表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歩行戦車でダンジョン攻略  作者: 葛原
チュートリアル
9/115

2-5 リアルMULS



「さってそれじゃあ。ぼちぼち百錬について説明していきましょーうか」


筆舌に尽くしがたい。それこそ拷問とさえ言いかねないほどに打擲されながら、当の馬鹿。もとい、大矢 光彦と呼ばれたMULS開発者はそう言った。

先ほどの折檻もどこ吹く風といった感じだ。

その背後では材料博士こと、八坂 美冬さんが折檻のし過ぎでぐったりしている。電脳空間では設定しない限り、肉体的な疲労は再現されないので精神的なものだろう。


「んじゃ、まずは目の前のMULSをご覧ください」


大矢の促しに従って、目の前のMULSを見る。


そいつは、標準的な人型二脚だ。

頭部は一つのメインセンサと全周認識用の各センサー群が、体の大きさに比して小型である箱形の頭部に開いたスリットから見える。そのスリットの目に当たる部分から、敵味方識別と光通信に使用する発光ダイオードがちょうど目のように光っていた。

胴体部は正面から見て箱を三つ横に並べたようになっており、中央の箱がコクピットブロックとして完結していて、その両側は可動して動きに干渉しないようになっているみたいだ。

中央と両側の箱の隙間には板のようなものが挟み込まれていた。

肩部は大きく張り出しており、こちらはゲーム内のMULSとさほど変わり映えしていない。

その代わり、腕部の方はちょっと変わっていて、若干細身。そして、腕の背というか、手の甲に当たる部分に、重機用のであろう、アタッチメントがむき出しで付いていた。

脚部は大腿部が箱形で、股関節の軸が通る部分の外側に、弾薬庫に当たる丸いパーツが埋没している。

膝から下も普通に見えるが、どこか違和感を感じる。

そして、かかとに当たる部分には()()()()()()()()()()

全体的には中量級の二脚なのだが、末端部は小型化されている。

そして、全体的に趣味的な見た目をしていた。


「恰好ええじゃろ?」

『真面目にやれぇー!』


馬鹿の悪ふざけにとうとうブチ切れるMULSドライバー。個人で実体化させた空き缶やバナナの皮などが投げつけられる。


「あっはっはっはっはっはっは」


そんな状態でにこやかに笑う大矢。ちょっとこいつおかしい。


「じゃ、ちょっと真面目に話すよいっと」


そう言って、大矢は掛け声と共に目の前のMULSをバラバラに分解した。

部品がピンに至るまで外され、それは空中で静止している。電脳スペースならではの芸当だ。


「ほとんどの部分はゲーム内のMULSと同じになるよ。マルチコネクターも搭載済み。コクピット内も原作準拠。ゲーム内と同じように操作できるよう作ってある。」


ただし、と続ける大矢。


「ゲームと同じに再現できなかった部分も多い。デバイスとのリンクや各部品への伝達といった神経系は特に問題はないのだけれど、骨格と駆動系と動力部が違うから実際の挙動は大きく変わることになる。これについては、実際に動かして理解してもらうことになるね。とりあえず、その三つの差異から説明するぞい。」


まずは駆動系から。と、目の前のバラバラMULSの中から、モータの類をピックアップして映し出した。


「駆動については上半身と下半身で、それぞれ電気駆動と油圧駆動でわかれている。ゲームみたいに人工筋肉は使われていない。電気と油圧でわかれているのは、上半身は比較的軽量で済んで電気モーターで十分なのと、下半身は軸トルクを必要としない油圧シリンダーの高出力が必要だから。全身油圧にしないのは、オイルタンクの容量が足りなくなるからだな。操縦の観点から見れば、上半身は出力の弱さが目立つし、下半身は反応速度が遅くなるからその点に気を付けてくれな」


次に動力についてだが。と、胴体内部。先ほど言った三つ並んだの箱状の中の、両端の箱状のものの正面装甲すぐ裏にあった二つの円筒形のものがピックアップされる。


「こいつもゲームみたいな核融合炉は搭載していない。代わりに、崩壊炉というものを使っている。」

「すみません、崩壊炉って何ですか?」


すかさず、MULSドライバーの中の一人が声を上げた。


「詳しい構造までは説明できないからザックリ言うと、空間量子学から、空間が保有するエネルギー量を操作して、意図的にエントロピーを低下させた空間に放射性崩壊を起こしている物質を投入して、その原子の崩壊によって生じるエネルギーを回収する機関ってことになる」

「…。難しすぎてよくわかりません」

「あー。熱湯を氷水にぶち込んで、その時に熱湯から拡散するはずの熱をエネルギーにするってこと。放射性廃棄物の半減期を操作して、崩壊速度を操作してその崩壊エネルギーを使っているってことなんだけど。俺もよくわかってないからちょっと弱い核融合炉くらいに思ってちょうだい。こいつに関してのゲームとの差異は、核融合炉みたいに無限にエネルギーを抽出できないってことか。燃料が全て安定化するまでの約一カ月程度が崩壊炉の連続稼働時間になるね。」

「なんで二つついているんですか?」

「崩壊炉は一度稼働させると燃料を完全に安定化させるまで中身を取り出せない。だから、半月ごとに交換できるように二基搭載させている。一応、一基で十分な量の電力は確保できているよ。」

「出力は?」

「ゲームほどの出力はないけど、MULSを動かすには十分な発電量は確保されている。まあ、ちょっと違う動力源程度に考えておいてほしい。」


んで、と、今度は全身のフレームがピックアップされる。

ここで、MULSを見た時感じた、肘から下と、膝から下が細く感じた理由がわかった。

胴体や大腿部は、一昔前の車のフレームみたいな構造になっているのに対し、両手足の末端部は一本の太いシャフトだけだったのだ。

それは、どこか人の骨を連想させた。


「最後にフレームの説明をしようかね。フレームについては、胴体、肩、大腿部がアウトフレーム式の外骨格フレーム構造で、肘から先と膝から先がインフレーム式の内骨格フレームになっている。これについてはフレームに使用している部材が特殊なものでできているからで。まあ、ダンジョン素材のことな。というわけで、我らが材料博士。美冬タンにご説明してもらおうと思います。ほれ、美冬。何息切らしてるんだよ。はしゃぎすぎだろ」

「…。いい加減にしないとぶち殺すわよ。光彦。」

「はい、皆。拍手―!」


ちらほらと、MULSドライバーの中の十数名が拍手する。たぶん、全員が「お前が言うな」と思っていた。

そのことについて騒いでも時間がもったいないと判断したのか、美冬さんが一つ大きくため息をつくと、こちらへと説明を開始した。


「はあ。えっと、まず、この機体に使われている素材ですが、基本素材は鉄材です。その鉄材にダンジョン由来の物質を添加して、強度を引き上げています」

「鉄?鉄じゃ持たないはずですけど。その未知の物質を添加しただけでそんなに強度が上がるものなのですか?」


隣にいた永水さんがそう訊ねた。そうか、この人、鉄材でできるかどうか実際にやってみてたんだっけ。


「…。まず、その質問に答える前に一つ質問させていただけますか?」


美冬さんは、その質問に質問で返した。


「…。どうぞ」

「ありがとうございます。では質問します。鉄で作ると持たないのは事実ですが、何故、持たないのかわかります?」

「歩いたり、走ったりした時の衝撃に耐えらえないからですよね」

「はいそうです。じゃあ、何故衝撃に耐えられないか。わかります?」

「…わかりません」


永水さんは白旗を振った。そういった分野は専門外らしい。


「ありがとうございました。じゃあ、答えを言います。答えは、金属は展性を持つからです」

「展性ですか?あの、金属を叩けば伸びるっていう?」

「そうです。その展性が、金属を衝撃から弱くしています」


わかりやすく言うとですね。と、一息。

美冬さんは空間にディスプレイを映し出した。中には歩行の簡易モデル。


「歩くっていう動作はその加重を支えるフレームからすると、自分の体重で自分自身を繰り返しハンマーで叩くようなものなんですね。展性は塑性変形の一種で、衝撃を受けると破壊せずに変形する性質のことですから、歩くたびにちょっとずつ骨格が歪んでいきます。そして、その変形が限界を超えると、破断します。これが、歩くと壊れるメカニズムです。」


目の前のアニメーションを動かしながら、食い入るように見る僕たちを相手にそう説明する。


「なので、フレームを持たせるためには展性を阻害し、靭性を確保しないといけません。そこで使うのが、ダンジョン内で採れた新物質になります」


アニメーションが、そのフレームにズームイン。小さい丸がフレームを構成し、鉄のモデルであることが分かった。


「新物質は繊維状の構造を持っています。これが鉄の組成の中に組み込まれ、繊維方向への鉄分子の滑りを阻害します。原理的には、FRP、繊維強化樹脂や鉄筋コンクリートと同じですね。新物質を骨組みにして、鉄でそれを補強しているんです。」


鉄のモデルの中に、針状のモデルが侵入。横方向へとずれようとする鉄分子を針状モデルが防いでいた。


「鉄と新物質の配合についてはまだまだ研究段階で、現段階では歩くのに支障がない程度の強度しか確保できていません」

「てことは、まだ強度はあげられるかもしれないんですね?」

「はい。ただ、電脳で検証はできても、実際に製造して検証するのはまだまだ時間がなくてできませんでした。もうちょっと時間がかかると思います」


以上で説明を終わります。とお辞儀する美冬さん。今度は、その場にいた全員から拍手された。

そして大矢がでしゃばってくる。


「はい、ありがとうございました。んで、それを使ってフレームを作って―――」

「―――全部美冬さんに説明してもらえばよくね?」

「はいそこぉー。そんなこと言うなよ。喜ぶだろぉー?」

「はいすみませんでした。早く説明をお願いします!」


なんて一幕もあったりしたけど、とりあえず話は進む。


「まったく。えー。美冬タンの説明通り、フレームの素材そのものには強度のメドが立ったんだけど、それ以外にも極力衝撃を吸収する機構を持たせた方がいいってんで機械的な衝撃吸収機構もつけることになりました。それが両手足末端のインフレーム部なんだけど。こいつは二層構造で外周と中心部の二つに分かれているんだわ」


ピックアップされた脚のインフレーム部の一部がさらにピックアップされ、縦に二分割。断面がこちらに晒される。


「んで、外周部は剛性確保のために全部鉄材を使っている普通のフレームなんだが、内部はスカスカの発砲構造材の中に、衝撃吸収用のジェルを充満させてある。」


断面からさらに分割され、外角、中の金属材、衝撃吸収材に分かれた。

それが再び断面の状態に戻る。


「こいつは外殻部が受けた衝撃を内側に集中させて、内部の衝撃吸収ジェルで吸収する構造になっている。こいつのおかげで、走るほどじゃないけど、歩くからちょっと早歩きくらいにまではできるようになった。ついでに、末端部の整備性が上がっている。外骨格式だと末端部は小さいから、内部のパーツの整備が難しかったんだな。その分、外骨格の保護がないから機械類が壊れやすい。そこに気を付けて乗ってくれ」


そして、一度バラバラになっていたMULSが再び組み上げられる。


「とまあ、こんな感じかな?何か質問はあるかい?」


大矢がそう促す。

一人が手を挙げた


「装甲材はどうなるんですか?」

「主材はアルミ合金装甲になるよ。場所に応じて厚さは変わる。これはゲームのまんまだな。」


アルミ合金装甲。ゲームでは初期装備の装甲材で、50口径機銃までは強固な防御力を持つけどそれ以上の鉄鋼弾やHEAT弾に非常に弱い特性を持つ。

格下殺しの装甲材だが、ゲームでは20㎜以上の砲弾が飛び交うのであまり人気が無い装甲材だ。


「他には?」

僕は手を挙げた。


「はい君。何が気になる?」


指名されたので、僕は先ほどから気になっていたことを尋ねた。


「ローラーダッシュはついていないんですか?」


そう、先ほどMULSを見ていた時から気になっていたのだが、MULSのかかと部分、ローラダッシュの搭載部分に何もついていなかったのだ。

これがないと、走れないMULSでは機動性に難が出る。


「設計上、取り付けることはできるけど肝心のローラーダッシュの設計は間に合わなかった。今は他所で設計中だけど、君たちがダンジョンに初めて入るころには間に合わない」


大矢はそう答えた。


「そうですか。ありがとうございます」


リアル世界へと出てきたMULS。

その実態はゲームとはかけ離れ、とりあえず歩いて銃が撃てればいいといった非常に貧弱な代物だった。

それは想定されていたものであったとはいえ、僕を少しだけ落胆させた。



セルフ質問箱その1

Q、何でMULSの目はダイオードなんてややこしいものにしたんですか?

A、受光機が発行してんじゃねぇ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >A、受光機が発行してんじゃねぇ 発光ダイオードじゃなくて、発行ダイオードなんてものがあったんですか? これから出てくる機器なのか、ダンジョン産の謎物質で作られたんですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ