八話、暴走アリシアを止めろ
ナイリアーノ城、庭園
『くそっ!収まらない!、みんな!私を止めて!お願い!』
数分前まではもう一人の自分を操るマインドストーンと戦い今度は暴走するもう一人の自分を抑えようとする皇帝アリシア。しかし暴走したアリシアの力は止めどなく膨れ上がって行き皇帝アリシアでは抑えきれない。皇帝アリシアはもう一人の自分を抑えられない無力感を感じつつも仲間達に自分を抑えてくれと頼む。
「ほらぁ!」
心から戦闘を楽しんでいる様子のアリシアはまずはメアに向けて全力で剣を振り下ろす。メアはその剣を受け止めたがそのあたりにも高い威力に右腕が一撃で折れた。
「嘘でしょう!?」
一撃で腕を折られて驚く余り痛みを感じていないメアは目の前の少女を信じられないと言った顔で見る。アリシアはそんなメアを見て笑みを深めると顔に向けて全力の蹴りを放つ。
「つぅぅ!?」
メアは動かない右腕を使うのは諦め左腕で防御する。しかし防ぎ切る事は出来ずメアの両腕が折れた。
「アハハハァ!、死ねぇ!」
畳み掛けるかのように攻撃を仕掛けるアリシアは両腕が使えなくなり戦闘不能状態のメアに突きを放つ。
「はぁぁああ!」
マイナスがアリシアの突きを弾く。メアより遥かに強いマイナスでも体が仰け反り地面に倒れた。アリシアはマイナスの顔に近付くと笑いながら何度も何度も顔を踏み付ける。
「ほらぁ!ほらぁ!痛い?痛いでしょ!?、あははっ!」
「くっくうう!」
「やめなさい!」
一瞬で血だらけになったマイナスの顔。敵とは言え少女が傷付けられるのを見ていられなかったリーリナがアリシアに斬りかかる。
「遅ーい」
アリシアはマイナスを踏み付けるのをやめるとリーリナの斬撃を素手で弾き体を回転させると裏拳でリーリナの顔を殴った。その一撃でリーリナの意識が飛ぶ。アリシアは気絶したリーリナの首を掴むと。空に向けて放り投げ左手に魔力を溜める。
「させん!」
オデッセルスが空に投げ飛ばされたリーリナをキャッチした。遅れてアリシアが魔力の塊を放つがオデッセルスはギリギリで避け地面に着地する。
「暴走している・・・、チッ貴様ら洗脳を解いたな?、私がマインドストーンを埋め込んだのはこの暴走を止める目的もあったと言うのに!」
激しい戦闘を城から目の当たりにしこの場に駆け付けた皇帝はメア達に向けて叫ぶ。
「そもそもあなたがアリシアの血を目覚めさせるからこうなったんです!、だからあなたもアリシアを止める手伝いをして下さい!」
「私によくもそんなセリフを・・・、まぁ良い、このままアリシアが暴走をすればこの王都もタダではすまん、ラフォリア、エリシア、奴等に協力しアリシアを止めろ!」
「「はっ!」」
皇帝の名を受けた二人は頷き合うとアリシアに斬りかかる。皇帝はその間にメアとマイナスに近付き治療を行う。
「敵にこのような施しをするのだ、絶対にアレを止めろ」
「分かっています、アリシアが止まったら私達はそのまま帰らせて貰いますから」
「フン」
エリシアとラフォリアがアリシアと戦う中皇帝は僅か一分でメアとマイナスの治療を済ませた。
「行け」
皇帝は次はリーリナの治療に向かう。
「ええ」
「治療、感謝します」
怪我が完治したマイナスとメアはアリシアに斬りかかる。治療の間の守護をしていたオデッセルスとグレイとシメラも続く。
「ぐぅ!?」
「ああ!?」
メア達が動くのと同時にアリシアはエリシアとラフォリアの体を斬り裂いた。それでも自国を守る為引かない二人は激しい斬り合いを続ける。そこにメア達が加わった。
「!」
一気に増えた敵、面倒になったアリシアは際限なく膨れ上がる魔力を使いブラスターを放った。メアはラフォリアと目を合わせ頷きあった二人はブラスターに武器を当て屈折させると空に流す。
「アイアンソード!」
「マジカルソード!」
グレイとシメラが同時に剣を振るう。しかし二人の攻撃はアリシアにとっては遅く余裕で避けられた。
「あはっ!」
前に飛び二人の真後ろに回り込んだアリシアは首を斬り落とす為剣を振るおうとするがメアがアリシアの肩を掴み動きを止め。アリシアを羽交い締めにする。
「止まって!アリシア!、お願いです!」
「離せ!、離せぇぇ!」
理性のないアリシアにメアの言葉は届かない。離せと叫びながらメアを振り解こうとする。
「抑えていろ!、気絶させる!」
オデッセルスがアリシアの前に来ると腹を殴って気絶させようと腕を振りかぶる。しかしアリシアはメアに向けて魔力を放ち拘束を振りほどいた。
「ああああ!!」
一瞬動きを封じられただけでもアリシアの怒りを更に助長させる十分な理由となる。アリシアは左手に魔力を一瞬でチャージさせるともう一撃ブラスターを放った。オデッセルスは横に飛び退きギリギリでブラスターを避ける。
「や、山が吹き飛んだだと」
たった一撃のブラスターでアリシアは遠くの山一つを丸々を消し飛ばした。その光景を見て皇帝はようやくアリシアの力を覚醒させた事を後悔し始める。
「!!」
アリシアは続けてブラスターを放とうとする。これ以上彼女に人を殺させるつもりはないグレイはアリシアに近付くと抱き着いた。
「邪魔!」
「お前の言葉にショック受けるの何回目かな・・・俺、はぁぁ・・・」
グレイは暴れるアリシアに何とかしがみ付き続け、何とかアリシアを地面に押さえ付けた。
「今のお前には聞こえねぇかもしれねぇ、でも言うよ、結婚しようアリシア」
ピクリ、グレイの言葉を聞いたアリシアの体が震える。
「・・・」
「ずっと俺の側に俺の隣にいてくれ、お願いだ、アリシア」
そしてグレイはアリシアとキスをした。
「・・・こんな大暴れしちゃうお嫁さんでも良いの?」
「理性が戻ったのか!、良いさ、それに二度とこんな風にお前を暴走させたりなんてしねぇ」
グレイはそう言ってアリシアから離れると皇帝に剣を向ける。
「あんたさ、あの山が吹き飛んだのを見てアリシアの力を目覚めさせた事を後悔してんだろ?、その時点であんたにはアリシアは扱えねぇよ、でも俺はアリシアが幾ら強い力を持っていたとしても!、また暴走しちまったとしても絶対に止める!」
「何故そこまで出来る?、見たであろう?暴走したそやつを止めようとすればお前は死ぬかもしれぬのだぞ?」
「理由は簡単、アリシアを愛してるからだ」
ペタンと地面に座り込んでいたアリシアはグレイの言葉を聞き嬉しそうに口元に両手を当てていた。
「馬鹿だなお前は、だが嫌いではない、負けたよ少年、アリシアは少年お前の物だ、今回は諦めてやろう」
「今回はじゃねぇ、永遠にさ」
そう言ってグレイはアリシアに近付くと抱きしめる。グレイに抱きしめられたアリシアは頬を赤く染めつつ胸元に手を当てて目を閉じる。そして彼の愛に応える為に自分の全てを彼に与えようそう思った。
「じゃあなおっさん」
グレイはアリシアを横抱きにするとオルボルクから背を向け仲間達に近付く。
「みんなごめん、私・・・みんなをいっぱい傷付けちゃった・・・」
仲間達の元に戻ったアリシアは目を伏せ仲間達を傷付けた事を謝る。
「良いよ良いよ、洗脳されて私達を忘れてたし、その後は暴走しちゃって訳が分からなくなってたのは明らかだもん!、だからアリシアは悪くない!」
「・・・ありがとうシメラ」
「良いってことよ!、友達でしょ?」
「うん」
柔らかく微笑んでくるシメラにアリシアも明るく微笑み返す。
「それで?、また暴走してしまいそうか?」
オデッセルスは上司としてアリシアに暴走してしまいそうかどうかを聞く。
「分からない、今はさっきまで頭の中に響いていた、戦え!戦え!って私の声は聞こえなくなってる」
「そうか」
「ふふっ、こーんないつ暴走するか分からない女、諦めなさいな」
「いいや諦めない、私は情熱的な女性も好みでね、寧ろ更に君の事が好きになったよ」
そう言ってオデッセルスはアリシアの唇を奪う。
「んん!?」
自分が挑発したせいでオデッセルスにキスをされたアリシアは目を見開く。
「て、テメェ!、もうすぐ俺の嫁さんになるアリシアに何してやがる!!」
「フハハ、結婚するまでは私にも君からアリシアを奪う権利はある、だから宣言しようグレイ君、私は君がアリシアと結婚式を挙げるまでに君からアリシアを奪って見せるとね!」
そう言ってオデッセルスはグレイの腕からアリシアを掠め取り抱きしめた。憧れの男性にキスをされ放心状態のアリシアは大人しく彼に抱かれている。
「させねぇ!そして返せ!」
「断る」
即答である。
「なんだかよく分からない状況ですが早く私に触れてください、あなた達の国にまで連れて行ってあげますから」
「ありがとう!、私のアリシアと私の部下達が世話になるよ!」
「お前のじゃねぇ!、そして返せ!」
「断る」
即答である。マイナスはグレイとオデッセルスのやり取りにため息を吐きながら手を差し出す。アリシア達は目を覚まし近付いてきたリーリナも含めマイナスに触れるとアルトシャーニアに向けて転移して行った。
「行きましたか、それで?陛下、本当に諦めるのですか?」
「あぁ、私にはバトルシアの血を持つ者は扱いきれんと今回でよく分かった、フン、私は彼女の恋人のように彼女を知らないし彼女を愛してもいないからな、私には彼のようにアリシアの暴走を止めることは出来ん」
男としてグレイに負けた皇帝はため息を吐く。
「だがこの世界を私の物にするという欲望は諦めん!、だからついて来い!ラフォリアにエリシアよ!、彼女を敵にしても必ず勝利出来る国を共に作るぞ!」
「はい!」
「ええ!」
欲望溢れる皇帝とその竜騎士達は城に戻って行く。
王都アルトシャルセン、王城、王室
王都に戻った鎧が修理中の為、専用の黄色い騎士服を着たアリシアは国王の前で片膝をつき頭を下げていた。
「申し訳ございません、マインドストーンと言う道具に操られていたとは言え、私は一時あなた以外の者に仲裁を誓ってしまいました、ですからなんなりとあなたへの忠義を裏切った私を裁いてください」
聖騎士としてシュルツ王に仕える身であるのに国王を操られていたとは言え裏切ってしまったアリシアは自分を裁いてくれと王に頼む。
「良かろう、お前に裁きを下す」
「・・・はいっ!」
「その力、バトルシアの力を暴走させずに扱えるようになれ」
「それは裁きとは・・・」
「言える、言わばお前はこれより自分の中の強き力に立ち向かう事となるのだ、それは大変な労力が必要となるだろう、私はそれが十分なお前への裁きとなると考える、我が聖騎士アリシアよ、必ずお前の中のバトルシアの血に打ち勝て!、・・・ただな?街中で暴走するのは絶対にやめろ、良いな?」
「善処します・・・」
国王にもう一度頭を下げたアリシアは部屋から出ようとする。そんなアリシアの背中にリーリナから受けた報告の中からとある事を聞いていた王はそれを口にする。
「グレイ少年と結婚の約束をしたそうだな?、おめでとうアリシア」
「あ、あいつめ・・・」
王に揶揄われたアリシアは余計な事を報告したリーリナにイラっとした、その瞬間ピコーンとバトルシアの血が起きるのを感じ。慌てて眠りなさいと皇帝アリシアと共に血を抑え込む。暴走を防げたアリシアはホッとため息を吐く。
「シュルツ王、お言葉ですが」
「なんだ?」
「私、今、暴走しそうになりました」
「!!」
暴走したアリシアの強さをリーリナから聞いているシュルツ王は慌てて椅子から立ち上がると椅子の後ろに隠れる。
「まぁなんとか抑え込みましたけどね、でもこの血を私が完璧にコントロール出来るようになるまではよ・け・い・な事を言わない方が良いと進言します」
「お、王に脅迫するか」
「いえ?これは脅迫ではありません、警告です、死にたいのなら私を暴走させてくれても構いませんけどね?」
アリシアは振り返ると首を傾げニッコリと微笑む。王にはその笑顔が悪魔の微笑みに見えた。
「やはり脅迫ではないか!」
「あっ暴走しそう」
「!!」
暴走しそうだと言うアリシアの言葉を聞き王はテラスに向けて走って行こうとする。
「ふふっ、嘘です」
アリシアは逃げて行く王の背中を見てクスクスと笑いながら嘘だと言う。
「洒落にならない嘘を言うな・・・」
「あはは、はーい」
「全く・・・、それでは行け」
「はい、シュルツ王陛下」
アリシアはその場で片膝をつき頭を下げると立ち上がり部屋から出る。部屋から出ると入り口にオデッセルスが待っていた。
「一緒に昼食でもどうだい?」
オデッセルスはスッとアリシアの肩に腕を回すと昼食を食べに行こうと言う。
「嫌です、グレイと私の友人達で食事の約束があるので」
王都に戻って来てから既に三日が過ぎておりグレイは友と共に正式に騎士となっている。現在アリシアは聖騎士として新たに騎士となった彼等を直属の部下とし彼等への教育を行っている。
そして、朝この日の訓練内容をグレイに伝えた所、みんなで昼食を一緒に食べようと誘われたのでアリシアは可愛らしく微笑みながら行くっ!と伝えたのだ。ちなみにこの三日間一応暴走はしていない。
「良し、その食事に私も行こう」
「なんでそうなるんですか、他の人と食べて下さいよ」
「私は君と食事がしたいのだ」
「・・・はぁーあ、良いですよ、ついて来てください」
「ああ!」
アリシアは嬉しそうなオデッセルスと共にグレイ達の元に向かう。
「なんでその人がここに?」
「一緒に食べたいって言うから仕方なく」
「正確にはアリシアと共に食べたい、君達はどうでもよい」
「・・・、なぁシメラそろそろこいつ殴っても良いか?」
「クビになりたいのならどうぞー」
「・・・」
「プッ、ふふっ」
シメラの言葉に何も言い返せず俯くグレイ。アリシアはそんな彼を見て吹き出した。
「笑うなよ」
「あはは!、ごめんごめん、ほら食べよう?、あーん」
「お、おう」
あーんするアリシアの可愛らしさにグレイはときめき頬を赤く染めながら口を開く。
「私にも後であーんしてくれ」
「嫌です」
即答である。アリシアにあーんしてもらえなかったオデッセルスはションボリとしつつ昼食を食べ始めた。天気は快晴、今日も王都アルトシャルセンの王城は平和である。
第四部、五章、バトルシアの血編、完
次章のタイトルは聖騎士のお仕事と金色の九尾の帰還です。




