5-3 基地の外の平和団体
テストも一通り終わり、明日の探索のために機体をガレージへと向けていた時の事。
「あの人たちって何やってるんですか?」
ガレージへと歩を進める最中、僕はある一角を見てそう言った。
その方角は基地の外だ。正確には、基地を覆うフェンスのところ。
そこには大きな横断幕を持って、それなりの規模の人数でこんなことを騒いでいた。
「基地はんたーい!魔物がかわいそうだー!対話による解決をしろー!」
そこにいる人たちは、どこかテレビで見たことのある人たちだった。
事の起こりは解らない。
いつの間にかやってきて、いつの間にか横断幕を掲げ、いつの間にか基地反対を掲げて騒ぎまくっている。
ホントいつの間にあんな騒いでいるんだろうか。
「いやー、凄いね。初めてみたよ。アレ」
大矢さんはそう言う。
「あれってやっぱり、アレですか?」
「うん。よくよくテレビで基地反対って騒ぐ自称平和主義な活動家の皆様方だね」
「やっぱり…」
僕は再びその基地外の集団を確認した。
言ってることはまあ、単純だ。
暴力はいけません。話し合いは大切です。戦争よりも話し合いで解決をしましょう。その為には銃を置きましょう。
で、その延長線上で基地なんていらんと騒ぐ人たちというわけだ。いろいろと主張が混ざっているのは複数のそれが合流して出来上がった結果なのだろう。
正直胡散臭い。自称を付けている点でそのあたりは解るだろう。
何で自称を付けるのかと聞かれれば、正直答える必要もないと思う。
「実際、この基地解体とかできます?」
「絶対無理だろ。あいつら以外誰もそんなん望んでないよ」
「ですよねぇ…」
ここにあるダンジョン基地は、言ってしまえばダンジョンを封じるための封印だ。
この基地の外にある、何もない荒れ地と化した場所はこのダンジョンから湧出した魔物たちが付近一帯を破壊したからだ。
その破壊の波が目の前にある荒れ地だけで済んでいるのは自衛隊による魔物の駆除が行われたからであり、今なおその先に破壊の波が押し寄せていないのはひとえにダンジョン基地とその先にあるバリケードによって、魔物どもを湧出する端から水際防衛で殲滅しているからに他ならない。
つまり、ここにダンジョン基地が無ければ民間に被害が出る。国家としてそんなことは見過ごせないし、自衛隊もその存在意義が問われる。
立ち退きなんてできるはずがなかった。
周辺住民だってそんなの望んでいない。仮に魔物の存在が一体でも基地の外に出れば、一年前の惨劇の被害者が今度は自分たちに代わって再現される。
実際、つい先月魔物が基地外に漏れ出て被害が出る一歩手前になったのは記憶に新しい。
あの町の住人がそんなこと望んでいないのは確定的に明らかだった。
骸骨達との対話ともいうが、そもそもコミュニケーションの取り方がわからないのだから仕方がない。
今現在、あの骸骨たちとのコンタクトの取り方を模索している段階といっていいのだから。
というかだ、
「実際のところ、骸骨たちと対話ってできますか?」
「逆に聞きたいけど、イツキ君にとって骸骨ってどんな存在?」
「えっと…。正直ゴーレムですし、あけすけに言ってしまえばロボットと大差ないような気がします」
骸骨達との対話というが、僕たちからすればアレは特定のプログラムに従って行動するロボットとかの方が認識として近いのが現実だ。
もうちょっと生物的な対象を求めるなら、植物や虫に近い。特定の条件に反応し、それに反射して行動する。
現時点において、骸骨の行動はとにかく生物を攻撃するというただ一点に尽きる。
その先の戦闘行為に対しては単調なれど、それなりに高度な判断をしているだろうことは3層以降の特殊な個体たちを見れば明白なので、もしかしたら自我がある可能性も無きにしも非ずってとこだろう。
しかし実際のところ、僕たちを見かけたらぶち殺しにかかってくるのは否定できず、また対話の手段もないのが現状だった。
先のコア研究についても、この辺りのコミュニケーション方法の模索の一環だったりする。
つまり、骸骨たちに自我が存在するとは今のところは欠片も考えられない。
「まあ、だよねぇ。対話なんて無理だわ」
「実際、見かけたら襲い掛かるしかしてきませんしね」
「襲い掛かる以上は迎撃するしかないもんね」
「それを、話し合いで解決しろって話なんですよね」
「できるならやってるっての」
珍しく大矢さんが悪態をついた。正直僕もつきたい。
対話ができるならとっくにやってる。できてない以上、倒すしかないのだ。
話し合いのために相手の暴力を許すことはできないのだから。
「何だって今の時期になってからこんな騒ぎを起こしてるんでしょうね」
「なんでだろうなぁ。アレかな、大陸とかの組織からの指示とか?」
「あ、やっぱアレですか、スパイとか内部工作とか?」
「まあ、詳しくは解らんけどな。あの後ろの中国漢字とハングル文字とか見るとそう思うよね」
彼らの掲げる横断幕に見える、そのふたつの文字と言語は、僕たちにあらぬ疑いを持たせるには十分な代物だった。
あれ、何でここで掲げてるんだろ。僕たち読めないよ?
「というか、何で今更?」
「そう言えばそうだな、やるなら1年前から活動するはずだな。今更だ」
「それは貴方たちがここに連れてこられたからでしょうね」
僕たちの会話に割り込む人が居た。
ミオリさんだ。
「どうでしたか、新型の調子は」
「あ、お疲れ様です。かなりいいですよ。まだまだ改良は出来そうですけど」
そう言いながら、その場で屈伸運動を繰り返す。
シャコシャコと擬音のつきそうなその挙動は今までとは明らかに違い、ゲームのときのそれよりも圧倒的に早かった。
「そ、そう…」
若干ミオリさんが引いたように見える。
「それで、どういうことです?僕たちがここに居るから、彼らもここに居るということですか?」
「正確には、貴方たちを徴兵してでも自国での解決を行ったから、かしらね。貴方たちが居なかったらどうなっていたか、覚えているかしら」
「ええと確か、よその国から軍隊がやってくるんでしたっけ?」
「正確には多国籍軍かしら。いろんな国の軍隊が集まってできる巨大な一つの連合軍ね。国連が組織するものだし、状況が状況だから、少なくとも常任理事国入りしている国はやってくるでしょう」
「資源欲しさにってことですか?」
「まあ、そう言うことね。常任理事国はどれか知ってる?」
「えーと、ロシア、イギリス、フランス、アメリカ、中国…、あ、五つか」
「そう。それで、さっき話題にあった国があるわね」
「中国ですね…。ということは、アレですか。資源を自分たちで独占できなかったから、嫌がらせとかそんな感じですか」
「あの国にとっては、それだけじゃないわね。日本本土に、自分の国の戦力を置くことができるようになる。しかも、戦車を代表する機甲兵力を大量に、ダンジョン攻略の名のもとに弾薬もたんまり用意できるわ」
「…冷静に考えたらトンデモねえな。何かの拍子で中国と戦争になれば、その戦力が日本に牙を剥くわけだ」
大矢さんの言葉の意味を理解し、僕は背筋が寒くなるのを感じた。
そうか、別に中国に限らない。よその国の軍隊ってことは、その国の国民を守らない暴力がそこにあるってことなのか。
米軍基地とか言う例外はあるが、アレに関しては実績があるから何とも言えない。
「もっと言えば。仮にダンジョンの制圧が終わった後も居座って、自国の領土って主張しかねないわよ」
「そんなバカな…」
いや、あり得ないでしょ。常識的に考えて…。
「…あり得ない話じゃないんだよなぁ…」
「大矢さん…」
「あの国ならやりかねんな。南の方でも問題起こしてたし」
「大矢さん、それ本気ですか?」
「まあ、実績ならあの国自分で作ってるしな。あの国、人の関係って上下関係しかないから国家間の対応でも上の視点でしか対応できないんだよ。下に位置付けると服従しないといけなくなるから」
「え、じゃあ対等な関係とかないんですか?」
「私が聞いた話だとな。大学のころに中国語学んでたらびっくりだわ。あの国、とにかく上から目線で強く言うのが当たり前なんだってよ。自分の方が間違ってても相手が間違ってるって言い張るそうだ。これがあの国の常識だって考えると、あの国の行動って俺達から見ればおかしいけど、あいつらからすれば普通のことなんだよな」
「うわぁ……」
ニュースをあまり見ない僕でも、そのあたりのことに対してちらほらと思い至る点が見えてくる。
まじか、だからあんなことしてたのか。
「それ、何とかしようとかならないんですか?」
「それウチのルールじゃ減点対象だから。って言った人間を引きずりおろせる口実にできるよ。やったねイツキ君」
「わあ凄い。にっちもさっちもいきませんね」
「…イツキ君はこのネタ知らないかー」
「はい?」
「いやなんでもない。さすが4000年の歴史って感じだね。他の国じゃもう古い価値観のままあの国突っ走ってるわけだ。そら混乱もするわな。日本も人のこと言えないけど」
「ははぁ…」
なんというか、何というかな話だ。
まあ、話の本筋とはちょっとずれたかもしれない。
ミオリさんが話を戻してきた。
「それで話を戻すと。中国としては日本に軍隊を進駐させる口実を潰されたことになる訳ね」
「つまり、日本に圧力をかける工作が潰されたから、次の策としてダンジョン基地の解体を目標にしていると」
「そう言う見方もできるわね」
この期に及んでそうはぐらかすミオリさん。
あれか、立場的に僕に余計なことを吹き込めないからそう表現するしかないのか。
実際、それを裏付ける証拠もないから、そう考えれば自然だねとでも思っておこう。
「でも、僕たちが来てからもう3カ月もたちますよ。いまさらですか?」
「それならもっと話は簡単よ。単純に、ここに移住して選挙権を得るのにそれくらいの期間が必要だからね」
「…ああ、成程、自分たちはこの土地の住人だって言い張る根拠が必要だったわけか」
「そう言うことね。私たちは基地に反対する権利があるって。ついでに言えば、この土地の市長選にも影響を及ぼすためもあるかしら」
「そしてそのバックアップを受けて当選した市長はこういうわけだ『ダンジョン基地反対』と」
「どこかで聞いたことのある話ですね」
なんか大人の世界の裏側をこっそり教えられたような気分になった。
本当にそうなんだろうか。けど目の前のあの人たちつい最近まで見かけなかったんだよな。
聞かない方が幸せだったかも。…いやないか。あの基地外の平和集団胡散臭すぎる。
中国中国言ってますけど、中国本国は話には一切出てこなかったりします。