3-22 骸骨フィーバー
「やっぱりおかしい」
目の前のモニターの前で、美冬はそう呟いた。
骨粉について調べていたのだが、何度計測してもまったくバラバラな結果しか出てこないのだ。
骨粉をそれぞれ分析にかけてもまったく同じ結果。つまり、材質的には全く同じ。
何度やってもその分析結果は覆らないし、微細なコアでもあるのかと顕微鏡で確認してもそんなものは見つからない。
今のところ、完全にお手上げだった。
「どういうことなの?何が違うの?どこが違うの?」
手元の資料をもう一度見る。
そこにあるのは今回使った試料のデータだ。どこで取ったものか、いつ取ったか、材質はといったデータが記載されている。
その中で、違うものが全くないと言えば、それは違った。
「暴走時の骸骨の残骸からは反応が全くないのよね」
今朝の暴走で湧出した骸骨たちの残骸から回収された骨粉からは、一切の反応が見られなかったのだ。
つまり、反応があったのはそれ以外。MULSドライバーたちがダンジョンで採掘したものからしか反応がなかったということになる。
つまり、ダンジョンから出てきたものには反応がないということだ。
「けど、それが結論だというのはあり得ないのよね」
美冬はそう否定する。反応があるのがMULSドライバーたちが集めたものだけだというだけで、実はその中にもチラホラと反応がない試料が発見されているのだ。
そうでなくとも、もしそうならダンジョンから出した時点ですべて無反応だ。
現実としてそうなっていない。つまり、原因は別にある。
じゃあ何だと聞かれても、すぐには思いつかないのだけれど。
「らちが明かないわね。そもそも、コアはどこから出てくるのかしら」
気分転換に、別のことを考え始める美冬。骸骨のコア。それがどうやって形成されるのかに思考を切り替える。
骸骨たちは地面や壁面、そこから湧いて出てくる。当然、壁面の中にいる以上、コアもそこにあるはずだ。
しかし、現実にはそんなものどこにもなかった。MULSでどれだけ掘り進めても、あるのは全て骨粉ばかり。コアのひとかけらも無かったのだ。
美冬は手元の資料を確認する。そこにはコアの分析データ。
いろいろと書いてあるが、注目するのはコアの成分分析表だ。
そこにあるデータは、あるものと全く同じ。そのあるものは、骨粉だ。
つまり、骨粉の結晶体がコアということになる。
「………ん?」
そこでふと、疑問に思った美冬。手元のデバイスから、目的のデータを呼び出す。
そこにあるのは、とある画像データだ。
骸骨を倒した時、そこにあるのは骨粉だけだ。
砕けたコアの残骸なんか、ひとかけらも存在しない。
じゃあ、コアは一体どこに行ったのか。答えは骨の砂の中だ。
データの読み込みが完了。表示される。
それは、樹のMULSの映像データだ。MULS手にはコアが握られている。
そして、樹はそのコアを砕いだ。
気になったのは、その先だ。
砕かれたコアのあった場所には、骨粉の小山ができていた。丁度、体積的にはコアの物と同程度。
巻き戻して再生。よく見れば、砕かれたコアが骨粉になったのが確認できる。
つまり、コアは骨粉と同じものなのだ。
そこまで確認して、今度は別の資料に飛びつく美冬。その顔は若干青い。
「まさか、まさかまさかまさか…」
ページをめくりながら、嫌な予感が確信レベルで膨れ上がっていく。
そして、目的のそれを確認した美冬は、青い顔でこういった。
「ヤバイ」
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「いーい天気だねえ」
そんなことを、太陽の下で突っ立ってぼやく男。
その体は迷彩服で身を包み、それが自衛官であることを示している。
男の背後には骨粉の山。MULSドライバーたちが集めたそれだ。
つまり、ここは骨粉の集積場だった。
現状これに害はないが、うかつに触らせるわけにもいかず、かといって放っておけば金になると盗む輩が出て来ないといいきれない程度には貴重なため、歩哨が立って警備をすることになっているのだ。
この男はその歩哨だ。呑気に口走る程度には、それなりに不真面目な勤務態度である。
もっとも、自衛隊の敷地の中で、更に警備中のそれに盗みを働こうとする人間がいるわけでも無く、警備対象は特殊ではあるが土くれと大差なく、また彼の存在理由が警備をしていると示威表示するためで、要は突っ立っていれば仕事であるというものであれば、クソ真面目に気を張り詰めるのも非効率ではあるのだが。
男が、隣に立つ男へと声をかける。こちらは若干真面目な雰囲気だ。もっとも、仕事に優先度を置いているというだけで、その男と私語に励む程度にはルーズである。
「後ろのコレ、一体いくらなんだろうね」
「さあな。まあ、一応ここでしか取れないから、グラム1円以上はするだろうけどな」
「キロで千円。トンで100万円か。結構すごいな」
「いや、最低でもそれだから。さすがに金や白金じゃないにしても。それ以上は行くんじゃないか?ここでしか取れないわけだし。まあ、比重が軽いから体積に比較してもそこまで高くなるわけじゃないかもしれんが」
「それでも軽トラ一杯で大体30万か。そう聞くと結構な値段するんだな」
「何で軽トラ…。まあ、曲がりなりにもここでしか取れないし」
「それが全部、徴兵された人らの懐に入るわけだ」
「まあ、全部じゃないだろうけど、半分くらいは行くだろうな」
「うちらが今日集めたコレ、うちらの給料になるかな」
「いや、ならんだろ」
「やっぱり?」
「そりゃまあ、うちら軍人だし。軍隊が鉱石掘って売りさばくって、傍から見れば軍が独自に資金源を確保したとしか見られないだろ。その金でミサイルだ鉄砲だ買い放題。国家の手綱を振りほどいて好き放題ってか。そんなんできるわけないだろ。危険すぎる」
「まあねえ。てことは、結局ただ働きかあ」
「軍人だからな。諦めろ」
「軽トラいくらするかな」
「やめろって」
「冗談だよ」
そんなやり取りをして、誰も来ない場所を警備する暇をつぶす歩哨二人。
しばらく黙ったが、不真面目な自衛官が再び口を開いた。
「後ろの骨粉ってさ」
「おう」
「あの化け物共の亡骸な訳じゃん」
「まあ、そうだな」
「動きだしたりしないかな」
「はは、馬鹿言え、お前。全部砕いたの見てただろうが」
「いやまあ、そうなんだけどね」
「よしんば動くとしても、コアってやつがないと動かないんだろ?お前、コア見たか?一抱えあるほどの碧い宝玉だぞ。ここに骨粉が卸されるとき、そんなの見たか?」
「いやあ、無かったけどね。けどさ、ホラー映画とかであるじゃん。死んだと思ってたら、生きていたとかさ。こんな感じで、後ろに死体があって、ふとした拍子に振り返ってみると…」
「ばっかお前。そんなんあり得るかよ」
相方の話に乗せられ、二人して振り返る。
後ろにあるのは骨粉だ。集積され、山となったそれがそこにある。
そして、そこに“ソレ”はいた。
暗い双眸をこちらに向け、瞳は無いのにこちらを見つめているのがなんとなく理解できる。
そいつは今生まれましたとばかりに両手をつき、下半身は骨粉の山の中。
動けないのか知らないが、そいつはこちらをじっと見つめていた。
その後ろでは、同じように骨粉の中から骸骨たちがわらわらとはい出てくるのが見える。
「こんにちは。ご機嫌いかが?」
目の前の様子に呑気に言う不真面目な自衛官。
「敵襲―――!」
相方はその首根っこをひっつかみ、そう叫んで全力で逃げ出した。
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ダンジョンの暴走も終わり、午後の日も傾き始めたダンジョン基地。
普段なら使用した火器や装備の手入れや整備といったことをのんびりとやっている様子がうかがえるはずが、今日この日は類を見ない喧騒に包まれていた。
「敵はどこにいる!規模は!」
「稼働機はどれだけだ!どれだけ出せる!」
「弾薬の補充を急げ!弾を持ってこい!」
骨粉の集積地という、予想していなかった場所から骸骨が湧いて出てきたのだ。その数は10は軽く上回る。
相手は身長5mの骸骨だ。その巨体はライフル弾程度ではものともせず、故に歩兵では対抗できない。
その上、一切の警戒を行っていなかったところへの奇襲だ。ところかまわず暴れる骸骨に、有効な対策がとれていない。
もっとも、それでも腐っても自衛隊。軍隊である彼らは、それでも統率の取れた動きで現状の打開に向けて動いていく。
「殲滅しろ!一匹も逃がすな!」
ここにいる自衛官たちは他所の部隊とは違いしこたま実弾による射撃訓練を行っている。骸骨相手とはいえ、実戦を重ねている。
その上、ここを抜けられたらその先には市街地がある。
自分たちが倒れたら、直接この目で見た1年前の惨劇が繰り返されると理解している以上、何が何でもここで殲滅する必要があった。
「くらえや!」
物陰から飛び出し、旧式の無反動砲を構えた自衛官が中のそれを発射する。中にあるのは、対骸骨用に調整された、遅延式の榴弾だ。
それは狙い違わずに胸部に吸い込まれ、爆発してその骸骨を撃破した。
「よし、逃げるぞ!次だ!」
複数個所で爆発音が轟くのを聞きながら、近くの隊員にそう告げる。骸骨からすれば人間はちょっと大きなネズミ程度の大きさしかない。ヒット&アウェイで奇襲と離脱を繰り返すしかなかった。
「っ! もう一体、いや二体!挟まれた!」
通路を挟み込む形で現れた二体の骸骨。逃げ場はない。
「ちっ。弾ぁ、再装填!倒して逃げるぞ!」
「は、はい!」
その場で再装填を始める部隊員。しかし、その装填が終わる時間と、骸骨が近づき彼らを蹴散らす時間とでは後者の方が早かった。
見る間に近づき、彼らを踏みつぶそうとしたその瞬間。
「動くなよ!」
通路にあったゲートからMULSが出てきた。両手に武器は持っていない。火器の類は自衛隊管理だ。もしものために待機していた彼らであるが、武器が無ければ骸骨は倒せない。
それでも仕事はちゃんとした。その手で骸骨につかみかかり、押し留める。
数刻の間だが、これで骸骨は行動不能だ。
それだけあれば十分だった。
「くたばれ!」
再装填を終えた歩兵が無反動砲を構え、発射した。それはしっかりとその胸部に見事吸い込まれた。
爆散し、崩れ落ちる。
「ひゃっほいやったぜ!」
「わかったから逃げてくれ!足元にいると踏みつぶすぞ!」
その声に、慌ててMULSの後ろに逃げ込む歩兵。のこった骸骨が、MULSと対峙する。
が、それはもう脅威にはならない。MULSを骸骨は倒せない。MULSが注意を引き付けている間、再装填を終えた歩兵が攻撃すれば済むからだ。
他の場所でも似たような光景が繰り広げられる。MULSが盾となり、その後ろから歩兵その他が攻撃を行って骸骨の殲滅を始めたのだ。
「轢き潰せえええ!」
中には戦車で突貫し、コアごとその質量で引き潰してしまったバカもいた。後で始末書だ。
とまあ、こんな感じで混乱こそ起きたものの、起きた事態そのものは終息へ向けて動き始めていた。
骸骨の規模自体がそこまで大きくなかったこともある。
しかし、よくない方向にもその原因はあった。
「外周部に生き残りだ!市街地に向かってる!」
骸骨の一部が市街地へ向け移動していたのだ。このままだと、戦車一つない市街地では骸骨の一方的な虐殺が始まってしまう。
「追撃するぞ!動ける奴は付いて来い!」
それでも応答は早かった。
戦車に乗った男が声を張る。早速準備を終え、敵の殲滅に向け戦車を前進させた。
他にも数両、動けた戦車がついていく。数はそこまで少なくはないが、骸骨の数も暴走のときに比べれば微々たるもの。殲滅は容易と考えられた。
戦車隊は車列を組み、基地外縁部に向け進撃する。
敵を探し、そして補足する。
そいつらはこちらに背を向けて、どこかへ向けて移動をしているようだった。
男はそこで戦車たちに指示を出す。ここで砲撃をかまし、敵を殲滅するのだ。
戦車たちはの指示に従い、横列に並び背を向ける敵を照準する。
「HQ、敵機発見。これより殲滅する」
指揮所にそう連絡し、その男は砲手へ向けて発射の指示を出そうとした。
「攻撃中止!」
まさにその時、指揮所からそう命令が下る。
「どういうことだ!このままだと市街地に到達するぞ!」
思わずの命令に、そう食って掛かる男。
それに答える指揮所の男。
その答えは、簡潔だった。
「敵の後ろを見ろ!市街地だぞ!民間人をまとめて撃ち殺すつもりか!」
敵の移動する先には、人が住む市街地があった。
そこには当然、民間人が生活している。骸骨をたやすく貫く戦車の砲弾では、ここから撃てば向こうまで跳んでいく危険があった。
国民の生命と財産を守るための自衛隊だ。その自衛隊の手で民間人が死んだとなれば、自衛隊の存続にすらかかわる。
むやみな攻撃指示は出せなかった。
「だからってどうする!このままじゃあいつらが民間人を襲うぞ!」
「ヘリ部隊に応援を呼んだ」
「それが間に合うのかよ!」
「だからと言って攻撃は許可できない。攻撃は中止。これは命令だ」
「クソが!」
ヘッドセットを投げ捨てる。こうなるともう、彼らには何もできない。
遠ざかる骸骨の背中を見つめるしかできなかった。
そして、それを見つける。
「………。ちょっと待て、あいつは何だ」
骸骨の後方を追いかける、一体の鋼の巨人。
MULSだ。MULSが一機、敵を追いかけて向かっていた。
すぐさま、指揮所に連絡を行う。
「HQ、MULSが一機、骸骨どもを追いかけてる。どういうことだ」
「そのような命令は出していない。どういうことだ?確認する」
先ほどとは違い、別の意味で慌ただしくなるダンジョン基地。
目の前のMULSはそんなことは無視し、目の前の敵めがけて突っ走っていた。
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事は少しさかのぼる。
射撃場で狙撃銃のテストをしていた時、彼女たちはその異変に遭遇した。
「! な、何!?」
いきなり鳴り響いた警報に、思わずそう声を荒げるミコト。
「基地で何かあったみたいですね」
若干落ち着いた様子で椿が言う。
「それは解ってます。けど、何が……!」
そこまで言って、原因が判明する。
MULSのカメラが、骸骨を確認したのだ。
そこは骨粉の集積所。バリケードの外側で、当然そこに湧くとも思っていない。
だから対策も立てていない。そこに骸骨が集団で湧いて出た。間違いなく、アレが警報の原因だ。
そして、ところかまわず暴れだす骸骨たち。
「な、何とかしないと…」
事態の対処に向けて、動き始めるミコト。
「待ちなさいな」
それを、椿が制止した。
「落ち着きなさい。もう基地の方でも対応してるみたいですし。今から私たちが行く意味はないですよ」
その通りだった。混乱こそしているものの、初動が早かったからか鎮圧は急速に行われている。
予想外の奇襲であったが、問題があるようには見えなかった。
しかし、それは基地の内側から見た場合のことだ。
「……あれは?」
ミコトはある一角を指し示す。集積場と同じ外縁部。そこにいる骸骨たちは、基地内部の殲滅に集中している彼らには見えていないようだった。
そして、その骸骨たちは侵攻を開始する。
その方向は一直線。基地の方ではない。その方向は山がちなこの場所から下った麓の場所。
そこには、市街地があった。
「! 行かないと!」
そのことに気が付き、ミコトはMULSを前進させようとする。
「待ちなさいって」
しかし、それを再び椿が制止する。
「貴方が行く義務も、使命もないですよ。行く必要はないです」
椿の言う通りだった。ミコトたちに交戦許可は下りていない。
彼女たちがすべきは、自身の身の安全の確保だ。MULSドライバーとしての仕事も、ダンジョン内部の物であり、それも自衛隊では対処ができないから。
その外での出来事は、基本的に自衛隊のすべきことだった。
彼、彼女らの、徴兵されたMULSドライバーたちの出る幕は本来無い。
「でも…」
「でもも何もない。第一、それは自衛隊の仕事よ。貴方はお呼びじゃない」
「けど、このままほっといたら、あのままだと町の方に移動しちゃう」
「それも含めて、自衛隊の仕事ですよ。彼らならきっと何とかしてくれます。むしろ、貴方が前に出て、誤射を恐れて打てませんでしたじゃ意味がないでしょう」
「それは、そうですけど…」
「じゃあ、納得してください。ほら、もう戦車が出てきました」
その言葉と共に、戦車が姿を現す。あの火力なら、十分に対処可能だ。
しかし、その期待は裏切られる
『攻撃中止!』
それは、戦車の砲撃で骸骨を殲滅しないということだ。その後のやり取りで、現状では攻撃不可であることを突きつけられる。
そして、その言葉を聞いたミコトの行動は早かった。
「あ、ちょっと、待ちなさい!」
椿の静止も振り切り、スコップをひっつかんでローラーダッシュ。
骸骨を追いかけて市街地へ向かう。
戦車他、既存の兵器、火器類では流れ弾が怖くて撃ち殺せない。
なら、MULSで近づいて殴り殺せばいい。
それなら誤射は絶対にしない。
ミコトの近接格闘能力そのものに不安は残るが、敵自体MULSで対処するならそこまで危険じゃない。
やるだけの価値は十分にあった。
ミコトは通信機をカットする。どうせ叱られるのは解っているのだ。何を聞いても無駄だろう。
ミコトは敵を追いかけて、市街地へ向けて疾走した。
誤字修正
「キロで千円。トンで1000万円か。結構すごいな」
「ゼロが一桁飛んでった!」