4-9 計画がない!
「はいというわけで緊急対策会議を始めます!」
とある一室で、椿さんがそう宣言した。
ここにいるのは椿さん。蓮華さん。そしてミコト、つまりは私。
「あの…、私もいて大丈夫なんでしょうか…」
「参考人としてむしろ積極的に参加してくださぁい!」
蓮華さんに対して椿さんは全面的に肯定する。
彼女と私は、まとめてこの部屋に連れてこられていた。
「それを何でここでするのか説明してほしんだけど」
研究棟。お義姉ちゃんの、美冬さんの研究室に。
「いやあ、すみません。ここしか女子だけで話せる場所がなかったもので…」
そう椿さんが言う。
確かに今ここにいるのは椿さん、蓮華さん、私、美冬お義姉ちゃん。全員女性だ。
「…、それで、一体何の話をしたいの?くぁっ…」
あくびをしながら、美冬お義姉ちゃんが言う。
いつもはしっかり者のお義姉ちゃんが人前でそんな姿をさらすのは意外だ。
「お義姉ちゃん。どうしたの?」
「ああ、いや…。単純に寝不足…。」
お義姉ちゃんはそう言った。
「何で?」
「コアの制御に使う伝達手段が判明したのは知ってるでしょう?それの解明に今ほとんどの時間を費やしてて…。寝る時間も…。くぁっ…」
「寝る暇もないの?」
「いやもう新しい構造と性質と仕組みが解明されていくのが面白くて面白くて。気が付いたら朝日が…」
「お義姉ちゃん…」
私はちょっと呆れる。昔からそういったことはあったが、それが今回も出た訳だ。
比較的真面目そうに見えても、というか真面目だからそんなことになるのかなと昔から思ったり思わなかったり…。
まあ、たぶん。いろいろな他のことよりも素材について知りたいという欲求が強かったからの結果なのだろう。そう思うことにした。
「だから…。できれば他の部屋でやってほしいのよね。ちょっと、一息、入れたい…」
重く下がり始めた瞼に抗いながらお義姉ちゃんはそう言う。本当に眠そうだ。
「あちゃあ、じゃあちょっと他の場所に言った方がいいかもですね」
「あの、そもそも何の会議をするつもりだったんですか?」
椿さんに対して蓮華さんがそう言う。確かに、部屋を移るにしろここでするにしろ、何の話をするのかも知らずにつれてこられていた。
一体何の話なのだろう。
「うん?そりゃあ、ミコトちゃんと樹君のデートについての緊急対策会議ですよ?」
・・・・・・え?
「わ、わたしの!?」
「ここでやっていきなさい。私も参加するから」
「お義姉ちゃん!?」
驚く暇もなく、お義姉ちゃんが目をカッ!と開かせてそう言った。
「あの、お義姉ちゃん。寝てなくていいの…?」
「寝てる暇なんかないでしょ。ミコトあんた、今のまんまでうまくいくと思ってるの?」
「うっ…」
「言い方悪いけど、あんた中卒で引きこもってたのに男の人とデートなんてやり方知ってんの?」
「ううっ!」
は、反論できない。
実際どうすればいいのかわからない。
だからと言って、他の人にいろいろいじられるのは嫌だ。
何か、何かこの状況を打開する手は…。
視線をある方向に向ける。その先には、今まで沈黙を保っていた蓮華さんがいる。
彼女なら、彼女なら何かフォローを…。
「そ、それは成功させないといけませんね。絶対に!」
蓮華さんはそうはっきりと言いきった。
その目には、恋愛話に飢えた女性特有の目をしていた。
「ひっ」
に、逃げ場がない…。
そう思った時には、既に包囲網が形成され、逃げることなど不可能になっていた。
罠にはめられた私のことなど歯牙にもかけず、彼女たちは話を進めていく。
「さて、そう言うことなら心置きなく今週末のデートプランについて話を詰めましょうか」
「そうね。義妹のことだから誘っておいて碌なデートプランも組んでないでしょうし、むしろ市街地に何があるかすら知らないかもしれないし。まずはそこからね」
「失礼ですが、それ以前に彼女の私服って大丈夫なんですか?」
「そこは大丈夫よ。以前私が選ばせたから。…たぶんその一張羅しかないでしょうけど」
「まあ、今回は時間もないしそれで行きましょう」
「あの、一ついいですか?」
「はいはい蓮華さんどうしました?」
「いえ、大したことじゃないんですけど…。樹君とミコトちゃんの馴れ初めって、実際どんな感じだったんですか?」
「……………」
「……………」
「その、私あとからここに来たので、そのあたりのことがよくわからなくって…」
「いやいや蓮華さん問題ないです。確かに私も詳しいところは知らないですね」
「そうね、そう言えば気が付いたらそんな雰囲気であのバカの後押しもあったから気にしなかったけど、私も知らないわ」
「今後の展開を考えるためにも、まずはそこから詰めた方がいいんじゃないかと思うんですけど」
「ふうむ。一理ありますね。確かにその通りです」
「義姉として、そのあたりも把握しておいた方がいいかもしれないし。…というわけでミコト、逃げるな」
グリンッと、3っつの首、六つの目玉がこちらを見た。
彼女たちの注意が私から逸れたのを幸いに、ばれないように慎重に入り口のドアへと逃げ出そうとした矢先のことだった。
「ひ、ひいいいいいいいい!」
脱兎で逃げようとする私。ドアまでもう少し。もう手が届く。
「逃げちゃダメです!」
その寸前で、腰に衝撃。
腰にがっちり手を回し、蓮華さんがこちらを拘束したのだ。
「は、離して、ください」
「大丈夫です。貴方の為、貴方の為ですから!そのためにちょっと樹君との馴れ初めを聞きたいだけですから」
―――コイバナ聞きたい!
言っていることはまともそうに見えるが、その顔からはそう言っているようにしか見えなかった。
「ミコトさん。大丈夫ですよ。誰にも言いませんって」
「観念して全部吐きなさい」
そして、悠々と近づいてきた残り二人に肩を掴まれる。
「い、嫌!」
私の言葉は聞き入れられなかった。
みるみる引き離されていく、唯一の逃げ道。
「嫌あああああああああ!」
私の叫びは、研究室用に用意された防音設備のおかげでその外へと漏れることは無かった。
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——ガチャリ。
本来施錠されているはずのそれは、さしたる抵抗も見せずにその機能を放棄した。
「呼ばれてないけどジャンジャカジャン。大矢のアニキのお通りだよー。…お前らなにしてんの?」
防音と施錠で外界との緩衝が断たれていた美冬の研究室に侵入した大矢 光彦は、目の前の状況に一瞬だけあっけにとられた。
そこにいたのは、
「お、お兄ちゃん…」
若干半泣きの妹ことミコトと、
「あらやだ大矢さんどうしたんですか?」
「そ、そんなことより話を早く、早く…!」
その妹にたかる小隊隊員の椿と蓮華。
「………」
そして睡眠不足で完全に沈黙した美冬だった。
「いやだからお前ら何やってんの?」
「お兄ちゃん。た、助けて…」
「さあさあミコトさんいい加減に吐きなさーい。樹君と二人、MULSも壊れて生身でダンジョンから脱出しようとした最中、押し倒されてその上で乱暴されたんでしょう!?」
「フンス…フンス…!」
「椿さん言い方!機関砲弾が頭の上を通るから頭を下げられただけです!」
「…ああ、コイバナさせられてんのね」
「わかってるなら助けて!お兄ちゃん!」
そんなミコトの要請も素知らぬ風で美冬の元に向かっていく大矢。
「ちょっと聞きたいけど、美冬何でダウンしてんの?」
「ああ、寝不足だそうですよ。ギリギリ無理してたみたいでついさっき寝落ちしました」
「成程、いつものことね」
「美冬さんにご用事なんですか?」
「そうだよ。まあ、研究してるやつで何か面白そうなモン見つかってないかデータもらいに来ただけなんだけど、この様子じゃ無理か」
勝手知ったる様子で毛布を取りだし、美冬の体にかけてやる大矢。
その大矢の様子に、若干2名の目が怪しく光る。
「へへぇ。その様子だと、よくあることみたいですけど…」
「まあねぇ。美冬らが基礎研究だ何だで開発したものはそれだけじゃ価値がないし、俺たち技術屋はモノ作りたくてもその為の必要条件を満たした原理だ素材だってのがないと作りたくても作れないからなぁ」
「ほほう協力し合っているわけですね?」
「まあそう言うことだね、美冬が見つけて俺が作る。そんで売り払う。まあ、マーケティングはまた別の奴がやるんだが…、まあ、長い事美冬とは関わってんな。ガキの頃からだからもう腐れ縁だわ」
「ほほう、フヒヒヒヒヒヒ…」
「フンスフンス…!」
その言葉に変な笑い声をあげる椿と鼻息を荒くする蓮華。
そんな様子を知ったうえで無視し、大矢はミコトに視線を向ける。
「そんで。ミコトはアレか、週末デートだからって名目でおもちゃにされてる訳か」
「う、うん…」
「んでおもちゃにされてるから助けてくれと」
「うん…」
「…ミコトよお。変なデートプラン組み立てるよりも手っ取り早い方法あるけど、聞くか?」
「何!?」
大矢の提案に食い気味に答えるミコト。その反応は現状の脱却を目論むが故にものすごく速い反応だった。
「お兄ちゃん許可するから、適当に人気のない場所とか個室の休憩所とかに樹君連れ込んでヤることヤッちゃいなさい」
「お兄ちゃああああん!」
大矢の一切隠さない発言に絶叫する羽目になった。
「まあ、手っ取り早く確実な方法じゃありますよね。樹君ならなんだかんだ責任とってくれるでしょうし、金銭的には責任とれちゃいますし」
「そ、そうですね。未成年ですけど、状況が状況ですし、黙認、黙認です!」
「それは、否定しませんけど、でも…」
大矢の言葉に賛同する二人。その三人に、ぐずついた様子で口ごもるミコト。
「といってもなあミコト。お前、結婚とかしたくないわけじゃないだろ」
そのミコトに対し、諭すように話しかけたのは大矢だった。
「そう、…じゃ、ない…けど…」
「だろ?けどさお前、樹君以外に相手になりそうな奴いるか?ていうか、将来そんな奴が出てくるイメージ湧くか?」
「それ、は…無いけど…」
「だろ?正直お兄ちゃんもミコトの将来が美冬と重なって不安しか感じんのよ。まあそれを不幸だとは思わないかもしれんけどさ。それと同程度には悪くないと思ってんだろ」
「……まあ、それは…」
「だろ?じゃあ、その程度には興味持たれるよう動くしかないじゃんね。別に必ずしっぽり絞り取れとか言わんけど、じゃあ代わりの何かはいるんじゃない?」
「……」
その言葉にミコトは黙り込む。実際問題、心の底では理解できているのだ。
樹に関して不快感はない。少なくとも別に構わないとまでは思えた。
「…けど」
ただし、
「楽しむ為に私のことを根ほり葉ほり聞かれるのは、嫌」
まさしくそれが嫌だった。椿や蓮華のそれは、デートプランの参考にという名目で、その実ただのコイバナ聞きたいだけだというのが、先ほどからの行動から容易にわかることだった。
樹は別として、彼女たちに話すのが嫌なのだ。
「あー、まあ、そうね…」
そのことに、大矢は歯切れ悪そうに同意する。大矢もそのことには同意するので、反論することができないのだ。
「じゃ、報酬ということで」
ただし、椿達からすればそんなもの知ったこっちゃなかった。
「…え?」
「樹君も大満足なデートプランを構築する代わりに、樹君との馴れ初め話を教えてください!」
「いや、あの…」
「お願いしますよおおおおお!土下座でも何でもしますからああああ!」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
いきなり土下座を始めた椿。ミコトはそれを制止しようとする。
しかし椿は立ち上がらない。それどころか、蓮華さんまで土下座をし始める。
「ごめんなさい。お願いします」
「れ、蓮華さん!?」
「自衛隊内に女性はやっぱり少ないんです!その分会話もないんです!コイバナもないんです!お願いします!教えてください!」
「落ち着いてください、二人とも!」
二人そろって土下座を始める椿と蓮華。その状況にミコトは狼狽えるしかなかった。
「じゃ、ここに要は無いし。あとは女性だけで楽しくやってちょうだい」
「お兄ちゃん!」
話を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、自分はすたこらと部屋から出ていく大矢。
後に残るのは姦しい女性と悪化したミコトに対するコイバナYOKOSEの大土下座。
結局、ミコトは土下座を続ける二人を落ち着かせるために、自分の体験談を最後までする羽目になったのだった。