4-21 リベンジベッセル
しばらく後。サドンデスルーム。
「うーむ。どうなってるんでしょうね」
その空間で仲間に囲まれた関 達也はそう疑問を口にした。
彼らがここに居るのは、彼らが定期的に行っているちょっとした民間イベントのためだ。
イベントのタイトルは『握手会』。
そのタイトルの通り、このスペースでトップランカーと交流をしようというものだ。
もっとも、その悪手に使われるのは両手ではなく、お互いが鉛玉であいさつを行う殺し合いのことではあるのだが。
早い話がトップランカーをゲームのボスに見立てた攻略戦を、彼らは敵側として行っているということだった。
そして、その交流会を行っている最中に関はその疑問を口にした。
「ファンが来ないね」
撃破したばかりのMULSが爆散したところを確認して、関はそう呟く。
参加者の数が少ないのだ。告知もしている。その手ごたえも上々。今までの経験からいえばそれこそ行き着く間もなく次の参加者がわらわらとやってくるはずなのだ。
だというのに、今回は小言を言えるくらいの暇がある。出会う敵もオフ会に参加したことのあるほどの信者ばかり。
「なんか面白そうなことやってる」で集まってくるはずの見知らぬ一般人はあまり多くなかった。
「あれぇー?僕がダンジョン攻略していた時にファンの皆愛想尽かしちゃったの?」
「いやぁ、それは無いんじゃないっすかね。前回の投稿はいつもと変わらないくらいだったじゃないですか」
下僕の一人がそう言い、関は「だよね」と答えた。
ファンの数が減ったとは思えない。そうなるほどのポカは何かやらかした記憶はない。
ということはこの現象の原因は関にはない。
ということは…。
「どこかで何か『面白い事』が起こってるんだ。公式民間問わずで何かイベントあったっけ?」
「まとめサイトにはないですよ。少なくとも客を取り合うような有名どころは無いみたいです。」
「客じゃなくてファ、ン、ね!死ね!」
「フヒィありがとうございます!」
僕に撃たれて撃破される下僕。そろそろ補給が必要だったその機体は悦びの声を上げて爆発した。
しばらくすれば何事もなく戻ってくることだろう。
「関たん関たん。SNSでなんか原因ぽいもの見つけたよ」
そんな折、別の見方がそう答えた。関は間髪入れずに「何が原因!?」と催促する。
「ここサドンデスルームで誰彼構わず襲い掛かってるのがいるみたいだ。そっちにファンが流れて行っちゃってるみたいだね」
「そんなんみんなで袋にすればいいじゃんか!なにやってるんだそいつら!」
「その暴れてるやつが地味に強くて襲ってくる敵を全部返り討ちにしてるみたいですね。あ、Nameが判明しましたよ」
「誰!?そんなマナー違反をする奴は!」
自分のことは棚に上げて関は叫ぶ。尤も、告知をしているのはそれは当てはまらないのかもしれないが。
そんなことは無視し、味方の下僕は淡々とその暴走MULSの正体を言った。
「ベッセルです」
「……は?」
「だから、ベッセルです。樹君のことですね」
以前関そっちのけで話題をかっさらっていった、ダンジョン攻略のために徴兵された最年少の少年の名前を出され、
「……は?」
そう呟くことしかできなかった。
--------------------
「囲め囲め!横から回り込め!」
「遠隔躁者は上を抑えろ!」
「味方あああ!射線を切るな!」
「やかましいわ!当てたきゃ前に出ろお前はああ!」
「出すぎなんだよ下がれお前ら!相手は格闘技能持ちだろうが!」
そこでは喧々囂々の怒声が通信越しに飛び回り、そして爆音がそこら中に響き渡っていた。
「タンゴチームそっちに行ったぞ迎撃s…ぐわぁ!」
「くそ、チャーリー隊がやられた。こっちに来るぞ!敵はストライカータイプ、近づかれる前に撃破する…ぐわぁ!」
「タンゴセブンがやられた!包囲網を抜けられるぞ!援軍はまだか!」
ここで肩を並べているMULSたちは、本来なら敵であり殺しあう存在だ。
だが、今は手を取り合い、通信を取り合って襲い来る脅威に戦線を作っている。
事の起こりは数十分ほど前の話。一機のMULSがこのサドンデスルームに侵入したことが発端だ。
そいつは一対一の基本マナーを無視し、一対一で決闘を行っていたMULSの戦闘に介入、その二機ともを撃破したのだ。
それだけには飽き足らず、他のMULSにも攻撃。
それは単機複数機問わず、視界に入ればとにかく襲い掛かってくる始末だった。
それは撃破されたプレイヤーのヘイトを稼ぎ、再出撃したプレイヤーは現場に急行。
それを見てただ事じゃないと感じたほかのプレイヤーもついていき、敵機の剣の錆になっていった。
それを繰り返すうちに、気づけば目の前の状況が出来上がってしまっていたのだ。
今回のマップ、市街地は非常に入り組んでおり、入り組んだ地形は接敵する機体の数を制限する。
たとえ100機のMULSて襲い掛かろうとしても、接敵できる機体の数は4機かそこらが限界なのだ。
敵はそれを利用し、数の不利を圧して暴れまくっていた。
既に何度か撃破してはいるものの、諦めた気配はなくむしろ積極的な攻勢を見せている。
だが、それもこれまでだ。
「お前達、通路を開けろ!オメガナンバーズが出陣するぞ!」
今回の、オメガナンバーズのリーダー役が声を張る。その声に応じで、周囲で応援の声が挙がり、それと共に進路がクリアになる。
他の突入ポイントでも同様の反応が返ってきた。
準備が完了するまでの短い間、リーダー役の男は敵について思いをはせる。
(敵はベッセルか。大方、無くしたポイントの補填のために暴れまわっているのだろうな)
ベッセルを最初に爆破したのは、何を隠そうこの男だった
トップランカーをただの一般兵にまで引きずり落とした快感は、今なおその男の心を満たしている。
そして、名誉挽回とばかりにがむしゃらに戦う敵を爆破し、その努力を無駄にしたその先の、敵の悔しがる表情を想像して、その男はさらに笑みを深くした。
「銃も持たないストライカーが、一体何をできるというんだ」
近接武器しか持たない敵は、オメガナンバーズにとってはカモでしかない。
敵の攻撃が届く距離は、こちらの攻撃範囲でもあるからだ。
その上、撃破されても問題ない。何故なら端から自爆するつもりだから。
今までの情報から敵は未だに剣一本で戦っているらしく、遠距離武器は持っていないことがわかっている。
それはつまり、オメガナンバーズに撃破される未来しか残っていないということだった。
通信が届く。準備完了の報告。
「よろしい。では、全機前進!」
「ばんっざああああああい!」
自爆特攻仕様の桜花が、狭い通路を突き進む。
それは敵のいるポイントに繋がるすべての通路からであり、敵が逃げる場所は存在しなかった。
遠隔操者の索敵でも、敵が動かずそこにいることを知らせている。
通路を曲がる。その先には敵がいるはずで、それは確かにそこにいた。
機種は百錬。手には剣と盾を持ち、そして何もせずにただ突っ立っていた。
それはリーダー役の男には、自分の状況を理解して呆然としているように見えた。
「ははは、今更築いてももう遅い!底辺に落ちろ!トップランカー!」
敵には聞こえないだろうが、そう叫んだ。そして、聞こえていないであろうに、それに呼応したかのように敵が動いた。
剣先を上げ、機体の後ろに向ける。
その場で剣を構えたのだ。振り上げて、振り下ろすために。
そのMULSの視線はしっかりこちらを見据えている。
リーダー役の男は敵の目的を察知した。
「ご自慢の剣をこっちに投げつけるつもりか?」
それ以外に敵の行動を裏付ける理由は見つけられなかった。
そして、その行動の無意味さに男は笑い声をあげる。
「はっはっは!やってみろ!俺が死んでも代わりはいる!お前に代わりの剣は無い!誰かがお前を爆殺するさ!」
敵の行動は最後の悪あがきと判断した。一直線に敵へと突き進む。
敵は剣を振り下ろす。その手が離れ、剣が飛ぶのはこちら側。
衝突コースだが、しかし問題は無い。
そう、問題は無かった。
敵が剣を離していれば。
敵は剣を振り下ろした。
しかし、敵は剣を持っていたままだった。
「…うん?」
そのことに男は疑問の声を上げる。
そして、その瞬間に撃破された。