3-20 思いを胸に、いざ突入
薄青く光る狭い空間に、曳光の流れ星が横方向へと流れていく。
流れの両端には人型の巨大な何か。
流れの源流には鋼の巨人。流れの終端には巨大な骸骨だ。
そこはダンジョン内部。暴走を終息させた現在、僕たちは予定されていた行方不明のMULSドライバーの元へ向けて進撃の真っ最中だ。
その時現れた骸骨の小集団に対し、冒頭の流れになる。
骸骨たちに機関砲の攻撃に対抗する術はない。見る間にコアを撃ち抜かれ、瞬く間にその数を減じていく。
「前に出ます!攻撃をやめてください」
「攻撃中止!」
僕の言葉の永水さんの掛け声で銃撃が止み、開いたそこへと僕はMULSを前進させていく。
目の前には、先の攻撃で生き残った骸骨だ。
「新装備を試してみます」
「了解。気を付けろ」
「はい」
そのやり取りと共に、僕は構えた新装備を起動させた。
今回使用する新装備。その種類は盾になる。
右手に装備されていた圧延鋼板の盾に打って変わり、そこには新たなそれが装備されていた。
その形状はカイトシールドと呼ばれるものに分類されるだろう。盾型のエンブレム等にも使用されるような、5角形の、スコップの刃の部分のような、アレだ。
その材質は基本的には鉄製。盾の先端部分は、殴りつけるための衝角として設計されている。
ここまではまあ、形状を変えただけの普通の盾だ。まあ、新たな設計という意味では新装備だが、当然そこで終わりじゃない。
よく見ないとわからないが、その盾の先端、衝角部分に当たる場所には複数の穴が開いていた。
その穴は盾の上部、反対側の広いカ所に繋がっており、そこには新規でタンクのようなものが装備されている。
そしてそのタンクにはさらにチューブが伸びており、それは腕を伝って肩まで伸び、そこにある箱形のユニットに接続されていた。
その箱型ユニットからは、トトトトトとアイドリング中のエンジンのようなリズミカルな音が漏れ聞こえている。
それがこの装備の全容だ。
さて、新しくもらったこの装備。どう使うのかは設計者である大矢さんからおおざっぱに説明を受けている。
まず衝角の名の通り、盾の先端部を骸骨に突き刺します。先端は突き刺しやすいようにとがっているため、力は必要ありません。
衝角が骸骨に埋没し、先端部に開いていた穴が骸骨の中に入ったことを確認したら、盾の能力を開放します。
というわけで、僕は盾にゴテゴテつけられた装置の弁を開放する。
盾に装備されている新機能。その機能が何かといえば、簡単に言えばコンプレッサーだ。
肩のユニットで空気を取り込み圧をかけ、盾に装備されたタンクに圧と空気を保存し、必要に応じて衝角部に開いた穴から噴出させる。
構造は大掛かりだが、タイヤの空気入れに使うアレが、そのまま組み込まれたと思ってくれて構わない。
さて、そんな市販の品でも作れそうなそれを使って、一体何が起こるのか。
答えはすぐに起きた。
骸骨の表面に、ふつふつと沸騰したように気泡を吹き始める。
内部に送り込まれた空気が、骸骨の内部を通り、外へと抜け出ているのだ。
それはだんだんと規模が大きくなり、それに伴い気泡も大きく激しくなる。
そして、ついにはその形を維持できず、ドロリという表現がふさわしいようにその身を溶かし始めたのだ。
もちろん比喩だ。空気の泡によって形を維持できなくなり、骨粉が流れ出てまるで溶けたかのようにふるまっているのだ。
しかし、それもある一定のところで止まり、形は崩れたが盾を抜けばすぐに修復するだろう。
ただし、そこで終われば、の話であるが。
骸骨に突き刺した盾の衝角。その部分に、何かが落ちた感触をセンサーで確認する。
僕はそれを確認し、ゆっくりと骸骨から盾を引き抜いた。
骸骨から引き抜かれる盾と共に姿を現したのは、青く光る丸い宝玉。
コアだった。完全に引き抜かれ、骨粉の柱と化していたそれが完全に崩れ落ちていく。
後はこのコアを砕いてしまえば、この骸骨は討伐完了だ。
「…うまくいくもんですね」
僕は誰にともなくそう呟いた。
先の攻撃、衝角を突き刺したのは骸骨の下腹部だ、コアの位置は大体心臓の位置なので、普通に引き抜いても取り出せはしない。
だが現実には盾の上にコアが乗っかっている。勿論からくりはある。
流した空気がその原因だ。
「流動層だったっけ?ほんとに、あの人はポンポンポンポンと…、よく思いつくな」
流動層、または流動床と呼ばれる現象を利用したのだ。
流体、今回は空気を上方向へと流し、その流体の流れを利用して個体粒子を懸濁浮遊させる。
ザックリ言ってしまえば、空気を流して、骸骨を構成する骨粉を液状化させたのだ。
本来なら構成した骨粉を土台に骸骨内にコアを固定するはずが、流動化した骨粉では自重を支えきれず、沈下してその先にある盾の上へと乗っかる羽目になったのだ。
後は盾を抜き取れば、骨粉とコアの分離に成功。後のコアは砕くも持ち帰るも自由自在。というわけだ。
「実験は成功というとこかい?」
そう聞きながら、永水さん以下チームの皆がこちらへと集まってくる。
「そうですね。時間はかかりますけど、安全に対処できます。一桁台の小集団なら、弾薬を消費せずに済みそうです」
ブロアーシールドと名付けられたこの装備。例によって急増品だがこのチーム全員に装備されている。格闘技能が無くても扱えるので、個体数の少ない敵の小集団程度なら火器の使用をしなくても制圧、殲滅できると考えられた。
「つまり…」
「はい。第二階層、突入できます」
僕が遭難した時、手持ちの弾薬をすべて使って、何とか生きて帰ることができた。
今回は往復なので距離的には倍になるうえ、弾薬消費量が3割を超えたら帰還するという制限付き。
この装備があるのとないのとでは、そもそもの作戦が達成可能か検討する余地もなかった。
突入ギリギリで納入され、ぶっつけ本番で使う羽目になったが、これで予定通りに事を運べそうだ。
「了解。では予定通り、第二階層入り口まで前進する。各機、フォーメーションは解っているな」
「「「はい」」」
「よろしい。じゃ、前進する。」
「「「「了解」」」」
その言葉と共に、ダンジョン奥へ向けて進撃を開始した。
-------------------------------―
ところ変わって地上。
基地内ではあるが、その外縁部に当たる場所。ところどころクレーターができていたり焦げた跡が残っていたり。
ここはこの基地の射撃場だ。装備品の試射や射撃訓練に使われる。と言っても、射撃場とは名ばかりの、碌な整備もされていない平原ではあるのだが。
そんな場所に、MULSが二機。
一機は両手で火器を持ち、突き立てたスコップを支持台にして射撃場へ向けて発砲を行っていた。
その火器はMULSドライバーが使う20㎜機関砲とは少々趣が違う。
基礎にあるのは普段の20㎜機関砲と同じ汎用銃架なのだが、両手持ちがしやすいようにハンドグリップが前方に延長されている。
他には普段よりも高価な観測装置と測距装置が取り付けられ、射撃精度が向上。
あとは銃そのものも普段の機関砲とは違い電力を使って機関部を動かす構造をした、俗にいう、チェーンガンというやつであり、たとえ機関砲が弾詰まりを起こしても動作するようにされていた。
銃架に乗っている砲そのものも、普段の寄りは幾分長い銃身を持っており、銃について少しでも知っている人ならば、それが狙撃銃に分類されるものであることは十分に推察することができる外観をしていた。
そして、事実それは狙撃銃である。
「うあー。今頃樹きゅんはダンジョンの奥目指して進んでるんだろうなー」
そして、その狙撃銃を持ったMULSのドライバーは、先に話して合った通り、青葉 椿その人だった。
予定通り、MULS用の狙撃銃の射撃テストを行っているのだ。
標的めがけ、ドカドカと手にもつ狙撃銃を乱射する椿。一見乱雑に見えて、その実その弾道は1km先にある紙製の的を端から削るように当てていく。
「あ、あの。椿さん。は、早い、早いです。計測が追いつきません」
自身の不満をぶつけるように銃を乱射する椿に対し、制止を促すのはもう一機のMULSに乗るミコトだ。
「さっさと終わらせて樹きゅんのところにゴー、トゥ、ヘヴン!今頃樹きゅんたちは魔物の軍勢に孤立奮闘!そんなところに私さっそうと登場!助けてそのままベッドに連行!こんなところでちまちま撃ってらんないわぁ―!」
「お、落ち着いてください、お願いします。データが取れません。あ、あの、話を聞いて」
少々どころではない感じでやばいことを口走っているとミコトは感じた。が、今はそれ以上に暴走気味の目の前の女を停めることが先決だった。
目の前の光景と言動にパニックを起こしつつも、どうにかなだめようと思考を巡らす。
しかし、椿はミコトの言葉に耳を傾けず、ストレス発散とばかりに乱射を繰り返す。
一向に話を聞かず、自分の欲望をそのままに喚き散らす椿に対し、
「襲って既成事実!そのままゴォールイーンだぁ!」
「! 樹君は渡しません!」
いつの間にかそんなことを口走ってしまっていた。
そのことに気付いた時にはもう遅い。ピタッと、熱を持ち始めていた狙撃銃の引き金を緩め、椿が射撃を中止する。
その頭部は、ミコトの乗るMULSをじっと見据えていた。
「あ、あの…。えっと…」
こちらを見て微動だにしなくなった椿に対し、ミコトは狼狽える。
何かヤバい事でも口走ってしまったのか、いや、口走りはしたのだが、それはそれとして無反応を貫かれるとどういった反応をすればいいのかわからなくなってしまう。
「……」
「……」
しばらく沈黙が流れ、そしてその静寂を破ったのは椿の方だった。
「寝取り系もいいわね」
「あの、ねと…え?」
「んーん。こっちの話」
話の内容を理解できず、思わず聞き返したミコトに対し、椿は何でもないと制止する。
そして銃を再び構えなおし、射撃を再開し始める椿。今度は連射ではなく、それなりに常識的な速度で射撃を行う。
未だ混乱を続けたミコトであったが、目の前の状況は正常なテストが行える状態だと判断できたので、慌てて危機の計測を開始する。
「ていうかさ、ミコトちゃんだっけ?」
「え?あ、はい」
正常にテストが開始されて間もなくして、そう椿が話しかけてきた。口は動かしているが、同様に手も動いているので問題ない。
「やっぱ君も、樹君狙ってるんだ」
「え、ええええええええ!?」
思わずの言葉に、ミコトの言葉が裏返る。いや、まあ、先の問答でそういたことを連想するのは無理からぬことではあるのだが、こうも直接的に聞いてくるとは思っていなかったのだ。
「え、と。あの、その、えっと…。よく、分からないです」
椿の言葉に対し、混乱しながらもそう返すミコト。今のところはそれしか言えなかった。
ダンジョンで遭難した日の夜の出来事から、大矢の馬鹿の言動から、そう言ったことを連想しなかったわけではない。
彼女自身、それに嫌を言うつもりはないし、彼に問題があるというわけでも無かった。
問題があるとすれば、それはミコト自身の方だろう。
樹との一件のおかげで、彼女の強迫観念じみた義務感や自己犠牲的な行動は一応の鎮静化を見せていた。
ただし、完全になくなったかといえばそれは確実に否であり、そのような状況にならなかったという面も大きい。
状況が状況なら、ミコトはまた同じことをする。彼女自身、その自覚があった。
その上で、何かあったらミコトについていくと言っていた樹とそう言った関係を持ったらどうなるか。
たぶん、本当にどこにでもついてくるのだろう。それが死ぬ危険しかない場所であっても。
もう手遅れかもしれなかったが、自分のわがままに彼を付き合わせるのは気が引けた。
ミコトはそう考えるが故に、樹とそう言った関係になることに二の足を踏んでいたのだ。
「まあ、何でもいいですよ」
ミコトの答えに対し、あっけらかんと言い放つ。そもそもどんな答えが来てもどうでもよかったという風だ。
実際彼女にとってはどうでもよかったのだろう。何せ、
「私が樹君のハートをぶち抜いてあげるんですから、どんな気持ちだろうと関係ないのですから!」
そうのたまっていたからだ。
そのまま高笑いを続けながら、的をきれいにこそぎ落としていく椿。そんな様子を見ながら、
(撃ち抜いちゃってハートブレイクされないかな…?)
などと、ある意味余裕ともとれる思考で椿の言動を案じるのであった。
何とかかけたで。人書くよりも装備回り確報が筆が進むっていうね。