2-3 MULSじゃなきゃ嫌
順を追って説明しよう。
まず、一年前。私たちはダンジョンを発見した。魔物の発生というイレギュラーの果てにね。
もちろん。内部の調査に乗り出した。魔物がダンジョンから出てきただけというのは考えられなかったし、そんな未知の空間を調査しないなんてありえなかったからね。
無人の探査ロボットを送りだしたら、まさしく内部は魔物が闊歩していたのさ。
だから。戦車、機動装甲車、装甲戦闘車等の機甲部隊一個大隊規模を中心とした、ダンジョン攻略部隊を組織して内部の制圧に乗り出したのさ。
そしたら見事に大失敗。なんでだかわかる?
「わかりません」
魔物たちが暴走したのさ。ダンジョン攻略部隊がダンジョンに侵入してしばらく後、ダンジョンの入り口から魔物たちが湧いて出てきた。大量にね。
まあ、そっちの方は周辺の防衛戦力で対処できたんだけど、ダンジョン内に取り残された攻略部隊との連絡はそれ以来途絶。状況から考えて、まあそういうことだろうね。
「その情報は、公開されていませんよね」
当たり前だろう。機甲戦力一個大隊規模。約50両。この国の機甲戦力の約5%に加え、その搭乗員含む作戦従事者約200人をこの国は失ったんだ。たった一つの作戦で。今まで戦争もなかった国で、だ。
そんなこと、この国で言ってみなよ。あっという間にパニックになって何が起こるかわからないよ。
軍が負けた。危険は近い。身の安全が脅かされた。どうしよう?そうだ!富 国 ☆ 強兵。強くなって、打ち倒せ!軍備増強、募集枠を増加しろ!何?政府が拒否をした?よ ろ し い な ら ば 総 選 挙 だ ! 民意は我らにあり!
なーんてことになるかもね。
言えるわけがない。少なくとも、ダンジョン攻略にめどが立つまで出せないね。
「それは国民を馬鹿にしすぎでは?」
まともな人間ばっかりなら警察も軍隊もいらないよ。
起こらないという根拠がないうえに。起こった時は取り返しがつかなさすぎる。
いずれ公開はしなければならないけれど、それを冷静に受け止められるように古い情報にしないといけないのさ。
「……暴走した原因は、わかっているのですか?」
原因は不明だった。ただし、その後もひと月に一回の周期で、同じようにダンジョンから大量の魔物が出た。政府はその時にダンジョン内部から大量の魔物が湧出する現象をスタンピード、暴走と名付けたのだけれど。まあ、そんな前例があったことから、運悪くその周期と重なったのだと考えられていた。
「…?不明だった。考えられていた?その、ひと月周期での暴走とは違ったのですか?」
うん、完全に偶然だったけどね。
約半年前、ダンジョン内を無人ロボットで偵察していた時のことさ。たまたま、野鳥の群れがダンジョン内に入っていったんだ。その時ダンジョンが暴走した。
「野鳥が侵入したら暴走した?」
そう。それくらいしか、その時のダンジョンには差異がなかったからね。原因がわからなかった。暴走する周期とも半月ほど離れていたからね。
ただまあ、周期とは別に、何らかの暴走を引き起こすカギがあると考えられた。
最初に考えられたのは、この世界の物質がダンジョン内に侵入した場合――――
「ちょっと待ってください。この世界の物質?まるでダンジョン内部がこの世界のものじゃないみたいな言い方ですね」
正直それすらわからないもの。いきなり沸いて出た大穴に魔物。未知の物質。発生原因も原理も不明、手がかりすらもつかめない!
正直ね。何もわからないからどんな仮説でも立てられるのよ。たかが異世界、よくあるネット小説のネタじゃないか。
「ですがここは現実です。ネット小説の妄想の中じゃない」
現実は小説より奇なりともいうだろう?私たちが認識できないだけで、本当に異世界はあるかもしれない。私たちは、それを論理的に否定する手段を未だ持っていないんだ。
現実的に想像できないだけで、否定できているわけじゃないんだよ。
「……。」
話がそれたね。まあ、結果としてそれは違った。無人ロボットを何百体そろえようと、鉄の塊を何トン投入しようと、暴走は起こらなかった。
他にも、考えられる素材やらなんやらを試してみたけど、結局すべてダメだった。
で、最終的にある仮説を立てた。
「…その仮説とは?」
ダンジョンは、“命”を認識しているんじゃないか。
「命?命って、あの?」
そう。僕たちが持っているもの。生きているという証明。魂とも呼ばれるもの。ダンジョンはそれに反応しているんじゃないかって。
「それは正解だったんですか?」
結果的には。
ダンジョンにモルモットを投入した。魚類、爬虫類、両生類、鳥類。そして哺乳類。他にも昆虫やその他もろもろ。
全部を試して、その全部で暴走が起こった。
だから、私たちはダンジョンが命を認識すると判断した。
ただ、ダンジョンが暴走するにはその命の数。つまり、生命体の数を認識しているらしく、その命の数が一定数を超えると暴走することが分かった。
「その命の数とは?」
101。つまり、100を超えたら暴走する。
「100。成程、だから特殊技能保有者動員法案で徴兵されるMULS操縦者も、100人だったのですね。」
その通り。ダンジョン内の攻略が彼らの仕事だ。それ以上は必要ない。
「しかし、それだけでは徴兵する理由には薄いのでは?」
確かにそうなのだけれど、彼ら以外に対処可能な人間がいないんだよ。
「それは何故?」
まず、ダンジョン内には100人しか入れない。これが大前提だ。
「ええ。そうですね。」
そして、100人の歩兵を投入してもダンジョンは攻略できない。
「全長3m超えの化け物が相手ですものね。歩兵の持つ火器では、どう頑張っても火力が足りない」
その通り。だから戦車や機動戦闘車みたいな、高火力兵器が運用可能な機動戦力の投入は不可欠になる。
「そうなりますね。」
そこで問題が一つ。まず数がそろえられない。
戦車、装甲戦闘車、機動戦闘車、それぞれ、搭乗員は戦車長、砲手、操縦手の平均3名だ。
これを考えてダンジョンに投入できる車両の数は、100割る3で33両。
ダンジョン内で救援が必要になった時の予備兵力も考えて、約半数の17両が一度に投入できる最大量だろう。4両1小隊と考えて、4個小隊が作れる計算になる。
無人ロボットで偵察した情報だと、ダンジョン内部は非常に広いらしい。
たった4チームでダンジョンの探査と攻略を行うというのは、無理とは言わないが非常に難しく長期的になると思うよ?
そして二つ目。補給が効かない。
ダンジョン内には補給部隊を随伴できない。その分だけ人員を割くことになるから、それだけダンジョン攻略用の戦力を割くことになる。それは容認できない。
だから、ダンジョン内部では無補給で行動することになる。
戦車1両の主砲の砲弾の保有数は約30発。4両で120発。帰りの安全マージンもとると、半数の60発。60匹しか魔物は倒せない。群れでこられればさらに減る。
20回ほどの戦闘で帰還する羽目になるね。それでどれだけ進めるだろうか。
ダンジョン内に補給拠点を作るにしても、そのために必要なコストや準備はどれだけだろう?
新たな補給基地を作るために既存の補給基地に物資を輸送し、さらにその補給基地へと物資を運ぶためにその前の補給基地に物資を輸送し、さらにさらにさらに……。
いずれその補給基地の維持のために戦線を拡張できなくなって、最終的には探索は停滞することになるだろうね。
仮に拠点を作れたとしても、敵地での補給だ。即座に完了できなければ危険だね。
戦車の持つ大砲や、機関砲の弾薬の補給はどれだけかかるだろうね。
まあ、従来の機甲車両で補給を行うことは非常に難しいと言わざるをえないね。
そして最後に、交戦距離が非常に狭い。
戦車の交戦距離は意外と広い。大体、500mから1500mが一番戦いやすい距離だろう。
戦車の主砲はそれ位の距離で戦うことを想定しているし、あまりに近すぎると主砲の取り回しが追いつかなくなるためだ。
しかし、ダンジョン内は戦車が走れるくらいには広いけど、4両も並べば通路をふさぐ上に非常に入り組んでいる。狙える距離は最も長いところを探しても300mはいかないだろう。
そんなところで戦車砲は使いにくい。近すぎるんだよ。
「しかし、それは戦車を基準に考えた場合でしょう?装甲機動車等の装備する機関砲なら、より近い場所での取り回しは容易なのでは?」
確かにその通りだ。装甲機動車は、今のところ一番ダンジョン攻略に適してはいる。
「それでも、“足りない”と」
その通り。能力が足りない。
これはさっき言った、暴走時のダンジョン内部を撮影した無人ロボの映像記録から判明したことなのだがね。
魔物は、ダンジョンの壁面から湧いて出てくることがわかっている。
「……湧いて出た?」
そう。ダンジョンの壁面から文字通り“湧いて出てきた”んだ。
多分、ダンジョン攻略部隊が全滅したのもこれが原因だろうね。いきなり隣の壁面から魔物が湧いて出てきたんだ。交戦距離なんてゼロに等しい。戦車はそんな距離での、ましてや未知の魔物の攻撃なんて想定していない。あっという間に全滅さ。
装甲軌道車でも、そのあたりは変わらない。肉薄されたらひとたまりもないね。
「……」
あーあ。どこかに一人で動かせる機動兵器がないかなー。チラッ。
例えば、火器類の交換が容易で、弾倉交換式の高火力兵器が運用可能なだったら便利だなー。チラッチラッ。
交戦距離が300m以内で、いざとなったら近接距離でも戦闘できるといいかなー。チラッチラッチラッ。
「…あー、つまり、それがMULSだったわけですね。」
その通り。一人乗りで弾薬は弾倉交換式。その弾倉も弾薬庫に格納されてそれごと交換可能。火器類はもちろん即座に切り替えが可能。二つのマニピュレーターのおかげでその他作業も含め一人で可能な上、その機械的自由度の高さから近接距離の接敵も対応可能。
おまけにそれを運用する搭乗員は、火器の扱いも含めて訓練済みと来た。
まさしくダンジョン攻略にうってつけ。すぐにでも投入可能。すばらしいね。
「しかし、そこには不必要なものがありますよね」
ふうん?何かな?
「訓練済みの搭乗員のことですよ。MULSがダンジョン攻略には必要なのはわかりました。ですが、搭乗員は訓練を施した自衛官でも問題ないはずです。すぐにでも投入可能って、まるで今すぐにでも攻略しなければいけないと言っているみたいじゃないですか。」
素晴らしい、君の言う通りだよ。
事実、自衛官のMULS操縦訓練はすでに行われているよ。ネットゲームっていう、実績のある訓練シミュレーターがあるからね。
そして、彼らの成熟は間に合わない。すぐにでもダンジョン攻略に乗り出して、何でもいいから成果を上げないといけない。
「それは何故ですか。」
外国からの圧力があるから。
今現在、国連はダンジョンの処理を自衛隊から多国籍軍に切り替えようと圧力をかけている。
これはダンジョンが見つかった時から言われていたことだったけど、とりあえずダンジョン内への封じ込めはできたから、今まで深い追及は行われていなかった。
ただ、1年もダンジョン攻略の足掛かりすら見いだせなかったからしびれを切らしてきているのさ。
彼らの狙いはわかるかい?
「ダンジョンから採取される、未知の新物質…」
はい正解。今まであまりやる気のなさそうだった国連が、ダンジョンの発生原因を早急に突き止める必要があるって、いきなりダンジョン内部の調査結果を要求してきたのさ。
ダンジョンの発生原因を調べるのは、各国の安心と対策のために不可欠であり、それは当事国である日本の義務であるって。
まあ、何も調べてないってんで日本からダンジョンを取り上げようとしてるのは明白だね。
「別にいいのでは?仮に彼らに被害が出ても、死ぬのは日本人じゃない」
そうも言ってられないよ。自国の領土によその国の軍隊が駐留する?冗談じゃないし、せっかくの日本で産出する貴重な資源だよ?手放すのは惜しい。
何より、彼らは日本国民を守らない。
それは我が国が行うことであり、彼らが行うのはダンジョンの解明と制圧だ。
彼らは何でもするだろう。そして、その行動のツケは日本が払うことになる。
例えば、何らかの理由で…そうだな、ダンジョン内の魔物をすべて殲滅しようと、さんざんダンジョンを暴走させて中の魔物を空にしようとしたとする。
その結果、収拾がつかないほどに魔物が溢れ出し、ついに多国籍軍が壊滅したとする。
その時、自衛隊は魔物たちに対処できるのかな?自衛隊の装備は多国籍軍よりは少ないだろうからね。対処できずに突破されるかも。
さてここでクエスチョン。突破された魔物たちが襲うのは、どこの国の人間でしょーか。
その時、助けてくれる国はどれだけいるだろうね。どうせ死ぬのは日本人だもの。
「そ、れ、は…。さすがにないのでは…」
まあ、絶対に起こるとは言ってないよ?彼らにだって良心はあるあろう。ついでに社会的な立場というものもね。
ただまあ、事故としては起こるかもね。どっちにしろ死ぬのは日本人だけどね。死んでからじゃ遅いけどね。
「……。」
そ し て、その決定権を国連は寄越せと言ってきているのさ。俺たちのためにお前は俺のやることに巻き込まれろってね。
冗談じゃないよね?
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「わかったかな?今の私たちは、ダンジョンを探査して何らかの成果を上げなければならないし、ダンジョンを調査できる能力があると世界に証明しないといけない。そのためにはMULSの運用が不可欠だし、その搭乗員は自衛官を育成していたんじゃ間に合わない。だから、国民から動員するしかないのさ。」
「……」
しばらくの沈黙。そして、重々しく彼は口を開いた。
「事前に訓練はできなかったのですか」
「わかってて言っているだろう。我が国はダンジョンが国内に出現することを想定していないし、MULSを運用することを想定していない。この事態を察知できるというなら、ぜひともその方法を教えてほしかったね」
その言葉に彼は一度口をつぐむ。
「民間人を登用しなければならないことについては、わかりました」
しかし、と彼は続ける。
「MULSはゲームの中の存在です。物理法則を再現しているとはいえ、そんなもの本当に作れるんですか?いや、作れたから法案を通したのでしょうけれど」
あー。うん。それね。それなー。
「開発者本人に聞いてみるといいんじゃないかな?今からなら、西富士駐屯地でMULS搭乗員相手の説明に間に合うだろう」
うん、それは良い。それがいい。
彼も納得してくれた。
「そうですね。では、私は早速―――」
「このことは私の発言として記事にしないでね。あくまでも君の私記か何かにすること」
あ、舌打ちが聞こえた。まあ、釘さしとかないと何でもするからね。君たち。
「わかりました。では、今度こそお暇させていただきます。」
「ちゃんとアポイントは取っておきなよー」
そう言い、奥の手すりの向こうに身を躍らせるジャーナリスト。本当に壁を上ってきていたのか。イッツNINJA。
その時、背後のドアが開かれた。
「あ、いた!こんなところにいたんですか。探しましたよ!」
スーツの男がそこにいた。息を切らし、少し服装が乱れている。今まで探していたらしい。
「やあ、ちょっと休憩していた。」
「そうですか。私たちを走り回らせた中での休憩はさぞおいしかったでしょうね」
「まあまあ、許してくれよ」
「はあ。もうみなさん集まっていますよ。そろそろ記者会見の時間です。総理。」
「わかった」
そう言い、私は階段を降りる。今から、先ほどの話を国民に向けて説明するからだ。
先ほどのは、ちょうどいい練習台にはなったか。
気が滅入るのは相変わらずだがね。
はぁ。
はい次、機体解説編!
ツッコミどころは無視して進むYO。