4-15 勝手に実況
ごめんなさい。前の話とほとんど変わりません。
さあ本日も始まりました『アリーナ勝手に実況動画』。本日もアリーナで起こるMULS同士の決闘を面白、可笑しく、勝手に実況していこうと思います。実況はおなじみ『トラノコ』と『メロンちゃん』でお送りいたします。
「よろしくお願いします」
さて、本日のマッチングは最初からトップスピード!あのチャンピオンの試合です。
「最初から目が離せませんね」
はい。さらに今回のマッチングは先方からの要請でグラップルマッチングとなっております。万死の運び屋の貴重な決闘です。目が離せませんね。
「そうですね」
プレーヤーもログインしたようです。さて、それでは選手の紹介をさせていただきます。
片方は話題にありますランキングチャンピオン“ワタリガラス”。搭乗する機体は完全オリジナルの規格外MULS『ヴォロン・25』前回登場したヴォロン・24よりバージョンアップを果たしての再登場です。右腕はおなじみレイブンクローを装備。左手には斧となっています。普段使いの30㎜機関砲は今回見ることは叶いません。
「今回は格闘戦用ですからね。彼の全力が見れないのは残念ですが、格闘戦が如何ほどかを知るいい機会になるでしょう」
そうですね。
「斧の攻撃力はMULS相手には過剰で、扱いも難しいです。ですが、一発でも喰らえば撃破されるというプレッシャーは相手にとって無視できない枷となるでしょう」
ワタリガラスお得意の心理戦ですか。
「ただし、適切な行動をとれないとプレッシャーも与えられません。扱いの難しさも含め、彼の格闘戦能力を知るいい機会でもあるでしょう」
んんー、成程。ではそろそろ挑戦者の紹介も始めようと思います。
「お願いします」
挑戦者の名前は“ベッセル”。ランキングは99位。ここ最近噂になってますね。
「そうですね」
ワタリガラス共々、ダンジョン攻略のために徴兵された時も話題を誘いましたが。ここ最近ではサドンデスルームで大暴れしていたのが話題になっていますね。
「特に投擲という新概念が登場したことは彼の功績が大きいでしょう」
そうですね。今後において、MULSの戦術、戦略に大きな動きを見せたことで話題となりました。
さてそんなベッセル君ですが、搭乗する機体は『百錬』。五体全てフルセットのベーシックモデルとなります。
こちらも最近話題となっていますが、性能の方はどうなんでしょう?
「以前から動画と現場で確認していますが、標準型のMULSを大きく逸脱したものではないようですね」
成程。これは搭乗者の腕が試されるようです。
「手に持っているのは長剣ですか」
そのようですね。彼自身は格闘技能持ちですが、普段は片手剣を好んでいたはずです。これはどういうことなんでしょう?
「おそらく攻撃範囲を気にしたのでしょう。あの体格差で片手剣では敵の攻撃範囲から逃げられません。ワタリガラスの攻撃は全て一撃を耐えることは難しいでしょう。」
盾を持っても防ぐことすらできないと。安全に攻撃を蓄積していくつもりですね。んんー、成程。
「お互いに全力は出せないでしょうが、それでも彼らはトップエースです」
今回の試合、どうなるのか。目を離すことができませんね。
それでは試合開始です!って、え?
し、初手はベッセル、真正面から突っ込んだ!
「早い、中量級とは思えません!」
その長剣での横薙ぎの一撃。しかしそれはレイブンクローに阻まれました。
「あの爪は盾としての機能も持つ複合機能武装です。そう簡単に破壊はされません」
初手から勝負に出たベッセルには驚かされましたが、しかしその動きは見切られました。
勢いを殺され、今のベッセルは無防備です。
「これはすぐに決着がつきそうですね」
さあワタリガラスがその隙を逃すはずがありません。斧大きく掲げて今振り下ろします。
「MULSは急には動けません。ベッセルの回避は間に合わない」
振り下ろされるは即死の一撃!回避不能!ベッセル選手ここで脱落……?
「…なんだこれ」
べ、ベッセル選手、未だに健在。いや無傷!即死そして不可避の一撃を回避しました!
メロンちゃんさん、これは一体どういうことでしょう?
「私にもわかりません。別視点からリプレイしましょう」
ええ、はい。ソレではリプレイ映像となります。ワタリガラスの放つ一撃。この瞬間ベッセルは何をしていたのでしょうか。
「…攻撃した?」
はい?
「ここを見てください。刀身を肩に当て、そこからさらに機体荷重をかけているように見えます」
そうですね。しかし、彼我の質量差は見た目の通りです。実際、ワタリガラスの機体はその攻撃の影響を受けていませんね。
「ええ。ですが、代わりにベッセルの機体が後退。回避のための初動を得ています」
ええ!? それはどういうことです?
「てこの原理ですよ。長剣を棒に見立て、レイブンクローとの接触点を支点。握り手の部分を力点、肩との接触部を作用点にして、腕の力を使って機体そのものを押したんです」
ええ!?じゃあ、あの一撃でそれだけの判断をしたってことですか?
「そうなります。ベッセル君の近接戦闘の技能に関して、私たちはランク以上の評価をしなければならないかもしれません」
流石はトップランカーですか。さて丁度試合も動いたようですし、実況を続けていきたいと思います。
次に動いたのはワタリガラス、斧を横から薙いでいくつもりのようだ。
「規格外の体躯を生かしたプレッシャーですね。回避されても攻撃する隙ができません」
状況はワタリガラスが依然有利。ベッセルは後退しかできない——
「ええっ!?」
何とベッセル前に出た!いったいどうやって回避するつもりだ!
おっと?ベッセルここで異変。機体が後ろに傾斜しています。これは?
「挙動は初心者が良くやる転倒ですね」
転倒?ああっと!
「ローラーダッシュの挙動にプレイヤーが慣れていないと、ああやって上半身が置いていかれるんですね。それを支える下半身は前に投げ出されるので、そのまま下に落下します」
どうにかならないんですか?
「どうにもなりません。ベッセルのミスですね。ワタリガラスの斧は回避できたみたいですが、転倒後の復帰を許すつもりはないでしょう」
残念ながら、ここで試合終了で…なんとぉ!?
ベッセル選手、ここで転倒をリカバリー!何で、どうやって!
「そんな話は後です、形成はベッセルに大きく有利。ワタリガラスは攻撃の制動で動けない。真後ろに回ったベッセルが圧倒的に有利!」
その隙は当然逃さない!ベッセルは剣を振る!旋回の勢いも載せた一撃必殺!入ったぁあああ!
肩、接合部への一撃。関節部に入ったそれは腕を切り飛ばすのに十分な一撃!ワタリガラス、片腕での戦闘を余儀な、く……?
何と、ワタリガラス、その一撃を耐えた!
「装甲に阻まれて阻止されたようです。一般的なセラミックアーマーなら切り飛ばされていたのでしょうが。しかし、これは」
メ タ ル アーマァー!ワタリガラス、装甲を金属装甲に変えていたぁー!
「きたない。さすがカラス、きたない!」
ですがルールとしては全く問題ありません。試合続行です。
ベッセル選手。反撃に一撃をもらいました。
裏拳の一撃。たまらずに腕部ごと分離!
「おそらくフレームを折られたんでしょう」
ベッセル選手、渾身の一撃を見事に返されました。
状況はベッセル選手に圧倒的に不利です。
「彼の武器は両手剣。片腕で扱うことはできなくはないでしょうが、大きな制限を付けられます。ワタリガラスもそこは当然抑えてくるでしょう」
ベッセル選手の勝ち筋は潰えてしまったのでしょうか。しかし、試合は続行です!
両者動く。先制はワタリガラスの戦斧!
ベッセルは正面から迎撃。この期に及んで逃げないのか!
しかし攻撃はしない。上から振り下ろされるそれを回避!
「今はそれしかできないでしょう。そして、ワタリガラスの攻撃は大きな隙です」
ベッセルそこを狙う!担いだ剣を体で振る!狙いは執拗に、腕部だ!
しかし阻まれる!烏の爪は砕かれない!
ワタリガラス、ベッセルの動きを再び止める!
「そしてワタリガラスがその隙を逃すはずがありません」
ワタリガラス、武器を放棄。素手でベッセルを殴りにかかる!
「その巨体、その質量。標準型のMULSでは防ぐことは不可能です!」
つまり勝負に出た!落ちた剣では先ほどの回避も再現できない!ここで決めるのか、決まるのか!
「いや、ベッセル選手、諦めていない!」
蹴った!ベッセルが剣を蹴る!反動で剣は飛び上がる!
その攻撃は……逝ったぁー!ベッセル選手の一撃、敵の腕を遂に断つ!
ワタリガラスの腕が飛ぶ!万死を運ぶ腕が飛ぶ!これで腕は五分と五分!
「ですが、腕はもう一本。ベッセル選手の奮闘はここまでです」
ああ!レイブンクローにつかまった!そのパワーと質量にベッセル選手は対応できない。
転倒、更に追撃!ワタリガラスは踏みつけた!その質量がMULSに乗る!割れる!沈む!
ここで試合終了のゴングが鳴りました!勝者は想定通り、ワ タ リ ガ ラ ス ! しかし、その内容は我々の予想を大きく超えていました。
「普段とは勝手の違う試合でしたが、そのポテンシャルは計り知れませんでしたね」
ええ、ええ。こんな試合はそうそう見れるものではありません。これだから実況動画はやめられない。
「まあ、個人で勝手にしているんですけどね」
最近は半ば公式化してますけどね。と、おーっと、ここでワタリガラス選手からのメッセージが届きました。挑戦者へのメッセージですね。えーっと、読み上げますね。
『得意分野で負けてやんの。クッソザッコm9(^Д^)プギャー』
ワタリガラス、いつも通りのクソ煽り!
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「……ん、なぅっ!」
僕は動画をブチ切って、近くにあったクッションを怒りに任せて投げつけた。
それは壁に当たり、クッションなのでこれといった騒音も出さずに下のベッドに落ちていった。
ここは僕のベッド。試合のためにここから没入し、先ほど実況動画で試合を確認していたところだった。
で、最後の最後にアレだよ。
同じ敷地内にいるというのによくもまああそこまで挑発できるもんだ。
見た目は地味な男性でした。
うん、言葉の通り、まともなのは見た目だけ。
その下は何だあのクソ野郎。
人の神経逆なでするのに特化してんのな。
けど負けたのも事実なんだよなぁ。
「あー、クッソ腹立つ」
まあ、だからと言って何ができるわけでも無いのだが。流石にむかついたからってお礼参りに闇撃ちかますのはアレだし。
強くなるしかないんだよなぁ。
「あぁー」
怒りのやり場もなく、ベッドに寝っ転がる。
こういう時は何やったってうまくいかない。寝るに限る。
そうだそうしよう。そのまま僕は目を潰り、意識を手放そうとした。
「…連絡?」
だが、それは予想外の呼び出しに邪魔された。
繋ぎっぱなしだったデバイスから、呼び出しを繋げる。
「イツキ君、今いいかしら?」
呼び出した人はミオリさんだった。
「ええ、大丈夫ですけど。何か?」
「私のところまで来てもらえるかしら」
「別にいいですけど、何の用です?」
とりあえずベッドから降り、ドアを開けて通路に出る。
そうしてミオリさんの執務室へと移動しながら、その続きを聞いて僕はその足を速めることになった。
「ミコトさんのことがネットで特定されたの」
今回のあらすじ。
ミコトちゃん特定! これだけ。
ホントごめんね。やってみたかったんDA!
いつの間にかブクマ400超えたよ、ヒャッホイ。
最近誤字報告してくれる人が居ます。正直助かります。ありがとうございました。