5-9 実装、投擲剣
手にもつ剣を振り回す。
縦に横に、とりあえず思いつく戦闘の型を模して何もない空間を切り裂いていく。
持つ武器の質量は軽い。普段使いのそれと比べても細いそれはその見た目以上の軽量を誇り、それを持つMULSの片腕にとってはその挙動に制限がかからないほどであった。
色は白、塗装されているわけではないその色は使用されている素材の色。
それはダンジョンから取れる骨粉性の剣であり、またダンジョンの第3階層で戦う剣持の骸骨が持つそれであった。
僕はそれを振っていく。縦に横に、そこにある仮想敵を打ち倒すために振っていく。
その剣の持つ圧倒的な軽さは機体の力を引き出し、普段のそれとは隔絶した速さでもってその軌跡を作っていった。
「調子はどうだい。イツキ君」
ひとしきり振り回し、剣の特徴を把握し終えたところで話しかけてくる人が居た。
大矢さんだ。
「やっぱり軽いですね」
僕は簡潔にそう言った。
この骨粉性の剣は鉄より軽い。僕のMULSに使われるフレームと同程度の強度と軽さを持っている。
その分腕にかかる荷重も軽くなり、その分も含めて非常に速い攻撃を繰り出すことが可能だった。
だが、それにも問題が出てくる。
「武器には使えそうにないかい?」
「はい。やっぱり軽すぎます」
とにかく軽く、ダメージを与えられないのだ。
僕たちは剣だ剣だと言っているが、その刀身に刃は付いておらず、厳密に言えば棍棒にカテゴライズされる。
人間大に直せば、刀やサーベルよりも木刀や警棒の方に近いのだ。
当然、切るなんてことはできず、必然的に殴る。もしくは勢いをつけて無理やり引きちぎる。断ち切ることが攻撃の手段となる。
その為に必要なのは、剣自体が持つ質量だった。
子供の草野球で使われるようなプラスチックバットで殴られるような状況になる訳だ。痛くなんてならない。
つまり、ダメージに繋がらなかった。
「ふーむ。わかってたとはいえ、やっぱり軽いままなのか」
「はい」
そう、軽いままだった。
思い出してほしいのだが、この剣は骸骨たちの武器だ。
基本的には接敵する前に殲滅するので問題は無いが、それでも何度かは接触され、その攻撃を喰らうこともある。
その状況になるのは今のところ僕だけなのだが、その時の状況を思い出してほしい。
そう。僕がこの剣を受けた時、その剣は重いのだ。
剣で打ち合い、鍔迫り合いに持ち込んだら、何故かこちらが押し負ける。
その程度には、敵の、骨粉性の剣が放つ一撃は重かった。
それは僕の感覚的な話ではなく、実際にMULSの記録にデータとしても残っている。
手にもつ軽いこの剣が、敵が使うときだけ重く僕たちに襲い掛かっていた。
原因は不明だが、僕の幻覚というわけでも無かった。
「ふーむ。コアはちゃんと動いているんだよな?」
「ええ、ちゃんと動いているみたいですけど」
そう言いながら、僕は剣を持つ左腕の手を注視する。
そこには、大矢さんがふざけて付けたコアがある。
ダンジョン内で暴れまわる骸骨たちのコアだ。今回、資材置き場からこの剣を持ち出してきたのもそれを思い出したからだった。
骸骨のコアは骨粉を操る。そして剣も骨粉性。
つまり、コアの制御でこの剣は重い一撃を出せるようになるのではと考え、先の実験を行っていたわけだった。
まあ、今回は珍しく失敗に終わったのだけど。
「ふーむ。接触不良は無いだろうし、何か特殊なコマンドでもあるのかね?」
「そうなると、美冬さんたちの解析が終わらないと先に進みそうにないですね」
「そうなるか。……よしっ。この剣はしばらくお預けだな。次のテストを始めようか」
その言葉と共に、トラックが荷物を載せてやってきた。
その形は剣だった。握りの先に刀身が伸びる普通の剣。
材質はいつもと同じ鉄製。無いに等しいが刃は片刃。
峰の部分にはMULSの指と同じ構想のそれが増設されている。
「これ、ようやく完成したんですか」
「急増だったから地味に時間がかかったんだよ」
アトラトルソードと呼ばれた、投石機能付きの剣だった。
ゲームの方で僕が暴れまわっていた時の装備でもある。
「ああ。MULSの方は改造始めてましたからね。これ考えてた時」
「うん。やっぱモノ作るってなるとなんだかんだ時間かかるからね。図面引いて素材手配して人間雇って機材集めて……。自衛隊の人にも頼んで作ってもらえたから何とかなったよ」
「自衛隊の人に感謝ですね」
「いやホント。こういう現場作業は流石自衛隊って感じ。感謝感謝」
そう言う大矢さんに同意しながら、僕はその剣を手に取った。
長さ、重さ、重心位置は今まで使っていたものとそう大差ないみたいだ。
今までと違うのは、やっぱり投石器の部分ということか。
「剣としては今までと同じ感じですか?」
「ああ、出来るだけ似せてある。そっちの方がよかっただろう?」
「はい、助かります。投石器の部分は何か注意点はありますか?」
「解らん。解らんからとりあえず投げてくれ。弾は用意してあるから」
そう言われてコンテナが用意された。中身は純度100%の鋼球だ。
僕はそれを見て、ふと疑問に思ったことを口にした。
「鉛じゃないんですね」
「鉛の方が比重が高くで同じ体積でも重いけど、脆いんだよ。変形しやすいからダンジョン探索で回収して再利用がしにくいし、最悪割れて粉々になっちゃう。だから鋼鉄製」
「成程」
それを聞きながら、僕は投石器の部分に鋼球を装着した。
固定具が締まり、鋼球をしっかりと保持する。
「準備完了です。そっちは?」
「いつでもどうぞ」
大矢さんのその返事と共に、僕は剣を振った。
剣が振られ、その先端についている鋼球にはその速度が上乗せされる。
最適と思える場所でその力は解放され、標的へと向けてすっ飛んでいった。
その標的は、今まで僕たちを観察していた、的として生かされている骸骨だった。
鋼球は正確に敵の胸部へと吸い込まれ、そして抜けていく。
ぶつかった衝撃でその胸部ははじけ飛び、そこに接続されていた頭と腕は四散。コアの制御を離れたそれらはすぐに形を失い、骨粉の煙となって周囲へと散っていった。
「……ふーむ。解っていたけど、やっぱこっちの方が威力は高いか」
その様子を見ていた大矢さんがそう呟いた。
「こっち?」
「椿さんがこの間のダンジョン探索で使っていたカタパルトと比べてってことさ」
大矢さんはそう言う。確かに、ダンジョン内で椿さんが使っていたアレも同じサイズの鉄球を使っていたはずだ。しかし、ここまで激しい損傷は与えていなかったはずだった。
大矢さんは続けた。
「今のカタパルトは一本のシリンダで動いているからな。その膨張の速さがそのまま威力に繋がる訳だ。こっちは機体の遠心力が威力になるからな。MULSを動かすだけのパワーも使えるだけこっちが効率のいい使い方だって訳だ」
大矢さんはそう言う。つまりは今まで使っていた油圧駆動の脚部と似た感じなのかな。
要求される仕様に対して出力過多の速度低。その場合はMULSを旋回させるパワーも使えるだけ投石器の方が強いと。
「もうちょっと改良の必要性があるか」
「そこはまあ、がんばってください」
「まあね。さあ、次だ。もう一発お願い」
「はい」
僕は鋼球を発射した。が、鋼球を開放するタイミングがズレた。
佇む骸骨を避け、あらぬ方向へと飛んでいく鋼球。
「ふーむ。やっぱり命中精度は低そうだな」
「そうですね。投げるタイミングがずれるとこんな感じになります」
投石でダメージを出すためには、投げる鋼球の質量を増やすか、より速い速度で打付けるしかない。
鋼球の方はもうサイズが決まってしまったので、必然早く投げる必要がある。その為にはより速い速度で剣を振る必要があり、それは適切なタイミングで鋼球を開放するための時間が非常にシビアになることを意味していた。
「命中精度はカタパルトが上と」
「そうなると思います。どう頑張ってもミスするときはあるので」
「絶対に外せないって時にはやめといた方がいいわけか」
「そうですね」
「よし分かった。次、行ってみよう」
「はい」
そうして、今日は新装備のテスト兼習熟訓練に付き合わされていった。
今年最後の投稿になります。
なんだかんだ1年ちょっと続けることができました。
これもひとえにこの作品を読んでくださってる皆様方のおかげです。
いやホント。読んでくれるのがモチベーションになります。
PVがたまにポンと増えると「ふはは貴様のフェチにハマったかふはははは」と高笑いしてます。
評価してくれるのもとてもうれしいです。
この作品ももう少しで一区切りとさせていただきますが、それまで楽しんでいただけたら幸いです。
それでは今年もありがとうございました。来年もどうぞよろしくお願いします。