4-16 壊れたMULS
僕の目の前で整備士たちが慌ただしく動いていく。
その先にあるのは、装甲板を大きくへこませた僕のMULSだ。
先の戦闘が終わった僕たちは、その後特に問題なく基地へと戻ってきたのだ。
「やあイツキ君。大丈夫だったかい?」
僕の目の前で胸部の装甲板が外され、その中身が晒されていく様子を見ていたところに、大矢さんが話しかけてきた。
「あ、大矢さん。はい、機体の方はそうでもなかったみたいですけど」
「こっちでもバイタル確認してみたけど、内部の機械類は無事みたいだね。装甲の保持具がイカれた位か」
「ええ、ただ手足の方は壊れてしまいましたけど…」
「そっちはコネクタから先を交換すれば済む話だから大丈夫だよ。問題は胴体の方だね」
「胴体の替えは無いんですか?」
「今回は予備があったから問題は無い。まあ、胴体の破壊はドライバーの死とほとんど同じだからね」
「あ、そっか」
「四肢の生産に注力していて胴体の替えは生産していなかったんだよ」
「修理は二日で済むでしょうか」
「わからん。想定よりも強い荷重がかかって保持具が壊れたのは想定外だった。普通に交換するよりはそのあたりを改造した方がいいかもしれん」
「それだけに二日以上かかるんですか?」
「…正直に言うと、それそのものは一日もあれば十分だ」
「じゃあ、何で期限が不明なんですか?」
「…そいつについては実物を確認した方が早いな。今暇だろう?ちょっとついてきてくれ」
「まだミオリさんに報告してないんですけど」
「永水さんがもう行ってる。今回の分はあの人に任せていいよ。というわけで、ついてきてくれ」
「あ、はい。わかりました」
そう言ってこの場を離れ、歩き出した大矢さんの後についていく。
向かう先は研究棟だ。その中の、美冬さんの研究室
「おう美冬。どうなってる」
大矢さんはドアを開けた。
中にいたのは当然美冬さんだ。
「うふへへへへへへへ。なにコレ、何コレェ、エヘヘヘヘヘヘヘ」
運び込まれた、骸骨が持っていた杖の断片であろうそれに、頬ずりをしている姿を晒して。
大矢さんはそれを確認すると、自分の手で美冬さんの頭をひっぱたいた。
「そいやぁ!」
「あいたぁー!何すんのよ!」
「お前がボケてどーすんだ!解析の結果は出たんかお前は!」
「それならできてるわよ。ホラ」
珍しく大矢さんがツッコミを入れる状況に驚く中、美冬さんは手にもつ紙切れを大矢さんに渡す。
「数値的にはどうなんだよ」
「見ればわかるでしょ。あんたが言ってたぶんは全部カバーしてるわよ」
「そうかそうか。ふっふっふっふっふっふっ」
美冬さんの言葉に大矢さんは笑い始めた
「大矢さん。それが一体どうしたっていうんですか?」
「イツキ君、さっき戦ったあいつらの持ってた武器、覚えているかい?」
おもむろに大矢さんがそう話しかけてきた。
「ええまあ、ついさっきのことですし」
「うん。で、だ。敵の武器はこっちの攻撃に耐えていたのは見ただろう?」
「はい」
「つまりは衝撃に強いうえに強度もあるわけだ。材質が骨粉に近いってことは多分、今までとは違って本当の意味での『骨』なんだろうね」
「『骨』…あ」
「気づいたかい?そう、まさしく『骨』。僕たちが自立し、機敏に動くために必要な骨格を構成する『骨』と同じなんだ。これ、何に使えるかわかる?」
大矢さんは聞いてきた。それに答えるのは難しくない。
「MULSのフレームに転用できそうですね」
「その通り!強度的にも今まで以上の強度アップが見込めるうえに質量が軽くなってる。あとは人の技術で再現するだけ!」
「それは、出来るんですか?」
「構造を見る限り、それについては問題なさそうよ。もっとも、ナノマシンで作らないと無理そうだけれど」
「つまりは実現可能ってことだ。で、イツキ君に頼みたいことがあってだな」
そこまで説明して、大矢さんはそう言ってきた。
僕はその先に来る言葉がなんとなくわかった。
「壊れたついでにそのあたりの改造もさせてほしいと」
「お願いできる?」
「別にいいですけど…改造にどれくらいかかるんですか?」
「フレームの作成に5日ほどかかるから…一週間くらい?」
「結構長いですね」
「これでも早めに見積もった数字なんだけどね」
どうにも時間がかかるみたいだ。まあ、すべての機器を支える土台となる部分だ。時間がかかるのはしょうがないのかもしれない。
「あ、そうだ光彦。あんたにちょっと見せときたいものがあるんだけど」
話がまとまった所で、美冬さんが大矢さんにそうきりだした。
「うん。どうしたんよ」
「ちょっと事故で試料の骨粉にナノマシンかけて放置しちゃったのね。んで、出来たのがこれなんだけど…」
そう言って美冬さんはある物体を取り出した。
タッパーのような容器に入れられたそれは淡い青色の透き通った
「スライム?」
スライムだった。ゲームやアニメに出てくる魔物のそれではなく、半液体状の、おもちゃ屋に売ってあるアレの方だ。
「触ってもいいんですか?」
「人体に害はないわ」
僕はそれを手に取って確認してみる。
半液体かと思ったが、実際はグミに似た半固体物質らしい。ちぎろうと思ってもちぎれない。
触った感触は独特だが、それだけだった。
「これがどうかしたんですか?」
「今のままだとただのスライムなんだけどね。ちょっとこれ付けてみるわね」
そう言って美冬さんが取り出したのは手作りの機械だった。
電池ボックスとスイッチがあり、そこから伸びた電線が途中で切れ、くっつかないように固定されている。
一言でいえば、極低出力の自作スタンガンといった感じか?
美冬さんはその電極の部分をスライムに押し付ける。そして電源を入れた。
変化はすぐに起こった。
「わっ!?」
今まで粘性物質だったそれが電流を受けれ膨張し、すぐにちょっとした玉のような形になったのだ。
「……ああーーーーー!」
「うわ、お、大矢さん!?」
それを見て、大矢さんは絶叫した。
大矢さんはそのまま目の前の物体に手をだし、両手でつかむ。
掴みかかられたスライムは電流を流されたままだったため、しっかりと保持された。
「あははははははははは、見つけた、ミツケタ!ミツケタアアアアアアア!」
掴んだスライムを掲げ、喜びのあまりそう叫び、繰り返す大矢さん。
その状況に困惑する僕に対して、美冬さんが説明を続けた。
「まあ、こういう感じに、電気を流すと膨張する性質があるのよ。コレ」
「え、それだけで大矢さんがここまで喜ぶことなんです…」
そこまで言いかけて、思い出す。
大矢さんは言っていた。電気を流して膨張する、その性質が要求される部品のことを。
「電気膨張性の樹脂材…」
それは現実のMULSがつけている油圧シリンダーの代わりになるものであり、人工筋肉の代替品になるものだった。
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翌日。
「さて、今日は何をしようか」
自室で僕はそう呟いた。今日は休日。僕はお休みだ。
ついでに言えば、壊れたMULSの修理中でもある。
壊れたMULSの胴体部は、大矢さんの設計で改造に回されることになった。フレームの交換と、モーターといった駆動部位を新開発のマイクロアクチュエーターに交換する作業だ。
それはMULSの全部位に改造はおよび、それはMULSの肩や大腿部も例外じゃない。
つまり、従来のような遅い機動や、壊れやすい肩ではなくなるということだった。
ストライカーである僕にとって。それはとても良い事だった。
「まあ、改造が完了するまでは今までのを使わざるを得ないんだけどね」
だがまあ一週間、あと一週間で機体が強化されるというのはとてもうれしい事だった。
今日の僕の暇をつぶすことには一切関与しないのだけどね。
今日は外に行く予定はない。ミコトさんとデートする予定もない。何もない完全フリー。
「となると、やっぱこれか」
僕はデバイスとコネクタを取り出し、僕の脳と接続した。
そしてアプリを起動する。起動するアプリの名前は、メタルガーディアン。
日ごろMULSを乗り回す僕は、今日も元気にMULSで殺し合いに励むのだった。
次、ゲーム回