4-28 こんなはずじゃなかった
「おかえり、この大馬鹿めがっ」
「あだだだ だ だ だ だ」
連れ戻した関を待っていたのは、ミオリさんの熱い抱擁だった。
その頭部を掴んで締め上げる、俗に言うアイアンクローというやつだったが。
暴走して無断でダンジョン内に飛び込んでいった関たちは、何とか全員を無事に基地まで連れて帰ることができた。
ただし、乗っていたMULSは破壊され、残ったのはコクピットブロックだけというありさまだ。
手足はともかく、胴体パーツは在庫がなかったんじゃなかったっけ。どうするんだろうこいつら。
未だ関は締め上げられ、その下僕たちはその後ろで正座をさせられている。
その頭部にはご丁寧に、「私は無断でダンジョンに侵入しました」の張り紙が貼られていた。
誰がつけたんだろうか。
「あだだだだだ、自衛官が民間人に暴力をふるうのか…あだだだだだごめんなさい!」
口答えをする関に問答無用で体罰を与えていくミオリさん。
一言も言わないが、今回の件については関が悪い。
無断で指示されていない場所に乗り込んだあげくに機体を失い、あわやその肉体もダンジョンの一部になろうとしていたのだ。
特に最後のがいけない。
暴走しようが機体を失おうがそれそのものはまだ取り返しがつくが、死んでしまったらそれを無かったことにはできない。
今回の関の行動はその一歩手前まで来ていたことであり、またそれを口頭で説明しても聞きやしない。
なら痛めつけて理解させるしかなかった。
体罰だ何だと言われるが、しなくて勝手に死なれることに比べれば知ったこっちゃなかった。
そんなわけで僕は関が折檻されているところをただただ眺めていた。いい気味だざまあみろ。
そして、そんな関の様子をみながらふと疑問が湧いてきた。
僕は正座していた下僕の一人に声をかけた。
「あの、ひとついいですか?」
「はいはい、なんですか?」
正座をしてキョンシーのように頭に張り紙を張り付けたまま答えるその下僕に若干引きつつも、疑問に思っていたことを口にする。
「だれも関さんのことを止めようと思わなかったんですか?」
「あー、それな。リアルだから撃破されたら死ぬもんな」
「ええまあ。ゲームじゃないですから」
そうなのだ。この下僕たち、ゲームの世界では関の下僕として多少以上の関の無茶に不満を持つどころか嬉々として付き従っていくのだが、残念ながら今行っているダンジョン攻略は現実での出来事なのだ。
彼らにもここへ来る前の生活があっただろうし、一歩間違えば今回のように死ぬかもしれない。
下僕はそもそもゲームでの役割を演じているにすぎず、関には彼らを巻き込む権限は無かった。
しかし、現実として関に付きあってダンジョンに無断で侵入し、そしてここでも弁明一つ行わない。
何故なのか。
(まあ、大方何とかなると思ってたのかもしれないけど。楽観視しすぎじゃないかな)
そう思っていた僕だったが、彼らの返答は僕の予想をはるかに上回るものだった。
「そりゃまあ、関たんが折檻されるのが見れるならそれくらいはリスクの内じゃないかな」
「………はい?」
僕はその下僕の言葉を聞いて、その言葉の意味が理解できずに思わず聞き返していた。
「いやだから、ほら、関たんがあんな風に痛めつけられてごめんなさいて涙目で言ってるのが見たかったからさ、実際見れたし、そりゃ黙ってついていくよ?」
「なんでそんなことに…ていうか、こうなるってわかってたんですか?」
「そりゃまあ、今まで大して壊れなかったMULSが中破で帰還してきたし、その後3階層以降の探索が一時中止中でしょ。話題にならないはずがないし、何かあるってそりゃ思うよ」
「……僕たちが助けに来るって思ってたんですか?」
「まあ見捨てるとは思わないよ」
「それでも助けが間に合うとは限らないんじゃないんですか?」
「まあそん時はそん時さ。実際に撃破されてヒヤッとはしたけどね。それくらい」
「……」
口々にそう言う下僕たちの言葉に、僕は開いた口がふさがらなくなっていた。
一歩間違えれば、死んでしまうんだぞ。なんか、軽くないか?
なんだ、こいつら。関よりヤバイ奴らじゃないの?
「あだだだだだだ、ごめんなさーい!」
「「「「「「カワイイ」」」」」
折檻を受ける関と、それを眺めて楽しんでいる下僕たちをみて、僕の頭は言いようもない混乱状態に陥っていた。
下僕ってなんだ?
そんなことを考えてつつも、しかし時間は過ぎていく。
しばらくしてようやく関の折檻が終わった。
「あいたたたたた……」
「いい加減懲りろ。他もダメだが勝手に死ぬような行動は許さんからな」
「はーいごめんなさーい。あ、そうだミオリさん。ちょっとした提案がある…」
関が皆まで答える前に、その頭にミオリさんの手が食い込んだ。
「ほう?言ってみろこの大馬鹿者め。くだらないことを言ったらその頭握り潰してやるぞ」
「落ち着いてくださいよ。さっきの今でそんな変なことしませんって」
「ふん、言ってみろ」
「これからのダンジョン攻略は2小隊で一組にして探索させたらいいと思います」
「…何故、そんな非効率的なことを提案する?」
「僕たちはMULSに乗ってダンジョン攻略に励んでいるわけじゃないですか。当然、MULSが壊れたら撃破判定を受けますけど、それってドライバーの死亡判定にはつながらないですよね?」
「…続けろ」
「今回のボク達みたいに全滅判定を受けてるけどまだドライバーが生きているって場合、自力での帰還は難しいですよね。そうなるとせっかく生き残ってもいずれ死んじゃいます」
「……」
「それを防ぐために小隊を二個一組にして、一小隊が探索と攻略を行って、もう一組が後詰で付いていって、仮に全滅判定を受けた時に回収できるようにした方がいいんじゃないかと思うんですよ」
「ふむ…」
「ついでに資材の回収を彼らに行わせることで重量の制限を無視して最大ポテンシャルで攻略に励めるようになりますよ。今のところ、奥に行けば行くだけ貴重な資源があるみたいですし、持ち帰る量がふえますよ?」
「成程な。検討の余地はありそうだ」
「でしょ?というわけで、その時は樹君ところの後詰にお願いします」
「…え?」
言ってることがまともだったのでなんとなく聞き流していたところでのその言葉に、僕は反応することができなかった。
「なんであんたが僕の後詰になるんだよ!」
「そんなん動画に撮ってUPするために決まっているだろ?」
僕の言葉にさも当然と関は答えた。
「イツキ君たちがダンジョン攻略の最前線で攻略する!僕はそれを後ろから撮る!それを視聴者が見る!何の問題もない!でしょ?」
「ふざけんなお前、というか動画の投稿とかダメって言われたばっかじゃないか!」
「ああ、そのことなのだけど…検閲通すなら問題ないわよ」
「ミオリさん!?」
思わぬ援護射撃に僕はその名を叫ぶ。
「この間政府の方でも話が決まったみたいで、作業の健全性を知らしめるためにも公開してくれるのは助かる面もありますから」
「…マジですか。え、けど、それ僕が撮られる必要性ってあるんですか…」
「…まあ、被写体についての指示はできませんので、そのあたりは当人同士で話し合いをしてもらうしか…」
「…面倒くさくなってませんか?」
ミオリさんは答えなかった。
「大丈夫だって、かっこよくとるからさ!」
「そう言う問題じゃないだろ!というかアンタ今の今まで僕と敵対しててその掌返しは何だ一体!」
「かっこよかったからに決まっているじゃないか!」
「はぁ!?」
「ピンチに颯爽と駆けつけ、見事に敵を屠っていく姿!綺麗だったよ樹君!」
「………」
口を開けて呆ける僕の後ろで、下僕たちが囃し立てる。
「関たんがチョロイン属性に目覚めおったぞー」
「「「「うおおおおおおおおー」」」」
「ふざけんなお前らぁー!」
僕も、関も、お と こ だ ろ う が !
なんでそうなる、どうやったらそう言う結論になるんだ!
というか敵対していた時よりも恐ろしいことになってるんだけど!
何とか阻止しないと、けど僕一人で抑えられるか!?
そうだ、僕の小隊の皆ならきっと助けて…。
「全滅の心配はしなくても大丈夫そうですね!(ふほぉ思わぬカップリング…。蓮華さんヤバイっすよコレェ)」
「いやあの椿さん、ミコトさん居ますから。(あ、けどこれって思わぬ三角関係…)」
何かこそこそ話し合ってるけどこの二人は気にしないのか!
そうだ小隊長なら…
「背中撃たれたりしないだろうな」
「そうですよ今まで突っかかってきていて今更なんだよ!」
「敵を敵と攻撃するのは問題ないよ!味方の背中撃ったことは今まで一度もないからね!」
「ついこないだゲームで横から一撃喰らわせてたろうが!」
「それサドンデスでしょ?あそこじゃ全員敵だから問題ないよ」
「ぐっ…」
「そもそも、トップランカーに背中撃つような奴が居ると思ってるの?」
「うぐぅっ…!」
「まあ、それもそうか」
「そんな、永水さぁん…」
小隊長の説得失敗!
「ミコト、思わぬライバル登場だぞ、」
「ええと、その…」
そうだ、ミコトさんなら、僕に多少にも好意を持っているなら助けてくれたって…。
「が、がんばって!」
ミステラレター。
「まあどんなに間違っても間違いが起こりようがないからな」
大矢さん。慰めになっていません。
「まあ、関の思惑はどうあれ、理屈は通っているからやってみる価値はありそうね」
「やっりぃ!」
ミオリさんの言葉と共に、それが今後決定となることが伝えられる。
「これからよろしくね、樹君!」
「ふざけんなぁー!」
僕は叫んだ。しかし、僕の声はその場にむなしく木霊していた。
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某所にて。
そこは薄暗い空間だった。
窓もドアも締め切られ、その中に侵入するはずの光はカーテンに遮られていた。
その部屋の光源は今はもう衰退の一途をたどっている物理ディスプレイの光であり、それを使っているモノの姿を照らしていた。
その者は男性であり、それはこの日本ではごくごく一般的な人物だった。
部屋を閉め切っているのはその男の趣味だった。
そんな男が今となっては骨董品のキーボードを叩き、ディスプレイに文字を綴っていく。
ある程度の文章をしたためた後、男はそれをネットワークのとある場所にアップロードした。
その場所はダンジョン攻略を行っている未成年のMULSドライバー。和水 樹について語る掲示板であり、その男が書いた文面はこういうものだった。
『今日リアルで樹君見たわ。ほんとに外見女なのな。で、その時隣に彼女っぽい子連れてたんだけどさ、この子ってだれよ?樹君と一緒に基地に入っていったんだけど』
その一文は何気なく、また悪意もなく投稿された。
しかし、それが起こした波紋はこれから大きなものへと変貌するのだった。
はい、というわけで強化編終わりになります。
新たなヒロイン爆誕でミコトさんピンチです(マテ)
今回もですけど書きたいことと書かなきゃいけないことがごっちゃごちゃでえらい目に遭いました。
ゲーム編にどんだけ時間かけんだよっていう。ここまで伸ばすと思わなかったよ。
なにはともあれ、これまで読んでいただきありがとうございました。楽しんでいただければ幸いです。
次回攻略編までしばらくお待ちください。いやホント次いつ再開できるかな。
それでは。