九話
アリシアが産まれた日
この日はアリシアが産まれた日、幼いエリシアが、母、アイリスに愛おしそうに抱かれている産まれたばかりのアリシアを興味深そうに見つめている。
「・・・、この子、そしてエリシアは俺みたいに戦わずに済めば良いんだがな・・・」
父、オーグルは産まれたばかりの子に愛おしそうに触れつつ、己の一族の宿命を自分のように受け入れなくてはならなくなるのではと不安そうな表情を見せる、彼が不安そうにする原因それは、彼がバトルシア人、戦闘民族と言われる民族の産まれでありオーグルもその優れた戦闘能力から、軍をやめエンジェルズに来るまではギグルスに兵器として扱われていたからだ。
「この子とエリシアが武器を持たなくちゃいけなくなるかどうか、それは分からないわ、でもこの子が武器を持つと意思を示すのならば私達に止める権利はない、そうでしょう?オーグル」
アイリスの言葉を聞いてオーグルは辛そうな表情で頷く。
「それにこの子達に武器を持たせたくないのならば、この子達が大人になるまでの間に争い事をなくせばいいのよ、その為にあの任務を受けましょう」
「・・・!、あの任務を受けるのはやめようと言ったじゃないか!、それにこの子が産まれたばかりだろう!?」
「・・・分かっているわ、でもこの子達に戦わせたくない、そう願うあなたのためでもあるの、だから行きましょう、オーグル」
アイリスの強い目を見たオーグルは仕方なしに頷いた、帝国への潜入任務、この任務を受けた結果、アリシアを一人にしてしまい、強い孤独を抱かせ、その心が闇に染まってしまう事を知らずに・・・。
現在
アトリーヌ帝国
プールに向かう前、アリシアは機密保存書庫で帝国の調査員が記した父と母の記録を読んでいた、そこには父が戦闘民族バトルシア人、母は吸血鬼の貴族であり、ギグルスから来たスパイだと判明したと、調査員が調べた結果が載っていた。
「バトルシア人、戦闘民族・・・」
父の出生を知ったアリシアは己がギグルスから、兵器として扱われそうだった理由を理解する、何故なら自分は戦闘民族と言われる程の戦う為の民族の一人だったからだ。
「・・・、私はどうあっても兵器って事?、ふっふふふ、笑えるわね」
どれだけ否定しようとしても少し事実を知ろうとすれば思い知らされる事、それは自分が、兵器、である事、否定しようとしても否定しようとしても、無駄なのかもしれないアリシアはそう思い始めていた。
「うっうう・・・、なんで私は・・・、なんで・・・」
戦って欲しくないそう思っていた両親の願いを知らない少女は、胸を押さえ壁にもたれかかり俯いて一人涙を流す、抗う事が出来ない自身の宿命が苦しくて。
帝都
アトリーヌ城から離れ、城の入り口で車に乗り込んだアリシアはプールまでの道中にいる、自身の国の臣民達の様子を、車窓を通して眺めていた。
(あれがこの国の皇帝となった私が守るべき人達)
帝国で暮らす人々は幸せそうだ、それもそのはず、皆、この世界最強の兵力を誇る帝国が、戦争が起こっても戦争に負けるわけがないと知っているから、だからこそ民は安心しきり幸せに暮らせるのだ。
「お母様?、その・・・涙の跡が・・・」
「なんでもない」
「・・・」
アイリーンがアリシアの頬に涙の跡があるのに気付く、アリシアはなんでもない、ただそう言い、それ以上アイリーンが踏み込んで来るのを拒否した、アイリーンはそれでも泣いていた事が確かな母の心を癒す為、優しくその手を握った、するとアリシアはその手を握り返してくる。
(お母様が欲しいもの、それは家族、その強き孤独を癒してくれる者、お母様がそれを私に求めるのなら・・・)
私は世界を救う為にも喜んでアリシアの家族となろう、聖女としてその孤独を癒そう、アイリーンはそう思った。
「それで?叔母様?、私達の水着は?」
アリシアの眷属となりその娘となったアイリーンにとってエリシアは叔母となる、その為彼女を叔母と呼んだ彼女は、前日叔母が買いに行った水着について聞く。
「後のお楽しみだ」
そう言って楽しそうに水着が入った袋を皆に見せてくるエリシア、余程自分が選んだ水着に自信があるのだろう、どこか誇らしげな表情である。
「ええー、早く見たいですわ」
「後で見れるんだ、ちょっとくらい我慢しろ」
「はぁい・・・」
「ふふ、我慢は必要よ?、アイリーン、朝にアリシアのところに行ったのも血が欲しくなったからでしょう?」
「うっ・・・」
ニアに図星を突かれたアイリーンはチラリとアリシアを見る、しかしアリシアは窓の外を見たままであり、話を聞いていなかったようでアイリーンを見ていない、それを見てアイリーンは安心したようなガッカリしたような気持ちになる、話を聞いてくれていればもしかすれば血をくれたかもしれないからだ。
「まぁ吸血鬼になったばかりだから食いしん坊なのは仕方ないわよ、どう?、私の飲む?、吸血鬼に血を吸われた事なんてないし、どんな感じか体感してみたいのよねー」
「いいです、吸うならお母様のがいいので」
「マザコンだなぁお前は」
「何か問題でも?」
「い、いや特に問題はないが、血を吸いたいのに我慢するのって吸血鬼にとってはかなり毒なんじゃないか?」
「確かに辛いですが、お母様の血以外は吸いたくないので、トマトジュースでどうにかします」
そう言ってアイリーンはトマトジュースのパックを鞄から取り出すと飲み始めた、その匂いを嗅いでかアイリーンをチラリと見たアリシアは、手を差し出す、自分も飲みたくなったのだろう。
アイリーンはチューチューとストローからトマトジュースを吸いつつ、アリシアに新品のトマトジュースのパックを渡す、トマトジュースを受け取ったアリシアはストローを刺しストローを口に付けるとまた外を眺めつつ、トマトジュースを飲み始めた。
「こう見るとアリシアって本当に美人よね」
外を眺めるアリシアを見てニアが同僚達に囁く。
「まぁな、私も同じ顔だがな」
「はい、髪もサラサラで綺麗ですわ」
「私の髪もサラサラだぞ」
「胸も大きいしな!」
「私も負けてないが?」
何故が妹と張り合う姉、同僚達は敢えて無視する、無視しておくとそのうちムキー!となり面白いからだ。
「それに強いしね、ホントにホントに」
「私だって暗殺能力なら・・・」
「それに夜も・・・、凄いですわ・・・」
「・・・」
アイリーンの言葉を聞いてエリシアは頬を染めて俯き大人しくなる、経験がないのだ。
「おい、エリシアをいじめてやるな、そいつピュアなんだ」
「な、なにおう!、私だって経験の一つや二つ・・・」
「無いわよね?、お姉ちゃん」
ここだけ何故か聞いていたアリシアがニコリと微笑み質問する。
「な、なんでそこだけ聞いている・・・、ま、まぁ無いが」
「アリシアと同じで美人なのにモテないのよねぇ
、エリシアって」
「答えは簡単だ、汗臭い時もありゃ、オイル臭い時もあるからな、エリシアって」
「なっ!?、鍛錬をし、ファントムの整備を手伝ったりしてるんだから仕方ないだろう!」
「いやいや、女なんだから臭いには注意すべきよ、お姉ちゃん」
「グヌヌ・・・」
妹に言われグヌヌと俯くエリシア、アリシアはそんな姉を見てニコニコしており、ニアとアイリーンはそんな彼女を見てSだなぁと思う。
「ドS皇帝様、ほらもうすぐ着くぜ、ニアがワガママ言って作らせた、巨大プールだ」
「あら、ほんとね」
キースの言葉を聞きアリシアが外を見ると巨大なプール施設が見えて来ていた、入り口の方を見ると沢山の人々がウキウキした様子で入って行っているのが見えた。
「この後は、プールを運営してる会社との挨拶を頼むぜ、アリシア」
「面倒ね、あなたがやっておきなさい、ほら女装でもして」
「ナイスガイな俺が女装なんてしても、フッ、すぐにバレるだけさ」
女装でもして代わりに挨拶しろと言うアリシアに、キースはフッとカッコつけながらすぐにバレると言う。
「・・・、今すぐ運転席から飛び降りたら?」
それを聞いたアリシアは冷めた瞳をルームミラー越しに彼に送る。
「遠回しに死ねって言わないで・・・」
「今のはそう言われても仕方ないと思う」
「私もですわ」
「私もよ」
「またこれかぁ!」
キースが先日もあった同じようなやり取りを思い出し叫ぶ、それを見てアリシアは楽しそうにクスクスと笑うのだった。
巨大プール施設
拗ねるキースが車を停める、するとすぐに黒服の男達が近付いて来てドアを開けた、アリシアは車から降りる、するとスーツを着た男が近付いて来た、プール会社の社長だろう。
「ようこそおいでくださりました、皇帝陛下、歓迎致します」
「ええ、今日はたっぷりとあなたのプールを楽しませて貰うわ」
「はっ、それでは陛下用の部屋を用意しております、臣下の方々もそちらの部屋に・・・」
「そんな物必要ないわ、私も一般と同じ場所で着替える、その部屋は片付けておきなさい」
そう言ってプールの入り口にエリシア達を引き連れ向かって行くアリシア、ニアが申し訳なさそうに戸惑う社長に笑いかけ、アリシアを追って走って行った。
「良いのか?」
社長は一般と同じで良いと言う皇帝の言葉を聞いて近くの黒服にこれで良いのか聞く。
「陛下があぁ言ってるから良いのではないでしょうか?」
「・・・、後からアルムス大臣に怒られたりしない?」
「さ、さぁ?」
この後暫くプール会社の社長は大臣からの電話が掛かって来ないか、戦々恐々な日々を過ごす事になったが、それは別のお話。




