5-11 第4階層
「ふぅーむ…?」
探索中にそんな声を出したのは大矢さんだった。
「何かありましたか?」
第4階層の探索を始めて3週間ほどが経った。
敵の編成も今までと変わらず、対処の仕方がわかればそう難しい相手でもない。
探索は順調といってよく、問題があるとすれば3週間たってなお辿り着かない第5階層の入り口位のものだった。
何か気になるところがあったのだろうか。
「この階層、なんか変だ」
大矢さんは簡潔にそう言った。
「変ですか?まあ、敵は今までより強敵ですけど」
しかし、それは最初からだ。ついでに言えば、攻略法も見つけている。今大矢さんがそう言うのは今更すぎた。
何か他におかしいのはあっただろうか。
「落とし穴がない」
大矢さんは簡潔にそう言った。
そして、そう言われて初めてその異常性に気が付いた。
「そういえば、確かに…」
ダンジョン内での死亡原因第1位はぶっちぎりで落とし穴だ。
僕含めてMULSドライバーが数名それに巻き込まれ、僕を残して全滅している。ついでに言えば、僕たちが徴兵される原因になった、自衛隊のダンジョン攻略部隊の全滅も根本的な原因はこの落とし穴だ。
延べ250人を超える人員が落とし穴で死んでいる。この記録は数年ほど覆ることは無いだろうと予感させた。ダンジョンに入っているのは徴兵組の100名プラス自衛官がいくつかなのでこれが全滅しても物理的に覆せないからね。ちなみにそれ以外の死因は未だないのでそう言う意味でもぶっちぎりである。
そんな探索者殺しの落とし穴がこの階層では見当たらないと大矢さんは言うわけだ。
言われてみれば、確かに落とし穴が発動した記憶は無かった。大矢さんのコンテナに入っているモルモットもこの階層に入ってからは新たに調達してきた記憶は無い。
「確かに落とし穴が無いですね」
それはおかしい事だった。今まで散々落とし穴をそこら中に敷き詰め、僕たちを葬り去ろうとしていたのが普通だったのだ。普通じゃないのだからそれはおかしい。
「原因が何かわかりますか?」
永水さんが大矢さんにそう聞いた。
「解らない。可能性が複数あるから信用性に欠ける」
帰ってきたのは何とも言えない言葉だった。
「複数?」
「そう複数。どれもこれも可能性としては考えられるけど状況としては信じられない話だから何とも言えん」
「それ以外でまともな考えはないんですか?」
「……そもそもダンジョン自体がまともな代物じゃないからなぁ」
「ああ、成程、確かに」
そう言えばダンジョン自体もその存在理由が不明だった。
可能性として考えられるだけマシなのか。
「ちなみにどんな原因があるんです?」
「まず一つ目は落とし穴の効果が見込めないから撤去された場合だな」
「撤去?」
「ああ。私らが落とし穴にかかったのはイツキ君がかかったのが最後だろう?それ以降は誰も引っかからないから、効果なしとしてダンジョンが撤去した可能性ってことだな」
「ええっと、誰が撤去するんですか?」
「俗に言うダンジョンマスターって奴?ネット小説でよくあるこのダンジョンの製作者。自然発生したわけじゃないだろうし、誰かが作ったならその製作者が撤去したんじゃないかって話。その分のコストをあの武装骸骨たちに振り分けたって感じか。ネット小説的に言えば」
ダンジョンが何らかの理由で作られたなら、その管理者がいるはずで、そいつらがダンジョン内のあれこれをいじくりまわしているというわけか。
「ちなみに、そのダンマスっているんですか?」
「確認できないからわからんとしか言えん」
まあそりゃそうだ。
「ほかの可能性って何があるんです?」
「あともう一つ可能性がありそうなのが、落とし穴を造れない状況だよな」
「落とし穴を造れない状況…」
「そう、作れないなら存在できないわけだ」
大矢さんの言うことはまあ理解できる。
「具体的にどういう状況なんですか」
「とりあえず、今の落とし穴の状況は下の階層へ落下するってことでいいよな?」
「ええ、まあ」
僕は大矢さんの言葉に頷いた。
落とし穴に落ちるとその下の階層へと落ちていく。少なくとも1階層から2階層へはそうだった。
2階層、3階層は引っかかっていないが、その下の階層で落とし穴に巻き込まれた探索機を回収しているので、そちらも問題は無いはずだ。
つまり、このダンジョン内の落とし穴は下層と通じている。
「それがどうしたんですか」
「落とし穴は下層とつながる。落とし穴が作れない。この二つを踏まえて結論付けると、一つの結論が浮かび上がってくるんだよ」
「……下の層がない?」
そう答えたのは永水さんだった。
「そう。下層がないと落とし穴で繋げられないわけだ。だから、落とし穴は設置できない」
大矢さんの言葉に、僕たちはシンと静まり返った。
下層がない。それはつまり、一つの現実を突きつける。
「それって、ここが最終階層ってことですよね」
「そうなる。んで、もう一つ厄介なことがあるんだ。ちょっと地図を見てほしい」
大矢さんにそう言われ、僕は地図を確認する。
確認するのは第4階層の地図だ。階層の規模そのものは今までとそう大きな違いがあるものではないのだが、今までとは打って変わってびっちりと埋め尽くすように敷き詰められた順路が単純な探索距離を伸ばしていた。
ただし、それは迂回路だらけのようなものであり、地図の端から円を描くようになっていた。
左下が出入り口で時計回りに道が続き、今は反対側の右下あたり。
丁度中央部には未探査部分がぽっかりと開いていた。順当にいけば、ここから下の中央部に移動し、そして中心部に進むことになるだろう。
「ここ、おそらくだけど、中心部がこのダンジョンの最深部だと思うんだ」
「まあ、ここまで探索すればそうなると思いますけど、それが何か?」
「…あー、成程。そう言うことですか…」
最初に気付いたのは椿さんだった。
「そりゃ、ダンジョンですもんね。確かにその可能性はありますよ。ええ。ただで済むはずがありません」
「椿さん。どういうことです?」
「ゲームでも小説でも、物語の中のダンジョンなら、最深部には何かがあるわけですよ。可能性は二つほど。一つは金銀とか言った財宝」
そこまで言われて僕はようやく気付く。
椿さんの言葉はそれを裏付けるものだった。
「もう一つは、このダンジョンの主。早い話がボスって訳ですね」
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探索は続き、地図は確実に埋まっていく。
地図の中央下も埋められた。
残るはその先の中央部。
その中央部は、地図上の空間がそのまま広場になっているほどの大ホールになっていた。
どういう理屈かわからないが、そこだけは天井も高く、ダンジョン内とは思いもしないほど広大な空間が広がっている。
「やーっぱりいましたよ」
そして、そこには椿さんの言葉通り。普通とは違う魔物が存在した。
白い色にあばらの浮いた細い体躯。その形は骸骨そのもの。今まで僕たちが遭遇してきた魔物と同じ、骨粉性のゴーレムこと骸骨なのだろう。
「…測距は間違ってないんですか?」
「あの場所であの大きさ…」
「でかい…」
ただし、そのスケールは今までとは明らかに違っていた。
距離は結構あるというのに、今まの身長を基準にするとその尺度があっていない。
「計測だと18mくらいあるかな?」
「デカすぎじゃないですか」
今までの3倍超え。一番小さいのは入り口近くの3m程度で最大多数は5mクラス。
この階層の武器持ち骸骨達だって5mクラスだ。一気に成長しすぎだろう。
「これやっぱアレですよね。ボスですよね」
「そう思うしかないよなぁ」
明らかな異常個体。普通とは違うことは決定的。それがこのダンジョンの主である可能性は否定できなかった。
「あれ、倒せますか?」
ただ、アレだけの巨体だ。僕たちの火器が通じるか怪しい。蚊に刺された程度にしか感じないかもしれない。
僕の剣はあの体格差だ。大きくなった分腕の長さも3倍強。こちらの攻撃の範囲よりも遠くから攻撃されるし、その質量はおそらく9倍。
杖持ちが行う骨粉の濁流と同程度かそれ以上の攻撃が来るだろうことは予想ができる。
僕の攻撃は効果はあるだろうが、しかしそれが届く前に破壊されかねない。
「―--というか、あいつ動きませんね。気づいてないのかな?」
その18m級の骸骨を確認しているうちに、僕はそのことに気が付いた。
このダンジョンにドアとかそう言った仕切りは無い。その為こういった小部屋大部屋は通路と直接つながっている形になる。
それ故にあの骸骨の存在も通路の中から確認できるのだが、それはこちらの御材を相手が確認できるということだった。
しかし、その骸骨は動かない。部屋の中央から動こうとしない。
その眼孔の視線の先がどこにあるのかはわからないが、その眼孔はこちらの方を向いていた。
「この通路の天井は小さいから入れないんじゃないの?」
「ああ、成程」
ここの天井は今までと同じ程度。大体10mくらいなのであの巨体は入らない。
完全にあの骸骨はあの部屋戦用というわけだ。
「つまり、部屋に入ると襲ってくるわけだ」
「どうします?一当てしますか?」
「いや、さすがにあの大きさだと攻撃が通るかもわからん。…椿さん。機関砲で何発か当ててみてください。効果があるか確認します」
「りょーかいです」
細かな作戦会議と共に、ここからの攻撃で敵がどうなるかの観測を行うことになった。
今までのカタパルトを降ろし、手には永水さんから受け取った機関砲を両手で保持する。
手慣れた様子で照準。そして発砲。
放たれた数発の弾丸は見事にその巨体へと命中した。
胸部を穿たれ、骨粉が煙の如く宙を舞う。
「……よし、撤退。てったーい」
その結果を見て永水さんは即座にそう結論付けた。
骨粉が晴れた時、そこには無傷の骸骨が経っていたからだった。