4-24 タイマンだ
「くたばれこの野郎!」
僕はそう叫ぶと敵機の胸部に剣を振り下ろした。
撃破されたその機体から視線を移すと、まだまだ周囲を取り囲む敵の群れ。
その集団の戦意は高く、僕が戦う相手に困ることは無かった。
更に一機のMULSがこちらへと向かってくる。
僕はそいつに対し身構えて、
「な、何だ!?」
横合いから飛んできたそれに驚くことになった。
飛んできたのは光の線だ。それは目の前の敵機に到達すると、その装甲を瞬く間に削り取り、撃破判定を与えていた。
それが何なのかを理解する間もなく、僕に対して通信が届いた。
「通信?」
それは誰にでも聞こえるオープン回線ではなく、僕個人との専用回線を利用したものだった。
誰がしているのかわからないが、とりあえず開く。
「やってくれたな、この泥棒猫!」
通信相手は開口一番にそう言った。
そんな相手に対し、僕は
「誰?」
と簡潔にだけ言う。誰だこいつ。いきなり泥棒猫呼ばわりしやがって。
「忘れたとは言わせないぞこのキャラかぶりが!」
その叫びと共に、ある機体が光条の発生した先から踊り出てきた。
その機体は重量級の機体だ。
カタログスペックではいわゆる動けるデブと称されるもので、装甲はその重量に比較して中量級並みと薄い。
その代わりに得た積載猶予と過剰なパワーによる運動性能の向上という、中量級の桜花と似たコンセプトで出来ていた。
そいつは右手に超大型のガトリング砲を持ち、左肩部に大型の盾を懸架している。開いた手で両手持ちが前提なのだろう。
ガトリング用の弾薬はバックパックに収納されているらしく、そこから伸びるガンベルトがガトリング砲に繋がっていた。
その姿は、この場にいるプレイヤーにとってはよく見知った機体だった。
「ゲートキーパーだ」
「ゲートキーパーが来たぞ…」
「ゲートキーパーが来てくれた!!」
「ひゃっほい絶壁ィー!」
最後に叫んだプレイヤーはゲートキーパーと呼ばれた機体に撃ち殺された。
「ありがとううございます!」の叫び声を背景に、僕はそいつが何者かを思い出す。
「関さんでしたっけ。何でここに?」
「昨日の今日で何で僕の名前を忘れるかな、君は」
「一週間は昨日じゃないです」
「やかましい、次から次に僕のファンを取っていくような真似をしやがってこの泥棒猫!」
「何ですか一体。訳が分かりませんよ」
この人いつもいきなり表れてこっちが知ってる前提で話してくるな。
そんなことを考えていると、敵の下僕の一人が声をかけてきた。
「今日、私達主催の民間イベントをここでやる予定だったんですよ。で、そこに樹君がこの騒ぎ起こしちゃってファンの皆がこっちに流れちゃって…」
「で、ファンを盗ったと。はぁー。」
下僕の説明に僕はため息を漏らす。
「くだらないですね」
僕はそう言うしかなかった。
「なんだと!」
「僕は別にアイドルになりたいわけじゃないですよ。勝手になってりゃいいじゃないですか」
「貴様がそう思っててもボクがそう思っていないんだ!」
「知るかよそんなの!」
「やかましい、ああ言えばこういいやがって!」
そう呟くと関は一旦通信を切った。
そして、わざわざオープン回線につなぎなおすと、関は叫んだ。
「タイマンだ!ほかの皆は手出し無用!」
その叫びと同時に、周囲で歓声が挙がる。
僕を叩くために集まっていた彼らは観衆に代わり、空へ向けて機関砲を乱射したりしていた。
「また勝手に決めて…」
「うるさい!行くぞこの泥棒猫!」
関はそう叫んで、手にもつガトリング砲を咆哮させた。
僕は即座にサイドステップ。敵の銃の射線から逃げると、即座に尻尾を巻いて逃げ出した。
理由は敵がもつガトリング砲だ。
ガトリング砲の特徴はとにかく高いその発射レートにある。
銃として機能する部分一式を六つ程束ねて動くそれは、一本の銃が射撃を行う間に他の部位が排莢と給弾を行う。
その構造が一般的な銃のそれができない連射速度を実現しているのだ。
しかも、敵の持っているそれは空を飛ぶ攻撃機が地上を攻撃するのにつかわれる特に大型のもので、それは一般的な狙撃手が使う火器と同程度の火力を有していた。
20㎜以上の口径を持つ質量弾が、サブマシンガン以上の連射速度で投射される。
そんな代物が僕のすぐ横を通り過ぎていくのだ。
それはさながら質量でできた光線だった。
装甲なんて意味をなさない。当たれば最後、逃げる前にコクピットまで削り取られる。
だから僕は逃げるしかなかった。
近くの建物の陰に逃げ込む。
その家屋は敵の攻撃を防ぐにはいささか以上に頼りなく、敵の攻撃は障子を貫くかのようにさしたる抵抗もなくその向こう側へ届いていく。
ただじ、敵の視界から自分の位置をくらますことには成功し、いくばくかの余裕を得ることができた。
僕は剣に鉄球を装着し、敵のいた位置めがけて遮蔽物越しに投げつける。
それは狙い通りに敵へと到達したが、しかし肩から吊り下げた大型の盾がそれを弾いて無力化した。
「鉄球!?」
「アレがベッセルの攻撃の正体か!」
「剣のリーチで加速させていたのか!」
僕が剣のリーチの先まで攻撃できたからくりを理解し、驚愕の声を上げるプレイヤーたち。
僕は少し舌打ちした。隠すつもりは毛頭なかったが、ばれてないならもう少しだけ暴れていたかった。
しかし、そう思う時間もない。僕は即座に機体をひるがえす。
僕が数瞬までいた場所に、敵のガトリングの攻撃が建物越しに突き刺さった。
こっちの攻撃から僕のいる位置を逆算し、正確にその場所に弾丸を叩き込んだのだ。
僕は再び逃げ出す。
鉄球の一撃が失敗に終わった以上、出来る手段はそう多くない。
確実な手段の一つが敵の弾切れを待つことだ。
ガトリング砲はその威力と引き換えに、大量の弾薬をものすごい勢いで消費していく。
背中にあったあの大型バックパックに満載しているはずの弾薬ですら、あっという間にカラになってしまう。
そうなってから、後は僕が叩き潰せば問題ない。
ただまあ、問題がないわけじゃなかった。
「でも、それじゃあ納得しないよなぁ」
そうなのだ。相手の弾切れを待ってから攻撃して、果たしてそれであの男は納得できるのかという話だ。
正直、あの男とはあんまり関わりたくなかった。出会い頭に泥棒猫呼ばわりされ、突っかかってくる。
ここでわざと負けてもいいが、それだと後々面倒くさいことになるような予感がした。
となると、真正面から叩き潰さないといけない。
幸い、敵機はガトリングの投射に特化していてそれ以外はおざなりだ。
なら、近づけさえすれば勝つのは難しくない。
問題は、近づく前に僕の機体はハチの巣にされることなのだが。
「あれで、行けるかな」
だが、出来ないといけない。
僕はそれを実現するために必要な作戦を練ると、機体を前へと進ませた。
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「どこだ、何処にいる…?」
関は呟きながら、センサーの反応に注意し続けていた。
敵は建物の陰に入って姿をくらまし、そのまま消えてしまった。
観衆の反応から敵がまだやる気なのは理解できたが、しかし敵の位置は解らなかった。
仲間に索敵してもらえば一発だが、それは野暮だ。タイマンだと言った手前索敵も自力で出来ないといけない。
他人の力は頼れなかった。
しかし、関は焦っていなかった。
アドバンテージが自分にあるからだ。敵は近づかないといけないが、その為には関の前にその機体を晒さないといけない。
今関のいる場所は開けており、そして敵を認識して攻撃を与えたら、敵が辿り着く前に撃破することは十分に可能な距離だった。
イツキが逃げない限り、急ぐ必要はそうそうない。
だからこそ待ち構える。下手に動いて隙を晒す必要はない。
そして、そのまち時間はそう長いものじゃなかった。
センサーに反応。何かが関のいる場所へと飛んでくる。それは小さく、先ほど投げつけられた鉄球と同じサイズだった。
「は、そんなものが効くわけないだろ!」
盾を掲げて防除する。鉄球はMULSの装甲板を砕くのに特化しているが、鉄製の盾を貫くほどの威力は無い。
それは盾に当たり、関はその攻撃を防ぎ切った。
「なに!」
しかし、それは攻撃じゃなかった。
接触した投射物が爆発。同時に周囲を煙が包み込む。
それは煙幕だ。敵は鉄球の代わりに、煙幕を投げ込んできた。
視界が煙で覆われる。すべてではないが、制限がかかる。
「だからどうした!」
関は叫んだ。たとえ視界がふさがれても、投げ込んだ位置は変わらない。
敵が無為に煙幕を投げ込んだとは思えず、つまりは突撃をかけるため。
来る方向はそう変わらないはずだ。
そして、実際にそうなった。
狭い視界の中、その敵機を確認する。
「来たか!」
それは確かに関の考えたとおりの位置で、関はガトリング砲を構えた
撃つ。しかし煙幕の影響か右に大きくそれた。
関はそれに構わなかった。ガトリング砲をそのまま横へと向けていく。
ガトリング砲の攻撃は絶え間なく、その通る先を横切ることなど不可能なのだ。
砲の狙いを横へ動かせばそれだけで敵に当たる。
事実、それは敵へと到達した。
装甲板に触れ、そしてその場所を吹き飛ばしていく。
しかし、敵もそれをわかっていた。
だからこそ煙幕を投げ込んだのだ。敵の攻撃を遅らせるために。
そして、その意味は関の目の前で起こった。
敵がおもむろに、機体を旋回させたのだ。
進行方向はこちらへと直進なのだが、機体はスリップしたかのように滑り、機体の半身を晒していく。
(敵のミスか?もらった!)
関は何が起こったかわからなかったが、とにかくチャンスとして攻撃を叩き込んだ。
弾丸が装甲と当たる。装甲はくだけ、その身をボロボロにしていく。
「……何だ?」
しかし、その進行は止まらなかった。
敵の機体はさらにスリップし、こちらに背面を晒している。
そこにも間断なく攻撃は叩き込まれ、装甲は砕けていく。
しかし、敵は止まらない。
「何で止まらないんだ!?」
関は驚愕するが、しかし攻撃は継続する。
それはもう一つの横面を晒した敵機に当たったが、しかし敵は止まらなかった。
そして、敵が止まらない原因に気が付いた。
「こいつ、全身の装甲でダメージを分散したのか!」
敵が目の前で旋回したのには理由があった。
関の攻撃は確かに敵機にダメージを与えたが、しかしそれは敵のバイタルにダメージを与えることができなかった。
何故なら、敵が旋回していたから。
装甲は確かに敵の攻撃を受け、砕け散ったが、しかし役割は果たしてその先へダメージを通さなかった。
旋回を続ける機体に当たる弾丸は、狙いが同じなため動いた装甲の別の場所を攻撃して、同じ場所へと攻撃が当たることが無かったのだ。
関の攻撃は確かに装甲を砕いたが、しかしそれしか果たせなかった。
敵の機体が旋回する。向きは正面。
手にもつ剣は既に振りかぶられており、距離も敵の攻撃範囲に入っていた。
「この、クソ…」
敵の剣が振り下ろされる。
「チクショー!」
関の機体は射撃体勢を取っており、それを回避することができなかった。