5-16 活発。基地外の活動家
「ダンジョン基地はんたーい!」
基地の外からのその掛け声。
ここ最近日常と化していたその掛け声には、さらに追加で続く言葉が生まれていた。
「人殺しの魔女をゆるすなー!」
魔女魔女と前時代的な掛け声だが、それを取り囲むのは報道関係のカメラマンやリポーター。
昨日まではそんなことは無かったのだが、今日からはカメラマンたちも元気になってカメラを回している。
事の発端は僕とミコトさんが市街地の方でデートを行っていたところだ。
ミコトさんの存在は今まで知られていなかったけど、代わりに僕の方はそこそこ知名度が高かった。いろいろと話題には事欠かなかったというのもある。
で、そんな人間が変装もせずにうろつけば目に留まる。特に話題の中心地では。
知っている人なら当然僕のことに気付くわけだ。
そして、その隣には見知らぬ美少女。
おまけに一緒に基地の中へと入っていく事実付き。
まあ、これが報道各社ならある程度プライバシーや社会的責任やらで報道を規制することもあったのだろう。出てきたとしてもゴシップ誌の一面くらい?
ネット環境が無ければそこまで問題にならなかっただろう。
が、現在は大絶賛高処理ネットワーク社会だ。
プライバシーなど知ったこっちゃないSNS等に情報は流れ、自己の能力誇示そのほかで遊び半分に特定を始める人間が拡散。
あっという間に、ミコトさんのことは魔女としてお茶の間の皆様の前へと晒されることになりましたとさ。
そして目の前の基地外の平和団体の皆様方は、水を得た魚のようにミコトさんのことを集中攻撃してきていた。
それが目の前の状況だ。
実際、僕たちの状況はちょっとばかしまずいことになっている。
僕たちというか、正確にはミコトさんと自衛隊の方々だ。
何でかって言えば、まあこの一言に尽きる。
『ミコトさんは徴兵組じゃない』
僕たちの小隊に混ざって日夜元気に骸骨たちを爆殺粉砕しまくっているミコトさんなのだが、その正体は実際のところMULSの制御OSの開発者だ。
つまりダンジョンに入ることも、小隊の中に戦力として組み込まれることも本来御法度。
何でかって言えば、無関係の人間がシステムの指揮下に無いのに首を突っ込んじゃダメだからだ。
僕は剣道の有段者だから悪者を逮捕するぞ。僕は消防車の装置を扱えるから消火活動に割り込むぞ。
これらの行動と、ミコトさんの行動はまあ同じ行動なわけだ。
警察なり消防なり、救急なり。それらは組織として体系だって動いている。その中の人員は言い換えてしまえばそのシステムを動かす駒であり、自分たちの行動にどんな意味があるのかを理解し、自覚をもって行動している。
ミコトさんのような存在は、行ってしまえばその自覚がない人間な訳だ。
良かれと思ってすぐに勝手な行動をする。組織を動かす命令系統に従わないし、その指揮下に無い。
システムからすれば、そいつらはシステムに寄生して好き勝手をし、より悪化する事態を招くがん細胞な訳だ。
当たり前の話なのだが、どんだけ有能でやる気があっても、そんな代物はシステムにとってはノーセンキューである。
そう。たとえ徴兵されておきながら無許可でダンジョン内の動画を漏洩させた関とかいう存在がいたとしても、ミコトさんは彼以上にこの場にいていい存在じゃないわけだ。
何故ならミコトさんは、ダンジョン攻略が仕事じゃないから。
というわけでミオリさん他自衛官の方はその対応で大わらわ。話では議会の方も巻き込んでの大騒ぎとなっている。
その余波は僕の方にもやってきており、そして僕が外の様子の見えるベンチに座っている状況にもなっていた。
ま早い話、僕たちの小隊は無期限の活動停止処分を喰らっているわけだ。
実際のところこんな状況でミコトさんも連れてダンジョン探索に行きましょうとはミオリさんも許可できないわけで。いくら僕たちなら危険も少なくダンジョンに潜れるとはいえ、レギュラーの一人を欠いた状態でのダンジョン探索は流石に危険が伴うためどちらにせよダンジョン探索は出来そうにないのだが。
「ここに居たのかい」
そして、そんな僕の元へとやってきた人が居た。
大矢さんだ。珍しく、美冬さんも外に出て隣にいる。
「お疲れ様です。ミコトさんは?」
僕は最初にそう聞いた。
事の発端はミコトさんで、この騒ぎの中心もミコトさん。そして目の前の平和団体の皆様はそのミコトさんを目の敵にしている。
曰く、『MULSを動かせるようにしたことで僕たちが死地に赴く羽目になったから』だそうだ。僕自身、それを理由に彼女に当たり散らそうとしたこともある。無関係の赤の他人が、人を責める格好の武器を使わない理由もなかった。
だからまあ、今のミコトさんは保護兼隔離でこの人たちと一緒に建物の中にいたはずだった。
ことが発覚してからこの二人はミコトさんのそばにいたはずなのだが、ここに居てもいいのだろうか。
「この国の伝統を行使中」
「?」
何言ってんだこの人?
「神話の時代にはかのアマテラスが天の岩戸に閉じこもり、時の幕府は鎖国をして国際社会から閉じこもり、ここ最近では学生たちが自分の部屋に閉じこもる。そんな歴史あるこの国の伝統さ」
「素直に引きこもりって言いなさいよ」
自分の部屋に閉じこもったらしい。
「そばに居なくて大丈夫なんですか?」
「引きこもってるうちは大丈夫」
「えっと、ホントに?」
「ヤバイのは部屋から出て自分で勝手に行動しだしてからだろう?」
「ああ、成程」
「昨日の今日でいきなりアクティブになることは無いから。まあ今のところは大丈夫だよ」
ミコトさんの方は大丈夫なのか。
「まあ、ミコトさんの方は理解しましたけど、大矢さんたちは何でここに?」
「んー。敵情視察?」
顎に手を立ててしばらく考えた後、大矢さんはそう答えた。
「平和団体のことですか?」
「まあね、人の気も知らないでよくもまああそこまで人のことをこき下ろせるもんだ」
そう言いつつ大矢さんは平和団体の皆様を眺めていた。その平和団体の皆様方は、僕たちの視線も気づかずにミコトさんのことを魔女魔女と叫び続けている。
「あれって平和のために活動してるんですよね」
「そうだよぉー。平和のために不要な人間を排除しようとする平和主義の集団だよぉー」
大矢さんの言葉には嫌味がたっぷりとこもっていた。まあ実妹をやり玉に挙げられていたらこうもなるのだろう。
「開発者の私のことは無視してうちの妹にピンポイント攻撃してる卑怯者だよぉー」
ついでに恨みもこもっているらしい。
「俺がさせたんだから俺のせいにすりゃいいだろうに」
「無駄だからでしょう。批判されたところで大矢さん開発をやめる気ないでしょうし」
大矢さんの言葉に、僕はそう反論した。
「そんな理由で?」
「正確に言うと、大矢さん有名ですから」
「有名?」
「ネットでMULSの開発を発信し続けていたわけじゃないですか。それを見るユーザー。つまりは大矢さんのファンもいるわけですよ。そいつらは言ってしまえば大矢さんの味方で、あいつらは大矢さんのファンの相手もしなきゃいけなくなるわけです。その点、ミコトさんに関しては僕だってここに来るまで知らなかった訳ですから」
「味方になるファンもいない。と」
「常識的にあの基地外の平和団体の行動は目に余ることですけど。同時にミコトさんのことを知らない人間にとっては、ミコトさんはどうでもいい赤の他人なわけです。見ず知らずの赤の他人のために、罰するほどでもない理由だけど敵だと断定して糾弾するキチガイの相手をしようとする人間はいませんよ。誰だって自分の身は守りたいですから。騒ぎを止められる第三者を排除して孤立させたうえで、複数人で寄ってたかって袋叩きにする。あいつらの得意分野です。大矢さんにはそれができないですから、身代わりにはなれませんね」
僕は遠くにいる基地外の平和団体を眺めてそう言い切った。
「「………」」
大矢さんたちは僕の言葉に声を出せないでいる。
そのことに違和感を感じた僕が大矢さんたちの方を見ると、大矢さんたちは何かを言いたそうにこちらをじっと見ていた。
「……どうしました?」
「いや、そのー、だな」
「ちょっと気になることがあったから。けど、聞いていいかどうか気になっちゃって」
口ごもる大矢さんと、心境を語る美冬さん。
聞いていいかわからない?
「どういうことです?」
「えっと、どうしてそんなことがわかるの?」
「……あ」
言われて僕は気が付いた。
確かにそうだ。普通の人はそんなことは考えない。あの平和団体のことをそんな色眼鏡では見ない。
当たり前だ。あいつらがミコトさんのことを魔女だと騒いだところで、信じる人間はそうはいない。
何故なら何もわかってないから。前後関係も何もわかっていない状態で、正義を掲げて殴ることなんかできるはずもない。
そして逆もそうだ。あの平和団体があんなことやっていても、そこまで大したことはやっていないと普通は思う。
僕ほどひねくれた考えを持つこともないだろう。
だけど僕は断言した。一切の躊躇なく。
そこにこの人たちは疑問を持ったというわけだ。
そして、聞いていいかわからないという文言。
たぶん、大矢さんたちは僕がそれを言う理由に心当たりがある。
その上で、聞いていいかどうか迷ったというわけだ。
僕は少し思案する。実際、それはあまり人に言いふらすことじゃない。
僕自身、あまり人に言いふらしたくもない。理由はまあいろいろだ。
だけど、この人たちはその理由には該当しないだろう。
となると、後は僕の気分次第。
どうしたものか――――。
「―--まあ、この期に及んで隠す必要もないですよね」
「てことは」
「はい。あのキチガイ共にしこたま痛めつけられました」
「どうやって?」
「簡単な話ですよ。彼らは自衛隊には反対派。そして僕の親は自衛官です。」
そこまで言って、大矢さんたちは息をのむのが見えた。気づいたらしい。
「『お前は人殺しの息子』。それが彼らの言い分でしたよ」
それは中学に入った時のことだった。
僕が地元の学校に入学したのと同時期にその学校に赴任してきた教師が、僕のクラスの担任となった。
そしてその担任こそが、今目の前にいる集団と同じ平和主義者だったわけだ。
そこからの中学時代は地獄といってもいいものだった。あらかさまな差別、いじめ。
ただのいじめでも一昔前までは自殺だ何だと話題になっていた代物だ。それを、教師が率先して行う。
学校で、生徒を指導する立場の人間が、彼らの模範となるべき人間が、その模範となるべきことを行う。
クラスメイトはそれを見てどう判断したのか。
答えは単純。先生の教えには従うものだ。
具体的に何をされたかについては、今はあえて言うまい。
ただ、僕が何を言ったかを考えれば。それはある程度の予測はつけられるだろうが。
「と、言うわけで。3年ほどあいつらにしこたまつき合わされましたから、あいつらの考えはそれはもうしっかりと刷り込まれているわけです」
「……それは、」
「貴方は大丈夫だったの?」
「まあ、大丈夫じゃなかったですね。何度か自殺も考えましたし。結局、僕は耐えきれなくて、必死になって頼み込んでやめてもらったわけですけど」
「「………」」
大矢さんたちは言葉も出ないらしい。
まあ、過ぎたことに何を言われてもぼく自身困るのだけど。
「ミコトさんが引きこもったのは結果的によかったですね。あいつらと個人的な対話とかしても意味がないですから。ミオリさんたちに任せるしかありません」
僕はそんな二人にそう言った。
『魔女はこうなったせきにんをとれー!』
そして、基地の外からはそんなことをのたまっていた。