5-14 和名 ワタリガラス
最初に動いたのは僕の方だ。
機体を沈ませ、前方へと倒れ込むように進ませる。倒れ込む勢いそのままに敵の懐に入り込み、両手で保持したツーハンドソードを横へと振った。うまくいけば、これで一撃だ。
しかし、それは振り切れない。
敵の右腕、その一体化したクローがその攻撃を阻んだからだ。
おそらくそれは盾の役割も果たしているのだろう。頑丈さだけは保証される格闘武器を破壊することはできない。
そしてその一撃を阻んだ敵は、既にこちらへの攻撃準備を終えていた。
高く高く、その巨体を利用して標準のMULSよりなお高く、その左手に持つ斧を今まさに振り下ろし始めたからだ。
体重をかけて振った剣は受け止められ、僕の機体は動けない。
そこへと迫るのは重質量の斧だ。喰らえばひとたまりもない。
だから、僕は、剣を振った。
刀身を肩に当て、その肩をさらに押す。
爪に阻まれた剣はそれでもなお動かない。敵の質量は僕の機体を圧倒している。動くはずがない。
しかし、代わりに動くものがあった。
僕の機体だ。
肩を視点に敵を押し、その反発力は柄の部分を後ろへと押した。
その動きは微少だが、それだけでよかった。
それだけの動きで重い機体に速度が乗る。速度が乗れば加速ができる。
脚に力を入れる。後方へと機体を投げ出すように。
機体が後ろへと加速した。すかさずにローラーダッシュ。ただし右足だけ。
左足はその場で動かず、機体もそれに引っ張られる。
そうしてできる動きは後退しながらの右旋回。
そしてその動きは正しかった。直角に方向転換した僕の機体の真正面を、敵の斧が通過していく。
あのまま後退していたら、速度が足りずに命中していただろう。
倒すべき相手を逃した斧はその慣性を止めることができなかった
故に、僕を粉砕する一撃は下へと向かう。下へ、敷き詰められたコンクリートへ。
敵の斧が地面に突き立てられた。その威力はコンクリートをその威力でもって断ち切り、それだけでは収まらずに周囲にひびを入れさせ、弾けさせた。
出来上がったのはちょっとしたクレーターだ。
その光景を見て、僕の背中は少し冷えた。
MULSの斧は重く、とにかく扱いが難しい。
重心も握り手から離れていて使いにくく、刃をきっちりと立てないと刃が逃げて威力が出ない。
その代わり、対MULS戦においては過剰と言えるほどの破格の攻撃力を持っている。
斧の持つ破壊力が、その刃面に集中するからだ。
MULSにその攻撃を防ぐ手段は無かった。
あの斧は絶対に受けちゃいけない。受けたら負けが決定する。
しかし、敵の攻撃手段はそれだけにとどまらなかった。
機体を横から押す力がかけられる。その力は僕の機体の左側。
それは敵の右腕に押された力だった。
その力に押され、敵の腕と僕の機体には隙間ができる。
それが敵の狙いだった。その先端の爪が開く。
強度優先で簡素、しかしそれ故に頑丈なそれは重機用の爪に近い。
それは内蔵のシリンダーで駆動し、動きは遅いが、故にパワーだけはあった。
そんな代物がこちらを狙い、咢を開いて向かってくる。捕まったら逃げられない。
だから逃げた。ローラーダッシュで後退。ついでに下げた剣で切り上げる。
その攻撃はダメージにはならなかったが、牽制にはなった。
敵の爪は空を掴んだ。
一呼吸。一瞬だけ場が静寂に包まれる。
そして響き渡るのは、周囲からの歓声だった。
時間にすれば一分も経ってない。しかし、そこで起きた攻防はここに居る観客にとっては濃密な代物だ。
何せ、ランキングトップと真正面から打ち合い、本来ならその一撃で潰されるはずだった攻撃を逃げ延びたのだ。
まだまだ楽しませてくれる。そう言う期待が彼らの中にはあった。
戦う側からすればそんなことを考える余裕もないが。
敵の攻撃は解ってた。予測できた。思った通りに回避できた。
全部は予定通りに行動できた。
だけど背中には冷たい汗が今も流れ出ていた。
敵の持つ巨体、禍々しい装甲配置。緩慢だが、鋭い攻撃。
ついでにランキング1位の肩書と、当たれば必殺の通常攻撃。
敵は全身から、その動き一つからプレシャーを与えてきて、僕を精神的に圧迫してきていた。
これは、呑まれたら負けだ。
そんなことを考える僕のことなど気にもせず、敵は悠々と地面に突き刺さった斧を引き抜いた。
お互いに仕切り直し。
次に動いたのは敵の方だった。
一歩、二歩、歩みを進めながら斧をふるう。
その方向は横。MULSの腰を薙ぐような横薙ぎの一撃。
後ろに下がれば回避はできる。しかし、それをしてもぼくが攻撃範囲に入るころには敵も迎撃ができる状況だ。
敵はそれでも困らない。剣のリーチを持ってなお不利なのは僕の方。
だから僕は前に出る。出なきゃいけない。
僕の機体、その強みは標準型の体型に似合わない軽量高機動だ。
それを生かすために、僕は全力で前へと機体を進ませた。
勢いの乗った機体は敵の攻撃圏内へと突き進ませる。このままいけば、横薙ぎの一撃で機体を真っ二つにされる。
避けるには上か下。敵の攻撃面から機体を逃すしかない。
僕は機体を下に逃がすことにした。
しかし、敵の攻撃はMULSをしゃがませた時よりもさらに低い。普通によけようとしても逃げられない。
だからさらにもう一手。僕は機体のバランスを崩すことにした。
脚部をローラーダッシュに任せて前進。上半身はその動きについていけない。
半ば引っ張られるように上半身はバランスを崩し、その機体を仰向けにしてさらに下へと沈みこませた。
そのすぐ上を敵の斧が通過する。敵の攻撃は回避した。
ここまでは予定通り。そして、ここからが正念場。
意図的にであれ、僕の機体は背中を下にして落下中だ。
それを支えるべき脚部は前方へと投げ出され、踏み込んで姿勢を持ちなおすことは叶わない。
このままだと地面に投げ出され、無防備なそこを敵に攻撃されて撃破されるだろう。
だけど、そんなことはさせない。
僕はローラーダッシュを停止した。
急ブレーキをかけられた脚部はその勢いを制動され、その場に強く固定された。
それは膝、大腿部とつながっていき、そして上半身も制動される。
しかし、上半身は足の方向へと進もうとする。バランスを崩す前からあった、前進しようとする勢いが残っていたのだ。
それは地面と接した部分によって制動され、そこがつっかえとなって上へとその勢いを変換される。
それは落下するMULSの勢いよりも大きなものだ。
巻き戻しを受けるかのように機体を起こし、直立する僕の機体。お互いに背中合わせ、その背面のセンサーには、斧を振り切り背中を見せた敵の後ろ姿だ。
敵に迎撃の余裕はない。
「貰ったあああああああ!」
僕はその背中めがけて剣を振り下ろした。
狙いは敵の左肩。斧を持つ手の肩。その接続部。
胴体部はMULSのそれよりなお大きく、こちらの攻撃が致命傷になるかは未知数だった。
その点、ここならどう頑張っても限界はあるし、片腕になれば攻撃能力は半減。撃破できなくてもこちらに余裕ができる。
だからそうした。手にもつ長大な剣を思い切り振り下ろす。
敵の動きは速かった。こちらの狙いを察知し、その腕を持ち上げる。
狙いは腕そのものの防御ではなく、肩の盾で僕の攻撃を防ぐためだ。
だが遅い。僕の持つ剣は標準の棍棒と違い、早い。敵の盾が阻むよりも先にその肩を破壊する。
それは狙い通りに行った。敵の盾は通過した。
しかし、その下にある装甲板が間に合った。僕の攻撃の軌道上にそいつが立ちはだかる。
問題ない。MULSの装甲はセラミック。剣の攻撃は防げない。構わずに振り下ろす。
そして大きな音が鳴り響いた。
それは高く、激しくぶつかる、金属同士のぶつかる音。
僕は目を見開いた。敵の装甲は僕の攻撃を阻み、肩の破損を防いでいた。
考えられる可能性は一つだ。
「金属装甲…!」
敵は装甲に金属装甲を使っていた。それは機関砲弾を数発耐える程度の強度しか持っていないが、しかし近接攻撃含めた質量攻撃に対してある程度の防御力を持っている代物だった。
こいつ、近接戦闘用に装甲材を変えてきやがった。
だが、それを考える暇はない。
右から衝撃。機体が横へと流れて行く。
僕は不意の衝撃に驚いたが、こらえずに流されることにした。
吹き飛ばされ、敵との距離が開く。
確認できたのは、僕の機体があった場所に、敵の右手があったということ。
敵は裏拳の要領でこちらを攻撃してきたのだ。
その一撃はその質量により、重い。こちらに深刻な損傷を引き起こしていた。
肩部に放たれた一撃はこちらのフレームを粉砕。右腕全体が使い物にならなくなっていた。
「くそっ!」
悪態をつきながら、僕は右肩をパージする。保持できず、固定できないその腕は、勝手に暴れるデットウェイトだった。なら、無い方がマシだ。
敵の腕を取ろうとして、逆にこちらが持って行かれた。
こちらの攻撃は左腕だけで行わなければならず、それはこちらの攻撃が制限されるのと同等だった。
それに加え、僕の武器は両手剣。マトモに扱おうとするのなら、更に行動は限られる。
しかし、それをするしか手段は無かった。僕は剣を持ち上げ、肩に背負う。
そして敵は攻撃を再開した。
敵は前進し、全身で勢いを付けながら手にもつ斧を振り下ろす。
僕はそれを回避する。機体を旋回させ、その範囲から機体を逃す。
それはちょうど最初の一当てと同じものだった。そして、その先も同じ。
敵は爪を展開し、こちらへと殴りかかってきた。
これを受けたら確実に負ける。僕は機体で、背負った剣をはじき出した。
弾かれた剣は勢いをつけ、敵めがけて振られていく。
狙いは敵の爪ではなく、それを保持する敵の二の腕。
そこはMULSにとって可動を妨げるため、碌な装甲を施すことができない場所だった。
敵はこちらを捕まえるだろうが、その腕は断ち切れる。
それを敵は察知した。攻撃を中断し、僕の剣を受け止める。
これで仕切り直し――――いや違う!
敵は手斧を放棄した。その目的は単純かつ明快。
それは拳の形を作り、僕めがけて振るわれたのだ。
MULSの指は繊細だ。それで格闘戦ができるようには作られていない。
だがその質量は武器になった。
相手は腕を一本無くすが、その代わりに僕は撃破される。
敵は勝負を付けに来ていた。
どうする?僕は考える。
放った剣は敵の爪に阻まれ、重力につかまって地に落ちた。
これを攻撃には使えない。MULSの片腕では満足に振り上げることができない。
だが素手で殴ることもできない。
敵の装甲は金属装甲。その巨体にふさわしい装甲厚もある。僕の腕ではコクピットを貫けない。
殴ったら攻撃手段を失う。あとは倒されるだけになる。
何としても剣をふるわなければならない。狙いは敵の左の二の腕部分。
だが、どうすれば…。
「こ、な、く、そおおおおおお!」
一つだけあった。僕は左足を持ち上げる。
右足だけでバランスをとる、それは叶わず、左へと機体が傾斜。
気にしない。それは一時的なもの。無視して目的を実行する。
僕の左足は持ち上がる。勢いをつけ、目的のモノを蹴りぬくため。
その狙いは敵の腕…ではない。
「あがれええええ!」
狙いは僕の持つ剣だ。
それは狙いの通りに衝突し、そして右足のエネルギーは剣へと伝わった。
重力に逆らい、跳ね上がる僕の剣。
それに合わせて上半身を右旋回。勢いを殺さず、更に載せて敵の腕を断ち切る軌道へと修正する。
敵はこちらの行動に気付いたが、しかし対策をとるには遅すぎた。敵は重く、新たな行動をとるには若干の時間がいる。
だから僕は振りぬいた。敵の二の腕に吸い込まれ、刃が食い込み、沈み込み、そして断ち切って抜けていく。
僕の剣は振りぬけた。断ち切られた敵の左腕は宙を舞い、そして重力につかまって落ちていく。
「よっしゃ!」
僕はそう叫んだ。
そしてその先は言えなかった。
機体に衝撃。そして動き出す。
機体の暴走ではない。僕の機体からはそんな出力はされていない。
それは外部からの出力であり、その出力の源は敵の残った右腕だった。
その手に装備された爪は僕の機体をしっかりと捕まえ、そして押していた。
その勢いは少しずつ大きくなり、やがて僕の機体で抗うことはできなくなった。
敵の腕は僕を振る。
その出力に任せ、押し飛ばし、向かう先は鉄で舗装された床だ。
抵抗しようとするが、しかし逃げられない。
僕の機体は地面に接触した。胴体正面の装甲が割れ、その下の機体フレームが折れ……そして僕の乗るコクピットブロックが押しつぶされ…。
僕の決闘は黒星で終わった。
ちくしょうめ
英訳はレイヴンです。
やべーストック切れた。