七話、伝わらない想い
夢の世界
夜、眠っている間の初代皇帝ゾフィディアとの修行を続けており、日に日に強くなって行っているアリシアは、この日は祖先と決めたトレーニングメニューを終えている為、彼女に視座枕してもらい甘えていた。
家族がおらず、ずっと孤独を感じて生きていたアリシアにとって、夢の世界であり現実ではないとは言え、血が繋がっており家族と言える存在であるゾフィディアとの触れ合いはとてもとても重要な時間なのである。
「あなたと現実世界で触れ合えたら良いのにね・・・」
アリシアの生い立ちを彼女自身から聞いているゾフィディアは、その孤独を埋めてあげたいと思っている、しかし既に寿命で身体を失い魂だけとなっているゾフィディアには叶わぬ願いであった。
「ここでこうしてお婆様に甘えられる、それだけで十分よ」
アリシアは上目遣いに祖先の顔を覗き、ゾフィディアが悲しそうにしているのを見ると、ここで会えるだけでも十分だと言った、実際、夜なら眠る度にゾフィディアと会える事はアリシアの毎日の楽しみになっている。
「そう?、それなら良いのだけれど・・・」
そう言ってゾフィディアはアリシアの髪を撫でる、するとアリシアは気持ち良さそうに目を細めた。
そうしている間に夢の空間が白く染まり始めた、現実世界のアリシアが目を覚まそうとしているのだ。
「ふふ、お別れね、アリシア」
「ええ、また、夜に」
祖先との挨拶を終えたアリシアは身を起こすとゾフィディアに抱き着く、ゾフィディアは抱き着いてきた子孫をギュッと抱きしめた、祖先に抱きしめて貰ったアリシアはその胸の中で目を閉じ、光の中に包まれて行った。
アリシアが泊まる客室
目を覚ましたアリシアは身を起こす、すると隣でアイリーンがムニャムニャと眠っている。
「・・・」
その首筋を見て血を吸いたくなったアリシアは、唇を近付けると、アイリーンの綺麗な肌に噛み付き牙を食い込ませた。
「ひゃう!?」
子吸血鬼にとって親吸血鬼に噛み付かれるのは極上の快楽と言える、その甘美な感覚を眠りながらに感じたアイリーンは飛び起きた。
「お母様、せめて起きてからにして下さい、びっくりしましたわ」
「嫌よ、あなたの美味しい血は私が吸いたい時に吸う為に存在しているのだから」
アイリーンと会話をする為に一瞬首から牙を抜いたアリシアは、少し喋った後にまた噛み付き血を吸う。
「そんな勝手なぁ!」
明らかに文句有り気な声色のアイリーンを無視しアリシアは彼女の血を吸い続ける、するとドアが開く。
「アリシア来ました!、よ・・・」
扉を開けた途端目に飛び込んで来た、アリシアがアイリーンに覆い被さり、アイリーンの血を吸っていると言う光景、それを見たメアは硬直する。
「何を固まってるのお子様ね?、この程度、吸血鬼同士なら日常茶飯事だわ」
アリシアがそう言うとアイリーンはポッと頬を赤らめる、その反応からアリシアの言葉は事実であるようだ。
「・・・、ソウナンデスカキュウケツキッテスゴイデスネ」
「そうよ、それで何をしに来たの?、まだ時間じゃないでしょう?」
アイリーンの血を味わうのを邪魔され不機嫌なアリシアは、メアの顔を睨みながら、何をしに来たのか聞く。
「イエ、アトデイイデス、ドウゾゴユックリ」
そう言ってメアはカチコチした動きで部屋から出て行った。
「なんなのよ?」
「さぁ?、そんな事よりもお母様?、続きを」
「ええ、今日は私の血を飲んでも良いわよ」
「本当ですか!?」
吸血鬼の親と子は互いの血を飲みあった後、服を着替える。
「今日は紫のドレスですか、お似合いですわ」
「あなたはいつもの黒ね、新しいの欲しいのなら言いなさい?、作るし買ってもあげるわ」
そう言って闇の魔力を手から放出するアリシア、次の瞬間には魔力で作ったドレスが現れていた。
「ふふ、ありがとうございます!、でもお母様と一緒に見て選びたいので、今作ったそのドレスはお母様が着てください」
「そう?、なら明日の予定はそれね」
明日の予定を決めたアリシアは作ったドレスを影の中に放り込むと、アイリーンと共に朝食を食べに部屋の外に出た。
大教会前
メアと会う時間が来た、アリシアは一人で大教会の前で待つ彼女の元にやって来た。
「ありがとうアリシア、来てくれて」
「フン、今回この教国を手に入られたのはあなた達の協力があってこそよ、これくらいしないと帝国皇帝の名が廃るわ」
「・・・、いつかあなたの手からこの国を取り戻してみせますけどね」
チクリとしたメアの発言に。
「良いわよ、やれるものならね」
アリシアはニヤリと微笑みながら言葉を返した。
「それで、なんの話?」
「私、あなたにはもう隠し事を全て無くしたいと思ってるんです、だから最後のあなたへの隠し事を話します」
そう言ってメアは一度俯いてから顔を上げ、口を開く。
「私、私には確かに両親はもういません、でもあの日あなたの国に滅ぼされた人がいました、そして私はその人に育てられた」
「へぇ・・・?」
「言わば育ての親ですね、隠していてごめんなさい、私には確かに家族はいました」
メアには家族がいるそう知ったアリシアの瞳は暗く冷たい物となる、メアはアリシアの瞳を見て胸が締め付けられる思いをしたが、それでも続きを話す。
「なにそれ、自慢?、親の愛情を知らない私への当て付け?」
そう言うアリシアの拳は震えている。
「違います、あなたへの隠し事を無くしたい、その純粋な思いからこの事を話しただけです」
メアはアリシアの目をしっかり見て、目の前にいるその心を救いたいと思っている少女に自慢ではないと伝えた。
「確かに家族がいた私にはずっと一人だったあなたの気持ちは孤独は分かりません、だからこそ教えて欲しいんですあなたの気持ちを、お願いです、アリシア、私は本気であなたの心を救いたいそう思ってます」
メアはアリシアに近付くと優しく抱きしめる。
「私の気持ち?、そんなの簡単よ?」
アリシアは抱きしめてくるメアを突き飛ばす、アリシアに突き飛ばされたメアは尻餅をついた。
「アンタなんて嫌い!、ただそれだけよ!、そもそも私を利用しようとしてたアンタが私を救えるわけないじゃない!、私だってあなたの事は好きだったわ!、でもあの日その気持ちを裏切られた私の気持ちなんてアンタには分からないわ!」
叫んだアリシアはメアを睨み付ける、アリシアの言葉を聞いてメアは自分の罪の重さを感じ俯いた、自分が間違いを犯さなければ少女が皇帝になる事などなかったかもしれないのにと。
しかし自分の罪を償う為にもメアは引く事は出来ない、だからメアは立ち上がりアリシアと向き合う。
「あなたはレイティス、初代皇帝の血族、私の国はあなたの先祖が帝国を作ったから滅ぼされた」
「はっ!、なら何?、私を恨んでるって?、上等よ!、なんなら今すぐここで殺し合いをしようじゃない!」
怒るアリシアは影から杖を取り出した、そして魔力を放出する、本気でメアを殺すつもりである。
「・・・」
メアは手を広げて自分を睨み付けてくるアリシアに近付く。
「私はあなたと殺し合いなんてしません、そしてあなたの先祖の罪も許します、あなたの国がアルビオンを滅ぼしたのも許します!、だって私はあなたの友達だから!、罪を許せてこそ友達だと思うから!」
そう言ってメアは魔力を放出するアリシアをもう一度抱きしめる。
「あなたの闇に染まった心は私が癒します、だからもうやめましょう?アリシア、この世界と多重世界の全てを手に入れてあなたが全てを支配する世界を作り、あなたの復讐が成されてもあなたの心は救われません、もっと傷付くだけ、あなたも分かってるはずです」
復讐心は何も産まない、それはアリシアと言う親友を失ったメアが最も理解している事だ。
「嫌よ絶対にやめない!、私を独りぼっちにしたこんな世界、私に支配されてめちゃくちゃになれば良いのよ!」
メアの言葉を聞き入れないアリシアは闇の魔力をその身から放出し、メアを無理矢理に引き離した。
「あははは!、そしてこれは私達バトルシア人全ての復讐でもあるわ!、アンタ達が悪いのよ?、私達を兵器として扱ったアンタ達がね!」
「アリシア・・・」
メアは目の前にいるからこそ分かった、アリシアの心の中の恨み憎しみ悲しみそして孤独、その負の感情がとてつもなく強い物だと、それは幼い頃からの積み重ねが原因であるともメアは思う、長い月日をかけて作られた負の感情からアリシアの心を救うのはかなり難しいだろう。
(アリシアの心を救うのは本当に難しい、その為にも私は何度だって想いを伝える、そうしなきゃいけないんです)
メアはポケットからアリシアの母の髪飾りを取り出した、それをアリシアに見せる。
「何よ?それ」
「あなたのお母さんの髪飾りだそうです、ボスがあなたに渡してくれって」
「はぁ?、そんな物持ってたのに今まで私に渡してくれなかったの!?、ッ!、いらないわよ!そんなの物!」
「うっ!」
アリシアの体から放出される魔力がメアの手から髪飾りを弾く。
「消え失せろ!」
そしてアリシアは髪飾りに向けて魔力の塊を放った。
「やらせるかよ!」
アリシアとメアの会話を影から見守っていたグレイは、手を盾に変化させ、アリシアの闇の魔力の塊を防ぎ髪飾りを守った、なぜ守ったか、この髪飾りがアリシアの心を救う鍵の一つだと思ったから、アリシアは髪飾りを見た時一瞬見せたのだ嬉しそうな表情を。
「グレイ、ありがとうございます」
「おう、ほら持っとけ」
「はい」
グレイはメアに髪飾りを手渡す、受け取ったメアは大切にポケットの中に入れた。
「アリシア・・・、親がいなくて寂しいならよ、その親が持ってた物を壊しちゃダメだろ?」
「うるさい!うるさい!、もう喋るな!」
瞳から涙を流すアリシアは闇の魔力をめちゃくちゃに放出し始めた、その魔力は辺りを破壊し始める。
「・・・、ここまでです、メア様、グレイ様、お母様も落ち着いて・・・」
そこにアイリーンが現れ、アリシアに触れ抱きしめる、するとアリシアは魔力を放出させるのをやめた、理由はこのまま放出していればアイリーンを傷付けるかもしれないからだ。
「さぁ行きましょう?、お母様」
「・・・」
行こう、アイリーンにそう促されたアリシアはメアを強く睨み付けてからアイリーンと共に大教会の中に入って行った。
「厳しいなメア、あそこまで闇に染まったあいつの心を救うってのは」
「はい・・・」
また想いがアリシアに伝わらなかったメアは悲しそうに俯く、グレイはそんな彼女の肩を優しく叩く。
次回はアリシアとグレイのデート回です。




