3-24 よろしく
その日の夜。日もとっぷりと暮れたころ。
とある場所で、シャコシャコと何かを磨く音が響いていた。
その場所はトイレであり、磨かれているのは便器であり、そして磨いている人物は…。
「うう、きつい…。」
大矢ミコトその人だった。
つまり、今やってるのはトイレ掃除だった。
「頑張って。ここで終わりだから」
僕はミコトさんにそう声をかける。
彼女が何故トイレ掃除をしているか?
簡単な話で、命令もなしに基地外にMULSを持ち出して戦闘行為を繰り広げたことに対する懲罰だった。
これが軍隊なら営倉入りとかあるのだろう。が、ミコトさん他MULSドライバーを無駄に拘束させておくことはダンジョン攻略に影響が出るためにすることができず、また減給はミコトさんにはあまり効果がないうえ、ここから追い出そうものなら困るのは基地の方だ。
結果、それなりに効果はあるだろうトイレ掃除という罰に決まったのだった。
なお、僕がここにいるのも似たようなもので、ミコトさんが基地外に飛び出したと聞いてミオリさんの静止も振り切って駆けつけてしまったのだ。
その為、ミコトさんがさぼらないように監視するのが僕の罰だった。
ミコトさんと僕で扱いに大分差があると感じるだろうが、そもそも僕がここにいるのはミコトさんが無茶しないようにするためだ。
ミコトさんが無茶するとなれば、それに駆けつけるのは当然のことだった。
その上、そもそもミコトさんの手綱を握るのはミオリさんたちの方なのだ。手綱を握れずにミコトさんの暴走を止められなかったこと棚に上げて、僕のことを罰することはできなかったみたい。
まあ、ミコトさんはがっつり懲罰を受けてもらうのだけれど。
「よし、おわりっ!」
そんなこんなを考えるうちに、ミコトさんは便器の最後の一つを磨き終えてそう言った。
これでトイレ掃除は終わりだ。やっと晩御飯にありつける。
「うう、疲れた…。」
「これに懲りたら、もう同じようなことしないようにね」
「ごめんなさい」
「そこではいといわないのは感心するよホントに」
「え、えへへへへ」
「ほめてないからね?」
そんなやり取りをしながら、僕たちは機材を片付けてミオリさんの執務室へと向かう。
今回の懲罰が終わったことを報告するためだ。
僕は部屋のドアを開けた。
「来たか」
「はい。懲罰のトイレ掃除。今終わりました」
「わかった。というわけで、ミコト」
ミオリさんがミコトさんを睨み付ける。
「次からは、こんな無茶をしないように」
「申し訳ありませんでした」
ミコトさんは頭を下げる。ここで勘違いしてはいけないのだが、ミコトさん、ここでは“わかった”と一言も言っていないのだ。
つまり、またする腹積もり満々である。
ミオリさんはその様子に深く息をつく。納得した、というよりは、言っても効かんと諦めている節がありそうだ。
「まあいいわ。今日はもう下がっていいわよ」
「はい、失礼しました」
「申し訳ありませんでした」
そう言い、僕たちはミオリさんの執務室から出ていった。
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「あれ、また繰り返すわね」
樹たちが出て行ってから、ミコトはそう呟いだ。
「まあ、でしょうね」
そう答えたのは、同室していた永水だ。
「彼らはまだ若いですから。ああなるのは仕方ないかと」
「それにしては、樹君は大分私たちによってると思うのだけど」
「それについてはゲームのせいですな」
「そうなの?」
「ええ、まあ。スタンドプレーよりもチームプレーが重視されますから、ここにいるMULSドライバーはみんなそうでしょう」
「勝ちたきゃ軍人の思考を身につけろってことね」
「そう言うことです」
成程とうなづくミオリ。これでその話は終わりだ。
そして、手元の資料に目を向ける。
それは美冬からの報告書だった。
「骨粉に所有権があるとはねぇ」
今回起こった骸骨の突然の出現。その原因は何かといえば、ダンジョン内で骨粉を採掘したことが原因ということになる。
後の実験で確実となるのだが。実は、コアというものは骨粉の集合体だったのだ。
微細な骨粉一つ一つに、コアとしての機能が本来あり、それがダンジョンの壁面内で集まり。骸骨を形成するための制御中枢として結晶化、残りはそれを構成する骨粉としてふるまう。
故に、集積場のように大量の骨粉がある場所ではダンジョン内と似た環境になり、よって骸骨が生産された。ということらしい。
今までの暴走した骸骨たちの残骸からそんなことが起こらなかったのは、単純に骸骨を倒したからだとか。
何らかの理由。というか、コアを破壊された衝撃で骨粉の自我に当たる部分が消えてなくなり、それが全体に連鎖することですべてがノンアクティブ化したが故、骸骨は生成されないのだとか。
詳しい原理はよくわからないが、これが意味することは解る。つまり、
「ダンジョン素材が欲しければ、魔物を倒して回収しろってことね」
「そう言う規則を作らないといけなくなりましたね」
つまりはそう言うことだった。そして、それはMULSドライバーたちに負担を強いることになるだろう。
ダンジョン内で資源を獲得するためには、ダンジョン内の魔物を狩らないといけなくなったからだ。
「部隊を再編成した方がいいかしら」
「そうでしょうね」
ミオリが提案し、永水が応えた。
以前から話していた、MULSの編成を5機編成から6機編成にしようというのだ。
「後々のことを考えると、今やるのは丁度いいかと」
「そう。じゃあ、早いとこ編成を考えなくてはね」
そう言い、ミオリはパソコンにかじりつく。
永水は退室しようとしたが、捕まって編成表の作成を手伝わされるのであった。
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「はあ、やっとご飯だ」
「お腹すいた」
やっとのことで食堂にたどり着いた僕たちはそのことにほっと一息をついた。
まあ、食堂はすでにしまっているため、今日は軍用糧食のお世話になるのだが。
水を持ってきて、袋に入れ、10分待ったらようやく夕食だ、
「おいしい」
その味に舌鼓を打つ。市販のレトルト食品と大差ない味だが、空腹補正で幾分おいしく感じられる。
僕たちはあっという間に平らげてしまった。
「樹君。その、ごめんなさい」
お茶を飲んでまったりとしていたところで、ミコトさんは僕にそう言う。
「どうしたの?いきなり」
「その、樹君が居なかったら、あの時みんな守れなかった」
「ああ、ミコトさんのところに駆けつけたこと?」
「うん。その、巻き込んで、ごめんなさい」
そう言ってミコトさんは頭を下げた。
「別にいいよ。元々そのつもりだったし」
僕はミコトさんにそう言った。元々、ミコトさんの無茶には進んで巻き込まれに行くつもりだったのだ。そのことについて、僕は含むところは何もなかった。
それに、
「でも、」
「でもじゃないよ。それに、僕はミコトさんを利用したようなものだし」
「…どういうこと?」
僕の言葉に、ミコトさんは首をかしげる。その様子におかしさを感じながら、僕は言葉を続けた。
「僕たちMULSドライバーは、上を目指すほど指揮役の命令に従うようになっていく。なんでだかわかる?」
「うん。そうしないと、勝てないから」
「その通り、正確には生き残れないからだけど。勝手に動くチームは烏合の衆と変わらない。そして、統率の取れたチームとではその差に雲泥の差ができる」
「だから、勝ちたかったらチームワークが取れないと生き残れない」
「そう。あまりひどいと背中から撃たれたりもするようになるからね」
「うん。けど、それがどうして私を利用することになるの?」
僕の言葉に首をかしげるミコトさん。まあ、当然だ。僕はまだ前提の話しかしていないから。
息を吸って、吐く。ここからは、ちょっとだけ残酷だ。
「ミコトさんが行かなかったら、僕は彼らを見捨てていた」
ミコトさんが息をのんだのがわかった。それくらい、僕はひどい事を言っている。
「どうして…」
「簡単だよ。『そう言う命令がないから』さ」
「…!」
「僕たちMULSドライバーは、ゲームを通してそういう訓練を受けてきてる。少なくとも、そう言う思考と行動をできるようになってる。一人が逃げてチームが瓦解するなんて腐るほどありふれた話で経験もしてる。その上で、ここは軍事基地で、僕たちは徴兵されてる。命令に疑問を持つよりも、その命令を遂行することが要求される集団だ」
「だから、見捨てる。命令がないから…」
「まあ、そう言うことだね。だから、見捨てる。見殺しにする」
僕は誤解を受けることを全盛で、ミコトさんに対してそう言い放った。
―――――――――
全身の毛が逆立ったような感覚を、私は感じていた。
「それ、は…」
「まあ、ひどいとは思うよ。けど、だから個人の判断が優れているとは限らない」
「そうだけど、今回はうまくいった」
「死んでた可能性は否定できてないよ。そして、仮に失敗した時に、その時に責められるのは君だよ。ミコトさん。『どうして守ってくれなかったんだ』って」
「そんなの私は…」
「気にしないかもね。けど、それは組織としてはあっちゃいけないんだよ。組織として行動すべきことを個人の独断に任せて、失敗したらそいつに押し付ける?それがいい事?んな訳ないでしょ。そんなことしたらどうなるの?責任を個人に押し付けるようになるよ。『あいつは皆のために全責任を負って社会のために尽くした。お前はしないのか』ってね。今回の件で言えば、MULSドライバーは市民のために命張らなきゃいけなくなる。そんな責任がないのは明白なのに。」
「それ、は…」
「ミコトさんの行動でそうなる可能性が出てきた。ミコトさんはそれを望んでたの?」
「そんなことない。けど、でも…」
樹の言葉に、返すことができない。
樹君の言っていることは、たぶん正しい。リスクを考えれば、多分それが一番だ。
けど、それはあまりにも残酷だ。目の前で人が殺されかけても、指先一つ動かさないというのは残酷と言う他ない。
そんな世界は悲しすぎる。
(……あれ?)
そこで、私は気づいた。
(私が行かなかったら見捨てていた?)
この話をする前だ。樹は言った『私を利用した』と。その『利用する』の答えが、それだ。
何のために利用した?胸を張って見捨てるため?
違う。
「……樹君も、見捨てたくはなかったんだよね?」
私は樹にそう聞いた。
私が動かなければ、樹君も人を見捨てていた。私が動いたから、樹君も動いた。
私が動いたから、樹君は、人を助けた。そして、その為に私を『利用した』。
つまり、
「樹君も、ホントは助けたかったんだ」
そう言うことだった。じゃないと、私を利用するという単語に矛盾が生じる。
「…まあ、僕だって人の子だもの」
そして、その予測は正しかった。
「組織としては間違ってても、人として間違ってるとは限らないよ。第一、君に助けられてなきゃ僕は今ここにいない。その上で君の行為を否定するの?できるわけないでしょ」
だからこそ、そう樹は言った。
「僕は君についていくと言ったんだ。君が人として正しい事をしたいなら、それを実現できるように動くだけ。僕はそうすると決めたんだ」
樹君はそう言った。私のしたことは間違っていなかったと、悪い事ではなかったと。
私はその言葉を聞いて、うれしいと思わない理由が思いつかなかった。
「あ、だからと言って無茶はしないでよね」
「うん」
「あてにされて動かれても、できないときはできないんだからね」
「うん」
「…ミコトさん。ちゃんと聞いてる?」
「うん。えへへへへ」
樹君の言葉は、正直真面目に聞いていなかった。
そんな折、私はふとあることを思い出す。
自分の兄が騒いでいた件だ。私と結婚しろだ何だと樹君にお願いしていたことだ。
結婚までは正直想像がつかない。自分が、こ、子供を持つことに現実味を感じない。
ただ、嫌とは思わなかった。
そこまで踏み込むのに躊躇していた、樹君を巻き込む危険も、下手をしたら杞憂かもしれない。というか、あまり意味がないかも。
そうなると、まあ、うん。
(付き合ってみるだけなら、いいかもしれない)
それを嫌だと思わなかったし、むしろ気分が高揚したことに私は若干の戸惑いを見せていた。
問題は、その気持ちをどう伝えるか。だ。
自分に胸を張っている度胸はないし、言って今の関係以上に悪化するのは嫌だった。
だからと言って、今の関係を続けたいかといえば、それもまた嫌だ。
うんうん唸り、どうにかチャンスが無いか探すが、それは意外なところからやってくる。
「あ、樹君じゃないですか」
文字どおり、チャンスが向こうからやってきた。
「あ、椿さん」
「聞きましたよー。樹君民間人のために無断で出撃して市街地を襲おうとしてた骸骨たち殲滅したんでしょ?お疲れ様ですー」
そう言いながら、椿は樹君の肩を取り、コリを取るようにもみほぐしていく。
「いや、まあ。成り行きで」
「それでもすごいですよー。誰にだってできることじゃないですよ。(フヒィ樹君の肩わやわかーい)」
「あ、ありがとうございます。あ、いたた、ちょ、強いです」
「あ、ごめんなさいね。(歪んだ顔もきゃわたんきゃわたん)」
どうやら、椿の声の変なところは樹君には届いていないらしい。私よりも樹君の方が近いのに、それでも聞こえたのは私の方だけだ。一体どうなっているのか。
いや、それは実際どうでもいい。いきなり表れて、目の前で少々過剰なスキンシップをするのは一体どういうことなのか。
自分の気持ちに一応の整理がついてからだと、正直いい気持ちはしない。
あまつさえ、
「今度本格的なマッサージとかしてみませんか?私、結構自信あるんですよ? (そのまんまホテルで大人の階段も上っちゃおうよ。NE!)」
人のことを差し置いて、樹君の予定を決めた挙句、邪なことを考えるのは一体どういう了見か。
胸の内がむかむかする。正直黙っていられない。
だから、私は黙らなかった。正直、普段の自分と比べたら大胆な行動だったと思う。
「樹君!」
「うお!あ、ミコトさん?何?」
「今度、予定が空いたらでいいですけど」
「うん」
「市街地の方に行ってみませんか?樹君と、私、二人で!」
「え?あ、うん。いいよ。休みが取れたらで良い?」
「うん!大丈夫!」
「わかったよ。というわけで椿さん。マッサージは結構です」
「え?いらない?」
「まあ、凝ってるわけじゃないので」
「じゃあ、仕方ないですね。その気になったら言ってください。いつでもいいので」
「はい」
そう言って、椿さんは去っていった。口の端が吊り上がっていた気もするけど、多分気のせいだ。
というよりも。
(わ、私は一体なんてことを)
先の樹君との約束だ。傍から見れば、紛うことなきデートの誘いだ。
その場で樹君を取られてなるものかと口走った結果だが、正直自分の口から出たとは思えない。
「ミコトさん」
「は、はひ!」
「じゃあ、今度休みが取れたらで良い?」
「う、うん!」
そのやり取りが、それが現実であると突きつけた。
決まったことなら仕方がない。というより、このチャンスを逃してなるものか。
(あ、ふ、服とか、化粧とか、どうしよう。お義姉ちゃんにきかないと…)
まだ決まっていない未来に向けて、今から慌てて準備するミコト。
その慌てるさまを見て、樹は不思議そうに首をかしげていた。
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翌日、僕たちはブリーフィングルームに集められていた。
先日の魔物の湧出の件で、だ。なんだかんだと説明がされたが、要約して僕たちに関係ある話とすれば、こうなる。
ダンジョン内の資源を回収する場合は、原則として倒した魔物の遺骸から回収するように。
つまり、僕たちが骨粉を回収しようと思ったら、骸骨たちを倒して手に入れろと言うことだ。
そして、それに伴って部隊の再編も行われた。
今までの5機1編成から、6機1編成に変わったのだ。
その上で、今までのような数だけ合っていればあとはどうでもいいというような編成から、ある程度特殊技能を含めたバランスを考慮したものとなり、その結果大規模に編成の見直しが行われるようになったらしい。
つまり、僕を含めて全員が新しくチームを組みなおすことになったのだ。
そう、僕も含めてだ。なんだかんだと理由を付けてダンジョン攻略を外されていた僕が組み込まれるのにはもちろん理由がある。
単純な話で、基地内で働かせるとよくよく問題行動を起こすので、ならばそんな余計なこともできないようにダンジョンに放り込んでこき使ってやる。ということだ。
勿論。僕の話じゃない。
僕がついていくと決めた、あの人のことだ。
「あの、」
その言葉と共に、彼女が僕たちのチームにやってきた。
「今日から、このチームに配属になりました」
そう言って頭御下げたのは、僕と同じ年頃の女の子。
「大矢、ミコトです。よろしくお願いします」
僕は彼女に対して、こういった。
「よろしく。ミコトさん」
ハイというわけで編成編終了です。
いやあ、見切り発車で始めても何とかなるもんですね。
途中でシナリオどうしようかと考えて、あれもこれもいいなと迷って迷走した挙句ににっちもさっちもいかないでやんの。
椿さん。最初半身不随の障碍者って設定だったんだぜ?さすがに問題ありすぎってんで没にしましたけど。
没にした結果があれだよ。
まあいいや、書きたいことは書けたし。問題ない。
いつか1から書き直したいとは思うけど。まあ、それはもうちょっと書き進めてからかな。
次は楽しい楽しい『強化』編。こっちはある程度書くことしっかりしてるんで今回みたいな途中で更新止まる止まらんとかは言わないと思います。思いたい。
まあ、これから失踪するんですけどね?ちょっとデストキオ行ってきます。ちくしょうめ、土曜までオアズケだよ。
次書くのは1か月後か、下手すると2か月後になるかも。
とにもかくにも、今まで読んでくださった皆様方に感謝します。ありがとうございました。
また今度、読むときには楽しんでいってください。
それでは。