5-8 モルモットモンスター
ミオリさんはミコトさんを連れ、相模さんと共にシステム実装について話し合いに行ってしまった。
状況が状況なので、大矢さんにも相談しない半ば不意打ちと化した実装になるだろうと言っていたが、プレイヤーとしては喜ぶ人の方が大半だろうなと思う。
できることが増えるので、いろいろな戦術を行うことができるようになるからだ。
尤も、システム化するために技能持ちが行う本来のそれよりは幾分か性能は落ちるらしいが。
あれだ。マニュアル操縦は操作が難解だが、より柔軟な操作ができて強いとかいうやつだ。
ボタン一つである程度の作業ができる代わりに、状況に適した行動は一切取れない。
それでもできるできないでは戦術の幅に差ができるのは事実なので、おそらく実装はされるのだろう。
スキルシステムをオフか、スキルプログラムを一切使用しなければ今までと変わらないので一応の救済措置はあるはずだ。
で、ミコトさんたちはその打ち合わせに言ったとして、僕が今どこにいるかといえば、だ。
「ちゅー」
「ちゅー」
「ちゅーぅ」
はい床一面ネズミだらけのネズミ―ランドに来ています。某夢の国ではない。
スペース一杯に広がるネズミ、ネズミ、ネズミ。ちょっと一匹持ち上げてみる。
手のひらサイズに収まるそれは、種類的にはモルモットと呼ばれる代物だ。
ここは基地内にある実験棟だ。何でそこにこんな生物がいるのかといえば以前話しをしている通り、ここで文字通りの実験動物として骨粉ほかダンジョン素材の影響が人体にどう及ぶかの実験に使われるためである。
この一角は余剰分のモルモットを開放し、自衛隊員研究員他僕たち徴兵組が小動物に癒しを求めるふれあいスペースとして開放されているモノだった。
ちなみに地味に人気がある。非番の隊員や探索を終えたMULSドライバーがここに居るのは結構見かけたりする。
「はああぁぁぁぁ……」
もっとも、今目の前にいる全身ネズミまみれの女性ほどの触れ合いを行っている人は見かけないのだけど。
頭、両肩に一匹づつひっかけ、太ももに何匹か乗っけて両手で撫でまわしている。
ついでにその大きく張り出した胸部装甲にも一匹乗っけていた。
ネズミたちが暴れて落ちないのか不安になるが、今のところ落ちているのを観測はしていない。
そんな状態の妖怪もこもこネズミ女の名前は松本 蓮華。僕たちの修理技能持ちだった。
「あ、イツキ君。お疲れ様です」
僕の存在に気付いたのか、蓮華さんが話しかけてきた。
「お疲れ様です。その、凄い恰好ですね」
「はい、この子たちから元気を分けてもらってるところですよー」
素なのか、気を抜いているのか普段よりもほわほわした感じでそう言う蓮華さん。
そう言えばこの人、ダンジョン探索で消費されるモルモットにも反応していたよな。
「かわいいものが好きなんですか?」
「かわいいものが嫌いな人なんていないと思います」
———いやまあ、そうでしょうけど。
ちょっと度が過ぎやしないかと思う。いやまあ、問題がないから強くは言わないけどさ。
「イツキ君も触れ合いに来たんですか?」
「えーと、そんなところです」
「じゃあ、少しだけお話ししていきませんか」
そう言って、蓮華さんは隣のスペースを指で叩いてきた。
「まあ、いいんですけど」
蓮華さんの誘いを断る理由もなかったので、僕は素直にその隣に座ることにした。
「あはは、すみません。でも、いまくらいしかお話しする機会無いですから」
「そうですね。探索が終わったら探索後の後始末で慌ただしいですし、休みの日とか会うこともないですもんね」
「そうですね。イツキ君の方はここでの生活は大丈夫だったんですか?親御さんから離れての生活ですし、緩いですけど自衛隊の規律で生活することになってるんですけど」
「うちの実家は自衛官の家系なんです。親兄弟皆自衛官なので、家でも必然そんな生活になるんですよね。だから、そうキツくもないんですよ」
「ああ、そうだったんですね」
他愛のない話が続いていく。
その中で、僕はふと疑問に思ったことを口にした。
「そう言えば、蓮華さんもMULSドライバーだったんですね」
「あはは、ランキングにも乗らない木っ端ドライバーでしたけどね」
「修理技能持ちなら仕方がないと思います。あのMULS動かせるだけで十分凄いですし」
「ありがとうございます」
「…あの、何でプレイヤーになったんですか?」
「ああ、まあ、あのゲーム男の子向けですもんね。私みたいなのがやってたらやっぱそう思いますよね」
「えっと、すみません」
「いいですよ。気になるのも無理ないですし。ただ、そう難しい話でもないんですよね。先輩に誘われたからってだけですから」
「先輩っていると…永水さんですか?」
「はい。『立ってるだけでも弾除けになるから!』って」
「すごい説得の仕方ですね」
「あ、あはははは…」
女性に向かって言う言葉だろうか。というか、他に男友達居なかったのかな。あの人、意外にボッチなのかな。
「まあ、きっかけはそんなのでしたし、ゲームのときも戦闘の方はからっきしでしたけど、修理技能に適性があったみたいでズルズル続けていたら、今の状況になっちゃっていうか…そんな感じです」
「えーっと、いい話だったんでしょうか」
「お給金が良いのでよかったんじゃないでしょうか」
身もふたもない話だ。そのあたりのドライさは流石自衛官といった方がいいのかな。
「実は、私からもちょっとだけイツキ君に聞きたいことがあるんですけど」
そんなことを考えていると、今度は蓮華さんからの質問が飛んできた。
「何です?」
「ずばり、ミコトさんのことをどう思っているのかなって」
おっとー、ここで思わぬ変化球。
いや変化球ではない。女性としては当然の質問だ。イツキは意識を見事に誘導され、付け入るスキを見せていた。
そこに入るクリティカルショーット。まさしくファインプレー。
……などが瞬間的に頭の中に広がった。
いや、まあ、女性にとって、そのあたりの話はやっぱり三度の飯よりも好きなのだろう。
まさかここでぶちかまされるとは思わなかったけど。
「あ、すみません。不躾な」
「いえ、いいです。問題ありません。…ただ、そう聞かれても答えに窮するというかなんというか…」
僕は蓮華さんのその問いに狼狽える。その答えは非常に難しい。
「嫌いなんですか?」
「それは無いです」
それだけは即答した。彼女に嫌悪感は持っていない。
「ときめいたりもしなかったんですか?」
「それはまあ、あるんですけど…」
その答えはYESだ。ただし、条件付きで、だが。
「そう思ったの、最初のダンジョン探索から生きて帰ってきた時なんですよね」
ミコトさんに助けられ、生きて帰り、ミコトさんについていくと決めたあの時だ。
その宣言に悔いはないし、その時に恋したと感じたことは確かにある。
「ああ、つり橋効果というやつですか」
「ええ、まあ」
それは極限状態に陥った男女が、その時に陥った心理状況を恋だと錯覚することだ。
つまり、僕たちの状況と似ている。
「つまり、自分が感じたそれが恋心かわからないわけですね?」
「まあ、そう言うことです」
嫌いかと言われれば明確にNOなのだが、好きかと言われればYESというには疑問が残る。
「その割には、よく一緒にいたりしてますよね。この間もデートしてませんでした?」
「確かにそうなんですけど。逆に混乱するんですよ」
「逆に?」
僕は蓮華さんの言葉に頷いた。
一緒にいて不快は無い。デートもトラブルはあったけど、嫌な思いはしていない。
むしろ楽しかったと思えるが、その時に感じた気持ちはミコトさんに助けられた時のモノと非常によく似通っていた。
流石、つり橋効果で恋と錯覚するわけだ。
「それはもう恋で良いんじゃないでしょうか」
「僕自身そう思いたいんですけど、そう思おうとするたびにそのことが頭の中でフラッシュバックして、冷や水をかけられたみたいになるんですよね」
どれだけ笑っても、感じても、そう思った途端、心の底から音速の速さで「それは本当にそうなのか?」という言葉が浮かび上がり、一気に頭の中を冷却させられるのだ。
「なんかそう思っているのは表面だけで、心の奥底では冷たいままなんじゃないかなって」
何度もごまかそうとしたが、そうするほどに頭の冷たさは顕著になっていた。
嫌いじゃない、恨んでない。好意だって持っている。
但し、その感情を俯瞰して見ている自分もいて、人ごとに見ている自分の理性を感じて言いようのない不快感を僕に与えていた。
「それすら頭ではわかっているのに。だからこそでしょうか、余計に自分のことがわからなくなるんですよね」
僕は彼女のことが好きなのか?
「恋のゲシュタルト崩壊って感じですよ、ハハッ」
「……」
口から乾いた笑い声が挙がった。
蓮華さんは何も言わない。
僕はそれが気にならないほど、僕自身の状況に内心困惑していた。
愛や恋って何なんだろうか。
但し話を聞く蓮華さんはモルモットのお化けである。