5-6 筋肉ゲシュタルト
「よーし、始めるぞ、チェック項目を忘れるな!」
その掛け声と共に、僕のMULSは解体を始められた。
装甲を外され、天井のフックにつるされ、各部位ごとに分解された後にはメンテナンスハッチを開けられ中の部品を抜いていかれ…。
あっという間にバラバラにされていく。
ここは基地内。ダンジョン探索から終え、機体をガレージへと停めた矢先のことだった。
彼らが行っているのは難しくはなく、単純に僕の機体の分解点検だった。
普段はここまで徹底的なことは行わないのだが、今回は中身を刷新した完全新規の新型機なので各部位のデータ取りが主目的としてこの目の前の状況に至っている。
特にこの機体は今後のMULSの基本形となるはずの技術が非常に多く導入されている。
今後の量産における最適化を目的としてもいるのでこの徹底ぶりだった。
「やあ、イツキ君」
で、そんな場所にこの人が来ないはずもなく、大矢さんが僕に話しかけてきた。
あ、杖持ち骸骨のコアと杖は無事に回収することができた。あれから作戦は順調に行われ、これといった問題もなく手に入ったので割愛である。
「大矢さん、お疲れ様です」
「はい、お疲れさま」
「何か問題ありました?」
「ゼロじゃないけど、今出てる分はまあ予想の範囲内かな。実際に試験して最適化が必要だった部分位で、特に重要な問題は無いね」
「そうですか」
そのまま何とはなしにその作業風景を眺めていく。こういうのは見ていて楽しい。傍から見ていると実スケールのプラモデルを眺めている気分にもなる。
そんな作業風景を見ていながら、僕はあることに気が付いた。
「大矢さん、質問良いですか?」
「はいはい、何でしょう」
大矢さんの許可もとれたので、僕は気になった部分を指さす。
そこにはMULSから取り外されたシリンダーが大量に並べられていた。
大きさはそう大きくない。人の太ももサイズ位か。
一つ一つマジックで何やら記入を行い、写真を撮って記録に残していっている。
「アレが例の、新型のアクチュエーターですか?」
「そうだよ」
大矢さんはそう答えた。
言葉の通りだ。あのシリンダーは内部に骨粉で出来た電磁膨張性のスライムを収めており、その膨張力でMULSの駆動を賄う部分だ。
「今回のテストの目玉だからね。ああしてしっかり記録に残しておくのさ」
「まあ、そうだろうなとは思いましたけど…」
大矢さんの言葉にそう答える。いや、言いたいことは解るのだが、聞きたいことはそっちじゃない。
僕が気になったのは、その並べられているシリンダーの大きさだ。
「あれ、全部同じ大きさに見えるんですけど…」
そうなのだ。あそこにあるアクチュエーター、遠目に見ても、そのサイズに大きな差がない事は一目で確認できたのだ。
あのアクチュエーター。わかっているとは思うがMULSの全ての駆動部位に使用されている。
首と腰の旋回軸部分はその例外ではあるものの、それ以外の腕、足の主要部位は全てこれだ。
そう、銃が持てればいい腕と、機体すべての荷重を支える脚部と。そのすべてがあの一種類のアクチュエーターで動いていることになる。
そんなこと、あり得るのだろうか。
「…ほう?よくそこに気付いたね」
それを聞いた大矢さんの声がどこかしら変わったのを感じた。あ、ヤバイこれ。大矢さんのスイッチ入った。
「そうかそうか、そんなに気になるなら説明しないわけにはいくまいな」
「いや、あの、そこまで気になったわけじゃ…」
「何か言った?」
「いえ、何でもありません」
大矢さんの言いようもない圧力に思わずそう答えた。いや、実際気にはなっていたけどさ。
そんな僕の心の内など知る由もなく、大矢さんは解説を始めた。
「さて、イツキ君の言う通り、あそこにあるシリンダーは全て同じ種類のものだよ。なんでかって言えば単純な話で、コストがかからないからだね。量産効果ってやつだ」
「ええまあ、それは解ります」
「だな。で、気になるのはそれでMULSが動くのかって話だな。まあ、実際に動いたから動けるのは当たり前なんだが、何で?ていう」
「ええ。脚と腕で同じ力が出せるとは思いませんし」
「そうだな。実際のところは脚部関節には腕部と違って複数本まとめて使うことで出力を底上げしているんだが。イツキ君の指摘通り、それだけだと出力がまだ足りないんだ」
「そうなんですか?」
「うむ。実はもう一工夫が施されている。さてここで問題です。イツキ君、準備は良い?」
「何でしょうか」
「人の筋肉ってどうやって腕を動かしているでしょうか」
「えーと、それは…筋肉が収縮して?」
「まあ正解だ。筋肉が収縮し、腱で接続された骨を引っ張ることで動かしてる。で、この話題の筋肉さんですが、実は足の筋肉と全く同じ素材でできています」
「それはまあ、当たり前ですよね」
「うん、当たり前の話だ。筋肉というより筋繊維というものなんだが、これは全く同じものが使われている。さてこの筋繊維さんですが、一本当たりの引っ張る力は決まっています。さて、ではそれ以上の力で引っ張るとき、筋繊維さんはどうやって引っ張るでしょうか。ヒントはさっき話したMULSの腕と足のアクチュエーターの配置の話です」
「つまり、複数本束になって力を増やすってことですか?」
「はい正解。というわけで、筋肉の力っていうのは筋繊維の断面積の広さで決まります。人間換算すれば、人一人の立っている面積×人数がそのまま力の倍率になる訳だな」
「要は筋肉一本当たりの太さに、本数をかけた値が力の値というわけですね」
「まあそう言うことだ。強い力を出すためには断面積の大きな筋肉がいる。今重要なのはこの部分だ。ここまでは理解できるかい?」
「はい」
「よろしい。さて、太さisパゥワーな脳筋話をして早速なんだが、人の体で構造上、力に対して大きな面積を取れない場所っていうのがある。というか、力のいる部分は大抵の場所はそうだ大腿然り、大殿筋然り。なんでだと思う?」
「えーと……わかりません」
「答えは単純で、それだけの筋肉を確保しようとするとものすごく太くなるから。太くなりすぎて可動を妨げるんだな」
「ですけど、僕たちは立ってますよ?」
「その通り。つまり、筋肉を太くせず、かつ有効断面積を確保した筋肉のつき方があるわけだ。そのカギを握っているのが腱だ」
「腱?」
「そう、腱。筋肉と骨を接続する部位なんだが、これが重要になってくる。ついてきてくれ」
そう言うと、大矢さんは歩を進める。向かう先は並べられたアクチュエーター…ではなく、分解された脚部パーツの方だ。
そちらへ移動しながら、大矢さんは言葉を続ける。
「さて、腱が重要だと話したが、何故重要かといえば筋肉と腱のつき方がその筋肉の在り方を決めているからなんだな。イツキ君にとって、筋肉と腱ってどういう風についているモノだと思う?」
「え、それは……筋肉があって、その両端に腱がついている感じですか?」
「まあ、それが普通だろうね。そう言う筋肉を紡錘状筋というんだ。こういう感じだね」
そう言って大矢さんは画像データを送ってくる。それは筋肉のイメージ画像だ。確かにそれは筋肉が束になり、その両端が腱になっているイメージ通りのモノだった。
「で、その筋肉とは別に、羽状筋というものがあるんだ。これが力を確保しつつ、細さを確保した筋肉になる」
そう言ってまた別の画像を送ってくる。それが羽状筋というものなのだろう。
腱に当たる部分が細く伸び、それにくっつく形で筋肉が広がっている。
羽状筋とは言ったものだ。腱の部分が羽の筋、筋肉が羽毛部分と置き換えれば、確かにそれは羽のように見えた。
「その画像を見てわかってもらえたと思うけど、もっとわかりやすく言えば、2本の細い腱が平行に伸びていて、その間に筋繊維が走ってるって構造になってる。これがこの筋肉のキモなんだ」
「…どうしてですか?確かに変な形してますけど、それがどうして力を増すキモになるんです?」
「さっき渡した画像を見てほしい、紡錘状筋の方だね。わかりやすく言うと、腱の、腱と骨の接続点、支点に対して、この筋繊維はまっすぐについているよね」
画像を見る。確かに、筋繊維は支点同士を糸で結んだような感じだ。
「その方向を縦としてみると、羽状筋の方はその方向に対して直角、横方向についているのがわかるかい?」
もう一つの画像を見る。確かに、支点間に横断歩道でもできた感じだ。
「さてここでもう一つ注目するべきところがある。その支点間と筋肉の太さについてだけど、長い方はどっちだい?」
「それは、見たまんまですよね。支点同士の方が圧倒的に―――――」
そこで僕は気づいた。
「気づいたかい?つまり、こういうことなのさ」
そう言った丁度、目的の場所に到着した。
それはMULSの脚部。その主要部であるアクチュエーターを抜かれ、ほぼフレームの状態で置かれていた。
その内部もよく観察することができた。股関節に当たる部分にマルチコネクターがあり、反対側には膝関節。
その両方に、シリンダーを取り付ける金具がついていた。
それはちょうど、大矢さんが話していた羽状筋の腱と同じ構造だ。
「支点間に対して横方向に筋肉を配置すれば、縦方向よりもより多くの筋肉を付けられるわけだ」
大矢さんの言う通りだった。その大腿部には、10本近くのシリンダーを付けられる接続部が確認できた。つまり、それだけつけられるということだ。
縦に配置したら数本程度が限界だろう。大矢さんの言う通り、細さを維持しながら、出力を維持できるわけだ。
「…横に配置して、縦方向が縮むものなんですね」
「実際には斜めだからね。斜辺が短くなれば、底辺高さも当然変わるって寸法だ」
「ははあ、成程…」
僕は感心した。
何がって、大矢さんだ。よくもまあ、機械構造についてしか知らないと思ったら人の構造まで知ってるのか。
なにをどうすればそんないろいろと頭の中に詰め込めるな。知識の手広さが半端ない。
「…どうしたんだい?」
「大矢さん、人の構造まで知ってるんですね」
「MULSだって人型だからね。なら、人間を参考にするのは間違ってないだろう?」
「いやまあ、そうですけど」
MULSのためにそこまでするか。
そこに呆れ交じりの関心を向けながら、視点は目の前の脚部にうつる。
今までは鉄色の金属と骨粉の複合金属フレームだったけど、この機体は完全骨粉性の骨フレームだ。
その色は白く、質感もそのまま骨といった様相だった。
「ちなみに、今後の改造でその骨に自動修復機能を付けようかなって思ってるんだ」
「できるんですか?」
「構造はあのリペアユニットと同じだからね。機体内部にナノマシンプラントを増設して、自動診断で破損の修復を行わせる。強い力がかかって壊れる以外、経年劣化とかで壊れるってことは無くなるだろうね。折れてもくっつくようになる」
「……それも人と同じ構造だからですか?」
「もちろん。人の骨だって破骨細胞と造骨細胞が日々破壊と再生を繰り返して骨の更新を――――」
大矢さんの話は続く。
何というか、この人の頭の中どうなてるんだろうか。
大矢さんの話を聞きながら、僕はそう感じていた。
結局、大矢さんの即席講座から解放されたのは、それから1時間後のことだった。
疲れた…。
きんにくきんにくー