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歩行戦車でダンジョン攻略  作者: 葛原
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4-8 部隊運用が変わります



「ただいま戻りましたー」


今回の探索は順調に終え、僕たちは今日もミオリさんのところに記録の提出に訪れていた。

部屋へと入る直前、僕は室内をすばやく確認する。


「そんなに警戒しなくても、関はいないわよ」


僕の様子を見てか、ミオリさんがそう言った。


「すみません」

「まあ、無理もないわね。いきなり知らない男から泥棒猫呼ばわりされたら、警戒の一つもするでしょう」

「ええ、まあ…。結局、あの人はどうなるんです?」


僕はミオリさんにそう聞いた。

あの関という男、やったことは漏らすなと言われた秘密をバラしたということになる。ばらしたのは防衛秘密。当然、ただで済むはずがない。


「罰なら今与えているわよ」


ミオリさんはさも問題ないという風に言い放つ。僕はその言葉に違和感を覚えた。

関のやったことは犯罪だ。対処するのは警察の領分のはずなのだ。

それが、自衛隊内での処罰。どういうことだ?


「罰、ですか?いったいどんな罰を?」

「トイレ掃除」


ミオリさんは、あっけらかんとそう言った。


「トイレ掃除?」

「ええ、トイレ掃除」

「トイレ掃除が、罰ですか?何でそれが?」


ミオリさんは僕とミコトさんを交互に見た。


「早い話が、貴方たちと同じことよ」


ミオリさんが言っていることは、僕たちが市街地にMULSで飛び出した時と同じというものだった。

つまり、僕たちはダンジョン攻略に徴兵されてここにいる訳で、何故そうなったかといえば僕たち以外にはできないからだった。

それを多少問題行動を起こしたくらいでやれ営倉だ何だとやっていると、ダンジョン攻略が遅々として進まず、それで困るのは国連に提出する資料が用意できなくなる日本政府。


おまけに言えば、それらの問題を起こしても結局は下手をしたら殺される可能性があるうえに死体を回収することも困難になりかねないダンジョン攻略に参加させられるよりはましだという可能性もあった。

早い話、死刑にならないなら犯罪者になった方がマシと考える輩が出てくるかもしれないのだ。

じゃあ、徴兵された彼らだけは命令違反で銃殺にしてしまえと思っても、そこは腐っても法治国家日本。そんなものが許されるはずもない。

おまけに殺してしまったらダンジョン攻略に参加させる人間が減る。結局は日本政府の首が閉まるだけ。

結果として僕たちを縛る法と罰は、その機能を完全にマヒさせてしまっているのだった。


「けど、防衛機密の漏洩って確か犯罪でしたよね。警察に捕まえられなかったんですか?」


僕は新たな疑問を口にする。そうはいっても日本は法治国家だ。しかも、ネットにでかでかと機密を流し、その中にご丁寧に流出者の名前も添えていた。

捕まえないというのは無理があるはずだ。


「こうなることは、政治家たちも予測していたみたいなのよね」

「どういうことです?」

「政治家たちの責任回避能力が働いたってことよ」

「……?」

「防衛機密に指定されていなかったのよ」


僕は目玉が飛び出るような思いをした。

言いたいことは解る。


防衛機密の漏洩は犯罪だ。やってしまえば下手人である。

では、その機密とは何か?どうやって決めるのか。

答えは、機密だと“指定されたモノ”になる。

要は「これは防衛機密ですよ」「わかりました。これは防衛機密ですね」「はいこれは防衛機密です。記録に残しました」「ではこれをちゃんと秘密にしましょう」「はーい」

と、事前に機密だと決めておくわけだ。

そうしないと機密の基準があいまいになるうえ、後出しで「これは機密に指定されました、貴方は機密を漏らしました。逮捕します」といった問題が出てくることになる。

だから事前に何が機密かを決めておく必要があるのだ。

では、その機密に指定されていないものを公開したらどうなるか。


答えは無罪だ。機密じゃないから当たり前。


「そして機密の中に、僕たちが撮った記録は入っていなかったんですか」

「貴方たちが勝手に動画を投稿してその責任を追及されても、『機密じゃないから問題ない』と言い張るためにでしょうね」

「それ、問題ないんですか?」

「今、そのことで国会は大論争になっているわね」

「言いたくないんですけど、大丈夫なんですかこの国」


ミオリさんは肩をすくめた。

とにかく、現時点でダンジョン探索の活動記録は機密に指定しておらず、故にそれをばら撒いた関は法的には一切の問題がないということだった。


「だけど罰は与えるんですね」

「禁止していたことをやったわけだから、まあ当然ね。今回は既知の情報しかなかったから問題ないけれど、機密指定のモノや未知のものが入っていたら逮捕されるのだから」

「僕たちが犯罪者にならないためにも、変なことはするなと」

「まあそう言うこと」

「だからといって、トイレ掃除ですか…」

「1日2日で終わる罰に似たものはそれしかないから仕方ないわ。ミコトさん。貴方はまた、トイレ掃除したいかしら?」


ミオリさんはミコトさんに話を振った。


「え、っと…。それ…は、嫌、です。はい。」


いきなり話を振られ、しどろもどろになりながらもそう答えるミコトさん。実際に体験した懲罰トイレ掃除受刑者第1号の彼女にとっても、あのトイレ掃除はきついのだろう。

何せ全て手作業で掃除なのだ。しかも、施設すべてのトイレだ。嫌気もさすというものだ。

まあ彼女の場合、トイレ掃除が嫌だと言っても勝手な行動を控えることは無いのだろうけれど。


「…まあ、そう言うことで多少なりとも罰にはなる訳ね。長時間拘束することもないからダンジョン探索にも支障は出にくいのだし」


というわけで、関の罰はトイレ掃除に決定したわけだった。

そしてこの日、今後僕たち徴兵組が問題行動を起こした時の基本的な懲罰はトイレ掃除に決まった瞬間だった。


「はい、今日の記録も確認しました。お疲れさま。明日も頼むわね」

「はい。じゃあ、失礼します」

「ええ、…あ、ちょっと待ちなさい」


世間話も切り上げ、提出物の提出も終わってさあ帰ろうとしたところで、ミオリさんに呼び止められた。


「どうしたんですか?」

「貴方たちにも言っておくけれど、ダンジョンの探索をシフト制にする予定なの」

「シフト制ですか?」

「ええ貴方たち、ここまで休みなしで働かせていたでしょう?」


そう言えばそうだった。

MULSに乗れるという好条件だったので忘れていたが、僕たちは徴兵されて一カ月、そして休暇を挟んで一カ月。休みなしでダンジョン攻略に参加させられていたのだ。

日が暮れる頃には仕事は終わりだったが、これではブラック企業と変わらない。

おまけにMULSの方もピカピカの新車とはいえ戦闘に参加させられ、同じく2カ月ほど休みなしで酷使され続けている。

肉体的精神的、そして乗る機体的にも、適度な休息が必要だった。


「幸い徴兵初期ほどの緊急性はなくなったから、長期的な活動が可能なように部隊の運用の仕方を変えていくことにしたのよ」

「それで、シフト制ですか」

「まあ、そう言うことね」


変更になった点は以下の通りだ。

小隊を5小隊30機ごとの三つのグループに分け、それぞれが一日ごとに役割を変えてダンジョンを攻略していく。

役割は三つだ。探索、補給と休養、そして予備待機。

探索は今までと同じだ。ダンジョンに入って内部の骸骨たちの間引きと、資源の回収。

補給と休養は文字の通りだ。MULSの整備と修理を行い、ドライバーの僕たちは休みを取る。

そして予備待機もまあ、そのままの意味だ。整備を終えてドライバーの休養も終えたチームは、整備した機体の点検やその他テストも兼ねて、探索のシフトに入ったチームに何かあった場合のバックアップとしてダンジョン基地にて待機しておくというわけだ。

探索班がダンジョンを探索し、前日に探索を行ったチームはその日は休日、それ以外は予備として待機。というわけだ。


「今週末から始める予定で、その時に貴方たちも休養に入ってもらうつもりだから、そのつもりでいるように」

「あ、はい。わかりました」

「あと、樹君」

「はい?」


ヒャッハーお休みだああああと喜ぶ大矢さんと椿さんが背後で騒ぐ中、ミオリさんが僕に一枚の封筒を渡してくる。


「何ですか、コレ?」

「今月の給与明細なのだけれど、貴方の分は確認と説明したいものがあるから、ちょっと開けてもらえる?」


言われた通り、中を確認してみる。前回見た時とまあ変わらないか。一般的なそれよりは給金の額が高いのも前回通りかな。

そう思って総支給額の欄を確認してみる。ん?桁が異常に多い。桁がひとーつふたーつみーっつ……。


並んだ桁の数は、合わせて九個だった。


「億!?」


思わず叫ぶ。何だこの額。一般的な社会人の生涯給与を軽く超えている。


「どういうことですか、コレ!?」


思わずミオリさんに聞く。いくら僕たちの給与が比較的高めとはいえ、これは流石に桁が違う。

こんなにもらうだけの仕事をしたのか、僕には理解できなかった。


「落ち着いて、ちゃんと説明するから」

「はい……」

「まず、給与明細をもう一度、詳しく見直してくれるかしら」

「はい」


言われ、僕は手にもつ紙切れをもう一度よく見直す。特に、支給の欄のところ。

基本給、手当、順にみていくが、そこは以前と大して変わらなかった。

ただ一つ、そこだけが明らかに違い、そしてそれが僕の給与の桁を上げた原因だった。


「何ですか?この、略取明細って」

「わかりやすく言ってしまえば、ダンジョン内の回収した資源に対する買い取り額ってことね」


先月からダンジョン内の資源を回収すると、回収した量に応じて給金が支払われるようになっていた。

そのダンジョン内で回収した資源の額が、この略取明細と書かれた項目というわけだ。

ただそれにしてもその額はおかしい。それに、


「それでもこの額は高すぎませんか。それに僕、ダンジョンの中で資源なんて採集してませんでしたよね」

「いいえ。貴方はそれだけの価値のあるものを、ダンジョン内から持ってきているわよ」

「どういうことです?」


ミオリさんはそう言った。そして確かに、それは僕がダンジョン内から持って帰ってきたものだった。


「コアがね、とても高く売れたの」

「コアって、骸骨の?」

「ええ」

「売れたって、何処にです?」

「諸外国よ。というよりアメリカね。研究用に捕ってきてもらったものだけれど、それをほかの国が知ってうちにも寄越せと騒いできたのよ。」

「マジですか…。いやけど、あれって結局は骨粉ですよね?何でそんなに高くなったんです?まあ、馬鹿でかい宝石に見えますから高くなるかもですけど、骨粉ですよ?」

「彼らが求めたのは、コアの持つ中身の方よ。骨粉に限定しているけど、それを念力のようなもので操っているのはコアでしょう?コアは、そのメカニズムを持っているの。おまけに、それを制御する中枢は人類が関わっていないもの。つまり、人類のそれとは違う概念で構成された制御方式である可能性が非常に高いの。だから、彼らにとっては喉から手が出るほど欲しいものなの」

「だから高い値段で売れた。と」

「数も足りなかったからすごい勢いで値が吊り上がっていったらしいわよ。そして、その代金がソレ」

「よく払う気になりましたね、日本相手に」

「そもそもダンジョン内の取得物は、法的には取った個人の取得物だからよ。日本はその窓口をしただけ。流石に個人から取り上げるのは世間体を気にしたみたいね」

「成程。ただ、あの時は僕以外にも仲間がいて、安全にコアが採取できたんですよ。僕だけがこんなにもらって大丈夫なんですか?」

「貴方以外にコアを摘出できた人間がいなかったから問題ないわ。それに、あの時参加した人たちには別で報酬を分けているから。それも含めて、そこにある数字が貴方の取り分」

「マジデスカ…」


僕にはそう呟くことしかできなかった。


それ以上の話は無く、僕たちは部屋を出る。

その間何度も手にもつ紙切れに書かれた数字が間違いないか確認したが、その数が減ることは無かった。


「これ、どうすればいいんだ」


僕はその事実に対し、そう呟くことしかできなかった。

そりゃ、楽して稼ぎたいとは思ったし、働かないで済むならそれでいいと思わなかったことは無い。

けど、今まで桁三つ四つの小遣いで生きてきた僕に、いきなりさらに5つほど上の桁のお金をもらっても、どうすればいいかなんて思いつくわけがなかった。

「わーいこれで生涯ニート生活だぁ!」と喜ぶにも徴兵されてるので仕事はしなきゃならない。

本当に、どうすればいいんだ。この金。


「好きに使えばいいんじゃないの?」


僕の困惑を読み取ったのか、大矢さんがそう言った。


「好きにって言っても、何に使えばいいんですか」

「うーむ。…100円ジュースが好きなだけ買える?」

「何万本飲めば消費できるんですか。そんなに飲みきれませんよ」

「じゃあ、ギャンブルに突っ込んでみたり?もしくは株か」

「ギャンブルはしませんし、株はノウハウ知りません」

「じゃ、貯めておけばいいんじゃない?」

「やっぱそうなりますか…」

「お金は腐らないからね。このご時世」


結局はそこに行き着いた。まあいつか入用になった時に使えばいい。

人間、いきなり意図しない大金を渡されても、その使い道なんて一切思いつかないものなのだ。

そして、僕はもう一つのことに考えを巡らせる。

それは休暇のことだ。今週末、僕たちは休暇に入る。

僕たちの小隊が、だ。つまり、


「ミコトさん」

「なに、樹君?」

「今週末、市街地の方に行ってみる?」

「……え?」


ミコトさんも休みだ。以前、ミコトさんと市街地の方に行ってみる約束をしていた。

今度の休みと言っていたし、ちょうどいいかもしれない。


「ほら、前、一緒に行こうって言ってなかったっけ」

「え?あ、うん。…うん!言ってた」

「じゃあ、週末で大丈夫?」

「だ、大丈夫!」

「了解。じゃあ、そう言うことで」

「う、うん!」


約束は取り付けた。市街地の方がどうなっているのかは気になっていたし、ちょうどよかった。


そして、僕たちは今日の作業も終了。解散して、各々が勝手に動き出す。

僕も自室に向かった。


その背後で、椿さんが何やら不敵な笑みを浮かべていたことに、僕は気づかなかった。





ひゃっはあああああああ!


ボッダボダアアアアア!

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