3-21 迎えに来ました
樹たちがダンジョンへと突入し、ミコトたちが射撃テストを行っていたそのころ。
「うーん…」
美冬は目の前の装置を前に、唸っていた。
目の前の装置は以前使ったコアの通信手段を知るために作った特殊な観測装置だ。
今そこにコアはない。あるのは別のモノ。
骨粉だ。コアが操る端末のそれが今据え付けられていた。
コアが操るのは骨粉だ。当然、何らかの手段で骨粉へと情報を伝達する以上、こちらにも何かあると考えるのが普通だろう。
というわけで、今現在、骨粉の方を装置にかけて、何かしらの反応が出ないかの検査を行っていたのだ。まあ、末端なので、このままでは何の反応も示さなくても不思議ではないのだが。
「うーん、これはいったいどういうことかしら」
そしてミオリは現在唸っていた。目の前の骨粉の検査結果に対しての反応だ。
正直、結果はどっちでもよかった。反応がない。反応があった。どちらの結果にしてもそう言うものだということで納得できただろう。
「まさか両方出てくるとは思いませんでした」
結果が両方出てきたからだった。正確に言うと、複数の試料を試して、その結果ごとに反応したり反応しなかったり。まあバラバラな結果になったのだ。
「なーんでこんな結果になるの?全部同じならそういうもので済んだのに」
何度調べても結果は同じ、装置の誤差も考えられない。
反応があるか、反応がないか。
明確に分けられたこの結果は、骨粉に何かしらの違いがあることに他ならない。
しかし、その違いが判らない。少量をコアに接続してみても、まったく同じようにコアは骨粉を操る。
正直、訳が分からなかった。この二つの結果の差はいったいどこから来るのか。
「もうちょっと調べてみますか」
美冬はそう言い、パソコンに指示を出し始めた。
-------------------------------――――
「せいっ!」
気合と共に剣を振る。それは骸骨の胸部に吸い込まれ、そのコアを叩き壊した。
骨粉の山となったのを確認して、僕は周囲を確認する。
そこには僚機にブロアーシールドでコアを摘出され、砕かれていく骸骨たち。
ここでの戦闘はこれで終わりだった。
「損害は?」
「どこも問題なし」
こともなげに一機のMULSがそう言う。実際、彼らに損害らしい損害はない。
ここはダンジョンの第2階層。僕たちは順調に歩を進めていた。
「弾薬は?」
「そっちもまだまだ残ってる。まあ、7割に近づいてはいるが」
「さすがにあの数を素手でっているのはなぁ…」
ダンジョンを降りた直後、僕がここにたどり着いた時と同じように、骸骨の集団が待ち構えていたのだ。
アレのおかげで、僕たちは大分弾薬を消費してしまっていた。
「道のり的に、弾薬は持ちそうか?」
「あの規模がもう一度来なければな。今のところ、素手で対処可能な規模しか遭遇しなかったからそうそう弾薬は消費しない。まあ、大丈夫だろう。樹君もいるしな」
「僕がですか?」
「ああ、誰でも使える代わり、この盾で倒すとなるとやっぱり時間がかかるからな」
彼らの攻撃はブロアーシールドによる骸骨の体を構成している骨粉を液状化させるものだ。
空気と流すというワンクッションがいる以上、剣で殴りつけるよりも時間はかかるし、タンクの中のエアがなくなれば、再充填するまで攻撃不能になる。
誰でも使える代わりに殲滅効率が落ちるのが、ブロアーシールドの欠点だった。その性質上、味方と同数以上の相手をすることはできないだろう。
「近接戦闘に限っての殲滅効率は、樹君の方が高い。樹君が余った敵を引き受けてくれるから、俺達も目の前の敵に集中できる。大分助かってるよ」
「そうですか、それは、その。ありがとうございます」
思わずの言葉に、そう答える。
「それで、肝心の目的地まではあとどれくらいあるんだ?」
「もうそこまで遠くはないです。あと15分もあれば到着するはずです」
「そうか、じゃあ日が出ているうちには戻れそうだな」
「そうですね」
そのMULSドライバーの言葉に肯定する。今で丁度お昼時。前は出ていくだけで半日かかっていたが、ダッシュユニットのおかげで単純に歩くよりも移動速度は速くなっていた。このペースなら、夕暮れ前には帰ってこれるだろう。
「と、話しているうちにまた団体さんだ」
通路の奥から敵。骸骨だ。数は見える限りそう多くない。
全員素手で倒せる規模だ。
それを確認し、各々が獲物を構える。
「全機前進」
それを確認して、永水さんは号令をかけた。
--------------------------
「敵は?」
「いない。ただ問題が発生した」
あれから歩を進め、もう目的地まですぐそこのところで、一機のMULSがそう言った。
「何があった?」
「弾薬消費量3割。既定越え」
ここまで来て、とうとう手持ちの弾薬が帰還規定の消費量3割を超えたのだ。
普通なら、ここで即引き返すべきだった。が、
「どうする?帰るか?」
「いや、目的地までもうすぐそこなんだから。ここで諦めるのもめんどくさいだろ」
「だよねぇ」
「それに樹君、先行っちゃってるし」
後方で何か言っていたが、僕にはそれを聞く余裕は無かった。
見たことのある場所、見たことのある通路。
ここを曲がれば、そこにあるのは袋小路と化した小部屋だ。
通路を曲がる。そして、記憶の通りにそこは小部屋だった。
何もない空間に、鋼の山が4つ。
MULSだ。あの時擱座したそのままに、四肢を投げ出してそれはそこに存在していた。
そして、そのMULSの乗り手も、またここに存在していた。
周囲に敵はいない。湧いて出てくる様子もない。
それを確認し、僕はMULSを膝立ちにし、駐機姿勢を取らせる。
そして、上部ハッチを開けて、僕は外へと降りて行った。
地面の砂を踏みしめて、僕は目の前のソレへと近づいていく。
そして、その目の前へと辿り着いた。
本来無臭のはずのこの空間に、本来無いにおいがある。
それは決していいものではない。むしろ、顔をしかめるほどに悪臭だ。
それは目の前から発せられている。
「ああ…」
僕は目の前の状況に、思わず膝をつく。
目の前にあるのは、あの時死んだ、僕のチームメイトだったMULSドライバーだ。
その姿は、見るも無残なものへと変貌していた。
一言で言えば、腐っていた。
そうとしか言えなかった。
ところどころ腐り落ちて中の体液が一面を汚し、それが悪臭を放って僕の五感を圧迫する。
正直言って、直視できるような状況じゃない。本来なら見たくない。
けど、僕はそれを見た。目を離さなかった。離せなかった。
無残だ。死んだだけで、こうなる。見るに堪えない姿になってしまう。
僕が生きていたのは、単に運が良かっただけだ。一歩間違えばここに僕の死体があった。
それは彼らも同じだった。運が悪かった。それだけで死んだ。
そして、ここに置き去りにされた。置き去りにした。
「今、戻ってきました」
何も言えない、彼らに対して言葉をかける。
「置いていってすみません」
これがダンジョンというものなのだろう。余裕がなければ、死体は置いていくしかなくなる。その回収も難しい。
さらに奥へと行けば、それだけその遺体を回収することも困難だ。
「暗かったですよね。寒くはなかったですか」
そして、日の光を見ずに、ここで腐って朽ちていく。そして風化して、ここにある骨粉と見分けがつかなくなる。
それは、あまりにも残酷だ。少なくとも、現代日本でそれは残酷な分類に入るだろう。
唯一の幸いが、彼らを墓場へと連れていけることなのだから。
「帰りましょう。みんな待ってます」
目元が熱くなるのを、服の袖で拭いさる。
後ろから、追いついたMULSの光が僕たちを照らしていた。
もうちょっとだけ続くんじゃ。