3-23 通せんぼ
その日、その街で、日も落ちかけて空に赤みが差してきたころ。
それが鳴り響いた。
その音が響いたのは富士山方面。丁度、ダンジョン基地と呼ばれる自衛隊の基地がある方角だ。
音の種類は船の汽笛のような音。
サイレンだ。今朝、ダンジョンの暴走があった時も鳴り響いていたそれが、今、鳴り響いていた。
本来なら今の時間には鳴り響かない。鳴らす必要がないし、この街の住人に対して無駄に不安を煽るだけだ。
その事実に、不安そうに基地へと顔を向ける市民たち。
その不安は的中することになる。
「な、何だ!?」
デバイスをはじめとした携帯端末の全てが一斉に同じ音を鳴らし始める。
なった音はアラームだ。大規模な地震が起きた時をはじめとした有事の際に、国民に避難を呼びかける、アレだ。
ただならぬ事態に、一刻も早い情報の確認のため、手にもつデバイスを確認する市民たち。
そこにはこう書かれていた。
『ダンジョンより魔物が発生。基地外に突破されました。頑丈な建物や地下に避難してください』
その一面にぎょっとする。この一年、魔物の暴走を抑えていた自衛隊を、魔物が突破したというのだ。にわかには信じがたい。
しかし、その疑いはすぐに晴れることになる。
「化け物だ、こっちに来るぞ!」
誰かが叫んだ。その男の視線の先は西富士駐屯地方面。
そこには見たくない見慣れた姿が確認された。
それは5m超えの巨大な骸骨。一年前、ここら一帯を踏みつぶして回った化け物だ。
その記憶は、1年という短い期間で消し去るには少々酷なほどに強烈だった。
骸骨を確認すると同時に、彼ら市民は一斉に逃げ出した。
怒声、悲鳴、いろんな声を響かせて、その群衆は逃げ惑う。
そんなものはお構いなしに、ダンジョン産の化け物は悠々と歩を進める。
それを留めるものは存在しなかった。
「あっ!」
そんな中、喧騒に飲まれかけるほどに小さな声が響いた。
その声の主は、未だ年端もいかない少女のものだ。
未だ癒えぬトラウマを前にパニックを起こしかけている大人たちに巻き込まれ、突き飛ばされ、転倒したのだ。
そのことに気付いた大人はいない。
いや、いた。
「大丈夫かい!?」
老婆だ。喧々囂々のパニックの中、こけた少女を見つけ、かけつけてくれたのだ。
声をかける老婆。引き起こし、逃げるよう促す。
しかし、それは叶わない。
「い、痛い」
少女はそう訴える。見れば、足首は変色し、腫れてきている。
どうやら捻挫したらしい。これでは逃げることなど不可能だ。
老婆にしても、少女を担いで動けるほどの体力は残っていなかった。
逃げられない彼女たちに、近づいていく骸骨。このままでは踏みつぶされてしまう。
しかし、それは実現しない。
「おばあちゃん。あれ、なに?」
少女は異変に指をさした。方向は、向かってくる骸骨。
少女と骸骨の間に、今までなかったそれが立っていた。
形は人型。高さは目の前の骸骨と同じくらい。
けど骸骨じゃない。横に広く、がっしりとしたシルエット。その体を覆う角張った鎧のようなものは、それが人工物であることを示していた。
歩行戦車、通称MULS。
それが骸骨の前で立ちふさがっていた。
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「何とか間に合った」
目の前の骸骨を見ながら、ミコトはホッと息をついた。
骸骨の最後尾から追いかけて、先頭まで回り込んだのは理由がある。
ミコトがここまで追いかけてきたのは、骸骨たちが民間人を襲うのを防ぐためだ。
骸骨集団の最後尾から攻撃した場合、それらの相手をしているうちに先頭集団は市街地にたどり着いてしまうだろう。
だから、真正面から迎撃する必要があった。
後方には動けないでいる民間人がいくつかいる。これ以上は進ませられない。
ミコトはそう考え、手にもつ武器を構えた。
それはMULS用のスコップだ。樹がこれで近接格闘ができないか試し、効果的ではないと判断されたそれだ。
非常に心もとないが、これしかないので仕方がない。
「行かせないっ!」
ミコトはMULSを前進させた。
ローラーダッシュにより見る間に骸骨との距離が縮まっていく。
そして激突寸前のところで、ミコトはスコップを振った。
その軌道は胸部への突撃コース…ではない。
胸部は骨粉が最も集中している部位だ。当然、その厚みも重さも他とは段違い。
そこを攻撃すると、スコップの方が負けてひしゃげるのは前の実験から明らかだった。
だから、狙うのはそのさらに下の部位。スコップで殴っても壊れず、その上で骸骨の動きを止める最も効率的な部位。
「ここっ!」
それは膝だった。骸骨はMULSと同じで歩いて移動する。膝を壊せば、その移動力は激減だ。
膝から下を骨粉に変えられ、大きくバランスを崩すその骸骨。そのまま倒れ、背中をミコトの前に晒した。
ミコトはそこに追撃をかける。
「やああああ!」
スコップの矛先を下に。重力を味方につけて、振り下ろす。
その先にあるのは先ほど倒れた骸骨だ。
スコップが壊れるのは、横に振ったことにより、柄の部分に過大な横荷重がかかることが原因だ。槍を横に振れば折れてしまうのと同じだ。
だから、突いて刺す。これならたぶん壊れない。
そして、それは事実だった。
矛先は骸骨に吸い込まれ、中にあるコアを貫いて砕き、そのすべてを骨粉へと変化させる。
「よし!」
目の前の状況に安堵するミコト。これなら、十分に目の前の骸骨たちを相手にすることができるからだ。
二体目に突撃。同じ要領で切り崩し、突き崩す。
これなら何とかなるだろう。
しかし、骸骨たちはそこまで甘くはなかった。
「! そっちはダメ!」
骸骨たちが散開し、別の道路から市街地への侵入を開始したのだ。
ミコトの乗るMULSは一機だけ。それだけしかないし、当然他の場所にMULSはいない。
対処可能な人間がいない以上、それを防ぐ手段は無い。
ミコトがほかの場所へ行くことはできない。そうするとこの場所から市街地へ侵攻される。
その先には何もない。先ほどから動けないでいる民間人へ一直線だ。何が起きるかなんて考える必要もない。
だからミコトは動けない。他の場所を守ることができない。
「まって、行かないで!」
声を上げるが、それがコクピットの外へと漏れることは無かった。
更に出てきた骸骨を砕く。しかし、その後ろからさらに追加の骸骨。そのさらに後ろにもだ。
ミコトはここを動けない。
「うわあああああ!」
そこに声が響いた。見れば、ミコトのいる場所から横方向。骸骨が散開して市外へと侵入しようとしている場所に人がいた。
それは年端もいかぬ少年で、特徴的な丸坊主が悪ガキらしさを出している。
腰を抜かして動けないのだろう。目の前まで迫っている骸骨に対して、へたり込んで動けない。
骸骨の一体がその少年の前に立った。首の角度から、少年を見つめているのがわかる。
「あ、あ……う……」
それに見つめられ、顔を青ざめさせて震える少年。恐怖で目をつむることすらできていない。
骸骨はその少年を見据え、そして足を振り上げた。
振り下ろし、踏みつぶすつもりだ。
「ダメえええええええ!」
ミコトは声を上げる。悲鳴に似たそれは、しかし誰の耳にも届かない。
しかし、その思いは届いた。
「させるかあああ!」
耳に届いたのは、誰かの声。骸骨が踏みつぶそうとしたまさにその時、MULSが一機姿を現したのだ。
それは回り込むようにして骸骨の横方向から姿を現し、ローラーダッシュで骸骨に肉薄する。
その勢いは衰えず、というか止まる気配すらなく骸骨へと肉薄。このままでは骸骨と激突だ。
しかし、それでよかった。それが目の前のMULSドライバーの狙いだったからだ。
盾を前に、MULSはそのまま轢いていく。10t超えの質量を抑え込めるほど、骸骨の質量は重くなかった。
激突し、弾き飛ばされる骸骨。MULSはそこで止まらない。引いた勢いそのままに転がった骸骨めがけて突進。倒れた骸骨の胸部を足で踏み、中のコアごと踏みつぶした。
そのMULSめがけ、そこにいた骸骨が殺到する。
そこでバキリと響く破断音。先ほど轢いた衝撃で、盾を構えた方の肩が壊れたのだ。
しかしそのMULSは慌てない。残った腕を横に振る。
それだけで骸骨は胸部を砕かれ、物言わぬ骨粉に成り下がった。
手に持っているのは、一言で言えば鉄板だ。
鉄板を張り合わせ、穴をあけただけの簡素な代物。
MULS用の剣だった、そして、それを使うのはこの基地では一人だけ。
そのMULSが何者なのか、それを知るには十分な代物だった。
「樹君!」
「ミコトさんはホント後先考えないね」
「うっ」
片腕を失いながらも危なげなく敵を殲滅しながら答えた樹に開口一番にそう言われ、うめくしかできないミコト。事実なので反論もできない。
「ご、ごめんなさい」
「まあ、いいけどね」
「ほっ」
「後ミオリさんから怒られるだけだろうし」
「うっ」
ぼこぼこである。反論しようにも、原因が自分にあるので何も言えない。
「そ、そんなことより、向こうが危ない」
話をそらすようにして、ミコトは樹とは反対側を指し示す。そこには樹のいる側と同様に散開した骸骨たちが市街地へ向けて移動していた。
「大丈夫」
それに対して、樹はそう答える。なぜそう言えるのか、それはすぐに出た。
「突撃ィ!骸骨どもの行き足を止めろ!」
その掛け声と共に4機のMULSが現れ。骸骨相手に突撃している。
それは樹と共にダンジョンへ潜っていたMULSドライバーだ。手にもつ盾で、骸骨たちを殲滅していく。
「敵発見。引き潰せえええ!」
そして、骸骨の群れの向こう側からは、基地内にいた車両が骸骨めがけて突進をかけていた。
戦車を先頭としたその集団は、その速度を落とすことなく骸骨めがけて突貫する。
載せた火器は使えない。しかし、その質量は武器になる。
しかも、MULSよりも重い自重をこともなく動かす鉄の集団だ。
骸骨に、それにあらがう手段は残っていなかった。
骸骨を引き潰し、コアを砕き、多量の骨粉を乗せながらも止まらず進む鉄の群れ
今回起こった魔物の基地外への漏洩事故。
原因は不明だったが、結果として死者は0で終息させることに成功したのであった。
パシフィック リムー
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アップライジーング 面白ーい
前作ー見てからー見ればなおー面白いだろー
あの宣伝文句が文字通りだったというね。びっくり。