4-1 攻略開始、第3階層
僕の背後から、暴力の光条がその前へと絶え間なく降り注いでいく。
生身の僕がそれに触れれば、体が弾けて跡も残らない。その程度には強力なそれを、僕は気にせずにその光条の進行方向へと向かって突き進んでいく。
当然だ。今の僕は生身じゃないし、その光条の発生源は、恐れる理由が存在しない。
僕は体を前へと進ませる。ただし、その肉体は生身とは言いがたい。
鋼の腕、鋼の脚。そのシルエットは人とは大きく逸脱し、しかし人型は違えない。
肩と脚部は大きく張り出し、関節部は相対的に細くなっているが、しかし華奢とは言えない。
それはある目的のために作り出された戦闘車両であり、ある脅威に対抗するために作り出された機械歩兵。
歩行戦車、通称MULS。
僕はそのMULSの胸部コクピットに乗っていた。
僕の横を20㎜の機関砲弾がすり抜けて飛んでいく。背後の味方の攻撃だ。
撃っているのは同じくMULS。その攻撃は僕には当たらず、しかし敵には容赦なく当たっていく。
今の僕は、その敵めがけて突進をかけていた。
先の説明の通り、MULSは人の形をしているが戦闘車両。
つまり、戦うためのものだ。
ついでに言えば、それは既存の兵器では対処できない環境に対応するためであり、そしてその環境で自分の身を守るためのもの。
環境は今僕がいる場所だ。投入できる戦力に限りがあり、故に兵站を必要とする軍事行動が制限される場所。早い話、軍隊が軍隊として戦えない場所。
そして脅威は、今僕の目の前にいる。
その身は味方の攻撃で崩れているが、無力化はされていない。
高さは5mほど。外観は人の骸骨。その実態は亡霊でも何でもない。ただの骨の形をした砂人形だ。
ただし、人が生身で相対するには大きすぎ、ただそれだけの理由で人が生身で持てる武器では様々な理由からその存在を押しのけて制圧することは不可能に近かった。
僕は手に持つ武器を横に薙ぐ。鉄板に穴をあけた簡素な代物で、その外見は剣だ。
それは先の味方の攻撃でなお生き残った脅威へと向けられ、そして接触し、粉砕する。
脅威の名前、総称は魔物。
それが闊歩する環境の名前はダンジョン。
現代社会に現れたファンタジー空間を探索、制圧するため、僕たちの社会はMULSを製造。
そのパイロットを軍人で賄うには養成するための期間が足りず、そのつなぎとして、ゲームという形で操縦に慣れていた民間から徴用されることになった。
荒唐無稽に聞こえるが、それだけこの国も切羽詰まっていたということだ。しかたないと割り切ることが必要なのだろうし、世間一般は必要な犠牲として黙認していた。
状況が状況なら、ぼくもその中の一人としてふるまっていただろう。
徴兵名簿のその中に、和水 樹という僕の名前がなかったらの話ではあるが。
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「これで制圧完了。他に敵は?」
「私たち以外に動くモノはいない」
僕の言葉に、ミコトさんがそう答えた。
場所はダンジョン、その第3階層。その第2階層への入り口付近で、戦闘を終えた直後の会話だ。
うん。二度あることは三度あるというけどさ、やっぱりあったよ第3階層。
第2階層の探索をし始めて間もなく、その入り口は発見された。
その入り口の場所は僕たちが最初にダンジョンに突入したとき、落とし穴に落ちてたどり着いた小部屋の近く。分岐路を進んだ先でぽっかりと口を開けていた。
見方を変えれば、落とし穴を利用すれば第3階層まですぐにたどり着けるっていう構造になっている。
もっとも、そのためには落とし穴に落ちてもMULSが壊れないよう、しっかりと足回りを強化しないといけないのだけれど。
現実のMULSはゲームのそれとは違い非常に貧弱だ。ゲームのスペックなら十分実現可能なのだろうけれど、今の状況じゃ夢のまた夢だろう。
というわけで、僕たちは入り口から第2階層への入り口めざし、そこから第3階層まで第2階層を進んで約半日かけて移動してきている。
そう、僕たち。ダンジョン探索において決められた、6ユニットのMULSとそのパイロットで1小隊と定められた、それのことだ。
僕たちが第3階層にいることになった事の起こりは、今から一週間ほど前にまで遡る。
それまで僕たちは、ダンジョンの資源獲得のため、ダンジョンの壁面や地面から獲得する資源である、『骨粉』と呼んでいる白い砂を集めていた。
しばらくは何事もなく順調に事が進んでいたのだが、備蓄としてその骨粉が集積地へ大量に蓄えられたとき、事件は起こった。
その蓄えられた骨粉の山から、ダンジョン内でしか発生しないはずの魔物、骸骨たちが湧き出したのだ。
事態は何とか死者を軍民問わずに出さずに収束できたものの、ダンジョン内からの資源採集には大幅な修正を要する必要があった。
ダンジョンから資源を持ち帰った端から全部骸骨に姿を変えて死者が出るかもしれないような状況に陥ることがわかっていて、そんなことできるはずもないのは当然の話だからだ。
もっとも、原因そのものはすぐに解明されたため、資源採集は続行。MULSドライバーたちは自分の懐を気にする必要はなくなったし、資源を求めるお客様も品切れに悩まされる状況にならずに一同ほっと胸をなでおろしている。
まあ、新たな規則が追加され、以前と同じように壁面から資源回収。というわけにはいかなくなったけど。
詳しい説明は省くとして、僕たちが資源採集を行う際に新たに定められた規則は、こういうものだった。
——――ダンジョン内の取得物は、ダンジョン内敵性存在の残留品のみ許可する。
早い話がファンタジーゲームでよくあるような、敵を倒したドロップ品だけを持って帰っていいですよということだ。
わざわざ骸骨を倒さなくても壁面からも同じ素材は回収できるのだが、それはもうやっちゃダメってことだ。
んで、それが僕たちの小隊が第3階層までやってくる羽目になった原因でもある。
ぶっちゃけた話、僕たちの小隊がダンジョン攻略の最前線だ。ここから先に味方のMULSは存在しない。
なんでこんなことになったかって?まあ難しい話じゃない。
ごくごく単純な話で、よその場所は別の小隊の狩り場になったからだ。
ダンジョンの入り口から第3階層の出口まで、みっちりとほかのMULS小隊たちで埋め尽くされてしまったからだ。
正確に言えば、他の小隊たちに狩場を優先させられまくった結果、僕たちの小隊はあれよあれよと奥へと押し込まれ、第3階層まで押しやられる羽目になったのだ。
早い話が、『お前ら一番危険な所な』ということである。
うん、僕たち。ミコトさんと僕の未成年が、最前線。
今の今まで、いろいろと理由をつけてダンジョンに入らせもしなかったのに、最前線。
まあ、ダンジョン攻略に参加させられる羽目になったのは僕たちの行動の結果。先に説明した集積地からの骸骨の湧出事件での僕たちが命令無視して突っ走った結果。ある意味自業自得でもあるからそれそのものに不満があるわけじゃない。
けど、だからと言ってそれはどうなの?っていうね。
別にそれそのものに不満はないのだけれど、疑問に思わないかどうかは別だ。
だから小隊を編成した張本人である部隊長のミオリさんに話を聞いてみたら、こう答えられた。
『これなら胸を張って頑張ったといえるだろう?』
とのこと。うん、言い返せない。特にミコトさん。
彼女はMULSの制御中枢の開発者、つまり、彼女がいなければMULSも出てこず、現実に製造もされず、僕たちも徴兵されずに済んだ。
言い換えれば僕たちがここにいるのは彼女のせいといえるわけで、ミコトさんは実際にそう考えている。
自分のせいで人が死んでいると考えてしまったわけだ。で、だからこそ自分の責任は自分で取らなければと考えている。
だからまあ無茶をする無茶をする。僕がダンジョンで遭難したときには後先考えずに死ぬかもしれない罠に自ら飛び込んだり、民間人が襲われるかもしれないからと単身迎撃に走ったり。自分の命そっちのけで危険に全身フルダイブだ。
だからまあ、ミオリさんの言葉にミコトさんは言い返せない。ダンジョン攻略の最前線で活躍するなら、確かに『私は頑張った』といえるだろうからだ。
まあ、彼女以外の小隊隊員にはとばっちりも良いところだろう。誰かがやらなければいけないとはいえ、最前線行き確定だからだ。
尤も、幸いにしてこの小隊でその手の不満は上がっていないのだけれど。
僕に関して不満は特にない。彼女の無茶のおかげで命拾いをしてから、僕は彼女についていくと決めている。ほっとくと死にかねないから。
どうせ彼女はなんだかんだ理由をつけて無理無茶無謀に首を突っ込んでいくはずなので、最前線くらいは問題にならない。
「各自、弾薬の残りは大丈夫か?」
小隊のメンバーの一人であり、この小隊の隊長であるその人が声をかけてくる。
その人の名前は永水 恭介。元自衛官で、ミオリさんの右腕的存在。
元とはいっても実のところ今も自衛官として自分を扱っているので、他の民間人に最前線を任せて自分は後方にいるという考えはないみたい。
「私は大丈夫ですよ。装備にも異常はなし」
永水さんの声にこたえたのは青葉 椿。“狙撃手”の特殊技能持ちで、僕たち未成年の二人を放ってはおけないと僕たちの小隊に編成されてくれた。
永水さんは終始微妙な表情をしていたのだけれど。
「こっちも問題ない。というか、撃てないんだけどな」
その声はMULSの開発者。大矢 光彦のものだ。
MULSの開発者としてダンジョン攻略の拠点であるダンジョン基地で図面を相手ににらめっこしていないといけないはずなのだが、妹であるミコトさんを放ってはおけないという理由と、今は彼の持つ特殊技能が必要だろうということで暫定的今ここにいる。
自分でMULSを動かしたいという私欲が非常によく見え隠れするが、それは見ないふりをするのがいいだろう。
「こちらも大丈夫です。先輩」
そして、最後の一人は小隊長の永水さんにそう答えた。
声の質は若い女性のもの。以前顔合わせをした時には、髪を短めに切りそろえた形のおとなしそうな女性。
あとデカい。どこがとは言わないが、デカい。
まあそんなどうでもいい情報は今はいらないだろう。MULSに乗ってしまえば見えないし。けど息苦しくならないのかな。胸甲型のハーネスに挟まれて…。まあいいか。
彼女が最前線を担当しているこの小隊にやってきているのに不満がないのには理由がある。
まあこれも難しい話じゃない。永水さんを“先輩”と言っている時点で想像がつくだろう。
彼女は自衛官だ。
はーい、強化編、はっじまっるよー!
うん、ゴメン。投稿遅れた。
2カ月遅れるかもとは言ってたけど、ストックもないままにこうなるなんて思わなかったよ。
ちょっと仕事の方で物理的な執筆時間を確保できなかったのが痛かった。
まあ、その分話をどう進めるかはある程度まとまったからヨシトしよう。うん。
というわけで、未だに呼んでくれる人がいらっしゃいましたら、お楽しみください。