4-23 ペイ・バック・タイム
事の始まりはハヤテに誘われた民間イベントのことだった。
「占拠されたビルの開放?」
ハヤテに説明された今回の設定に、僕は怪訝な声を上げた。
「おう。こっから先にあるショッピングモールが占拠されててな、開放できるもんなら開放してみろってのが敵さんの言い分だ」
「それは解ったけどさ、それって僕要るの?MULSだよ?」
MULSの図体はでかい。家屋の中に入るなんて無理だ。
建物を崩壊させて中のプレイヤーごとぺちゃんこにしてしまえと言うわけでも無いのだろうに、どうしろというのだろう。
「モールの中にMULSを持ち込んだ奴がいるみたいでな、無策で行くとそいつに吹き飛ばされて肉片ひとつ残らなかったんよ」
「ああ、一度行って、死んだのね」
「そうだよ。対策立てて行こうにも、悪ノリしたやつらが集結してモールの外に防衛線作っちまった。あいつらの相手は機甲猟兵じゃ無理だからよ。お前にはその殲滅とモールまで飛ばしてもらおうと思ってな」
「成程ね」
僕は納得した。機甲猟兵は高機動紙装甲。ガッチガチに固められた防衛拠点に真正面から突入はできない。
それを僕に任せ、彼らはその拠点の上を飛び越えてショッピングモールを直接制圧するつもりなわけだ。
その為に、僕には彼らを飛ばすカタパルトとして動いて欲しいようだった。
「いいよ。仲間はどこ?」
「こっちだ」
ハヤテに先導され、そこには多数の機甲猟兵と、カタパルト役のMULSが複数機。
以前やった時と同様に、その戦列に並び、機甲猟兵から伸びたワイヤーを保持。
狙いはショッピングモール。ビルが壁になって直接視認はできないが、座標は既に持っている。
後はコンピュータが計算を行い、僕はそれに従って腕を振るだけだ
そして振った。それは山なりの軌道を通り、目標であるショッピングモールへと一直線に向かっていった。
「あ、」
そして、その時気づいたのだ。
機甲猟兵の重量は人が着込む以上、最低でも60㎏は軽く超える。
そして、MULSそれを100mを超えて投射することができる。
それはMULSの腕による投射であり、遠心力を利用したものでもあった。
それは腕のあるMULSにしかできないものであり、それを攻撃に転用すればどのような結果が待っているのか。
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その想像はするのに難しくはなく、そして実現するのも難しくは無かった
その結果が、目の前の惨状だ。
僕からの質量投射による一撃は見事に敵の一機を撃破し、誘爆を起こして進路上にいる敵機のことごとくが吹き飛んだのだ。
投げつけた鉄球は格闘武器の鉄拳よりも軽いものの重く、それは大口径狙撃砲並みの威力を持つものだった。
狙いをつけたまま攻撃ができないその性質上。決して命中精度は高いとは言えず、また武器の扱いにはある程度の訓練と慣れが必要ではある。
しかし、それは敵との距離が近づけば近づくほどにデメリットは小さくなり、そして近接武器を装備したまま剣の届かない範囲に攻撃を到達させるというメリットの前にはかすむほどの価値でしかなかった。
つまり、これは、使える。
「あは、あはははは、あははははははははは!」
口角が吊り上がる。腹筋が震えて笑い声が漏れてくる。
僕は通信を開く。回線はオープン。
僕はこの場にいるすべての敵機に向けて言葉を放った。
「お礼参りだ、くたばれ凡人ども!」
僕は喜色の声でそう叫び、目の前の敵機めがけて鉄球を投げつけた。
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「メーデー、メーデー!誰か敵の状況がわかるやつはいるか!」
「目があった奴から死んでってるよ!何なんだあいつは!剣しか持ってなかったんだろうが!何であいつは銃の射程で戦えるんだ!」
「知るか!遠隔躁者の索敵はどうなってる」
「今飛ばした。ちょっと待ってろ!」
「たーすーけーてー!」
オメガナンバーズの突撃が失敗に終わり、呆然とした彼らに待っていたのは。たった一機のMULSが仕掛けてきた、今まで以上に苛烈な攻撃だった。
今までの敵の攻撃は足止めが主だった。こちらの腕と足を吹き飛ばし、無力化した機体を盾にしてこちらの攻撃を防いで他所からやってきた敵機を相手にする。
単機で叩くには効果的ではあったが、決して攻勢に出るような戦い方ではなかった。
だが今はどうだ。味方は敵と接敵した瞬間に撃破され、その勢いを止めることができない。
それは敵の足止めができないということを意味しており、包囲したところで意味がない事を意味していた。
「敵が来てるぞ、ロリコン紳士。どうする?」
味方の一人が声をかけた。それは以前、洗礼イベントに参加していたチームであり、ベッセルにチーム丸ごと叩き潰された集団でもあった。
敵がベッセルと聞き、リベンジマッチとしてここに来ていた。
「ここに何しに来たか忘れたのか?何もせずに帰れるかよ」
「じゃ、突撃だな」
「おうさ。敵の位置は把握できているな?」
「んだ。索敵で敵の位置はバッチリ。すぐ近くにいるぞ」
「おっけー。他所の奴らが相手している間に近づいて袋にするぞ、散開!」
その掛け声と共に、そのMULSの集団は散り散りに走っていった。
その速度は遅い。それは接敵に時間を要したが、音の発生も少なく隠密行動に適していた。
そして敵機の近くにまで近づいていく。その距離は建物を挟んだ向かい側。
戦闘音が響き渡り、何かの砕ける音と重量物が落下した音が響き渡った。
おそらく、戦っていた味方機が敵に殴られ、撃破された音だ。
そして、一瞬の静寂が訪れる。
マップを確認。味方達は、敵を中心に包囲を敷いているのが確認できた。
後は合図を送るだけ、つばを飲み込み、覚悟を決める。
「か―――」
かかれとそう叫ぶ直前に、横合いに大きな音が響いた。
そこには僚機だった一機の味方がいるはずであり、それが発した音だった。
「何やって―――」
これから奇襲を行うのに大きな音を出した味方を怒鳴りつけようと視線を向けたとき、その怒鳴り声は途中で止まらざるをえなかった。
「ゆ、ゆんたあああん!」
そこに僚機のMULSはいたが、しかしその機体にあるはずのないものがついていたからだ。
それは細く長く、柱のようなものであり、それが地面から伸びていて、撃破判定を与えていた。
材質はコンクリート。柱の割れた部分からは鉄筋がのぞいており、それが鉄筋コンクリートなのだということが理解できる。
特徴的な黒と黄色の反射板が取り付けられているのを確認し、それな何なのかを男はやっと理解した。
「…電柱…だと?」
そう、それは紛うことなき電柱だった。それそのものは驚くべき点は無い。
それが僚機の機体を貫くように生えていなければであるが。
訳が分からない。何故今このタイミングで電柱が地面から伸びてきたのか。
訳が分からない。新手のバグか?
「いや、違う」
男は違いに気が付いた。電柱は地面から空にかけて緩く先細りしているはずだ。
しかし、目の前にある電柱は上から下に先細りしている。普段とは逆だ。
それはまるで槍のようであり、そしてそれが上から落ちてきたのだということを連想させた。
つまり、敵の攻撃だ。
「あいつ、電柱を投げ槍に使いやがったのか!」
その結論に至った男は、そしてそんなことに時間を費やしたことに後悔する。
「ぎゃ―――」
「敵だ!奇襲がバレてた!」
「下がれ!敵の攻撃範囲から出――――」
「何だこいつは!間合いの外から攻撃した!? チートか何かか!この野郎―――」
次々に叫び、そしてそれから間もない時間で沈黙していく僚機の通信。
あっという間に自分一人だけになってしまった。
そして、それを判断する時間はその男には与えられていなかった。
べきべきと響く崩壊音。それは壁にしていたアパートメントからであり、その原因が何かはすぐに知ることとなった。
アパートの一部が崩壊したのだ。土煙を上げ、壁面がこちらへ崩れ落ちる。
それは大きさ5mほどであり、MULSがゆうに通れるほどの大きさであり、そしてそんな大穴ができた原因もすぐに知ることとなった。
「ベッセル!」
敵がそこを通ってきたからだ。敵が壁を攻撃し、通るための通路を開けたのだ。
敵の様子は満身創痍だ。機種は百錬。装甲は薄くボロボロになり、今にも割れてしまいそうで、それは全身に及んでいる。
しかし、その動きは攻撃のためのそれであり、戦う意思は一切捨てていないことが理解できた。
目の前の敵機が剣を掲げて殴りかかってきた。
「っく!」
男はイチかバチかの賭けに出る。機体を大きく後ろに飛ばす。
その動きに足は付いていくことができず、その機体は倒れる挙動だ。
倒れたMULSは無防備になる。起き上がるまでいいようにやられるだけだ。
その結果は回避することはできず、しかし、男が望んだ結果も与えてくれた。
大きく後方に移動したおかげで、敵の攻撃範囲から逃れることができたのだ。
倒れるMULS。銃を構える。
狙う先は、剣を振り切った百錬だ。
男は撃った。命令通りにそれは行われ、MULSの持つ機関砲から破壊の嵐が巻き起こる。
敵の装甲は薄く、ボロボロになりながらもその攻撃を防いだが、しかし破壊の嵐が過ぎるのを待つにはいささか以上に足りなかった。
装甲が割れ、その先にあるコクピットに砲弾が到達する。
力を失い、百錬が大きくのけぞり、倒れた。
確認すれば、撃破判定を受けている。
奇襲を受け、全滅の危機に陥りながらも、しかし敵を倒すことに成功したのだ。
「はは、ははは。はははははははははは」
緊張が抜け、思わず笑い声をあげる男。
10秒が経ち、敵だった機体が爆発四散した。
「はははははははははは!」
それでも男は笑っている。
近くで動く音がした。
それはリスポンポイントであり、撃破された機体が再び出撃してくるところだ。
「はははははは………」
男はひとしき笑うと、静かになった。
リスポンポイントから機体が出てくる。それは当然。新品ピカピカで機体として万全の状態にあった。
「はは、ははは、あはははははははははは!ぎゃははははははははははは!」
男は再び笑い出す。心の底からおかしいように。何かに狂ったかのように。
その男は見ていた。機体のカメラ越しに、再出撃したその機体を。
機種は百錬。
手には剣を持っていた。