5-12 ラストボス?
「はいというわけであの馬鹿でか骸骨について対策会議を行います」
正体不明の18m級骸骨を確認し、そして撤退した僕たちは基地に戻って大矢さんの宣言通り会議もどきを行っていた。
この場にいるのはあの場にいた12名のほかにミオリさんを含めた13名だ。
「とりあえず、発見された個体ですが。今あるデーターでは従来の約3倍のサイズを持っていること。その質量は体積比からおそらく9倍であることが予測されます」
「何かの特殊能力は持っていたりしないんでしょうか。杖持ちみたいに」
大矢さんの言葉に最初に手を挙げたのは椿さんだ。杖持ちが周辺の骨粉を操るように何らかの特殊能力を持っている可能性だ。
「現状では何とも言えません」
それに対する大矢さんの返答は簡素だった。まあ、まったく存在を想定していなかったあの状況ではそこまで調査する余裕は無かった。
無理をして行う必要性もなかったし、碌にダメージを与えられない事が判明した時点でまともな戦闘になるか怪しかったからだ。
「特殊能力があると仮定した場合、どんな能力が挙げられるでしょうか」
関のチームメンバーの一人が声を上げる。
「挙げるだけならそれこそいくらでも挙げられるんだが、持っている可能性が非常に高いものがとりあえず一つある」
「それは何ですか?」
「このダンジョンに出現するモンスターは骸骨だけだ。武器持ち含めても骸骨という単一種のみでこのダンジョンは構成されている。その中でこの個体は今のところ一体しか確認できていないうえ、そいつは状況からダンジョンのボスに近い。つまり何が言いたいかというと…」
「ははあ、その種族の中の親玉ってことですね」
大矢さんの言葉を繋いだのは椿さんだった。そのまま椿さんは言葉を繋いでいく。
「ファンタジーな話でいえば、ゴブリンロードとかオークロードとか、もしくはオオカミの群れのボスとか。そう言う分類になる訳ですね。そして、そういった個体なら確かに一つ、ありますね」
それはすなわち
「『仲間を呼ぶ』ですか。地味に厄介ですね」
あの巨体と相手取る途中で敵の増援がわらわらと集ってくる。
地味に厄介と言えた。
ただし、あくまでも地味に、である。
「まあ、出てくるとしても今までの5m級がメインでしょうし、そこはあまり問題は無いですよね」
そう、あの巨体と同格の骸骨を呼ぶ可能性は低いと言えた。その上で、18m級以外でこちらの把握している中での最大個体は5m級がせいぜい。こいつならMULSの火器で何とかできた。それ以上が出たら即撤退だ。
「そうですか。一番厄介なのはダメージが通るかどうかでしょうね。大矢さんはそこんとこどう考えてるんですか?射撃の後、無傷でしたけど」
関がそう言う。
確かに、ダメージが通らなければ倒すなんて無理だ。
「うーん、おそらくなんだが、ダメージそのものは通っているはずなんだ。この映像を見てほしい」
そう言って映し出されたのは、巨大な骸骨に射撃を行った場面だ。骨粉の煙が晴れたところは、見まがうことなく無傷である。
「一見無傷に見えるけど、射撃が当たった後には骨粉が舞っているんだよね。この骨粉はあの骸骨自身が出しているモノだから、ダメージになってないわけじゃないはずなんだ」
「ですが、射撃後には無傷でしたけど」
「おそらく、骸骨に対して歩兵の火器が効果ないのと理屈は一緒だ」
「それはつまり…」
「うん。あの巨体に見合ったアホみたいな修復能力だよ。あの骸骨は従来の3倍のサイズ。9倍の体積を持つ。つまり、それだけの体積の骨粉を扱う能力を持っているわけだ。回復量もおそらくそれに関係している。それだけ修復速度も高いわけだ」
ゲーム的な話で言えば、あの骸骨たちはHP30%回復のスキルを持っているような状態な訳だ。
普段の敵がHP300の場合、回復量は90だ。
これがあの巨大骸骨の場合、骨粉の操作量。つまり体積比では9倍なのでHP比較すると2700。その30%回復だと810。
今までの敵を一撃で倒せる程度ならその回復量を凌ぐことはできないため、事実上の無傷となる訳だ。
「つまり、今まで以上の火力が無いと碌に戦闘にならないというわけですか」
大矢さんの解説に、永水さんはそう言った。
「そう言うことになるね。今まで使っていた機関砲を小隊全機で一斉射。胸部へと集中してそれでギリギリコアに到達できるかどうかってところだろう」
「その上で、コアを破壊する火力を投げつける必要があるわけですか…」
現状のMULSの最大火力を集中させて、それで辛うじてコアを破壊する前段階に至る。
「あまり現実的じゃないですね」
何らかの別の手段が必要だった。
「イツキ君の近接攻撃はどうなんですか?」
蓮華さんが意見する。
ただし、それはちょっと難しかった。
「できないとは言いませんけど、こっちが当てられる距離まで近づく必要がありますし、その範囲はあの骸骨の腕の長さよりも短いんですよね。その分的に先制されやすいうえに質量が今までの比じゃないですから、最悪一発もらっただけで撃破されかねません」
「成程、難しいというより、無理ですね」
「ええ。おまけに、あの大きさだとちょっと効率が悪いんですよね」
「効率ですか?」
「ええ。骸骨の解体ができないので、体積を大きく減らせないんですよ」
僕の話はこういうことだ。
あの骸骨たちを先のゲーム的に言い換えれば、骸骨の体積=HPになる。
それを前提に話すと、骸骨の体積を減らすことはHPを減らすのと同じ意味になる。
僕の近接攻撃の場合、5m級なら手足や腰を折ることでその先の骨粉を四散させ、減少量を大幅に増やすことができるのだ。
逆に18m級はその巨体故、骨の一本を叩き折るのもわからない。
その場合は弾け飛ばした骨粉の分しかダメージを与えられない。
リスクに対してリターンが無さ過ぎた。
「あのサイズだと、近接攻撃は無理ですね」
とりあえず、今僕たちが持っている攻撃手段では有効打が与えられない。
「となると、残ったのは爆発物か」
爆弾の飽和攻撃で何もかも吹き飛ばすのが一番効率ばいいと考えられた。
素材は吹き飛んで手に入らないが、とりあえずは倒せたという実績の方が欲しい。
「大矢さんのドローンで運ぶんですか?」
「いや、それだけだと手数が足りない。イツキ君の剣と椿さんのカタパルトで投射してもらう必要がある」
「ああ、あれなら何でも打ち出せますもんね」
そう言えばと僕は思った。
銃身に入る、剣の保持具で固定できる。
それさえできればそれらの武器は何でも打ち出せる。それは爆弾でも問題ない。
盲点だった。
「けど、それでも足りますか?」
それでも3機、小隊の半分しか火力を出せない。大丈夫だろうか。
「解らん。敵の増援も考えるなら残りはその掃討に割り当ててみるか?」
「それはボクたちがすればいいんじゃないですか?」
雑魚の掃討には関が声を上げた。
「関さんたちが?」
「僕たちは基本キミたちの後ろからついていくだけだったからね。ボクたちの弾薬は今のところほとんど減ってないんだ。なら、3割までなら使えるはずだよ」
ダンジョンからの帰還条件は弾薬の残りが7割を切ったらだ。
丸々使えるという関さんの言葉を信じるなら、それを使わない手はないだろう。
「ボクたちが足止めをしている間に、キミたちは爆発物で早期決着を図ればいいんじゃない?」
「成程…いや駄目だろう。その時は自分らの小隊が弾薬を消費できなくなるボス以外には使えないだろ」
「イツキ君の剣とカタパルトがあれば機関砲の消費はだいぶ抑えられるんじゃないですか?実際のところ、君たちの小隊でも撤退した時には弾薬がまだまだ残っていたはずですよね?」
「…それもそうだな。しかし、爆弾を投射する火器がないだろう。剣とカタパルトは一つずつだったはずだ」
「カタパルトはボク達の小隊に2丁ありますよね。これで剣1本とカタパルトが3丁です」
「私の分はドローンがあるから、投射機はあと一つで十分だな」
その言葉に、僕はあるものを思い出した。
「そう言えば、ミコトさんが持ってたグレネード砲はどうなんですか?」
僕が初探索で落とし穴にハマり、ミコトさんに助け出され、何とか脱出がかなったとき。
その時にミコトさんは機関砲ではなく、グレネード砲を持っていた。
アレは使えないだろうか。
「ああ、あったな。弾薬の互換が効かないが、調達は容易だ」
「扱いに関してはミコトさんに渡せば問題ないですか。問題は私たちがカタパルトを扱えるかですけど」
「弾速が遅くて弾道が見やすいから、それに関してはあまり気にしなくてもいいんじゃないですかね。マトもでかいですからあまり問題にならないんじゃないでしょうか」
「…いけるか?」
「おそらく」
そうしてダンジョンボスであろう18m級骸骨の討伐作戦はこれで決定か。
「悪いけど、その許可を出すことはできないわよ」
だが、今まで黙っていたミオリさんがそう口を開いた。
「ダメですか?」
「そうね。討伐は許可できないわ」
「理由を聞いてもいいですか?」
「とりあえず、貴方たちがそれをする必要性が全くないから」
言われてみればそうだった。
僕たちの仕事はダンジョン内の骸骨を倒し、そこから得られる資源の回収と敵の間引きを行うことだ。
間引きを行うことで、月一のペースであるダンジョンの暴走の度合いを抑えることができる。
資源の回収は僕たちの懐に入る。
だが、ダンジョンのボスを討伐することはその中には含まれていなかった。
「仮にその個体がこのダンジョンの主だったとして、その個体を倒したらダンジョンそのものが崩壊する可能性もある訳でしょう?」
「ああ、まあ、そうですね」
ミオリさんの言葉は突拍子もないが、そもそもダンジョン自体が常識の外にある。
完全にあり得ないとは言い切れなかった。
「貴方たちを無駄に死なせることはできないわ。そう言うのは自衛隊の仕事よ」
「その場合、自衛官が崩壊に巻き込まれて死にますけど」
「それは貴方たちにさせる理由にはならないわ。そう言う場所に行くのは私達軍人が先。その為の軍人よ」
ミオリさんの強い言葉に、僕たちは黙らざるをえなかった。
それでもなお口を開いたのは、永水さんだった。
「それは理解できますが、現実問題として今の自衛官にそれが可能なんでしょうか」
MULSに乗れなければダンジョンの深部にはたどり着けない。しかし、自衛官の中でMULSに乗れる人間は少ない。いま数を増やすために訓練中だが、その完了には年をまたぐ必要があった。
「自分たちの探索は諸外国からの介入を防ぐためだったんですよね」
それが僕たちの徴兵の目的だ。討伐をしないということは探索を進めないと言っているに等しい。
調練を待っている間。諸外国は黙っていられうのだろうか。
「さっきの話を聞いている限り、MULSの操縦にはそこまでの技能を求めていないことが判断できるわ。とにかく火力が欲しい事も。その程度なら機体制御をMULS任せにしても問題は無さそうでしょう?」
「まあ、そう言われればそうですが」
MULSの操縦が難しいのは複雑な戦闘機動を行うからだ。
ただ進み、手にもつ火器をぶっ放すだけなら確かに初心者でもできる。
ただ突発的な状況には一切対応ができない。大丈夫だろうか。
「もっと言うなら、MULSを護衛に戦車を投入することも検討できるわ。戦車の火力なら、倒せないことは無いでしょう」
確かに、戦車の主砲は骸骨程度なら数体どころか数十体貫いて跡形もなく四散させることができる。
装甲もまず突破することは不可能だろう。
例え18m級でもその火力を防ぐことができるとは考えられなかった。
そして、その戦車は自衛隊の所属で、僕たちとは連携が取れない。
護衛することもできない。だが、自衛隊ならそれはできるはずだった。
今のところ、ミオリさんの言葉を覆すことは出来そうにない。
「そうですか…」
「ついでに言うと、ちょっと政治の面でも貴方たちに討伐されちゃとまずいのよ」
ダメ押しとばかりにミオリさんはそう続けた。
「どう言う意味です?」
「簡単に言ってしまえば、貴方たちに完全攻略されてしまうと自衛隊の面子がつぶれてしまうの」
「…ああ、成程」
自衛官が探索すらできなかったダンジョンを民間から徴兵して攻略させる。
今までは徴兵組の仕事は正規の軍人がMULSの訓練を受け、ダンジョン攻略を行えるようになるまでのいわゆるつなぎという言い訳ができた。
それを僕たちが押しのけ、ダンジョンの攻略を制覇してしまったらどうなるのか。
ほかの人達はどう思うのか。
たぶんこう思う。
『自衛隊なんていらないんじゃない?』
数は少ないだろうが、確実にそう思う輩は出てくるはずだった。
自衛隊がダンジョンを攻略したというためにも、ダンジョンのボスは自衛隊の手で倒さなくてはならないというわけだ。
「そう言うわけで、貴方たちにはそのボスの討伐は諦めてほしいのよ。悪いけど、受け入れて頂戴」
ミオリさんにそう言われ、この場で否を唱える人はいなかった。