5-2 拉致って縛って袋叩き
青空の光を照り返し、ここにその存在をテカテカと主張するソレは、何を隠そう僕たちの敵である魔物そのものだ。
それはハリボテでも何でもなく、その証拠にそいつは僕の機体めがけ、その腕を振り回して攻撃してきていた。
一歩下がって距離を取り、その攻撃範囲から逃れて様子を見る。
…。うん、骸骨だ。僕たちを殺しに来る明確な敵だ。
ここだけじゃない。等間隔に、移動こそしていないがこの射撃場に複数体突っ立っている。
ついでに言えば、気になるところはそれだけじゃない。
丁度、射撃訓練を行っているであろう車両が骸骨めがけて攻撃を開始していた。
それは正確に敵へと向かい、その胸部へと吸い込まれていった。
骸骨達は骨の形をした骨粉で出来たゴーレムだ。そこを破壊されればその体を維持できずに崩壊してしまう。
実際、攻撃を受けた骸骨は四散してしまった。
だが、その骸骨はそこから普段とは違う挙動を見せる。
即座に地面の骨粉が盛り上がり、再び骸骨の形を作ってしまったのだ。
傍から見れば訳が分からない。骸骨たちが不死身になったとでもいうのかと言いたくなる。
もっとも、目の前の大矢さんが慌てていないところを見ると、何かからくりがあるであることは想像するに難しくは無かったが。
「これ、一体何がどうなってるんです?」
僕は大矢さんに再度聞いた。たぶん、大矢さんもこの現象に関わっているはずだ。
「うむ。ちょっと待っててくれな」
そしてその予測は正しかったらしく。大矢さんは何かしらの操作か通信かを行う。
すると、目の前の骸骨がその形を失って崩れていくと同時に、地面から何かがせりあがってきた。
何が出てきたかといえば、それは学校の机程度の大きさをした巨大な箱だ。
立方体の継ぎ目に当たる部分にフレームが這いまわり、面に当たる部分はシャッターのように長方形の板が複数重なってそこを面として形作っている。
類似品は、気象関係で使われる百葉箱といったものが適切かもしれない。
そんな箱型のそれが、骸骨が崩壊した地面の下からせりあがってきたのだ。
たぶん、からくりのネタはこれだろう。
「今コアについての研究がされているのは知っているだろう?」
「ええまあ。何やってるかは解りませんけど」
「まあ、成果はゆっくりとしか出てきてないけどね。その成果の中で、なかなかに面白いものが出てきたんだ」
「それが、目の前の状況ってことですか?」
「そうそう。研究の結果、骸骨たちはコアの位置を選ばないことが分かったんだ」
「…選ばない?」
「そう。別に手の先足の先でも、コアと接触してさえいれば骸骨の形を作るらしい。あまり離れると制御できないみたいで、骨粉に戻るみたいだけどね」
「はぁ。…ああ、成程」
「わかったかい?つまり、こういうことだよ」
大矢さんはそう言うと、箱を変形させて外壁を開放した。
シャッター部分が展開し、隙間から骨粉が零れ落ちてくる。
その先から露わになるのは、蒼く昏く光る、骸骨たちの心臓部であるコアだ。
つまり、こういうことなのだろう。
骸骨のコアを地中に埋設し、この箱でコアを拘束。シャッターでその周囲の骨粉との接触を制御。
そうすることで骸骨たちを任意で成形することが可能になると。
壊されても壊されても、コアが破壊されていないから無限に再成形されるし。要らなくなったらシャッターを閉じて成形を断てばいい。
コアから離れた場所には形作れないから、動くこともできない。
それがこの射撃場に配置され、それを戦車たちがぶち抜いていく。
それはつまり…。
「骸骨のコアを利用した、標的の自動生成機ですか…」
「その通り」
その言葉と同時に、遠方の骸骨が射撃され、爆発四散した。
文字通りのマトだ。目標、標的、狙う的。
「戦車の人達も喜んでたよ。『真正面から的を吹き飛ばせる』って」
「自衛隊じゃ的代ももったいないから端から削るように当ててるんでしたっけ。」
「らしいね、喜びようが半端なかったよ」
「なんとまぁ…」
利用法としてはアリな利用法なのだろう。利用法というか、特性を利用してそのまま別の使い方に無理やり変更しているような無理やり感はあるが。
正直、非常に原始的な利用法とも見れなくはないが。まあ、未知の技術の使い方なんてこんなものなのかもしれない。
戦車の主砲がそこらに転がっていたとしても、使いかたがわからなければ異常に太い物干し竿扱いされることだってあるだろう。
それに比べれば、まだその特性を利用している分だけましかもしれない。
「そのうち、的の形も変えられるようになるんでしょうか」
「できればいいね。それを使えば、ビルの形にして訓練できるだろうし」
「ああ、なんかアニメでありましたね。未知の粒子を使って宇宙やらビル街やらの環境を作り上げてその中をプラスケールで戦うやつ」
「そうそれ。それが現実でも再現できるならコスト要らずであらゆる状況を想定した訓練ができるようになる訳だ」
いわばこの場が骨粉の3Dプリンターになる訳だ。制御する必要はあるが、データさえあれば僕たちが遊んでいる無法地帯をリアルタイムで成形させることもできるかもしれない。
その技術を転用できれば。骨粉を建物の形に成形することも可能だろう。ついでに仮想敵も骨粉で作ってしまえば訓練用のキルハウスの完成だ。
それは手間も暇もかからない。作れれば確かに有効性はありそうだ。
「必要なのは電気代だけですか」
「どこでも欲しがる夢の技術だね」
「まあ、確かに」
実際のところ、人の自我も未だ科学的な証明がなされていない現在。そんなことは到底不可能なのだろうが。僕たちの常識で作られたコンピュータですらない未知のコアの中身を解読するのは、この3カ月では無理だろうし。実際に目の前ではデフォルトの骸骨なままだ。
もっとも、骨粉とコアだから正直できないとは言い切れないのだが。
「というわけで、それを確かめるためにも、イツキ君。お願いします」
「わかりました」
そんな大矢さんの言葉と共に、僕は機体を前へと進ませた。
今までの訓練とテストも今日の目的ではあったが、今回僕がここに居るのはそれだけじゃない。
というか、遠くにいる美冬さんたちにとってはこれからが本命だ。
先のコア入りの箱が再び砂中に沈み込み、その力で再び僕の目の前に形造られるのは骸骨。
それを確認しながら、僕は装備を整えた。
手に持っていた剣は今回の実験では邪魔になるので置いていく。
盾は装備したままだが、これは今回使わない。
つまり僕は丸腰だ。戦車の中にいるけれど。
その状態のまま、僕は機体を前進させた。
骸骨の攻撃が僕の機体の表面を叩く距離まで近づく。表面の装甲を叩いてくるが、大矢さんの言葉通り、それ位じゃ僕の機体も装甲もびくともしない。
僕はそのまま、何も持っていない手をその骸骨の表面に当てた。
骸骨は暴れているが、しかし機体は暴れない。
「じゃ、始めます」
僕は機体の外に向かって、簡潔にそう言った。
そしてすぐに実行する。
実行すると言っても機体は一切動かない。意味深に敵に当てた機体の手も、びた一文動かない。
ただし、変化は確実に、目に見える形で起こった。
「わおっ」
思わず僕はそう呟いた。安全な場所にいる美冬さんたちも騒いでいるのが聞こえる。
何度も言うが、僕の手はびた一文動いていない。本当に、骸骨に手を当てているだけだ。
だというのに、その骸骨は手を当てた胸部から上がその形を維持できずに崩れ、無くなってしまったのだ。
「OK。もう十分だ。離れてくれ」
大矢さんに言われ、僕は骸骨から手を離して距離を取る。
しばらくすると、目の前の骸骨は崩れた部分を修復して元の全身骸骨に戻っている。
しかし、今のボク達にはそちらの方に関心が言っていない。
機体を操り、僕は機体の腕を動かす。
首を旋回し、そのカメラの目の前に腕の掌を映させる。
その掌には、普段とは違い、あるものが装備されていた。
それは青く、昏く、その内側から不思議な光を放つ異界の宝玉。
それは骸骨のコアだった。
「話には聞いていたけど、凄いねこりゃ」
「そうですね」
大矢さんの言葉に、僕は同意した。
まあ、目の前で起こった現象はそう難しい説明が必要な訳ではない。
敵のコアに制御されている骨粉の山を、僕の手にあるコアを使って制御権を上書き…というか、塗りつぶして制御できないようにしただけらしい。
ゲームとかでよくある、敵の兵器をハッキングして利用するような感じか。
今回は制御ではなく、兵器の制御を行う部分に干渉して、正常な命令が届かないようにしたらしい。
早い話がジャミングだ。その結果、形を維持できずに崩れ落ちたのだとか。
今回の一連の行動は、それが正常に行われるかの実験だったというわけだ。
もっとも、今回の実験で知りたいのは、コアによる上書きで骸骨たちを砂に帰すことじゃない。勿論こちらも新しい発見なのだろう。だが、それよりも重要な部分がある。
よく考えてほしい。ボク達がデバイスを、それ以外のコンピュータを制御するにはどうするだろうか。
まあ、難しい話じゃない。電脳による直接操作とかあるが、早い話がそれを操作するためのインターフェイスが存在する。だからこそ、僕たちはコンピュータを操作できる。
じゃあ質問だ。コアはどうやって操作する?
コアは未知の存在だ。中の制御プロセスもわからない。そもそも電気で動いていない。
接続端子だって存在しないのだ。市販のキーボードやコード類を持ってきても使える訳が存在しない。
しかし、先の実験では確実に骸骨と骨粉に干渉することができていた。それがコアの気まぐれでない事は既にわかっていることだ。
つまり、何らかの形で、僕たちはコアの制御法を見つけたということだ。
今回の実験は、それが事実かどうかの検証のための実験だったということだ。
正確には、コアに干渉する接続コードみたいな存在であるのだが。
じゃあ、そのコードは何なのかと思うのだが、それはそう難しモノじゃなかった。
「まさか、あのスライムがコアに干渉できるとは思いませんでした」
「正確には、電気を魔力に変換しているらしいけどね」
というわけだった。
スライムというのは、以前話題にあった、ナノマシンで変質した骨粉で出来たスライムのことだ。
マイクロアクチュエータの駆動部にも使われているように、電気を流すと膨張する性質がある。
元が骨粉だったこともあり、また電気を通す原理も持っているのが原因なのかわからないが、結果として電気を流すと骸骨の魔力に干渉することができるのだとか。
「というか、結局魔力って呼ぶことにしたんですね」
「まあ、魔物って名付けたしな」
「いやまあ、それはそうなんですが…」
魔力というのは、骸骨やコアが使う謎の力のことだ。
いちいち正体不明の力場とか言ってられないので、便宜上そう呼んでいたら定着してしまったらしい。
あれだ、中世とかで磁力とか解らなかった時代に、磁石でモノを引き寄せたらそれが魔法だ何だと呼ばれるようなものだ。
別にファンタジーが紛れ込んでるわけじゃなく、骸骨たちが使う力場が正体不明なので、便宜上そう名付けられたということらしい。
それで、今回の実験はその魔力で動くコアを、電気の力で干渉できないかというものだったわけだ。
「それで、実験は成功ですか?」
「当然だね。人類における偉大な一歩って訳だ」
「僕個人はあまりすごいとも思えないんですけどね」
「はは。まあ、そう言うものだよ。凄いと言えるようになるまでは、皆興味も持たないものさ。実際のところ、これがないとコアの解析も進まないんだけどね」
「まあ、それはそうですけど…」
しかし、ここで僕はふと思い至ったことがある。
この実験を行う理由はわかるし、必要性も理解はできる。ただし、
「この実験、MULSでやる必要ってあったんですか?」
MULSの腕に、わざわざコアを取り付ける必要はあったのだろうか。実験室でできるモノじゃないのかな。
「そこはほら、MULSじゃないと安全にコアを近づけられないからさぁ?」
大矢さんの目が泳いでいる。あからさますぎてわざとらしい。
ツッコミ待ちか。聞けってか。
「本当のところは?」
「面白そうだったので改造ついでに搭載しちゃった。テヘペロ!」
大矢さんが、乗ってるMULSで器用にダブルピースを作った。
僕はわざとらしくため息をついた。
しばらく状況説明続きます。