ぼした、英雄の中の英雄。それは数百年も前のこととされ、当然その活躍を直接知る者はいないが、物語として世界中で語り継がれている。ダンカンも幼い頃、よく父母に聞かされたものだ。
誰もが知っているとはいえ、本気で信じている者はそう多くはなかっただろう。物語はあくまで物語。現実とは違うと、大人になるに連れ自然と悟るようになる。だがそれも、ほんの30年ほど前までの話だ。
物語の存在であったはずの魔王は、結末に語られる通り復活した。魔王の軍勢は極めて強大で、何より容赦がなく、いくつもの国が無残に滅ぼされた。闇の時代。誰もが作り話だと思っていたそれが、今まさに訪れようとしている。
となれば、人々が新たな勇者の誕生を望むようになることになんら不思議はなかった。物語の中で、魔王を唯一倒せる存在が勇者だからだ。その力で世界を救ってもらおうと、血眼になって勇者を探す国もある。実在するかどうかもわからぬものには頼れぬと、自らの力で魔王と戦う国もある。どちらの言い分もダンカンには理解できた。その上で、自分には関係ないと思っていた。遠い場所での話だと。少なくとも、今はまだ。
しかし現実はどうだ。かつて魔王を倒し、世界に平和をもたらした勇者の子孫……復活した魔王を再び倒す運命を背負った、今代の勇者。その勇者である少年が、今、目の前に居る。最悪なことに、敵として。迎撃態勢を整え待ち構えていたダンカンの手下たちは、もはや一人として残っていない。
正直に言えば、昨日までは信じてはいなかった。勇者の実在そのものを、ではなく、自分たちを倒しに来た少年が勇者であることをだ。
今日は、手下が次々に死んでいく様を見て、もしかしたら本物かもしれない、と思った。
そして今は、迷っている。
(なんなんだ……このガキは)
朝日が昇った頃、一体どのようにしてか、手下たちをあっと言う間に皆殺しにして、彼は現れた。油断もあって、攫った娘たちを盾にする暇もなかった。その強さは確かに、伝説の勇者のものかもしれない。だがどうにも、この少年が勇者であると信じきれなかった。一度は信じかけたのに、何故再び疑うのか。その理由は、その勇者にこそあった。
黒い髪と黒い瞳は、なるほど伝説に語られる勇者の特徴と一致する。黒は何色にも染められぬ色。他者の思惑や自身の欲望で揺らぐことなく、ただ使命を果たすのみという、その象徴たる色。いずれ再び生まれ来る勇者も同じ色を継ぐと語られた通りだ。
大きいとは言えない体躯は、顔立ちから推し量れる年齢を思えば相応であり、しかししっかりと鍛えられていることがわかる。厳しい訓練を積み、過酷な戦闘を生き抜いて来たであろうことが容易に想像できる、少年と言えど戦士と呼ぶに相応しい肉体。
身に着けている衣服は見るからに頑丈そうな旅装で、どれも使い込まれていることが窺えた。その中で異彩を放つ、手にした大きな剣と背負った大きな盾は、魔法のことなどわからぬダンカンから見ても凄まじい力を宿していることが感じ取れた。あれが魔王を討ち倒した勇者の剣と盾なのだろう。
そしてそれら全てを台無しにしている、少年の表情。顔立ちそのものは幼さが僅かに残り、精悍さには少々欠けるものの、しかし十分に整っていると言える。眉を少し細くすれば少女のようにも見える造形だ。だが口の両端は下がり、目の下には大きく濃い隈が浮かび、少年らしい活気や勇者と聞いて思い浮かべるような覇気は微塵も感じられない。
まるでドロドロになるまで煮詰めた絶望が、表情として滲み出て来たかのようだ。ダンカンたちの慰みものにされ続けている村の娘たちでさえ、これほどまでに深い絶望を纏ってはいない。何故この歳の少年が、それも勇者である少年が、こんな顔をしているのか。ダンカンにはまったく想像が及ばなかった。
「諦めてください」
「なに……」
その勇者が言った。透明なガラスのような、キレイで色のない声であった。
「残っているのはあなただけです。今すぐ村の皆さんを解放してくれるのなら、命までは取りません」
「ふざけるなよ……手下どもを皆殺しにしておいて」
「一人一人を説得して回ることはできませんから」
有りっ丈の憎悪と幾分かの恐怖を込めたダンカンの言葉に、勇者は淡々と返した。相変わらず、声には色がない。まるで人の命をどうとも思っていないかのように。
ダンカンは恐怖を誤魔化すように、全身を怒りで振るわせ、殺意を込めて勇者を睨みつけた。勇者は平然と、そよ風に吹かれた程度にも動じなかった。
「諦めてはもらえませんか」
「ふざけるなァ! 勇者だかなんだか知らねえが、てめえみてえなガキにいいようにやられて、はいスミマセンでしたなんて言ってたらなァ、盗賊なんてやってられねえんだよ!」
ダンカンは吼え、愛用の大斧を振り上げて突撃した。勇者は身を屈め、低い姿勢で駆け出した。上半身が背負った盾に隠され、ダンカンからは狙えない。思わず舌打ちする。
(こいつ!)
盾を手に持っていなかったのはこのためか、とダンカンは悟った。体格的に、剣と盾を両方持つことが難しいのだろう。そう安易に考えた過去の自分を一瞬だけ呪った。
盾に遮られ、少なくとも一撃では殺せない。仮に本物だとすれば、伝説に謳われる勇者の盾だ。大型とは言え何の変哲もない斧の一撃で破壊できると思えるほど、ダンカンは自惚れてはいなかった。だが勇者の姿勢も踏ん張りが効かない。当てれば地に叩き伏せることはできるはずだ。そこに二撃目を打ち込んで仕留める。ダンカンは冷静に考え、斧を振り下ろした。
その時、ダンカンの顔に影が差した。視線だけを僅かに上げると、黒い液体の入ったビンが目の前にあった。勇者が盾の下から、後ろ手に放り投げたのだ。酷く嫌な予感がしたが、加速を始めた斧は止まらない。分厚く重い刃は、ちょうど軌道上に割り込んだビンを粉砕した。中身の液体が撒き散らされた。
勇者はビンを投げた左手で、親指だけ立てた拳を作っていた。ビンが割れるとほぼ同時、その親指を何かを押すように折り曲げる。すると黒い液体が突如として激しく燃え上がり、炎の雨となってダンカンの顔に降り注いだ。避ける暇などなかった。
「がああああああっ!!?」
ダンカンは耐え難い熱と激痛に悲鳴を上げた。液体は粘度が高く、細かい飛沫となってもすぐに燃え尽きるようなこともなく、顔に貼り付いたまま燃えている。冷静さなど保てるはずもなかった。振り下ろした彼の斧は軌道が乱れ、勇者の体を大きく外れ、手からも離れた。ガラガラと音を立てて滑って行く斧を構う余裕すらなく、ダンカンは顔を焼く炎を振り払おうとする。
「ぎゃあっ!?」
次の瞬間、ダンカンの右足に激痛が走り、同時に力が抜けた。勇者の左手にはいつの間にか大振りのナイフが握られており、それがダンカンの右膝の上に深々と突き立てられ、腱を断ち切っていたのだ。
勇者はそのままダンカンの腰に抱きつくように体当たりを仕掛けた。片足を殺され冷静な判断力も奪われたダンカンに踏ん張ることなどできず、いとも簡単に仰向けに倒される。
それでも必死に、腕にも炎を燃え移らせながら顔を拭い、どうにか目を開けることに成功した。そして炎の奥に絶望を見た。
勇者は倒れたダンカンに馬乗りになり、感情のない瞳でダンカンを見下ろしていた。清純なる白銀と豊穣の新緑の装飾が施された美しい剣が、傷だらけの歪んだ指に握り締められ、高々と振り上げられていた。その切っ先は下へ、焼け焦げたダンカンの顔へと、真っ直ぐに向けられていた。
ダンカンの両目が、恐怖に見開かれた。
「た、たす」
彼は咄嗟に、無意識に命を乞うた。しかし、その願いが聞き届けられることはなかった。
「うるさいな」
勇者は無感情に一言呟いて、剣を突き下ろした。白銀の刀身はその厚みをまるで感じさせない鋭さで、ダンカンの頭を断ち割った。
勇者はゆるりと立ち上がり、剣を振って血糊を払い、穢れひとつ無い美しさを取り戻した剣を収める。そして、もう一度呟いた。
「うるさいな」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ダンカンたちがアジトにしていた塔から見て南西の村は、大きな歓声と、半年ぶりの笑い声に包まれていた。囚われていた娘たちはいずれも陵辱を受け衰弱し、中には家族を殺されていた者もおり、素直に生還を喜べる状態ではなかったが、しかしそれでも、とにかく生きて帰ってきたのだ。
彼女たちの心と体の傷が癒えるのに、どれほどの時間がかかるかはわからない。一生癒えない可能性も高いだろう。だが、それを口にする者はいなかった。皆が皆、今はただ、取り戻した希望と温もりを噛み締めていた。
「本当に……本当に、なんとお礼を言えば良いのか……!」
村長は目に涙を溜めて言った。はじめは不気味な少年だと思っており、勇者であるという言も信じてはいなかったし、今でも僅かばかりの疑いはあるが、そんなことはどうでもよかった。
この少年は、確かに村を救ったのだ。村長にとって大事なことはそれだけだ。彼は自分の四分の一も生きていないであろう少年に、何度も何度も頭を下げた。
「当然のことをしただけです」
勇者は笑顔でそう応えた。愛想笑いと呼ぶのも憚られる、顔に無理やり貼り付けたような、あるいは出来の悪い人形のような笑みであったが、村長は気にしなかった。勇者の態度は最初に村を訪れた時から終始礼儀正しく、何より村の恩人なのだから。
「さあ、さあ……ささやかになりますが、今日は宴を開きます。勇者殿にも是非参加していただきたい」
「いえ、すみませんが、辞退させてください。皆さんを北の村にお連れしないといけないので。日が落ちる前に着くには、すぐに発たないと」
勇者がちらと向けた視線の先には、取りあえずと分け与えられた衣服を身に着けた、落ち着かない様子の娘たちが居た。北の村から攫われた娘たちだ。当然、彼女らの家はここにはなく、家族もここには居ない。
一刻も早く家に帰りたいだろう。その気持ちは容易に察することができるのに、浮かれて忘れてしまった自分を村長は恥じた。
「……わかりました。しかし、それでしたらこの村の者に連れて行かせますので……」
「盗賊団の生き残りがいるかもしれません。塔の中に居た者たちは倒しましたが、外までは確認しきれていません。道中彼らに襲われてはひとたまりもないでしょうから、やはり僕がお連れします」
「おお……!」
村長は感動した。なんと立派な少年か。伝説に語られる勇者は実在し、そして語られる通りに高潔な存在であった。少しでも疑った自分はなんて愚かだったのだろう。幼い頃に聞かされた古の勇者の冒険譚を、当時の胸の高鳴りと共に鮮明に思い出し、村長は落涙した。
「ただ……お恥ずかしながら、手持ちの食料と路銀が心許なく。これを分けてはいただけませんか」
勇者は手にした皮の袋を掲げて見せた。ダンカンたちに奪われていた物資のほんの一部だ。まだ大量に塔に残されているが、さすがにすべてを持ち帰ることはできなかった。安全を確認してから、村人たちの手で運び出されることになるだろう。
「ええ、ええ! いくらでもお持ちくだされ」
そして勇者が要求した量は、20人からなる盗賊団の略奪と比べれば微々たるものだ。彼が取り戻した量、そして彼が居なければこれからも奪われ続けただろう量を思えば、報酬と呼べる程度ですらなかった。拒む理由などない。
「ありがとうございます。ですが、そんなにたくさんは持てませんから。……それでは、もう行きます」
勇者は皮袋を腰の鞄にしまい、村長に会釈した。口々に感謝を述べる村人たちにも律儀に会釈し、北の村の娘たちに声を掛けると、最後にもう一度村全体に向けて会釈して、去って行った。
村長は勇者の背負う、澄み渡る青空と黄金の太陽の意匠が施された盾を、希望に満ちた晴れやかな気持ちで見送った。
「本当に……世界は、救われるかもしれんの……」
今日はただ、小さな村がふたつ救われただけだ。世界は未だ魔王の脅威に晒され、人々は明日にも戦火に呑まれるやもしれぬと怯えている。それは村長にもわかっている。しかし彼は、あの少年ならばやってくれると、強く確信していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
勇者を名乗る少年が、人々を救って回っている。そのような噂が最初にシャルドアの王宮に届いたのは、一年ほど前のことだ。
シャルドアにはまだ魔王軍の手は伸びていないが、それも時間の問題であることは誰の目にも明らかだ。イスティア大陸における対魔王軍の最前線はシャルドアから見て西側の諸国であり、シャルドア王は彼らと同盟を結び、多くの人と物資を送って共に迎撃にあたらせている。自国に戦火が及ばぬように。
しかし、戦況は芳しくない。兵たちは良く戦っているが、魔王軍は精強かつ無尽蔵であり、前線は徐々に後退、諸国の領土は少しずつ削り取られていた。シャルドアも含め、国力の疲弊も限界に近い。早急に、何らかの打開策が必要であった。そこで案のひとつとして上がったのが、伝説の勇者である。
無論、そのような実在すら怪しい存在、実在したとしても得体の知れない存在に国の、延いては世界の命運を託すなど正気の沙汰ではない、よしんば伝説通りに高潔な精神と強大な力を併せ持っていたとして、一個人に魔王軍を討てるものか、という声は無数にあった。
しかし状況は悪化の一途を辿り、もはや伝説だろうがお伽話だろうが頼らざるを得なかった。シャルドア王は藁にも縋る想いで、勇者捜索を任務とする部隊の編成を命じた。
軍は大いに頭を悩ませることになった。王の考えに理解が及ばぬわけではないし、一部の将軍には勇者の力に本気で期待を寄せる者も居たが、現実として、大陸からたった一人を探せるほどの人手は残っていなかったのである。
王の命は絶対だ。しかしただでさえ不足している戦力を、これ以上前線からは割けない。後方支援にあたっている部隊も同様。曲がりなりにも王直々の命を、戦力にもならないような雑兵に任せるわけにもいかない。出自のわからぬ傭兵や冒険者など論外だ。
最終的に下された決断は、「能力と確たる立場はあるが、前線には送れない戦力を捜索に当てる」というものであった。そしてそんな都合の良い者たちが、シャルドアにはそこそこ居たのである。
「……うん?」
とある村の村長は、複数の馬の足音に振り返った。そこには馬鎧を身に着け隊列を組んだ馬……軍馬が十頭。そしてその背には、黄金の細工が施された豪奢な鎧兜を身に纏った者たち。
誰が見ても一目でわかる。騎士だ。
「もし。そこのご老人」
「は、はいっ」
その中の一人、先頭の騎士が凜とした女の声で、村長に呼び掛けた。一瞬呆然としていた村長は我に帰り、反射的に平伏した。騎士とはすなわち貴族、それがわざわざこんな辺境の村にまで来た理由など、思い浮かぶのはどれもあまりよろしくないものばかり。
ほんの僅かでも機嫌を損ねるようなことがあってはならなかった。平民の命など、貴族の機嫌ひとつで簡単に失われるのだから。
「私はオーラム騎士団所属、フランチェスカ・ヨハンナ・タウンゼント。尋ねたいことがある」
「は、はい……な、な、なんでございましょう」
「我々は人を探している。勇者を名乗る少年なのだが──」
「ゆ、勇者様をっ?」
想像とはまったく違う質問だった。それを差し引いても村長の反応は劇的だった。心当たりがあり過ぎる。つい昨日、まさにこの騎士が探している人物が、この村を救ったのだから。
その反応は騎士たちにとっても意外であり、そして望んでいたものでもあった。女騎士の後ろに並ぶ騎士たちがどよめき、顔を見合わせ、何事かを囁き合っていた。女騎士も兜越しでもわかるほど驚いて、馬上から大きく身を乗り出し、再び尋ねる。
「な、何か知っているのか?」
「は、はい。つい昨日の昼、騎士様が探しておられる方が村を発ちまして……」
「昨日っ? なんと……運が向いて来たか。どちらへ行った?」
「ここから北の村に立ち寄ったはずです。そこから先はわかりませんが……」
「構わん、次の行き先はその村の者に訊く。……あちらで間違いないか?」
女騎士は北を向き、村同士を繋ぐ道を指差した。人通りにより草が禿げただけの、獣道とそう変わりのないものだが、道は道だ。目印としては十分だった。
「はい、一本道ですから、迷うことはないかと……ご案内できれば良いのですが、何分この村には馬はなく……」
「よい。行方だけでも十分だ。礼を言う」
「きょ、恐縮です」
「うむ。よし、行くぞ!」
女騎士は部下と思われる騎士たちに言い、馬を翻した。重々しい蹄の音を立て、土煙を上げながら、風のように去って行く。
「……」
村長は口を開けたままの間抜けな顔でそれを見送った。突然の騎士の来訪に思わず隠れていた他の村人たちが恐る恐る姿を見せ、数名が小走りに村長へと駆け寄る。
「な、なんだったんですか?」
「わからん……しかし……」
事情の説明はまったくなされなかったが、しかしなんとなく察することはできた。王国騎士が勇者を探している。そして魔王軍との戦いに苦戦しているという噂は、この村にも届いている。ならば、恐らく。
村長は西の空を見た。遙か彼方、海を越えた先に、魔王の居城がある。
伝説に語られる、勇者と魔王の決戦。それが、そう遠くない未来に再現されるのだろうか。
期待せざるを得なかった。その戦いを直接見ることは到底叶わぬ。見たいと思うほどの蛮勇はとうに失った。しかしほんの僅かとはいえ言葉を交わした少年が、新たな伝説になるかもしれない。村長はその未来を夢想した。どうしようもなく心が躍った。
無邪気に、そして無責任に。