5-7 サブジョブシステム
次の日。
今日僕たちはお休みだ。僕のMULSは未だにバラバラなので、ダンジョン攻略も一切できない。完全フリー。
というわけで、今日はミコトさんとデートのリベンジにでも
「ダメです」
その企みはミオリさんに阻止された。
「何でですか!」
ここはミオリさんの執務室。さあ今日は何をしようかと考えていたところ、ミコトさんと共に呼び出された矢先のことだ。あ、デート?さっきのはノリだ。
しかし、外出禁止か。何故だ。何が悪いんだ。いや、そりゃミコトさんとか僕とか度々命令無視で突っ走りますけど。
「正確に言うと、貴方たちの外出許可を出すことができないのよ」
「僕たちだけですか?」
「ええ。本当は他の人達も控えてほしいところではあるのだけれど、貴方たちの場合は特にね」
「理由を聞いてもいいですか?」
「もちろん。簡単に言ってしまえば、あの活動家たちのせいね」
「…ああ、成程」
それを言われたら納得するしかない。
「つまり、あの基地外の人達が何しでかすかわからないから、安全の面で外出許可を出せない、と」
「あけすけに言ってしまえばそうなるわね」
あの基地の外にいる自称平和主義な活動家の皆様方の、その行動力はピンからキリまでバリエーションが豊富だ。
それこそ横断幕を掲げてデモ活動を行う人もいれば、陰に隠れてアウトラインも踏み越えてなお突っ走る革命家気取りの犯罪者だっている。
で、残念なことに、彼らについては『見分けがつかない』。全員が全員、『社会平和の為だ』とか言って近づいてくる。それに乗じた犯罪者も多数だ。
そんな奴らが基地の前に陣取って、その先には跳梁跋扈しているのが今の僕たちの現状なわけだ。
これで関わってこないなら放置も可能だろうが、『説得』『教育』もしくは『総括』、そんな言葉を理由に拉致監禁に洗脳、暴行。挙句の果ては『いない方が社会のためになる』を目的に接触を図ってくるのは明確だ。
つまり、今基地の外はRPGも真っ青のエンカウント空間なわけだ。基地の外に出てしまえば一歩も歩かずにエンカウント。こちらの行動入力が始まる前にエンカウント。基地に戻ろうとしてもエンカウント。
延々エンカウントするだけで目的地に一歩も近づけないクソゲ―状態の出来上がりだ。
それが容易に予測できるため、僕たち徴兵組は基地の外への外出は控えてほしいということらしい。
「僕たち二人が禁止で、他が任意なのは未成年だからですか?」
「そういうこと。他は曲がりなりにも成人しているから最悪許可を出すしかないのだけれど、貴方たちの場合は未成年で、誰かの保護下にいる必要がある。そして現状、貴方たちは自衛隊の保護下にあるから、貴方たちの身の安全を保障する義務がある訳ね」
「ダンジョン攻略には駆り出されているわけですけど」
「耳の痛い事を言わないの。とにかく、事件に巻き込まれる可能性がある以上、外出許可を出すことができないのよ。悪いけど、納得して頂戴」
「まあ、それは仕方ないですね」
特に基地の外に興味があるわけでも無いので、それそのものはどうでもいい。
「ただ、ダンジョン内よりも市街地の方が危険ってのはどうなんでしょうね」
「……外の人達に聞かせてあげたいわね」
言ったところで聞きやしないんだろうなぁ。
「話は分かりましたけど…。ミコトさん、どうしようか」
元より何もないに等しかった予定が、これで完全に霧散してしまった。
どうしようか、いっそ電脳スペースに潜って電脳デートでもしゃれ込むか。
「えーと……」
「あー、イツキ君。申し訳ないけど、ミコトさんには別件で用事があるのよ」
歯切れ悪く口ごもるミコトさんに応じてミオリさんがそう答えた。
「用事ですか?ミコトさんに?」
「ええ、ちょっとシステムの改善案が出ていて、それが実現可能かの検証と、後はその為のシステム開発をお願いしたいから」
「改良ですか?どんなものを?」
「そうね。一言で言ってしまえばサポートジョブシステムの実装。といえばいいかしら」
「サポートジョブ?」
「うん、特殊技能の再現プログラムって言えばいいかもしれない」
ミコトさんの言った言葉の方が理解はしやすいか。
VRMMO“メタルガーディアン”において、ファンタジー系でよくある盗賊や戦士、僧侶といった役割を果たす、いわゆるジョブというものは存在しない。
あるのは特殊技能として特定分野に特化したプレイヤーを呼称するだけだ。
今回の話は、それをジョブとして固定化する話、と言えなくもない。
ゲームでジョブをこなしてスキルを獲得していくように、MULSのコンピュータにスキルシステムを搭載し、特殊技能を持たないプレイヤーでもその人たちと同等の能力を発揮できるようになるシステムなのだとか。
「やりたいことは解りますけど、何でそんなことを?」
「理由は二つ。まず一つは、貴方たちの探索のサポートの為。貴方たちは、純粋にMULSの腕を買われてここにきているでしょう」
「そうですね。単純な戦闘技能だけでのし上がってきたようなものですし。ああ、そうか。遠隔奏者も修理屋もいないのか。」
「そういうこと。安全にダンジョン内の探索をするためには単純な戦闘能力だけじゃなくて、それ以外の面でも総合的な能力が要求されることが貴方たちの探索のおかげでわかったわ。だけど、ここに居るMULSドライバーは戦闘能力を評価されて連れてこられた人たちばかりでしょう?」
「どう頑張ってもポイントを稼ぐ効率が悪くなりますからね。必然的にそうなります」
「そう。つまり、探索の支援を行えるドライバーが圧倒的に不足しているの。かといって、新たにその方面の人材を連れてくることはできないわ」
「ついでに言えば、現状のMULSでは僕たち以外に動かせる人間がいないでしょうしね」
「だから、MULS側で補助して技能を再現させる手段しか考えられないの」
「成程」
できる人間がない以上、機械による補助が要ると。
それができれば、他のドライバーも4層以降まで探索を行うことができるようになり、効率も良くなるか。
「もう一つの理由って何ですか?」
「自衛隊の方の訓練が短縮できるわ」
「ああ、成程」
MULSの操縦訓練に加え、その他の技能の習得も自衛隊には必要だ。
専門的な知識や天性のセンスが無くても技能を使えるなら、訓練の時間も人の資質も問われない。
とにかく早さが必要な自衛隊のMULS部隊の編成にはうってつけか。
「それは確かに重要ですね」
「問題はそれが実現可能か。というところなのだけど」
「どうなんでしょうね。ミコトさん?」
「え、と。実は、ゲーム開発のときにも、その話は上がってて…」
ミコトさんから放たれた言葉はそんな言葉だった。
まあ、当然か。それこそファンタジー的な話における、スキルシステムの実装なわけだ。
同じゲームである以上、思いつかない道理もないわけだ。
「つまり今になっても実装されてないから、それは無理だったってことでいいのかな」
「えーっと、それもちょっと違くて…」
「?」
ミコトさんが言いにくそうにそうこぼす。はて、何か言いにくい事でもあるのだろうか。
「システム的にはちょっと難しいって話にはなってたの。ゲーム会社が提供しているモデルデータは問題なかったけど、個人で開発、公開しているモデルデータは互換性を考慮されてない場合が多くて、システムを適応させることが難しかったの」
「それが実装できない理由なんだ」
「えーっと…。実は、これは開発時にシステム互換用のテンプレートを公開することで対応可能になったから、実は実装のための障害はもうクリアしてるの」
「つまり、実装したければいつでもできると」
「端的に言うと、そう」
「……だけど実装しなかったの?」
「えーっと…」
会社として検討したのに、実装をしなかった。
何か理由があるのだろうが、その原因がわからない。
ミコトさんも話すべきかどうか悩んでいる様子で、詳しい話は見えてこない。
ただ話す必要性は感じている様子で、しばらく時間が経った後、ようやく小さな声でミコトさんは話を始めた。
「実は、お兄ちゃん達が反対しちゃって」
「大矢さんが?」
「うん。ていうか、システム開発陣が『システムに頼るなんて外道だ』って…」
「大矢さん何やってんの」
僕は思わず頭を抱えた。
「えっと。そんなわけで、実装するだけならすぐにできます。ダンジョン探索用なら装備も決まってますし、そう時間がかかることもないはずです」
「わかったわ。じゃあ、お願いできるかしら」
「はい」
「あと、ゲームの方でもシステムの実装を打診できないかしら。相模さんともこれから打ち合わせをする予定なのだけど」
「ゲームも、ですか?」
「ええ」
「システムならもうありますから、実装するのはすぐできますけど…。理由を聞いてもいいですか?」
「簡単な話よ。自衛隊のMULSの訓練は、あのゲームの中で行われているからね」
「え、マジですか?」
思わず会話に割り込み、僕は聞き返していた。
「あら、イツキ君は気づかなかったのかしら。例の、洗礼っていう大規模イベントかしら?あの時に貴方に助けられたり叩き潰されたりしたって聞いたのだけど」
「……ああ!あの時の!」
数秒考え、例のMULSに思い至る。
MULSの操縦には慣れていないのに、うまく数的有利を取ったり、遮蔽物を利用したりしていたMULSの集団のことだ。
妙に手慣れていたのも当然だろう。彼らにとっては本職だ。遊びでやっている僕たちと比べれば、その技能の習得についてはそれこそ雲泥の差があった。
「ていうか、自衛隊のMULSの訓練ってあのゲームでやってるんですね」
「徴兵された貴方たちもそのゲームをやっていたから徴兵されたのだけれど」
「いやまあそうですけど、ゲームと現実では齟齬が大きくなりませんか?」
「MULSの操縦訓練という一点で見れば、あのゲームで十分なのよ。魔物相手には人同士の戦争の仕方なんて役に立たないし。現状、MULSはダンジョン専用なわけですから」
「それはまあ、確かにそうですけど…」
訓練と称して、日がな一日ゲームに明け暮れる自衛官。
僕はその状況を想像して、何とも言えない気持ちになった。