5-13 ツーハンド
「うーん……」
場所は基地内のどこか。時間は休暇期間のある一時。
僕は拡張現実によって空中投影されたその映像を見ながらそう呟いた。
そのディスプレイに表示されているのは、ゲーム内で使われている近接武器の一覧だった。
標準的な棍棒や鉄拳から、MULSが使うには不向きなナイフや槍。果ては鞭や檄といったゲテモノ武器まで。
そこにはありとあらゆる近接武器が表示されていた。無駄なものも有用なものも、MULS用の近接武器のデータは全てここで確認できる。
目に見えて無駄なものまであるが、その大半は個人が趣味で作ったものだ。
MULSが人型だからと、その手の趣味人がこぞって作りまくったからだ。
人の歴史と近接武器の歴史は共に歩んできたものといってもいい。その種類は膨大で、数だけならMULS用の武装の中では圧倒的な数を持っていた。
おかげで一つ一つ確認していくのは骨が折れたが、目的のモノもしっかりと見つけることができた。
「何やってるんだい?」
虚空を眺める僕を見つけ、大矢さんが声をかけてきた。珍しくミコトさんも隣にいる。
「あ、大矢さん。お疲れ様です。ミコトさんも」
「お疲れさま。それで、それは?」
「ああ、これですか?MULS用の近接武器の一覧ですね」
そう言って、僕は目的のデータが移されたそれを大矢さんに見せる。
「うん?ツーハンドソード?」
それは俗に言う両手武器と呼ばれるものだった。
獲物が長く、攻撃範囲を広く取れ、また大型ゆえの質量もあって攻撃力もそこそこ高い。
「何だってこんなものを?」
その代わり、両手で保持しないとまともに振れず、剣のカテゴリなのでダメージにならず、まともに扱う場合は邪魔になるので盾も装備できずこの一品でしか戦闘できず、MULSの構造上槍ほどではないにせよ扱うには適していないと。結果としてとても人気がない武器だった。
僕がこの画像を見ていたのにも理由がある。
「あの骸骨の親玉を倒すなら、この辺りが要るのかなって思って」
18m級、ダンジョンの奥で待ち構えるあのボスを倒すためにはこれくらいは無いとダメージを稼げないと思ったからだ。
今使っている剣では、ダメージもそうだが腕一本を断ち切るだけの刃渡りも足りなかった。あれを解体するとなると、たぶんこれくらいの長さは要る。
「あの個体は自衛隊で対処するって話じゃなかったっけ?」
もっとも、あの18m級は自衛隊が対処するとそう決まった。
昨日の話なので忘れてもいない。
「それに、爆弾で吹き飛ばすって話だったはずじゃ?」
ミコトさんからもそうツッコミが入る。
あの個体には機関砲も剣も火力が足りないので、手っ取り早く爆弾で吹き飛ばす話に決まったのだ。
僕もその場にいたから間違いない。
じゃ何で僕がこんなことを考えているかといえば、だ。
「ミコトさんが暴走して一人倒しに突っ走らないかと思いまして」
「……え?」
ミコトさんが呆けたが、大矢さんはどこか納得したように頷いた。
「なるほどなあ。そのときはイツキ君が出張らないといけないわけだ」
「え……え……?」
「単機なら火力も足りないでしょうし、僕が前に出ないとダメでしょうし」
「あの、私そんなことしない…」
「「嘘だっ!」」
「ひいっ!?」
ミコトさんの言い訳を僕たち二人は否定した。
「ミコトお前、イツキ君が孤立した時に突っ走ったの忘れたか?」
「ミコトさん。碌な装備もないのに市街地で戦おうとしたの忘れた?」
僕たち二人でミコトさんが行った悪行を並べ立てていく。
普段は引きこもりクラスでおとなしいくせに、こういう時に限ってものすごくアクティブになるのは何でだと言いたくなる。
「で、でも。今回はその、する理由は無いよ?」
「…ミコトさんの言うする理由って何?」
「えと、えっと…、人が死ぬかもしれないとき?」
何でそこで疑問形になるのだろうか。
ただまあミコトさんの暴走理由がそこにあるのは否定しない。
もっとも、だからこそミコトさんが暴走するだろうと確信しているのだけど。
「言い換えたら、人が死ぬかもしれなければ勝手に動くわけだ」
「え、あ!それはその…」
「二度あることは三度あるともいうしなぁー。おこりかねんなぁー」
「お兄ちゃん!」
「今度暴走したら僕じゃどうしようもないからね?」
「イツキ君まで!しないから、本当にしないから!」
「本当に?」
「信じてよ!?」
ミコトさんは必至で説得する。
今までの実績からびた一文信用なんてできない。けど、今回はミコトさんが暴走する理由も待たなかった。
ただミコトさんやるときは平気でやるんだよなぁ……よしっ。
「じゃミコトさん。突っ走ったら膝枕ね」
「わかったから!……え?」
良し、言質取った。
「約束だからね?」
「えと、あの…イツキ君?」
「約束だからね?」
大事なことなので二度言い聞かせました。
正直これで防げるとは思えないけど、無いよりはマシだと思いたい。
「まあ、ミコトさんが暴走するかもしれないのは半分冗談として」
「それ半分は本気ってことじゃ…」
「実際のところ、暇だったんであの個体を倒すのに何がいるか考えてただけですね」
ミコトさんの抗議は半ば無視してそう言った。
あの個体はまだ倒したことが無いし、今までの敵よりも強大だ。
攻略法を考えるのは好きだった。考えるだけなら死なないし。
「成程なあ」
「あんな大物ゲームでも見たことないですからね。あ、大矢さん。できれば18m級のデータもらえます?シミュレートしてみたいんですけど」
僕は大矢さんにそう聞いた。サイズ違いなだけで、しょせんはただの骸骨だ。それを用意するのは難しくないはずだ。
「ふむ。用意するのは難しくないが……よしっ。イツキ君、今暇なんだろう?」
「ええまあ」
「よし。じゃ丁度いいか。ついてきてくれるかい?合わせたい人が居るんだ」
「? はい」
大矢さんにそう言われ、僕は素直についていった。
-------------------------------―
そこは薄暗い空間だった。
上部につけられた証明が僕の直下を強く照らすが、それ以外は薄暗い。
僕のいる空間は広いが、MULSに乗って暴れるには少々狭い空間だ。
その空間は八角形をしており、その辺に当たる部分は金網で遮られていた。
その奥は照明もなく確認しにくい。ただ、そこに何かがいるのは認識できた。
ここはリング。MULSの近接戦闘専用の決闘スペースだった。
大矢さんの提案は単純だ。
僕の乗る百錬。フレームから何から一新したそれはゲーム内のそれと遜色がない代物に仕上がった。
なので、どうせならゲームのそれと戦ってみてほしいというものだった。
で、そのお相手は今僕の目の前だ。
その機体は黒く、そして巨大だ。
僕の乗る百錬でなお見上げる巨体は両肩に大型の曲面シールドを装備し、その両手には巨体に見合った手斧と腕部一体型の爪を装備している。
下半身はその巨体を支えるために太いが、しかし可動部を確保するためかスマートだ。
そんな巨大な四肢に包み込まれた胴体部も、標準機からすれば巨大であった。
複数の箱形の装甲板がその胴体部を構成し、それはさながら肋骨を想定させる。
漆黒の機体なのだが、黒い塗装は鈍く照明を反射し、そのくすんだ照り返しがその巨体を一層骨で出来たおぞましい何かを演出している。
全体的にどこか生物を、いや、すべてを刈り取る地獄の死神を連想させるこの機体はMULSの規格を外れたオリジナルだ。
『ワタリガラス』それがこの機体につけられた機体名、そしてプレイヤーの名前。
そして、すべてのMULSの頂点に位置する、ランキング第1位の機体だった。
『えーっと、聞こえる?』
相手からの通信が届いてきた。
まだ試合開始にはなっていない。その前のあいさつだろう。
その声は、乗っている機体のまがまがしさに似合わないまともな声色だ。
この人も徴兵組だ。先ほど大矢さんに連れられて挨拶に行ったときは特徴のないのが特徴的だった。
「はい。えーっと、すみません。大矢さんのせいで」
大矢さんが用意したのがこの人だった。骸骨ほどじゃないけど、この人の乗る機体も巨体だ。練習代わりにやってみればいいと言われた。
言っていることは否定しないが、この機体の最初の相手がゲーム内最強というのはどうなんだろうか。
『あはは、気にしないで。君のことは気になっていたし』
「…あのー。それはどういう?」
それはつまり、関的なホモ的な?
『近接一本でこの前暴れまわっていたでしょ。なかなか面白いなって思って』
ああ、この間のリベンジ☆オメガナンバーズか。
ポイント稼ぐために目についたところから潰して回ってたもんね。
『とりあえず、先に謝っておくよ。ごめんね』
「―--ずいぶんな余裕ですね」
『ランキング一位はまぐれじゃないのさ。そろそろ始まるよ。準備は良い?』
そう言うと、ワタリガラスはしゃがみ、手にもつ斧をこちらに掲げた。
近接限定の決闘を申し込む合図だ。
「こちらも先に謝っておきましょうか?」
『要らないよ。楽しませてくれればそれでいい』
―――――この野郎。
挑発に口の端が持ち上がった。
実際、こいつの腕は一級だ。ランキング1位を維持しているその腕は嘘じゃないし、100位に何とか転がり込んだ程度の腕だと舐められるのも仕方がないだろう。
だけど、そこまで挑発するんだ。乗ってやろうじゃないか。
お望み通り、楽しませてやる。
僕たちは立ちあがる。そして獲物を軽く振る。
剣と斧が衝突し、決闘開始のゴングが鳴り響いた。