七話、暗黒聖女アイリーン
ケイネスの船、船内
アイリーンが部屋に入ると、ケイネスがソファで眠っており(アイリーンはこの時、吸血鬼としての母であるアリシアが強く殺意を持っている彼を、彼が眠っているのを良い事に睨み付けた)メアは操縦席で四苦八苦しながら船を運転している。
「メア様、そろそろ操縦を代わりましょうか?、慣れない物の運転は疲れるはずでしょうし」
「いえ、大丈夫です、この後も私が運転します、アイリーンはアリシアが来ないかを引き続き見張って下さい、ここにはアリシアが狙う物が二つもありますからね、しっかりとした防御は大事です」
「分かりましたわ、でも暫くお休みになって下さいまし、急ぎすぎて事故をしてしまっては本末転倒ですわ」
「そこまでいうのなら・・・、分かりました」
メアは操縦席から離れるとこちらにやって来る、アイリーンはニコリと微笑んでから、インスタントコーヒーを作りメアに渡した。
「ありがとうございます」
「いえ、それで?、メア様、これからどこに向かわれる予定ですの?」
鍵を奪ってアリシアの元に戻った時、メア達の向かった先を知らせる事が出来なければ意味はない、その為、吸血鬼となっていた少女はこの質問をした。
「ギグルスです、一応の一番の安全地帯ですしね」
「確かに、アリシア様が一番入り難い国ですわね」
「はい」
アイリーンがメア達の行き先を聞き終わった所でメアがコーヒーを飲み終わる、アイリーンがもう一杯どうです?と聞くと、メアが頷いたので、アイリーンは再びコーヒーを淹れメアに渡す。
「ありがとう、アイリーンさん」
「いえ、そう言えばメア様?、私、あの鍵をよく見れていませんでしたわ、見せてくれませんか?」
「ああ、良いですよ」
何故か目が虚ろなメアは鞄から鍵を取り出すとアイリーンに渡そうとする、アイリーンはアリシアと同じ邪悪な笑みを見せながら鍵を受け取ろうとしたが、突然起き上がったケイネスがメアの手を掴む。
「しっかりしたまえ、アルビオンの姫よ」
「はっ!?、私は一体!?」
安全地帯に辿り着くまで鍵を鞄の外に出すつもりはなかったメアは、自分がしている行動に驚き呆然としている。
「君は彼女の魔力に操られていたのだよ、軽い催眠状態に掛かっていたのだ、私が目を覚ましていなかったら危ないところだったな」
「催眠!?、アイリーンさん!?どう言うことですか!?」
メアは俯いているアイリーンに何故自分に催眠をかけたのか聞く。
「ふっ、うふふ、あっはははは!」
メアの声を聞き肩を震わせ笑い始めたアイリーンは漆黒の魔力に覆われる、その魔力はアイリーンの四肢に纏わり付いて行き、先にアリシアがアイリーンに与えた露出度の高い黒いドレスに変化する。
「こう言う事ですわ、メア様」
そしてアイリーンは邪悪な笑みを見せつつ、腕を開き紅く目を光らせた。
「その目、吸血鬼か、それに君からはあの皇帝の魔力を感じる、皇帝の・・・、第七真祖の眷属となっていたか」
「・・・、あの時から様子がおかしいと思っていましたが、やはりそうだったのですね・・・」
「ご名答、あの頃はまだ体が安定していなくて、お母様の言葉についつい体が反応してしまっていたのです、後でメールでしっかりしなさいと怒られましたわ」
二人が言うあの時あの頃とは闇の遺跡での会話の事だ、そしてアイリーンはアリシアにメールで怒られた事を思い出しているのか、落ち込んだ様子を見せている。
「まっ、あの失態もこれでなかった事になりますわ、メア様?、鍵をこちらへ」
アイリーンはそう言うと、船のエンジンがある方に手を向け、その手に漆黒のとある条件を達成する為にアリシアから貰った闇の魔力を溜める。
「渡しません!」
「おや?、転移魔法を使えないあなたがどうするつもりですの?」
「俺が使える!」
ケイネスは駆け出すとメアに触れようとする、しかし・・・。
「カハッ!?」
窓の外から飛び込んで来た闇の弾丸に体を貫かれ、ケイネスは地面に倒れた。
「お母様!」
「余りに遅いから心配したわ、アイリーン、少し遊びすぎよ?」
ケイネスの体を撃ち抜いた弾丸を放った者はエリシアが操縦するゼウスに乗り、アイリーンの気配を追ってここまでやって来たアリシアであった、愛する母の姿を見たアイリーンは満面の笑みを見せるとアリシアに抱き着き、キスをする。
「くっ・・・、アリシア」
シメラと共に傷口を抑える事で少しでも血が漏れ出すのを防ごうとしているメアは、アイリーンとキスをするアリシアを悔しそうに見上げる。
「ふふ、取引よメア、その鍵を私に渡すのならば、私の転移でアイオンに戻り、置いてきた私の分身に未だに拘束されている師匠の精霊に、そいつの怪我を治させ生かす事を許してあげる」
アイリーンとのキスをやめたアリシアは体を擦り寄せ甘えるアイリーンの髪を弄りつつ、メアに取り引きを持ちかける。
「そして、鍵を私に渡さないのならば、そうね、アイリーンのご飯になってもらいましょうか?、ふふ、お腹空いてるでしょう?、アイリーン」
「はい、ペコペコですわ・・・」
母に腹が空いていないか聞かれたアイリーンは腹を触り、メア達を美味しそうなものを見るかのような視線で見つめる。
「どうするのメア?、あなたがその鍵を私に渡すだけで助けてあげるのよ?、その男を殺すのも諦めてね?」
メアは目を細めてこちらを見ているアリシアが本当にケイネスを殺さず、愛理の元に自分達を届けてくれるのか疑問に思う、その心が闇に染まり切っている彼女は平気で嘘を付く筈だ、そうなればケイネスが死に、鍵も奪われると言う最悪の結果となる。
「本当に、本当に愛理さんの元に私達を届けてくれるんですね?」
「勿論、その鍵を貰う代わりですもの」
「分かりました」
「だ、めだアル、ビオンのひ、めよ!」
ケイネスがメアを止める、メアはその声を聞いて一度振り返ってからアリシアに近付くと鍵を渡した。
「取引成立ね、さぁ手を、そいつを助けなきゃね?」
「はい」
アリシアはアイリーンに後でご褒美をあげるわと伝えてから彼女に受け取った鍵を渡し、メアに手を差し出す、メアはシメラには肩に触れて貰い、右手でケイネスに触れてからアリシアの手を掴む、その瞬間、アリシアはアイオン国に向けて転移して行った。
「ようこそ、聖女様?」
「ふふふ、私はもう聖女ではありません、お母様から貰った二つ名が別にありますの」
「ふぅん、なんだよ?」
キースの言葉を聞いたアイリーンはニヤリと微笑むと口を開く。
「私の名はアイリーン・レイティス、二つ名は暗黒聖女、吸血鬼第七真祖、アリシア・レイティスの一人目の眷属ですの、以後お見知り置きを」
レイティス、アリシアの家名を貰ったアイリーンは誇らしげだ。
「良いなぁアイリーンは、この作戦の為とは言え、アリシアの娘にしてもらってさぁ」
「お母様はニア様も気が向いたら娘にすると仰っていましたわ」
「私にも言ってたわよ、でもその気が向いたらが長そうでねぇ」
「仕方ありませんわ、お母様は気まぐれな方ですもの」
そう言って船室の外に出たらアイリーンはアリシアが行ったアイオン国の方を見つめ、ご褒美をあげると言う母の帰りを今か今かと待つ。
アイオン国
アリシアはアイオン国に転移して来た、そして愛理を拘束している分身体の自分に近付く。
「終わったの?」
「ええ、だからあなたのお仕事はもうおしまい」
「はいはい、じゃあねー、師匠」
本体と会話をし愛理に手を振った影は消滅した、その瞬間、愛理を拘束していた鎖が消滅する。
「師匠、メアはね?鍵を貰う代わりあの男をあなたの精霊で治療するのを許してあげるって私が持ち掛けた取引を受け入れたの、だから怪我を治してあげて?」
「分かった、・・・これで良かったんだね?、メア」
「はい、ケイネスさんの命を見捨てるわけにはいきませんから」
「分かった、おいで、セラピー」
愛理はセラピーを呼び、呼び出されたセラピーはケイネスに近付くと治療を始める。
「アリシア、あの鍵、どうするつもりですか?、まさかあなたがゼロの魔力のスタイル使いに?」
「安心なさい?、そのつもりはないの、私、この力が気に入ってるから」
そう言ってアリシアは未来の自分を見る、同じ力を使う彼女を。
「それならどうするの?」
「そうねぇ、あの鍵を壊すかもしれないし、そのまま厳重に保管するかもしれないし、誰かをゼロの魔力のスタイル使いにするかもしれないわねぇ」
「絶対に使うだろ?お前、世界を手に入れるつもりなら戦力は幾らでも欲しいはずだ」
「あら?、私とキスをしたグレイじゃない、もう一回する?」
「なっ!?」
グレイを見たアリシアは彼を揶揄う事で、彼の質問をはぐらかす。
「それじゃあまた会いましょう?」
アリシアに揶揄われ恥ずかしそうに俯いているグレイを見てクスクスと笑うアリシアは、この場にいる帝国兵に帰還命令を出してから転移して行った。
「メア、アイリーンの姿が見えませんが?」
「・・・、彼女は敵です」
「どう言う意味?」
「アイリーンはアリシアの眷属にされてたの〜」
「なんですって!?、私はそんな事してないのに・・・」
未来のアリシアは今の自分がアイリーンを眷属にしたと聞き驚く、自分は眷属など一人も作らなかったのに。
「・・・、やはりアリシア、あなたが来たことにより、歴史に変化が起こり始めてるんだよ」
「そうとしか考えられないわね・・・」
未来のアリシアは俯く、自分が来た事によりアイリーンを吸血鬼にしてしまったと。
「落ち込まないで、アリシア、あなたが来てくれたお陰で私達は世界が崩壊することを知れた、あなたのお陰で私達は対策を練れるのです、それに眷属は親に付き従う者と言われています、つまりアリシアを取り戻せばアイリーンも一緒に取り戻せます、つまり状況は変わってませんよ」
「メア・・・、ありがとう」
未来のアリシアは落ち込みそうになった自分を元気付けてくれたメアに礼を言う。
「それで?、君達はどうするのだね?、この国にいつまでもいるのはマズイぞ?」
「ギグルスに帰ります、ギルスの修理が必要ですし、覚醒の地がどこにあるのか調べないと」
「おう、覚醒の地であいつらを待ち伏せだ、そして鍵を取り戻す!」
「そうだね〜」
「そう言う事なら俺も行こう、怪我を治してもらった恩があるのでね」
「あなたが力になってくれるのなら心強いです、よろしくお願いします!」
「うむ!」
セラピーによる治療が終わり立ち上がったケイネスはメアと握手する、そしてメア達は愛理の転移により、ギグルスに帰って行った。
アイオン国、首都
一度船に戻ったアリシアは臣下と娘と共に首都に戻っていた、早速アリシアを出迎えた大統領に部屋に案内させたアリシアは椅子に足を組んで座り、早速腕に抱き着いてきたアイリーンに好きに甘えさせつつ、大統領と話す。
「リチャード、私は一先ず帝国に戻るわ、あなたはこれまで通りこの国の管理をしなさい」
「はい、他には?」
「そうね、この国に闇の遺跡がないか探して」
「はっ」
更に力を増し愛理に追い付く為には闇の遺跡を周り、魔の者と契約するか、殺して力を奪う必要がある、その為アリシアは彼に闇の遺跡を探すように命じた。
「アリシア、ゼロの魔力のスタイル使いについてはどうする?、出来れば私がなりたいのだが?、お前を守る力が欲しいしな」
エリシアがアリシアに力が欲しいと言う、それを聞いたアリシアは首を振った。
「駄目よ、お姉ちゃんの属性は水、もしゼロの魔力のスタイル使いになろうとすれば、体に大きなダメージを受けて死んでしまうかもしれないわ、私そんなのは嫌!」
「・・・、すまない」
「分かればいいの、お姉ちゃんには悪いけど、ゼロの魔力のスタイル使いになるのは、ゼロの魔力を得るには光と闇の魔力を持っていなければならないと言う条件を満たしている、アイリーン、あなたよ」
「!?」
母からゼロの魔力のスタイル使いになれと言われたアイリーンは、甘えるのをやめ驚いた様子でアリシアの顔を見上げている。
「で、でも、そんな事をすればお母様の眷属である私が、主人であるあなたより力が強くなってしまうのでは?」
「どうでも良いのよ、そんな事、それに遺跡で力を得れば、その内、ゼロの魔力を扱う者に近い力を私が得れる事は、未来の私が証明してくれているしね、そうなれば私はまたあなたよりも強くなれるかもしれないでしょう?、アイリーン」
「は、はい」
未だ戸惑っているアイリーンはぎこちない返事をする、アリシアはそんな彼女を見て安心させてあげようと思い、優しく微笑み頭を撫でる、するとアイリーンは嬉しそうに微笑んだ。
「それでは皇帝陛下?、我等の次の目的はアイリーンのゼロの魔力のスタイル使いにへの覚醒ですかな?」
キースが舞台役者のような喋り方で、次の目的を聞く。
「私はさっき、帝国に戻ると言ったはずだけど?」
「そ、そう言えばそうでしたねー」
「次は海を泳いでみる?」
アリシアは話を聞いていなかったキースに再びドSな笑みを向けた。
「すいませんでした!、ちゃんと話しを聞きます!」
「何を言っているの?、帝国まで泳ぎたいのでしょう?、命令よ、泳げ」
「どれだけ離れてると思うんだ!?、なぁエリシア、こいつに言ってくれよ!、無理だって!」
「私も泳いだ方が良いと思う」
「私もそう思う」
「私もですわ」
「こ、この鬼畜女共めぇ!」
キースの叫び声が首都に響く、大統領の同情の視線を受けるキースは流石に泳がされる事は無く、飛空艇を操縦し無事に帝国に戻ったとさ。




