2-4 MULSはどこから?
雲ひとつない青い空。
無限に続く、山ひとつない平たい大地。
そんな場所に今僕たちは立っている。
ここはサンドスペース。電脳世界に最初にできた僕たちの箱庭で、全ての電脳スペースの基礎になったスペースだ。
このサンドスペース。新たに電脳スペースを創作する為のフォーマットとしての利用法のほかに、独立した固有スペースであることを利用した各種実験の為のスペースとしてよくつかわれている。
新たなスペース作成の為の構成式の試験や、現実世界では諸事情でできそうにない実験だったり。まあそんな感じだ。
今回僕たちがいる理由は後者だ。
僕たちの上官になった佐倉ミオリさんの、僕たちへの状況説明と休憩が終わった後の事だ。僕たちが乗る機体についての説明を、データに触れながら説明するらしい。
その為に、口頭と資料で説明するよりはとこのサンドスペースに連れてこられたのだ、
「しっかし、機体って何を持ってくんだろうね。」
隣にいた長水さんがそう呟いた。
「それは、やっぱりゲームの機体のどれかじゃないんですか?」
「いや、無理でしょうね。」
答えた僕の反対側から、山剛さんが否定の声を上げた。
「なぜですか?1から作るよりはお手軽だと思いますけど」
「確かにそうなんだけど、実際にやるには素材がね…。」
「素材?…て、あー…」
山剛さんの言葉に、メタルガーディアンの設定を思い出す。
「そうでしたね。ゲーム内設定のご都合素材で機体強度を上げてたんだっけ」
「そういうこと」
ゲームというものは、あまりなんでもかんでもリアルにしすぎた場合にゲームとしてつまらなくなることはゲーム史が証明している。
母港を出てから敵と接敵するまでもリアルに再現して、数カ月も待機する羽目になる海戦シミュレーションゲームなど、それはゲームではなくただのゴミである。
ミリタリー系ロボットバトルVRMMOメタルガーディアンも、リアルさを売りにはしているもののあまりに現実に縛り付けすぎると、ゲームとしての面白みがなくなってしまうのだ。
このゲームの場合、他のゲームほどのテコ入れはされていないものの、ゲームとして成立させる&プレイ時の爽快感を出す為に、MULSを構成する部品の一部に現実にはない素材がデータとして設定してある。
この素材のおかげで、物理法則に縛られた人型戦車が歩く走る飛び降りるといった高負荷を受けても平然とゲーム内で元気に動き回る事が出来るわけだ。
「そう。一度自分でデータを弄って、フレームを鉄材で再現したらよ。歩いただけで足首のシャフトが折れちまった。鉄で作るにゃ強度が確保されてねえな。」
『アシクビヲクジキマシター』と長水さん。アンタそんなことしてたんかい。
「まあ、そういうわけでゲーム内の機体は持ってこれないだろうね」
「そうですか。けど、だとしたらこの一年でMULSをリアル向けに再設計したって事ですよね。そんなこと可能なんですか?」
「いや。さっきの説明だとMULSが必要だと政府が判断したのは早くても半年前だな。」
「なおさら無理じゃないですか」
僕は新たな疑問を口にする。
開発というのは時間がかかる。
簡単なものならそう時間がかかる事もないだろうが、自動車等の高性能機械の設計が基本的に1年ほどかかると聞いたことがある。
MULSの場合、その動作の複雑さと部品点数の多さから、さらに長くなるはず。
おまけに今まで実績とノウハウが無い代物だ。さらに開発期間は延びると思っていい。
そんな代物が、到底半年で開発できるとは思えなかった。
「そうなんですよね。一体どこにあったんでしょう」
山剛さんと共に首をかしげる。
「……”アレ”じゃねえか?」
長水さんが言った。
アレ?どういうことだ?
「”アレ”って…。まさか、"アレ"ですか?」
「ちょっと待ってくださいよ。アレって何ですか。主語を言ってくださいよ主語を」
「ああ、樹君は知らないんですね。“アレ”というのは――――」
その言葉が続く前に、結果が空から降ってきた。
最初はハエが飛ぶような小さな音だった。音のする方を向くと、空に何かが飛んでいる。
多分、軍用の輸送機か何かだ。誰かがデータを再現したのだろう。
それがちょうど、僕たちの真上に来たとき、後部のハッチが開き、映画でよく見る空挺降下のワンシーンよろしく。それが投下された。
遠目にはあまり詳しくよく見えない。しかし、そのシルエットは見慣れたものだ。
大きく張り出した肩に足。胴体と腕は比較して細く見えるものの、決して華奢ではない。
僕たちのよく見る相棒。歩行戦車MULSのシルエットだ。
MULSがこちらへ向かって落下してきていた。
『ハァーッハッハッハッハッハァーーーー!』
高らかに笑い声をあげながら。
その声を聴いたとき、ほかの二人が頭を抱えた。
「「ああ、やっぱりか…」」
それは僕たちが立っている場所より少し離れた場所に着地した。盛大に土埃を巻き上げながら。
土埃が僕たちを包み込む。予想外に大規模なそれは、設定された光量を下げ、周囲を暗くしていく。
いや違う。誰かが意図的にこの電脳スペースの設定をいじくり、周辺を暗くしているのだ。
土埃が収まりかけたその時、いきなりのことに混乱する僕たちへと何かが声を響かせる。
『黄泉の底へと導かれるは、猛き異界の戦士たち』
同じく設定をいじくっているのだろう。どこからともなく聞こえるそれとともに、カッ!と僕たちを照明が強く照らす。
『されどその手に武器は無し。武器がなくては戦えぬ。いかにいかに。武器いずこ。』
カッカッ!と、先ほどMULSが落ちてきたところの周辺が強く照らされる。絶妙な光加減で、MULSのシルエットだけが浮かび上がった。
『安心めされよ。武器はここに。姿を似せた偽物なれど、その手にきっと馴染むはず』
MULSが動く。光に照らされる場所へと前進していた。
つま先、足、膝、そして腰。ゆっくりその姿が露わになる。
そして、そのすべてが露わになると、さらに強い光がMULSを照らした。
ご丁寧に、桜吹雪まで追加して。
『統合制御機。名は百錬。助太刀いたしにただ今参上!」
光に照らされ、心なしか胸を張っているように見える百錬と呼ばれたMULS。
そいつは、
―――ドゥンッ!
『おわぁ―――――!』
どこからか行われた砲撃により、無限遠の彼方へと消えていくのであった。
「あーのー、クッソ大ばか者がっ!真面目に自己紹介の一つもできないの!?」
砲声の聞こえた方から、女性の声が響いてくる。振り向いてみると、実体化した戦車砲の隣に、女性が一人立っていた。その隣に、ミオリさんがこめかみを抑えて立っている。
「えーっと、あの。佐倉さん。こちらはどなたでしょうか」
「ああ、はい。少し待ってください」
そう言いながら、ミオリさんが僕らの前へとやってくる。隣の女性も同様だ。
「あー。とりあえず、こちらの方を紹介します。美冬さん、お願いします。」
「ええ、はい」
ミオリさんに促され、美冬と呼ばれた女性が前に出てくる。
その人は茶髪をヘアバンドでまとめた、二十歳中ごろといった感じの人だ。吊り目がちの目が猫を連想させ、活発な印象を受ける。身長は僕よりも少し高い…。
その女性は先ほどの怒声と怒りはどこへやらと、おくびにも出さずににこやかに自己紹介した。
「どうも、初めまして。八坂 美冬と申します。今回は、MULSに使用される部品について説明をしに来ました。」
ミオリさんが補足を入れる。
「彼女はこの駐屯地に赴任してきた研究員で、材料工学に精通しています。主にダンジョン内の素材の研究を行っていて、今回はMULSに使用される材料の説明を行ってもらいに来てもらいました」
ミオリさんの説明に、MULSドライバーの一人が声を上げた。
「ということは、このMULSにはダンジョンで採れた素材を使用しているということでしょうか」
「そうなります。ダンジョン内で新たに何かが手に入ったら。再びMULSに使うかもしれません。なので、長いお付き合いになると思います。よろしくお願いしますね」
そう言いぺこりと頭を下げる美冬さん。よろしくお願いしまーす!と、それにムサイおっさんたち+αがあいさつした。
挨拶が終わった所に、ミオリさんが口を開く。
「それで、今回はもう一人いたのですが―」
「ハァーッハッハッハッハッハァーーーー!」
再びの笑い声とともに、そいつが再び空から降ってきた。
ズムッと、重い音を響かせ着地した。だけど今度は土塵が舞ったりしない。
上部ハッチにあたる頭部が基部ごと開き、「とおうっ!」という掛け声と共にそいつが飛び出し、地面へと着地した。
そいつもやっぱり若い。30は超えていない。
「無限の彼方にフライハァーイしたと思った?ざぁんねぇーん!」
うん、先ほどのMULSに乗っていた奴と同じなのは、これだけで良くわかった。
「だからまじめにやれって言ってんでしょおが光彦!」
「げぐぇらっ!」
掛け声一閃。頭部を蹴り飛ばされた男はきりもみして倒れる。
そのまま、そいつは美冬さんに激しく折檻されていた。たぶん、もうしばらくかかると思う。
その光景を目で見ながら、隣にいた山郷さんが話し出した。
「この人は通称、リアルMULSの人って言われていてですね。まあ、察しがつくと思いますけど。実際にMULSを作れるかどうかと個人で研究、開発をしていた人なんですよ。」
「ここしばらく活動報告もないから何やってんだかと思ったら、まさか現実でMULSを作っていたとはなぁ。」
永水さんと共に、しみじみとそう呟く二人。
成程、個人で研究していたものをそのまま流用したのか。
開発者がどんな人間であれ、成程、開発期間の短さはそういうことだったのかと納得できた。開発者がどんな人間であれ。
ややあって、折檻が終わる。美冬さんに引きずられ、光彦と呼ばれたそいつが前に出てきた。
「こっんにちはー。大矢 光彦って言いまーす。」
先ほどの折檻もどこ吹く風という風に、ハイテンションで自己紹介する大矢 光彦。
「かわいい女の子に目の前で君たちそっちのけで激しく運動されて、ねえどんな気持ち。どんっな気っ持ちぃー?」
うわあ殺してえ。
多分。その場にいた全員がそう思った。
そして、目の前の馬鹿の後ろでは、般若が今にも襲い掛かろうとしていた。
馬鹿出現。
電脳スペースという名のギャグ空間。便利です。
思ったんですけど、電脳空間。この作品における電脳スペースって、神の視点から見れば異世界ですよね。
データ的にはその中で完結していて基本的にその外側へは出られないのに、PSで言えばPSボタンを押せば楽に異世界転移できるっていうね。面白いね。