5-4 部外者からの思わぬ説得
遠くで喚く胡散臭い集団に対してそんなことを考えていた僕たちの横を、MULSの集団が通り過ぎていく。
機数は6。一小隊。丁度これからダンジョンへと出撃するのだろう。
それに目を付けたのか、外で拡声器片手に反対反対と喚いていた人物がこちらを向いた。
狙いは、今から出撃する小隊だ。
「私たちの話を聞いてください!貴方たちは政府に騙されている!貴方たちがダンジョンに入る必要はない!自衛隊は貴方値を捨て駒にするつもりだ!」
「「うわぁ」」
大矢さんと声がユニゾンしてしまった。
工作の一環か。徴兵された僕たちをターゲットにし始めたよあの人たち。
話しかけられたMULSの小隊たちも顔を見合わせている。そりゃ混乱もするだろう。
「…ちょっと貴方たちに聞いておきたいのだけれど」
そんな様子を見て、ミオリさんはそう聞いてきた。
言おうとしていることはなんとなくわかる。
「あの説得に応じる人は僕たちの中にはほとんどいないでしょうね」
「…本当に?」
「はい」
僕はその問いに確信をもって答えていた。
あの集団の話を聞いても僕たちの心には響かない。
理由はまあいろいろだが、少なくともあの集団の主張と僕たちの現状が合致していないというのが理由の総意だろう。
僕たちがダンジョンの探索に必ずしも必要ない事は既に説明されている。というか、身の安全を最優先で内部探索は二の次でいいと言われている。
なので、あの人たちの主張と僕たちの現状が一致していないのだ。使い潰すとか、死んだらヤバイの自衛隊だし…。この基地の内部のことは解らないのかもしれないが、部外者なら黙っていろと言いたい。
まあ、そんな国の意思は無視して僕たちはダンジョンの奥へ奥へと探索を進めているのだが。
何故僕たちが2層3層と奥へ奥へと探索を進めているのかといえば、一言でいえば僕たちにやる気があるからに他ならない。
「リスクは高いけど回避できますし、何よりお金になりますから」
死ぬ可能性が伴う危険な仕事ではあるのだが、危険に対するリスクマネジメントはある程度確立されていて、危機回避は比較的容易になっている。
危険の度合いとしては、そこらの工業系の仕事とそう大差ないもしくはより危険くらいな状況だ。
ついでに言えば、ダンジョン内部の資源は回収すれば高く売れる。貴重なものは奥に行かないと回収できなかったりもする。
リスクとリターンでいえば、リターンの方が大きい。それはリスクを極力回避した状態でもだ。
「お金よりも命が大事だと思ったりはしないかしら」
「今のところ、僕たち最前線以外は死ぬ危険が身近に感じられませんからね」
ミオリさんの疑問ももっともなのだが、ダンジョンの中で脅威になるのは魔物よりもダンジョン内部のトラップ。落とし穴の方が怖いのが実態だ。
未探査領域ならその危険は付きまとうが、トラップの判別は可能だし、後方の探索が終わった領域では落とし穴は引っかからない。落ちたとしても救出は容易で、またそのあたりでは装甲すら割れるか怪しい骸骨たちが一番の脅威になる。
そして、その骸骨たちは小隊を組んで行動するMULSの集団を一人残らず行動不能にできるほどの戦闘力を、少なくともメインの狩場と化している2層までは持っていなかった。
「正直、今の状況でそこに緊張感を持つ人はいないでしょうね」
お金を稼ぐのに効率が良く、死ぬ危険は伴うが対処しやすい代物であり、単調な敵の攻撃パターンと相まって、僕たちとMULSにはダンジョンの探索においてまだまだ余裕もあった。
ついでに言えば、自衛隊のMULSドライバーの調練はまだまだといってよく。僕たちに死なれても困るのは事実だった。
「少なくとも、国が僕たちを捨て駒にするような状況だとは思えませんし。なら現状維持で稼げるだけ稼いでおいた方がいいって思うでしょうね」
「そういうものかしら…」
「徴兵終わったら僕たち無職ですし」
なお疑うミオリさんに、僕はそう言い放つ。
僕たちの徴兵は自衛隊のMULS部隊が編成されるまでの時間稼ぎであることは最初から言われている。最低でも一年はかかるだろうが、それでも部隊編成が済んでしまえば僕たちはお払い箱だ。
「徴兵が終わった後の再就職については、退役軍人と同じように自衛隊の方で支援をする予定なのだけれど」
「それでも無職になるのは事実だし、金を稼いでおけば何かしら役に立つからな」
「MULSに乗れて、死ぬ危険はあるけど対策は可能な限りされてて、その上で報酬は莫大ですから、正直僕たちが今の状況を壊す理由がないんですよね」
他所様の政治闘争に付き合うよりも、来たる無職時代を生き抜くための食い扶持を確保することの方が僕たちにとっては重要だった。
あの基地外の平和集団に踊らされるのもしゃくだった。
「だからまあ、あの胡散臭い人たちの言うことを聞きたいとは思わないでしょうね」
「そういうものなのかしら…」
ミオリさんは半信半疑だ。
しかし、その思いは次の瞬間吹き飛ぶことになる。
基地外の平和団体が呼び掛けていたMULSたちが、彼らへ向けて一斉にアピールを行ったからだ。
機体を左右にゆすらせ、機体のラインに沿うように両手をゆっくりとおろしながら機体をしゃがませる。
かと思えば機体を立ち上がらせ、おもむろに後ろを向いたかと思えば腰を起点にゆっくりと円運動を描く。
他にもいろいろと、思い思いに動いて基地外の平和団体に向けてアピールを続けていく。
その様は非常になまめかしく、いつかドラマで見た俗に言うセクシーダンスとかいうそっち系なお店で行われる代物だった。
やっているのはMULSだけど。いや、確かにMULSの外観はボンッボンッボンッなダイナマイトボンバーではあるのだけど。
さて、そんなアピールを受けた基地外の平和団体な皆様方は一体どんな反応をするのだろうか。
いや、分かってるんだけどね。
彼らの反応は予想通りだった。いきなりの奇行に喚くのもわすれてMULSのダンスを眺めた後……。
「ダンジョン基地反対―!ロボット乗りは出ていけぇー!」
拡声器を使って僕たちの方にもその怒声が響いてきた。
「あいつらは何をやっているんだ」
足元でミオリさんが頭に手を抑えていた。
それに大矢さんが応える。
「そら人の都合も知らんで外野から騒がれればイラつきもしますもん。そんなに私らの徴兵が嫌なら最初から騒いで反対してろって話ですわ」
大矢さんの言葉に僕はコクピットの中で頷いた。
僕たちの徴兵がここで終わったとしても、元の会社、元の学校に戻るというのは正直難しいと思う。
未だ3カ月、言い換えればもう3カ月。僕たちが徴兵され、元いたコミュニティーから追い出された穴は既に埋まっていてもおかしくない。そんな中で僕たちが元のコミュニティーに戻ろうとしても、そこに僕たちの居場所はない。
いまここに居る僕たちに待っている肩書きは「徴兵帰りの僕たち」だ。この手の話題に事欠かないアメリカでも、兵役を終えた軍人が日常社会では不適合者扱いとかよく聞く話でもある。
それが、大戦後一世紀近く戦争が無かったこの国でどうなるかは見当もつかない。
僕たちが社会に受け入れられるかは未知数だった。最悪、腫れものを扱うみたいに飼い殺しにされかねない。
(あれ、ていうかちょっと待て)
そこで僕の現状に今更ながら思い至る。
高校は中退、つまり最終学歴が中卒だ。
高校無償化とかされてる昨今。中卒で仕事につけるかと聞かれれば、それは難しいと言わざるを得ないだろう。
ならば大学に進んで大卒になろうとしても、まずは高卒程度の学力とそれを証明するものが必要になる。
「だからと言って挑発するな、馬鹿者。叱られるのはこっちなんだぞ」
「それを私に言われましても」
「やかましいわ。ああもう、戻ったら覚えていろよ、あの馬鹿共」
大矢さんたちは大矢さんたちで何か騒いでいるけど、ちょっと今僕はそれどころじゃない。
僕の徴兵が終わった時には僕は中卒として扱われる。
つまり、稼ぎもそれなりになる。
ついでに言えば、戦場帰りの肩書付き。
当然社会から腫れもの扱い。
最悪、アメリカ映画のそれと一緒か。駐車違反の切符違反すらできなくなる……
…アレ、僕の人生、ヤバスギ?
あ、ちなみに。帰ってきたMULSドライバーたちは「探索前の最終確認です」としれっと言い放ったそうな。ミオリさんは懲罰掃除を言い渡したけど。