4-6 MULSなぞ不要!
某所、とある建物の中。
「やーれやれ。面倒なことになったね」
先ほどあったとある相手との会談を思い出しながら、私はそう誰ともなく呟いた。
「それは先ほどの、中国大使からの抗議についてですか?」
その言葉を拾い、答えた人物がいた。
びくりと体を震わせて驚いたものの、その声を発した人物が誰かわかり、私はほどなくしてその体の緊張を弛緩させた。
「……君か、本当に君はどこから入ってくるのかね」
「お久しぶりです。総理」
そう言葉を続けた人物は、いつだったか、実質的な徴兵制が決まった時に現れた、フリーのジャーナリストだった。
「前回は曲がりなりにも建物の外だったから強く言わなかったけどね。ここは政府の施設なの。メディアが入ってきたらいけないんだよ。即刻退去してもらえないかな?」
「いやあ、前と同じように取材に応じていただけたらいいなと思いまして」
「人を呼んでつまみ出してもいいんだよ?」
「ああ、それは仕方ないですね。でもいいんですか?貴方の位置がほかの人にばれますけど」
「…むう」
その言葉に私は言葉を詰まらせざるを得なかった。
周囲にあるのは打ちっぱなしのコンクリートと、鉄で組まれた棚の列。そしてそこに納められた書類や事務用品。そして段ボール類だ。
人が活動することを想定せず、誰がどう見ても倉庫と言える場所。
話にあった会談の後、休憩を取るためにすきを見てこの部屋に逃げ込んだのだ。
ま早い話がサボりだ。
当然、他の人には私がここにいるなど把握していないし、そこにある鉄扉の向こうでは職員が私を探して右往左往しているのだろうことは容易に想像できる。
ここで人を呼べば、芋づる式に私も捕まってしまうのは明白だった。
このジャーナリストの取材を受けるか、サボりをやめて働くか。
「……何が聞きたいんだい?」
結局、私は彼の取材を受けることにした。働け?何のためにサボったと思っているのかね。
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「では早速。先の中国大使からも正式に抗議をなさられたと思うのですが、これは中国本国からの声明でもあった、歩行戦車MULSの配備による日本国とそれ以外との軍事バランスが崩れることに対する抗議でよろしいのでしょうか」
そうだね、後でニュースにも流れるだろうけど、その件で正式に抗議をされたよ。
まあ3カ月前に、徴兵始めた時にも講義はあったんだけどね。あんまり強いものじゃなかったけど。
「そうなんですか」
まあ、自衛隊の軍備拡張は否定できないからね。MULSとは別に防衛予算も大幅にアップだもの。
もっとも、元から専守防衛で最低限度の戦力しか持たないって憲法に書いてるから仕方がない。国内に自衛隊の存在が必要なモノが出てくるなんて思ってなかったからね。今までの必要最低限が根底から崩れてしまったんだ。
編成しなおさないとこの国を守れないんだな。
「成程、ありがとうございます。その上でズバリお聞きしたいのですが、この新たに配備された新兵器である歩行戦車MULS。この新兵器が中国の脅威になることは実際のところあるんでしょうか?」
……MULSはダンジョン攻略用に開発、配備しているが、これらを対外的な武力衝突。いわゆる普通の戦争になった時に効果があるかといえば、まああると言えるね。
「……」
20㎜の火器を携行した一人乗りの戦闘車両。しかも、他の車両では比較にならない高度なセンサーを搭載した代物。その人型の外見そのままに。言ってしまえば機械でできた歩兵が生まれたようなものだ。ライフル弾しか撃てないような歩兵じゃあ相対できない敵が徒党を組んで襲ってくる。
「ダンジョンの魔物が私たちを襲ったときみたいに、ですか?」
その通り。まさしく魔物と自衛隊のときと同じ状況だ。その関係が自衛隊と敵軍になってるけどね。
だから同じように、対抗できるのは装甲車の装甲を撃ち抜ける程度の火器を搭載可能な兵器がいるわけだ。
だが、そこで素直に装甲車を持って来れば、MULSの機関砲で破壊されてしまう。今までの魔物と違って、MULSは現代兵器で武装しているからね。
だから、それ以上の戦闘車両、つまりは戦車を出してくる必要がある。
「ええ、そうなりますね」
まあ厳密に言えば機関砲装備の戦闘車でもいいんだろうが。ひとまとめで戦車だ。
で、こうなると敵側に問題が出てくることになるんだ。
「それはなんです?」
戦車の相手は戦車なんだよ。強さでいったら、MULSよりも戦車の方がやっぱり強いんだ。20㎜の攻撃なんてへでもないし、主砲の攻撃でMULSは吹き飛んでしまうからね。
同じ戦車だとそうはいかない。戦車に対抗するために戦車があるんだ。敵の攻撃は耐え、相手の分厚い装甲を貫く。それができるのは戦車しかない。
戦車の相手は戦車なんだ。だから、戦車をMULSにぶつけることはできない。
もっとも、そうなるとそれ以下の戦闘車両が出てくる必要があるけど、ここで数の問題が出てくる。
前にも言ったけど、戦闘車両は一両につき大体3人くらいが乗っている。対してMULSは一人だ。どういうことかわかるかい?
参加する人数が同じなら、MULSは三倍の量で戦うことができるわけだよ。
敵はひとたまりもないだろうね。
だからまあ、効果があるかといえばある。とはいえるね。
「その割には、妙に引っかかる言い方をしますね」
そう思うかい?
「ええ。総理自身、そうは思っていないのでは?」
ふっふっふ。まさしくその通り。現実的に見た場合、MULSは「いらない」ってなるね。
「それは何故です?」
ではここでクエスチョンだ。本来敵の三倍の戦力で戦えるはずのMULS。実際には実現できそうもないんだ。それはなぜでしょうか。
「もったいぶらないで教えてくださいよ」
…君はつまらん人間だねぇ。まあいいや。そうなる原因は単純だ。思ったことは無い?MULSって一機いくらすると思う?
「…ああ、MULSの配備価格が高すぎて手が出せないんですね」
まあそう言うことだね。詳しいお値段は言えないけど、同じ重さの装甲車よりも構造はより複雑だし、部品点数も多い。高度な電子機器も装備だ。当然、お値段も上回ってる。
MULS一機配備するお金で装甲車を一両でも多く配備した方がいろいろ「使える」んだよね。
「しかし、中国が脅威と認識しているのは事実です。たとえば、MULSがあることで中国に日本が侵攻可能になるとかは無いのでしょうか」
まず今の日本に中国へ戦力を上陸させる意味はないし、それが可能な戦力も揚陸能力もないから想定すること自体あり得ない話なんだけど、まあいいか。
仮に中国侵攻をしたとしても、MULSは日本でお留守番だろうね。
「何故です?」
手間がかかるんだよ。MULSの保守整備は戦闘機のそれと似ててね、使えそうなものはそのまま使って壊れそうなものはユニットごと交換。工場で修理して再使用って流れなんだけど、その為には工場がないとできないんだ。
戦車みたいに3人もいる乗員のマンパワーは戦闘機もMULSも無いわけだ。だから、専用の整備師と整備拠点がいる。
つまり、MULSは戦闘機みたいに、特定の拠点を基準とした範囲しか動けないわけだ。拠点の外の新天地へ攻め込むためにはできていないわけだね。その為には敵地に拠点を作らないといけない。
実際、ダンジョン攻略に使っているMULSは基地から出てこないし、保守は近くの工場を借りて行っているし。
おまけに、戦車装甲車用の保守部品に加え、MULSのそれも運ばなきゃならない。その分だけ輸送能力が圧迫されるね。MULSを運んだら、それだけで補給線が圧迫して勝手に自滅しかねないよ。
だからまあ、日本のMULSが中国の土地を踏むことはまずないんじゃないかな?
仮に中国が脅威を感じるなら、それは日本へ侵攻するときだろう。まあ、その時もMULSは必要ないんだけど。
「それは何故です?」
そもそもの話、自衛隊の存在は国民に降りかかる驚異の排除が目的なんだよ?MULSがないから侵略者に負けましたって?そんな訳あるかっていうね。
MULSが無くても自衛隊は日本を守れるんだ。何故ならそう作ってるから。
だからまあ、中国の懸念はぶっちゃけ杞憂だね。
「では、何で中国はそのような抗議文を?」
日本への難癖。この国は軍拡しているぞ、攻め入ってくるぞ、その為の準備をしているぞ、こんな国を信用するのかほかの国は!?ってことだね。
日本の社会的信用を貶めて、弱体化させたいのさ。いつものことだよ。
「……」
まあ、世界の総人口の2割をそれ以下の国土面積、農地で養わなきゃいけない国だからね。その為には外へ外へと広がらないと食っていけないわけだ。その隣にいる日本はとても目障りな隣国な訳だね。
まあ隣国としてはたまったものじゃないのだけれど、だからと言って中国としてはやめるわけにはいかないのさ。
それをやめると国民が飢えて死ぬのは明白だ。
それをしろ、飢えて死ねと自分の国のトップが言う。
さて、中国では何が起こるかな。
答えは反乱です。
自国民を守らないトップなんぞ死んでしまえって訳だ。そして死んだら拡張主義のトップがやっぱり私たちを攻撃してくるわけ。
だからまあ、あの国はもうどうにもならないね。付き合っていくしかないんだよ。
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「……成程。お話、ありがとうございました」
「どういたしまして。一応言っておくけど」
「わかっています。出す時は私の私記で出すことにしますよ」
そう言って、そのジャーナリストは天井のダクトへと潜り込み、消えていった。
「…そこまでして特ダネが欲しいのかい」
目の前の光景に、思わずそう呟いた。
「あれで納得してくれたのなら、私としても願ったりなのだけれどね」
そしてそうも呟く。それは誰にも聞かれず、コンクリートに吸収されていった。
あのジャーナリストに言ったことに嘘はないが、言っていないこともある。
脅威なのはMULSじゃない。
本当に脅威なのは、それを操縦できる存在が民間に4万人ほどいるということだ。
これはMULSに限った話ではなく、銃器、戦車、戦闘機、そして船舶。果てはそれらの整備すら。
電脳スペースによる簡易でリアルなシミュレータが、国民に娯楽として提供されている。
勿論実際にある、運用されているものがそのままシミュレートできるわけではないし、ゲームは所詮ゲームだ。プロと同じ働きができるかといえば疑問は残る。
ただ、兵器の扱いを教える第一段階をすっ飛ばして教育を施すことが可能だし、実機とのシステム面での齟齬があったとしても、最悪MULSみたいにゲームのシステムをリアルに持って来ればいいだけの話だ。
まあ、早い話。
「採算を度外視して言ってしまえば、即席で数万越えの航空隊や艦隊を配備が可能というわけだ」
あっという間に日本が軍事大国へと早変わりだ。脅威でないはずがなかった。
問題だらけで実現することは無いだろう。ただ、出来ない。起こり得ないとは言えなくなってしまった。
何故なら、作ってしまったからだ。MULSというゲームの世界の兵器を作り、MULSを動かすパイロットをゲームプレイヤーから徴用し、その為に特別法まで作った。
前例がないと腰が重いのがこの国のお国柄だが、言い換えてしまえば前例があると結構すんなり話が動いてしまう。
MULSの存在は、その前例になってしまっていた。それは紛れもない事実だった。
「これから先どうなるかはわからないけどね。ま、そうならないように頑張らないとだねぇ」
誰にともなくそう呟く。そして、外へとつながる鉄扉が、外からの要因で開かれた。
その先に立っているのは、スーツ姿の男だ。
「ここでしたか。探しましたよ。総理」
物腰は柔らかいが、その声はとっても厳めしかった。
「やれやれ、休憩は終わりか」
「そもそも休憩する時間なんて無かったんですけどね!」
その男の講義もどこ吹く風。椅子代わりにしていた段ボールから立ち上がり、軽く伸びをする。
「急いでください。公務が押しています」
そう急かされて、倉庫から叩きだされる。
これからクソ忙しい総理としての仕事とご対面だ。
「次のはアレだっけ?ダンジョンの映像が防衛機密の漏洩に当たるかどうか」
「そうですよ。野党が水を得たみたいに騒いでます」
「はーやれやれ」
面倒くさいなあ。
はぁ。