5-1 強いぞ、軽いぞ。代わりに脆いぞ
梅雨明けの夏空広がる真っ青な太陽の陽の下で、そいつはそこに立っていた。
色は白、形は骸骨。高さはちょっとした家屋ほど。
それは魔物と呼ばれる、ダンジョンと呼ばれる現世に降臨した異世界より出現した僕たち人類の敵だった。
本来はダンジョン内でしか邂逅できず、また外に出てもすぐに殲滅されるはずのその骸骨だが、その個体は例外的に青空の下で佇んでいる。
しかし、それもすぐに終わる。
その場に佇む骸骨めがけて、人の形をしたモノが立ち向かっていった。
それは人の形をしているが、人と同じ骨格構造はしていない。大きく張り出した肩と脚、それに比べて小型の胴体はとても人とは呼べない異形のそれだ。
何より、それは巨大だった。
目の前の骸骨に匹敵する5mほどの大きさのそれは、ある目的のために作り出された戦闘車両だ。
歩行戦車、通称MULS。
魔物の駆逐をその役割に組み込まれたその機械歩兵は、手にもつ剣を目の前の骸骨へとまっすぐに振り下ろした。
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「新しい身体はどんな感じだい?」
四散した骸骨を確認して、通信越しに大矢さんがそう聞いてきた。
ここは西富士駐屯地、通称ダンジョン基地と呼ばれる、様々な常識からちょっと逸脱しているダンジョンに対処するための基地のある一角。
僕はそこで、大矢さんの言う“新しい身体”を動かしていた。
回りくどい表現だが、それはつまりMULSのことだ。
それは僕の機体が壊れる前と同じ百錬だったが、その中身は既に別物と化していた。
フレームから更新され、各駆動系も従来のモーターから新型のアクチュエータ―へと変更。
今までとは駆動方式から変えた新型といっていい代物であり、それは以前大矢さんたちが言っていた僕のMULSの改造品だ。
それがようやく完成し、僕はそのMULSのテストを行っていたのだ。
そしてその性能はと聞かれれば、こう答えるしかないだろう。
「最高ですね。ゲームのときと同じ感覚で動かせますよ!」
油圧の遅さ、電気モーターの貧弱さ、ギア駆動の脆弱性。
従来の駆動方式によるそれらのデメリットが、新開発のマイクロアクチュエーターに刷新されたおかげですべて解消されたのだ。
まあ、従来のMULSが、“とりあえず動けばいい”といった代物だったので、本来の姿に戻ったと言ってもいいのかもしれないが。
何はともあれ、そんな代物から乗り換えた今の僕にとっては、その感想は最高としか答えようがなかった。
もっとも、不満がないと言えばうそになる。
「まあ、妙にふらふらするんですけどね」
そうなのだ。この機体、実証試験の意味合いも強く、まだまだ各部位の部品の最適化がなされておらず、ゲームと同じ挙動とはいかなかった。
特にマイクロアクチュエーターの反応が早すぎ、今までのパワーだけはあった油圧式のそれから乗り換えたこともあってか、特に足回りが動くたびにふらついていた。
望んだとおりに機体を動かそうとして、その反応が早すぎて動かしすぎてしまうからだ。
分かりやすく言うなら、マウスの感度が高すぎて望んだ場所にカーソルを合わせられないようなものだろうか。
その調整のためにさらに動かし、結果として機体がふらふらと動く羽目になっているのだ。
まあ、だからといって以前の油圧式に戻したくはないのだけれど。
あとまあ、デメリットでもないが気になった所もある。
「なんか妙に挙動も軽いような気もしますね」
僕はその場で機体を屈伸運動させて見せる。
その動きはシャコシャコといった擬音が付きそうなくらい軽快で、ゲームにおけるMULSの挙動と比較してもそれは早い代物だった。
「ああ、それは機体重量が減ったからだね。軽くなったんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ、フレームが金属主体の代物だったのが総骨粉性の靭性フレームに変わったうえ、総金属製のモーターと、同じく金属製の油圧ポンプに加えてオイルタンクと作動用オイルも乗っけないといけなかった油圧回りがマイクロアクチュエーターで全部済んでしまったからね。ついでに、装甲材も問題なさそうだったからフレームと同じものに変えたんだ。そしたら機体重量が10%単位で軽くなってるんだ」
「そんなにですか!?」
それは軽く感じるはずだ。自分の体重が10%落ちたのと同じなのだ。そりゃ、動きも軽くなるってものだ。
「それに加えて。作ったマイクロアクチュエーターが予想外に良い性能を叩きだしてな、ゲームのときのそれとそう変わらん力を出力してたんだ」
「…マジですか?」
機体の出力は据え置きの上、その重量はゲームのそれよりもより軽量。
そりゃ早くなるでしょうね。
ただし、
「ちなみに、何かデメリットってあります?」
上手い話には裏がある。メリットがあるなら、当然デメリットもあるはずだ。
そして、大矢さんはやっぱりそれを知っていた。
「単純に強度が下がってる。まあ、今までと比較してではあるし、自重に対する耐性もそう下がってはいないんだが、代わりに強い衝撃が加わると割れるようになった」
「割れる…ですか?」
「そう。折れると言ってもいいかもしれないね。よくも悪くも、生き物の骨と同じ性質を持つようになったんだよ」
「骨…?」
「そう骨。今までの金属フレームは強い力が加わると塑性変形。つまり、ぐにゃって曲がることでその衝撃を吸収していたんだけど、新しいフレームはフレームそのものが“しなる”ことで衝撃を吸収しているから、金属フレームのそれよりも耐久性が下がってるんだよ」
「ええと、つまり…」
「要は基準値以上のダメージにならないと基本ノーダメな代わりに、その基準値は低めに設定されてるって感じだな。金属フレームは逆で、耐久の基準値は高めだけど回復不可って考えればわかりやすいな」
「成程…」
よくわかないが、なんとなくわかった。つまり、
「土壇場の底力が出せなくなるってことですか?フレームが曲がっても歩けるけど、折れたら歩けなくなるってことですよね?」
「うまい例えだね。その通りだよ」
大矢さんからお墨付きをもらった。
ただし、それはちょっと良くないことでもある。
「それは、ちょっと不安が残りますね…」
「イツキ君は前衛だもんね」
「ええ」
それはつまり、敵の攻撃を正面から受け止めるということだ。
これが僕たちと同じ機関砲で攻撃してくるならフレーム強度はあまり気にはならない。装甲で受け止めれば済む話だ。
しかし、魔物の攻撃は基本的に素手で殴りかかってきたり、剣で切りかかってきたり、周辺の骨粉を操って土砂として流してきたり。
ようは大きな質量がぶつかり合う状況になりやすい。
それは装甲のみならず、機体そのものを使って体で受ける必要があった。
そうなるとどうしても機体を支えるフレームにダメージは免れることはできず、その部分の強度に不安が残るというのはあまり好ましい状況じゃなかった。
「実際のところ、骸骨たちの攻撃は防げますか?」
「素手に関してはコイツラで実験できるけど、例の3階層以降の武器持ち達に関しては不安が残るな。シミュレートでは大丈夫なんだが…」
やっぱり、一度実験してみる必要がありそうだ。
「装甲の方はどんな感じです?」
「とりあえずはゲームの積層セラミックス装甲と同じなんだが、強度は上がり、壊れにくく、だけど一品ものだから一度壊れたらそれっきり」
「積層されてないセラミック装甲みたいな感じですか」
「ぶっちゃけて言うとそれ」
純粋に軽量化して運動性を上げた代わりに、強度が下がっていると考えた方がいいか。
どっちがいいかは実際にテストしてからかな。
「そんな感じですか…。その話についてはそのくらいにして、ですね。もう一つ聞きたいことがあるんですけども」
機体に関してはさておくとして、もう一つ、気になることが目の前にある。先ほどの大矢さんの言葉にも関係がある。
「なんだい?」
はい大矢さんも質問を聞く気になったので質問しましょう。
僕は目の前にいるソイツラを指さした。
「コイツラ、一体なんだってこんなところに居るんです?」
僕が指をさした方向にいる、コイツラと呼ばれるとあるモノ。
ここは射撃場。僕たちや自衛官が装備の試射や射撃訓練を行うために設けられた平地。
そこは梅雨明けの青空の元、ある一角に骨粉が敷き詰められた空間が広がっており、
――――本来なら殲滅対象であるはずの、敵である骸骨が佇んでいた。
というわけで、5章始まります。
投稿遅れてスミマセン。
他所様の作品読んでたらこんなに遅れちゃった、テヘペロ!
いやホントごめんね。これから2月末までに書き上げるようガンバリマス。