4-3 mul-tuver
「ただいまもどりましたー」
「やっときたなこの泥棒猫!」
僕たちが今日のダンジョン探索を終え、部隊長の佐倉ミオリさんに報告しようと部屋のドアを開けた途端、その罵声が僕へとびかかってきた。
そして、その罵声をとびかからせた張本人は背後からミオリさんに引っ叩かれ、後頭部で小気味いい音を鳴らしながらその痛みで蹲らされていた。
「うごおおおお……」
「貴様は貴様で反省しろ。馬鹿者が」
後頭部を抑えて蹲るその人物に対し、ミオリさんが引っ叩いた人物に対してそう答える。
僕たちは目の前で起こった二つの事象にあっけにとられ、身動きが取れない。
「ああ、お帰りなさい。第3階層の探索は順調でしたか?」
こちら様子に気づき、そう声をかけてくるミオリさん。彼女の足元では未だにその人物が蹲っている。
そちらは非常に気になるものの、とりあえず僕たちはここへとやってきた目的を済ませることにした。
「はい。第3階層、入り口付近での探索は現状特に問題ありません。敵も探索範囲内では第2階層と同じ5M級の骸骨しか確認されていません。」
「罠の類は確認できましたか?」
「今のところは特に。地図データと6人分の行動記録はこちらになります」
小隊長の永水さんがスラスラとそう答え、提出物一式もまとめてミオリさんに渡す。
「結構。今日はお疲れ様。明日も頼むわね」
「はい。了解しましたけど……」
ここ最近で日常になり始めたやり取り、いつもならここで部屋を出ていくタイミングだ。
「この泥棒猫おおおおおお……」
こっちを、というか、僕を見て呪詛を吐くその人物がいなければの話だが。あ、ミオリさんに踏まれた。
「黙れ貴様」
「ふぐうっ…、この、泥棒猫おおおおおお……!」
なんなんだ。人のことを泥棒猫と呼びまくるこの人物は。
「……あの、ミオリさん。その人、誰なんですか?」
後頭部を踏まれながらも僕の目をしっかりと見据えて泥棒猫とつぶやく以上、僕がその泥棒猫の対象なのは間違いないだろう。原因はわからないが、こいつが僕に対して明確な目的をもってそう呟いているのは間違いない。
さすがに見て見ぬふりはできなかった。
僕の言葉に、ミオリさんはちらりと足元の人物を見、ため息をついてその足を外した。
負荷がなくなったことでその人物は起き上がることができ、そしてその人物の容姿が明らかになる。
歳は若い方だ。永水さんや大矢さんみたいに若者とか言われるほどではないが、僕のように少年とは言われないだろう程度。
青年。うん、おそらくその表現がぴったりくる。大学生とかそのあたりのまだ社会人にはなってないような雰囲気がある。
おそらくというのは性別に疑問が残るからだ。その人は非常に中性的な雰囲気を持っていた。
線のほうは非常に細い。男らしい肩の張り方もないし、女らしいふくよかさもない。つるペタストーンでいまいち体系がよくわからない。
身長もいまいちだ。悔しいことに僕よりは大きいけれど、165 cm程度で男性の平均身長よりは低い方になる。
顔のほうも整っている。ただ、こちらもいまいち性別がはっきりしない。目鼻はすっきりしているし男らしさも感じられるが、かといって男らしいというには少々年の割に幼い印象を受ける。
徹底的に中性的。そんな感じの人物だった。僕も目の前の人物が男か女か判別がつかない。
一応いうが、僕に面識はない。ただ、妙な違和感がある。
泥棒猫泥棒猫と叫ぶ声、男にしては意図的に高いそれが、なぜかどこかで聞いた気がする。まあ、些細な違和感なのだが。
そんな人物が、僕をにらみつけていた。もっとも、その容姿から決して怖いとは言えないのだけれど。
「この人は―――」
「ふふん、メタルガーディアンで“ゲートキーパー”の名を知らないとは、貴様モグリだな?」
ミオリさんの声を遮って、そう答えるゲートキーパーと名乗る目の前の人物。たぶん、それはゲームにおけるNameのことだろう。
僕は彼(?)の放つ意図的にしているだろう高い声に戸惑いながら、その声に聞き覚えがある意味をそのNemeで理解する。
「不動の3位。重MULSの“門番”…」
僕の言葉に、彼(?)が誇らしそうに胸を張る。
「そうだよボクはゲートキーパー!ランキング3位に立ちはだかる壁!100位の壁を気取るそこの下位狩りとは違うのだよ新人君!」
僕の言葉でハイテンションになる目の前の青年(仮)。
そんな彼(?)をよそに、僕の袖をくいと引っ張る感触が。
引っ張られた方を見ると、ミコトさんが首をかしげていた。
「誰?」
ミコトさんは知らないらしい。僕はちょっと驚いた。
「ミコトさんは知らないの?SNSとかで有名だし、ゲームでは一番有名だと思うけど」
「…SNS見ないし、ゲームのほうには参加していなかったから」
「ああ、ミコトさん運営側だったっけ」
「うん。MULSの制御プログラムは作ってたけど、実際のゲームの方は殆ど触ってない」
僕の疑問にそう答えるミコトさん。
もともと兄の無茶ぶりにこたえた結果、MULSの制御プログラムの開発者として今の立場にいるのが彼女だ。別に僕たちのような陸戦ロボットが好きで関わった訳じゃない。
そのうえで、半ば成り行きで今の状況に陥っているのが今の彼女だ。じゃあ、知らないのも無理はないのか。
僕はミコトさんに解りやすいよう、簡単に彼(?)について説明することにした。
「彼はName“ゲートキーパー”。ゲームでの総合ランキングで第3位の実力を持ってて、重MULSの乗り手。たぶん、MULSドライバーの中では一番有名」
「えと…何で?」
「この人v-tuver」
「え、ああ…」
僕の説明に、ミコトさんは納得する。v-tuverで理解できたみたいだ。
「ふふん」
青年(仮)は胸を張った。
v-tuverというのは俗にいう動画投稿者のことだ。その中でも電脳スペースでアバターを使ったアイドル活動の真似事をする人たちのことをv-tuverと呼んでいる。
余談だが、彼(?)のようなMULSの動画実況者のことをmul-tuverと呼んでいるのだが、今回は割愛する。
「この人、重MULS乗りでとにかく派手で人気なんだ。大口径ガトリング砲装備の重装甲MULSで目に付く敵も射線に入った味方も諸共撃ち抜くプレイが大人気」
「それ、人気なの?」
「まあ、それくらいぶっ飛んでた方が個性が出てキャラが立つってことなんじゃない?」
「ふふん♪」
目の前の青年(仮)は満足げに鼻を鳴らす。
「…仲間の背中を撃ちぬいて大丈夫なの?」
「この人知り合いとしか小隊組まないし、打ち抜かれるのもご褒美って認識の下僕しかいないから問題になってないみたい」
「ふふんっ」
目の前の青年(仮)は胸を張る。
「…下僕?」
「この人姫プレイヤー。えーっと、仲間に守ってもらってチヤホヤされるお姫様系のプレイヤーだから。この人の仲間はみんな下僕」
「ふっふっふっ」
目の前の青年(仮)が不敵な笑いをし始めた。
「えーっと、男の人なのに、姫?」
「電脳スペースでのこの人のアバターは女性系だから、いわゆるネカマ。まあ、この人リアルでも女装が基本の男の女装姫プレイヤーでとっても有名」
「ネカマで女装癖のある、男のv-tuver…?」
「まあ、ツッコミどころがあるのは事実だよ。まあ、それも含めて有名な理由の一つなんだけどさ」
「ふっふっふっ」
目の前の青年(仮)が不敵な笑いを続けている。
「…ランキング第3位ってことは、強いの?」
「いや、別に?」
「ふっ……」
目の前の青年(仮)が不敵な笑いが唐突に止んだ。
「この人というよりも、この人の小隊の成果って感じ。この人のゲームでの設定ってガトリングの瞬間火力しかなくて弾切れ早いし重いから動けないし索敵もそこまで高くないしで正直こんな設定で戦おうとするとか自殺行為にしか思えない。そんなのが第3位なのって結局は味方におんぶにだっこだからなんだよね。この人の仲間なんだかんだで全員トップランカーでさ、そんな味方に索敵してもらって味方に敵を誘導してもらって味方に守ってもらって敵をせん滅。ランキングのシステム的に死ななきゃランク落ちない上に、プレイング的にも撃破ボーナスこの人のものだから必然的にこの人トップランカーっていうね。」
「ふっ、ふっ、ふっ…」
目の前の青年(仮)は。“ふ”のスタッカートを刻んだ。心なしか声が震えている。
「正直、実力的には永水さん以下じゃないかな。火力とその投射能力以外全部ダメダメ。こんなの人の形をしたただのトーチカだよ?不動の3位って言ってるけど、結局束でかかって2位にも勝てないってことじゃない?」
「…………………っ!」
目の前の青年(仮)は声にならない声を上げる。
「まあ、ランキング第3位な事実は変わらないし、それは結局チームの能力が優れている証拠だし、こんな糞な設定で行けるのも仲間を信頼してなきゃできないし、チームリーダーのこの人が代表してランキング第3位になるのはおかしくないんだよね。システム的に。で、そんな有名人様がどうして僕のことを泥棒猫呼ばわりするんですか?」
「ふざけるな! この、泥棒猫!」
目の前の青年(仮)は怒鳴り散らした。
だから泥棒猫という理由を言えというに。
そう思う僕の後ろでは、大矢さんと椿さんが腹を抱えて大笑いしていた。
何がそんなにおかしかったのだろうか。
本来はtuberですけど、作中ではtuverに変更しています。ご了承ください。