4-7 初見殺し絶対殺す
さて、なんかわけわからん人間に目つけられたけど、僕は元気です。
今日も今日とてダンジョンで探検だ。
今日のお仕事は昨日の無人機による調査で得たデータの確認作業になる。
無人機で大雑把な地図を作ったので、実際に歩いて詳細なデータをMULSのセンサで収集。その道が通路として使用可能かどうかの確認をしましょうということだ。
作業そのものはただ歩くだけだ。敵に遭遇しなければという前書きがあるが、危険なことは何一つしない。
もっとも、危険が一切ないわけではないのだけれど。
今現在、僕たちダンジョン攻略に駆り出されるMULSドライバーにとって、最も危険なのはダンジョン内に跋扈する魔物こと骸骨たちじゃない。
骸骨たちの攻撃がMULSの装甲を叩き割ったことは未だ無く、それ以外の攻撃手段である骨粉をコクピット内に侵入させての僕たちドライバーに対する直接攻撃には対策が打たれた。
つまるところ今の段階では、骸骨たちは僕たちMULSドライバーを殺傷することができないのだ。
じゃあ、僕たちに危険はないのかといえばそうじゃない。その危険は、目にみえない罠として虎視眈々とこちらを待っている。
それが僕たちにとっての最も脅威になり、そして今回の僕たちが最も注意しなければいけない危険だ。
その危険とは何か。
答えは『落とし穴』だ。
このダンジョン内において、落とし穴は下の階層へと落ちるだけだ。少なくとも、今までの記録ではそうだった。
別に即死させるための針が一面に敷き詰められていたりはしなかったため、ある意味では良心的なのかもしれない。
ただ、実際に経験した僕にとっては、とてもそんなことは言えなかった。
まず、落下する高さが10mある。生身の人間なら、下手をするとそれだけで死ぬ危険がある。
MULSのおかげでそれを免れたとしても、MULSがその落下の衝撃に耐えられるようには出来ていない。今僕の乗るMULSは落下に対する耐衝撃性を上げていて、落下しても脚部全損にはならないが、それでもダメージは免れない。落下中にバランスを崩せば変なところに荷重がかかってやっぱり全損だ。
仮にここで脚部が壊れてしまえば、MULSはそこから動けない。敵からすればいいカモだ。
おまけにその敵はそこらの壁を材料にできた砂人形。いくらでも湧いて出てくるし、いくらでも襲ってくる。
孤立無援でそいつらと戦闘だ。こちらの弾薬が尽きるまで。尽きてしまえば考える必要もない。
それを回避してMULSを動かせるようにしたとしても、待っているのは帰り道のわからない、地図を作ってもいない迷宮だ。
今踏みしめている地面が再び落とし穴に変貌する恐怖に怯えながら、手持ちの弾薬が尽きないように祈り、その先が地上へ繋がると信じて歩き続けなければならないのだ。
ダンジョン内での死者は、そのすべてに落とし穴が関わっていた。その成功率がどれだけかは、生き残った僕たち二人をダンジョン内で死んだ人間の総数で割ればすぐにわかる。
その二つの成功例でさえ、幾つかの幸運と、先に死んだ人たちの犠牲の上で成り立ったものだ。
事実上、落とし穴に落ちれば生きて帰ることは不可能と言えた。
下手をしたらなまじ希望がある分、生きるために這いずり回りより苦しむ羽目になる為に、落とし穴の先に即死級のトラップでもある方が良心的であるかもしれない。その時僕はここにいないのだけれど。
というわけで、ここから先はダンジョン内で落とし穴があるかどうかわからない未探査領域。
今回の探索のメインは落とし穴があるか無いかの調査ということになる。
ただまあ、ここで問題だ。この落とし穴、罠が発動する条件というのが少々特殊なのだ。
普通の落とし穴なら感圧式。つまり、ものが上に乗ればその重みで地面を偽装している落とし穴の天井が破れ、下に落っこちるモノが普通だろう。
ここのはそんな単純な代物じゃなく、人類が未だ実現していない超ハイテクなセンサーを落とし穴の起動方式に採用している。
その方法の名前は生命認識。つまり、熱やら何やらで生きてるっぽいと判断する僕たち人類のそれとは違い、完全に命の有無を識別して作動して、落とし穴を作動させるのだ。
そしてそのおかげで問題が発生している。お分かりだろうか。
落とし穴は生命認識で作動する。つまり、生命体を通路に通さないと罠が発動しないのだ。
これが感圧式なら鉄球でも大岩でも戦車でも転がして走らせれば罠が発動するのだが、生き物が通らないと発動してくれないというわけだ。
生きてダンジョンを攻略するためには落とし穴にかかりたくない。その為には、落とし穴がどこにあるのかを発見してしまえば二度とかからずに済む。
その為に必要なのは落とし穴がどこにあるのかを把握すること。その為に実現可能な方法は、実際に落とし穴を作動させる以外にない。
しかし、その為には誰かが通路を通らなくてはならず。そうなれば死ぬ。
それは本末転倒だ。
正直言って、殺意高すぎだ。絶対生き物殺すマンすぎる。骸骨は図体がでかい割にはMULSにダメージを与えられないのに、この差は一体なんなんだ。
あれか、落とし穴は一度存在を知られると二度と引っかかってくれないから、ばれないように絶対にぶっ殺すということなのだろうか。
「さって、と。それじゃあボチボチ始めましょうかね」
そんなことを考えているうちに、大矢さんがそう呟いた。今回の探索の準備が終えたらしい。今回も、探索の主役は大矢さんだ。
大矢さんは一機のボール。球状偵察機を肩のランチャーから放出し、それを一度MULSの腕で器用に捕まえた。
何故そんなことをするのかといえば、その後の行動がそれを説明している。
大矢さんは腰の弾薬庫に手を伸ばし、そこからあるものを取り出したのだ。
その取り出したものの大きさはすこぶる小さい。MULSの手では指でつままないと保持できない。
材質はアクリル製、軽さを追及して作られており、そしてアクリル製の棒を組み合わせて作られていた。
その中には何かが蠢いている。そのアクリルケースは檻であり、その中のモノをださないようにしているのだ。
「かわいい」
不意に通信に誰かの声が流れてきた。聞きなれない女性の声。
ふと見ると、MULSの一機が慌てたように身をのけぞらせるのが見えた。
アレは蓮華さんの機体だった。
「あ、す、すいませんっ」
一斉に他の皆に注目され、狼狽える蓮華さん。
まあ、気持ちはわかる。
僕はその折に入っている蠢くモノを見た。
それは檻に入るサイズであり、手のひらサイズ。ふさふさした毛におおわれた、
「ちゅー」
ネズミだった。もうちょっと詳しく言うと、モルモットという種類になる。
大矢さんはモルモットの入った檻をボールに取り付けると、それを再び宙へと飛ばした。
モルモットをぶら下げたボールはそのまま僕たちの目の前の通路を突き進んでいく。
もうお分かりだろうか。
ダンジョン内の落とし穴。これは生き物ならなんにでも反応する。
魚類、鳥類、爬虫類。そう言ったものもダンジョンは命ある生き物と認識したのだ。
それは哺乳類。目の前のモルモットも同じだ。
ダンジョン内の落とし穴、それがどこにあるのかは発動させないとわからない。
それに人は使えない。
ならどうするのか、答えがこれだ。
モルモットに先行させて、その命を使って落とし穴を発動させるのだ。
これなら僕たちドライバーは危険な目に遭うこともないから安心だ。
使われるモルモットからすればたまったものではないだろうが。
「ちゅううううううう……」
アクリルの檻に前足をかけ、さながら檻の前に立っている囚人のポーズで連れていかれるモルモット。
それは通路の行き止まりまでの中ほどまで進み、
「ああっ!」
蓮華さんの声と同時に、落とし穴が発動してその下へと吸い込まれていった。
丁寧に上から土砂を振らせて、飛んでたボールがはたき落とされた結果だ。
「落とし穴と舐めるなよ?上を通るものは全部落としてやる」
そんな気概の感じる、いっそ潔いと思うほどの落としっぷりだった。
「………」
無言で佇む蓮華さん。
「あの子、死んじゃったんでしょうか」
蓮華さんがふとそう呟く。答えたのは大矢さんだった。
「まあボールについてたし、生きてる可能性もなくはないけど…」
「そうですか…」
「どっちにしろ、MULSの電波が届かなくなったら自爆するようになってるから死んじゃったんじゃないかな?」
グリンと、蓮華さんのMULSの頭部が大矢さんの方を向いた。
「…え?」
「いや、え?じゃなくて。アレが生きてたらダンジョン内に侵入できるMULSの数が減るからね。生死不明の状態になったらしっかり死んでもらわないとダメなのよ。仮に生き残って繁殖したらそれこそネズミ算式に増えていってダンジョンが暴走状態になりかねないし」
ダンジョン内は生命体の数が100を超えたら暴走するようにできている。
ネズミもその数に含まれる。例外はない。
だから回収できない場合、しっかりと殺処分しないといけないのだ。
「…そうですか…」
そう呟き、蓮華さんは落とし穴の発動した通路の方を見た。
その通路は既に修復され、次の獲物がその上を通るのを待っていた。
「ここのデータは収拾完了。次に行こうか」
大矢さんはそう言う。僕たちもそれに続いた。
最後尾で、もう一度蓮華さんが通路の先を見る。モルモットに冥福を祈っているのだろう。
ただ、僕は知っている。
ダンジョン基地の敷地内にある、研究棟と呼ばれるその名前の通りの機能と役割を持っている建物。
その中で、あるものはダンジョンの骨粉から発せられる放射線が人体に影響がないかを知るために骨粉を下地にしたゲージの中で飼育されたり。
またあるものは骸骨がどれだけの骨粉を纏えば敵性をもって襲ってくるのかを知るために骨粉を纏ったコアに近づけさせられたり、
またあるものは骨粉が食用に適しているのかどうかを知るために餌として与えられたり、
それでも持て余す彼らを、困るからと殺処分していたり。
そうやって、モルモットたちが、文字通りの実験動物として毎日消費されて行っていることを。
蓮華さんに教えてあげた方がいいだろうか。
……
いや、いいか。知らないほうが幸せだということもあるのだ。
僕たちはダンジョン探索に戻っていった。
被告、作者
「何か言いたいことはあるか?」
そもそもこんなに書くつもりはなかったんだ。気づいたら落とし穴について丸丸一話…