4-17 VSルーキーズ
視界が暗転した僕の視界が回復してその瞳に飛び込んできたのは、現実と非常によく似た景観を持つ一つのスペースだった。
その空間の中身は、現在はちょっとした都会風な日本の市街地のものだ。
電脳スペース、サドンデスルーム。それがこの空間の名前だった。
この空間はVRMMOメタルガーディアンが管理する電脳スペースの一つだ。
その中でMULSを動かすために用意された空間で、そのゲームでの一つの遊び方のために用意された空間でもある。
そのゲームプレイのルールは簡単だ。部屋の名前の通り、死ぬまで戦えだ。
その電脳スペースに入るのも出るのも自由。ただし、そのスペース内にいる間は自機以外は全部敵であり、撃破されれば特定のリスポンポイントから再出撃になる。
それだけ聞くと以前遊んだ電脳スペース、紛争地帯と似たようなものだ。
ただまあ、分けられている以上、違いはもちろんある。
まず、ここに存在するのはMULSだけだ。ここを管理しているのはメタルガーディアンであり、そのゲームの機体であるMULSのみがこの空間に侵入できる。戦車や戦闘ヘリでこの空間に入ってくることはできない。
さらにもう一つのルールとして、この空間では被撃破されるとランキングポイントが変動するペナルティがある。この空間は戦闘が主目的だ。機体のテストや他MULSを使った遊戯は紛争地帯でやれと言うことだ。
以上の理由から、ここはMULS同士での乱戦がしたいプレイヤーのための電脳スペースとして広く利用されていた。
そして、僕は嬉々としてこの空間へと侵入したのだった。
「今日は日本の市街地か」
誰にともなくそう呟く。
基本的にゲームが運営するスペースは一週間ごとにそのプレイ空間となる戦場、つまりステージが変わっていく。
今回の戦場はそれだったのだ。
遠くで砲声が轟き始める。
既に会敵し、戦闘を始めたMULSがいるのだ。
「もう始めてるのか、気が早いな」
チームを組んでのチームマッチや、ランダム選出で敵味方分かれてのカジュアルマッチなど。様々な電脳スペースがあるが、今回ここを選んだ理由は特になかったのが理由か。
他の戦場ではある程度のチームプレイが要求されるし、自分の行動もそのためにある程度の役割を果たさねばならず、結果としてある種の制限がかかる。
この空間は単に暴れられれば問題はなく、故にとにかく暴れたかった僕にはうってつけの空間だったのだ。
そんなことを考えている間にも、更に砲声が響き、あちこちで戦闘が始まっていく。
「それじゃ、僕も始めますか」
その戦闘音に促され、僕も機体を前進させた。
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しばらく進み、とある道路の曲がり角の前。
「あちゃあ、敵機発見。だけど…」
ビルの前に身を隠し、肩の端にあるカメラセンサをひょっこりと道路の先に出し、その先の様子を確認していた時に出てきた言葉だ。
カメラが映すのは、一機のMULS。ここでは自機以外は全部敵なので、つまりは敵だ。
ただ、先ほどの呟きの通り僕はこのMULSとの戦闘はあまり乗り気じゃない。
というのも、乗っている機体に理由がある。
「グラントか、懐かしい」
機体名、グラント。それは、初期機体「テディ」の次に解放される機体だった。
初期機体のテディはとにかく汎用性が高い。何でもこなせる。ただし、それ故に何をしても役割特化した機体に対して一歩劣る。
この機体は、テディに乗り慣れてMULSの挙動に慣れたプレイヤーが戦闘に慣れるため、今度は自分に合った戦闘スタイル、特に前衛向けのプレイヤーのために用意された機体だった。
このグラントは中量級、その中でも装甲が厚めで、機体の操作に慣れたばかりの初心者が乗ってもその装甲で生き残りやすくなっている。
たとえ棒立ちの状態で射撃戦を行っても、打ち勝てるような機体だった。
その機体コンセプト自体は地味に人気があり、僕自身、徴兵される前はこのグラントからオートバランサーを取り払ったような上位機種を好んで使っていた。
で、話を戻すとこの機体は初心者が初めてゲーム内で購入し、遊び始めるであり、熟練プレイヤーは基本的に使わない。
つまり、
「初心者さんかー」
つまりはそう言うことだった。
あの洗礼イベントから1カ月ほど過ぎている。まだまだひよっことはいえ、完全隔離で初心者用の電脳スペースから叩きだされてさらに一カ月。まあ、すぐに殺せるカモ扱いはやめた方がいいのかもしれない。
なのだけれど、
「立ち回りからして見ててハラハラするね」
僕たちからすれば、その足取りはあまりにもおぼつかなかった。
その証拠が、こちらに背中を向けて佇むMULSだ。
MULSの視界は全周認識。一言で言ってしまえば、機体の前後左右360度、すべてを認識することができる。
ただ、それに慣れていないプレイヤーは通常の視界と同じく、正面に意識の殆どが集中し、後方そのほかは見えているのに見えていないという状況になりやすい。
そして、通路から半身を晒すという絶対に僕の存在がわかる状況なのに気づかないその機体は、まさしくその状況になっていると言えた。
「あんまり初心者さんいじめても面白くないんだけどね」
まあ、ここに居る以上、撃破させてもらうのだけれど。
そう言いながら、僕は機体を通路の先に前進させた。
動きはゆっくり、そして静かに。
目の前の敵機に全身を晒す。しかし、敵は動かない。
思った通り、視線が前方に集中しすぎているのだ。
なぜ敵機が僕に気付かないか、理由はもちろんある。
テレビで見たことが無いだろうか。とあるイラストの一部がゆっくり変化してくが、その変化に気づけるかとかいうクイズ番組。アハ体験だ何だとか言われているアレだ
実際にやってみると、気づかない場合が多い。
人間の視界というのは、急激に変化するものは気づくが、時間をかけて変化していくものは意外と気づかない場合が多い。
自分がやっていることも同じだ。敵がこちらに気づいておらず、見ているけれど見ていない状況。
その状態でゆっくり動けば、敵はこちらの存在に気付くことができない状況に陥るのだ。
その状態で、敵へとゆっくり向かっていく。
距離20m、10m、9、8、なーな、ろーく、ごーお、よーん、……。
「こいつ気づかなさすぎだろ…」
とうとう手にもつ剣の有効範囲まで接近を許した敵機。僕の存在には気づかない。
その状態に僕は呆れた。
「新人だから仕方ないけど、せめて定期的に周辺を確認するくらいはした方がいいよ?」
そう思いながらも、僕は手にもつ剣で敵を小突いた。
思わぬ衝撃、不意の一撃に気付いた敵機は、無意識のうちに機体を操り、必要もないのに腰と頭部の旋回軸を回して僕を見てしまった。
「はあい。こんにちは!」
その敵機に対して、僕は剣を掲げて挨拶する。相手には伝わらないだろうが。
それを見た敵の反応だけは早かった。後ろにのけぞり、距離を取り、手にもつ機関砲をすばやくこちらに向けた。
あとは引き金を引けば僕に弾丸が届くだろう。この距離だ。かわせないし、外さない。
まあ、その引き金は轢かれなかったのだけれど。
その敵機の背後から響く破断音。何かの破裂する音と、それと同時に敵機がもんどりうってあおむけに倒れていく姿。
何が起こったかといえばなんということは無い、敵機が自分から背後にあった民家に突っ込んだのだ。
民家は基本土と木でできている。MULS基準で言えばそれはさながら段ボール箱の山だ。
自分の周囲に何があるか把握もせずに動いたおかげで、敵はその中へと突っ込んでしまったのだ。
見下ろす視線にはあおむけに倒れるMULS。ジタジタともがくが、絡みつき、崩れる民家から脱出することは叶わない。
「MULSの操縦に慣れただけじゃ、敵機は倒せないから覚えておくといいよ」
伝える気はないので通信は開かなかったが、僕は敵にそう呟いた。
この辺りはMULSに限らず戦闘の基本だ。敵の横や背後を取られたらそれだけで勝負が決まることが殆どだった。
敵の銃口が明後日を向いていてこちらに攻撃が届かないのに対して、こちらの銃口は既に敵を撃つことができるのだ。最初の攻撃を許してしまえば、その差を覆すことはよほどの実力差がない限り不可能なのだ。
僕は敵機に背を向けた。未だに民家から脱出できずにもがく敵機、こちらを攻撃する余裕なんかない。
流石に、戦闘にすらならない初心者を倒すのは何というか、嫌だった。
「ん?」
そんな時、センサーに反応、敵機だ。
僕が通ってきた道から飛び出し、こちらに銃口を向けていた。
銃を構えている機種は、先のMULSと同じグラントだ。
「あら、こいつも新人さんか」
敵の銃口が火を噴く前に機体をサイドステップ。僕がいた空間に鉄の塊が撃ち込まれ、通り過ぎて壊れた民家に吸い込まれていった。
距離はそこまで遠くはないが、剣の有効範囲には入っていない。
ぶん殴るために近づこうとすると、距離を保つために後ろへとローラーダッシュした。
僕はその動きに感心する。
「お、凄い。ローラーダッシュで動きながら正確にこっちを狙ってくる。何か別のゲームで慣れてたかな?」
鉄砲は狙った方向にしか弾が飛ばない。激しく動くMULSの挙動を行いながら、狙った場所に銃撃を叩き込むのは射撃補正がかかっていてもとても難しい事だった。
この時期にこの動きができるのは十分に優秀と言えた。
「もっとも、MULSの戦い方は知らないみたいだけどね」
僕はそう言って腰から爆弾を取り出す。
MULS用の手榴弾だ。それを見て、敵も露骨な警戒の動きを示す。
僕はその警戒の通りに手榴弾を投げつけた。
大きな放物線を描き、敵の背後に投げ込まれる手榴弾。
敵は立ち止まった。こちらの意図を理解したのだ。
このまま下がり続けたら手りゅう弾の有効範囲。その中に入ったら当然僕は爆発させる。
MULSはそれで撃破できるかわからないが、ダメージは免れない。
僕は退路を断った。それを理解し、敵は立ち止まり銃撃を叩き込む。
射撃精度を上げて、こちらが近づく前に撃破する魂胆だ。
「まあ、そう動くよ、ね!」
そう呟き、僕は手りゅう弾を爆破。そして斬撃を叩き込んだ。
両方とも、狙ったのは敵のMULSじゃない。
市街地ならよく見るアレ。
電柱だ。
根元を断ち切られ、爆破された電柱はその姿勢を維持できずに倒壊する。
その先端についていた、長い電線を道連れにして。
前と後ろ、二つの電柱に支えられていた電線はその支えを失って下へと落ちる。
その先にあるのは、僕が追い込んだMULSだ。
上からの衝撃、それに驚いたのだろうがそれだけではダメージにはならない。
そのことに気付き、改めてこちらを照準しようとする敵MULS。
しかし、
「さて、電線が絡みついたその機銃を一体どうやって僕に向けるのだろうね?」
落下の衝撃で電線は機銃と、それを持つ腕にしっかりと絡みついていた。
こちらを狙おうにも、電線が邪魔してうまくねらうことができない。
「周辺の状況は常に把握しておいた方がいいよ。じゃないとそうなるから」
そう呟いて、僕はその敵に横っ腹を向ける。ジタジタともがくが、それは間に合わない。
「ま、遊んでゆっくり覚えていけばいいよ。僕も通った道だ。頑張れ、新人達」
僕はそう言うと、ローラーダッシュを行いこの区域から移動した。
彼らは撃破しないのか?僕が相手するよりも、お似合い同士で突きあった方がよっぽど彼らのためになるもの。
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しばらくして、やっとの思いで銃から電線を引きはがしたMULSは、その時点で相対したMULSがその場にいないことに気付いた。
あわよくば倒せるかと思い仕掛けたら、逆に想定外の方法で無力化され、いいようにあしらわれてしまった。
そのことに少し落ち込んでいるところに、土煙を上げて何かが動いた。
それは民家に突っ込んだMULSであり、ようやっと機体を立ち上がらせることができたのだ。
そして、2機のMULSはお互いの存在を認識する。
同時に向けられる銃口。そして発砲。
その姿は拙いものの、見ごたえのある戦闘が開始されるのであった。