4-20 盾と装甲
「えーいもー。クソッタレ―ィ」
僕はコクピットの中でふてくされていた。
ここは電脳スペース、紛争地帯。
ここでは今日も相変わらず悲鳴と爆音が元気に響いている。
「まだ愚痴ってんのかよ。聞き飽きたぞ樹」
「だってよー。今までの努力がパアになったんだぞハヤテぇ…。愚痴りもするぞコンチクショー」
「へいへい」
結局、僕はあの特攻自爆魔たちの追撃を振り切ることはできなかった。
再出撃→爆殺。
再出撃→爆殺。
これを繰り返され、僕の持っていたポイントは見る間に禿げ散らかされ、今の僕のランキングポイントはゼロ。
僕はトップランカーから瞬く間に一般兵に格下げになってしまったのだ。
上に行くために頑張っていたのに、その努力が無に帰されたのだ。ふてくされもする。
「だってよー」
「ぶっ殺されるお前が悪い」
「…むう」
ハヤテは冷徹にそう切り捨てる。
僕にはそれを否定することはできなかった。唸るしかないし、ふてくされるしかない。
「何が原因かわかってないのかよ」
機嫌を直さない僕に対し、ハヤテはそう言ってきた。
「いやまあ、原因は明確なんだけどね」
「何よ?」
「射撃武器を持ってって無かったんよ」
「バカだろ」
「バカだよチクショー」
そう、原因は単純。僕が射撃武器を持っていなかった。これに尽きる。
あの特攻MULSは装甲が薄いのだ。当たれば撃破。運が良ければ火薬に当たって即座に火達磨だ。
手榴弾はある程度遠くまで投げられるが、その距離も限界がある。何より剣の攻撃範囲よりは遠いくらいの微妙な距離で対応できない。爆風がこっちも巻き込む。
素手でそこらの瓦礫を掴んで投げ込んでも、対MULSには効果が薄い。構造上、そこまで加速できないので、距離を稼げないし、速度も出ないのだ。
銃があれば今回のようなことにはならなかっただろう。機関砲の威力はそこそこだが十分な上、それなりの量を持ち歩けるので継続火力が段違いだ。
離脱ポイントまで安全に撤退できたであろうことは想像に難くなかった。
「なんで持ってかなかったんだよ」
「剣持って行ってたから」
「サブで持って行くくらいできたんじゃねーの?」
「まあ、そうなんだけどさ…」
ハヤテの言葉には矛盾がない。実際、以前の僕は機関砲を装備して、ハードポイントに剣を装備して行動していた。
僕はそう答えるしかできなかった。
「じゃあ、何でそうしなかったんだよ」
「…個人的な縛り」
「どういうことやねん」
僕の言葉の意味が理解できずにハヤテは首をかしげる。
僕はそれを解消するために、更に言葉を重ねた。
「僕たち今、リアルでダンジョンの攻略に参加させられてるじゃん」
「まあ、そうだよな」
「ああ。で、今僕剣しか使ってないんだよ」
「…ああ、だから“縛り”なのな。同じ状況になっても対応できるようにか」
「まあ、そう言うこと。死んでも死なないのはゲームだけだし」
つい昨日、魔術師型の敵が出てきて僕の機体にダメージを与えていた。
何とか生きて帰れたが、後々より強力な攻撃をしてこないとも限らない。
それは遠隔攻撃の状況も入っており。想定はしていなかったが、自爆特攻も十分に考えられた。
ゲームは暇つぶしの手段でもあったが、最近は仮想訓練としての側面も持ち合わせ始めていた。
今回はポイントこそ禿げたが、いい経験も得られた。
ストライカーの弱点が浮き彫りになったからだ。
「やっぱり剣しか持ってないと、近接攻撃以外の手段がないんだよね」
「銃と剣を両手で持つとかできないのか?」
ハヤテはそう聞いてきた。近接武器を装備したまま、射撃武器を装備したらどうかということらしい。
ただ、これにも問題がある。
「マガジン交換型の銃が一般的だから、片手に剣持つとリロードができなくなるんだよ」
MULSにはサブアームがない。弾薬の補給には腕を使わなければならず、その為には片手を開けておく必要があった。
「全部マガジンにぶち込むとかできないのか?リロードしなくていいように」
「ない事もないけど、支援用とかバックパックからのガンベルト供給式とかでどう頑張っても取り回しが悪くなるんだよね」
近接距離で戦う場合、取り回しやすさは重要だった。敵に照準できない銃は当たらない。当たらない銃は価値がない。おまけにガンベルトとか、その距離だと壊される。
何より、
「盾が装備できなくなるから、両手に武器はしたくないんだよね」
「…俺的にはそこが一番理解できないんだけどな」
ハヤテは僕の言葉にそう答えた。
「どういうこと?ハヤテ」
「MULSの奴等ってほとんどの奴らが盾使ってるだろ。アレ、なんでなんだ?」
僕はハヤテの疑問が理解できた。確かに、それはMULSドライバー以外からすれば当然の疑問だ。
「ああ、それな」
「わざわざ装甲があるのに、何でさらに盾も持つんだ?無駄だろ」
「簡単に言って、装甲と盾じゃ材質が違うんだ」
僕はおおざっぱに説明した。
MULSの装甲は様々だ。リアルの鉄板やアルミ合金など、カスタマイズは自由に行える。
ただ、プレイヤーの殆どは、ある特定の装甲を好んで使っていた。
「MULSの装甲は自壊式が主流でさ。ダメージを肩代わりする代わりに消耗するんだ」
積層セラミックス装甲。それが、ゲームプレイヤーの殆どが愛用する人気の装甲板だった。
名前の通り、セラミックを積層させたこの装甲板は、攻撃のエネルギーを装甲自体が崩壊するエネルギーに変換させることで、その先へと通さない特性をもつ。
その効果は20㎜砲弾程度なら積層されたセラミック板の一枚程度で十分に耐えられる強度を持ち、なおかつ超軽量を誇っていた。
おまけにHEAT弾に代表される侵徹兵器にも強く、歩兵のロケット弾攻撃にも強い。
その巨体に十分な装甲を施せる重量を持ち、かつ装甲としての役割を果たせる装甲。
MULSにとってその条件を果たすのはこの、積層セラミックス装甲しかなかったのだ。
もっとも、この装甲にも欠点はある。
セラミックの強度は鉄製の装甲よりも弱い。特に質量攻撃にはめっぽう弱く、APFSDS弾の侵徹能力は防げてもその砲弾自体の重さで全部砕かれたりする。
ついでにいえば僕が剣でメコメコに敵を叩きまくってたのもこの装甲の特性のおかげだったりする。剣の質量は大きいがそれだけ慣性を得やすく、運動エネルギーをそれだけ大きく保持することができ、それは銃弾の質量では得られない破壊力を与えることができるのだ。
また、もう一つ欠点があり、それはこの装甲が自壊式装甲という点にある。
つまり、
「攻撃を受けたら、その部分は確実に破損するんだよね」
そう言うことだった。
ロケット弾の攻撃だろうが、20mm機関砲の攻撃だろうが、歩兵のライフル弾だろうが、確実にそれを防ぐことが可能だ。
ただし、その代わりにたとえライフル弾の一撃だろうとも確実に装甲にダメージを与えられるという欠点があるのだ。
そして、それが盾を持つ理由になる。
「成程。つまり、装甲を守るための盾な訳だ」
「そういうこと。可能な限り装甲を持たせて、かつリロードの妨げにならない。片手に盾を装備するのが、一番無駄がないんだよ」
剣を持っても使える場所が限られる。
銃は既に持っているので非効率。
敵の攻撃から延命を図ることができ、かつどんな状況でも使える盾を持つのがMULSドライバーたちのスタンダードになっているのだ。
「成程ね。だから盾は捨てたくないと」
「まあね。なんだかんだで役に立つからね」
「となると、他にどうするよ?」
「どうしようね。片手は剣で決めてるし」
「肩にガンタレットつけるのは?」
「肩が動くと照準できない死角ができるからあんまり効果がないし、何より僕が扱え切れない」
「ダメか」
「うん」
そして結局振出しに戻る。何かいい手は無いものか…。
「何も思いつかないな」
結局は時間を浪費しただけだった。
「ま、急ぐわけでも無いんだから後で考えればいいだろ。話変わるけど、樹お前、今暇だろ」
「本当に唐突だね。確かに暇だけどさ、何?」
「ちょっとこの先で民間イベントが発生してるんだ。ちょっと手伝ってくんね?」
ハヤテはこの話はもうおしまいだと、そう切り出した。
民間イベントとは公式ではない、非公式のイベントだ。大抵、この紛争地帯で行われる。
ネットで有志を募ったり、仲間内だけで話し合いしたり。
そうやって、プレイヤーが自分たちで企画して遊ぶのが民間イベントだ。
イベントとしては小規模であるのだが、なかなかに面白いものもあるので馬鹿にしたものでもない。
「いいね。どこにあるの?」
特に予定もなかった為、頭を切り替えて僕はその申し出を受けたのだった。
はっはーストック無くなったーぃ