3-18 オマエ、変態だな
「お前らぁ!スコップは持ったな!」
『応!』
「やることは解っているな!」
『掘って、集めて、持ち帰る!』
「注意事項は解っているか!」
『安全、安心、堅実に!異変があったら即退去!』
「よおし。行くぞお前らああああああ!」
『バンザアアアアアアアイ!』
掛け声と雄たけびを、わざわざスピーカーから鳴り響かせて、そのMULSの一団はダンジョンめがけてローラーダッシュ。
普段とは打って変わって元気にダンジョンへと飛び込んでいくそのMULSの一団を、僕は遠くから眺めていた。
今の彼らはさしずめ炭鉱夫だ。スコップ片手にコンテナを背負い、ダンジョン内にある骨粉を回収するためにダンジョンへと潜り込んでいく。
以前話があった通り、ダンジョン内の資源回収が目下の優先事項となったため、彼らは資源回収のために駆り出されることになったのだ。
ついこの前から作業が始まり、日ごとに彼らの勢いと熱意は増していく。
バリケードの外に新たに作られた集積場には、既に集められた骨粉が山を作り始めていた。
彼らが元気なのには理由がある。単純に、お金になるからだ。
月払いの徴兵による給料に加え、集めた骨粉に対して歩合制で賃金が支払われるのだ。
ここにいるMULSドライバーたちは、一年たったら徴兵を解かれる予定にある。
そこから先は無職だ。いくら月の給料がそれなりに破格とはいえ、たった1年となるとその量もたかが知れている。
この話に飛びついてくるのは当然のことだった。
ちなみに、スコップによる近接攻撃は結局できなかった。そのため、1チーム2機ずつ火器を持ったMULSが自衛と警戒に当たり、残りが資源の回収に努めることになる。
「じゃ、僕らも行こうか」
「あ、うん」
僕はそれを眺めて、隣にいたミコトさんにそう言った。今日はここ最近いろいろあってできなかった、ボーリング作業の再開だ。
何故かミコトさんもスコップを持ってきていたが、スコップだけじゃ何もできないし、放っておくことにした。
理由はどうあれ、できることが増えるのはいいことだし、スコップで穴を掘るのは近接格闘の練習にちょうどよかった。
「今日は下まで掘りぬけるかな」
「時間ぎりぎりかも」
「じゃあどうしようか。早めに切り上げて明日仕上げる?」
「あの、私は遅れても大丈夫だから」
「あ、そう?じゃあ今日中にあそこ仕上げちゃおうか」
「うん」
さて、今日も今日とてボーリングだ。
-----------------------------------
一方そのころ。
ここはミオリさんの執務室。そこに4名の人物が佇んでいる。
一人は部屋の主、佐倉 ミオリ。
一人はその副官と化している永水 恭介。
一人はMULSの設計者。大矢 光彦。
「納得がいきません!」
そして最後の一人、ミオリに対して食って掛かる若い女性。
青葉 椿。永水のチームの一人だ。
なぜ彼女がここにいて、かつ先のようにミオリに食って掛かるのか。
それは、
「どうして私がチームから外されるんですか!」
彼女が、永水のチームから外されることになったのだ。
というのも、理由はある。
「…何度も言っているけれど、貴方たちには、ダンジョンで行方不明になったMULSドライバーたちの捜索をお願いするつもりよ。その間、貴女には支援用の大型火器類の運用テストをしてもらいたいの」
「だから、何でそのタイミングで私が外されるんですか!日程をずらしても問題ないじゃないですか!」
「装備の開発は急務なの。貴方を無駄に遊ばせておく理由はないわ」
もうすぐMULS用の新型火器がこの基地へと運ばれてくる予定だ。狙撃手向けに調整されたそれには当然その技能を持った人間が必要であり、その中で適任なのが彼女だった。というわけだ。
もっとも、それだけならば彼女も特に嫌はない。ダンジョン攻略そのものには興味はないのだ。
だがしかし、彼女がそのうえで食い下がる理由も当然ある。
「樹きゅんも行くんでしょう!?だったら私も、彼の身の安全を保障するためについていかなきゃいけないです!これは使命なんです!だからその指示には従えません!」
ということだ。行方不明、というよりも、既に死んだMULSドライバーの遺体の回収任務。
その遭難地点の水先案内役として、樹も参加することになったのだ。
もっとも、そのことにミオリ自体は否定的だった。彼をその任務に加えることは、危険度の高さから推奨できなかったからだ。
結局彼の近接格闘能力はいざというときの対応力に優れるため無視できず、データがあるとはいえ案内役がいるのが助かるのは事実な上、彼自身やる気があった為、最終的には認める羽目になったのだが。
そして、樹が行くことを知った椿がごねはじめ、そして冒頭の様子となったわけである。
「戦力的には十分ですし、よしんば足りなかったとしても、他の人を割り当てます。代わりが効きます。装備品のテストには、貴方以外務まりません。やってください」
「嫌です!」
そう言ってごねる椿。
「どうせそうやって、私を樹きゅんから引き離すのが目的なんでしょう!そうに決まってる!」
最終的には、そう言い放つ始末。
「当たり前だろ」
しかし、その声に不覚にも同意の声が響いた。
「どういうことですか、永水さん!」
同意したのは、今まで沈黙を保っていた永水だ。
「自分が進言したんだ。お前を樹君から引き離すためにな」
心底うんざりした様子で、永水はそう呟く。
「どういうことですか。私が一体何をしたっていうんですか」
「何をした、ねえ?」
その言葉に、永水さんが呆れたように笑った。
「難癖付けて夜這いをかけ、風呂を覗こうと近寄り、盗聴器を仕掛けようとしたのが、何をしたの中に入らないなら、お前は何もやってないんだろうな」
「つまり私は何もしていないんじゃないですか。不当な罰ですよコレ」
「何が不当だ、ふざけるな!」
とうとうキレる永水。その隣でミオリがこめかみを押さえる。
「お前がやってるのはな、未成年に性的な目的をもって近づいてわいせつな行為を働こうとしてるってことだぞ、樹君が女で、お前が男ならどう思う?犯罪だぞそれは」
「私は女だからつまり何も問題ないということですね」
「んな訳あるかボケがああああああ!」
「いやあ、そんなに怒鳴っても喉枯らすだけですよ?落ち着いて、落ち着いて」
永水の怒声にも椿はどこ吹く風である。
「あのですね、永水さん。貴方は少し勘違いをしているのですよ。私、別にイツキきゅんにそういったわいせつな行為を働こうなんて、微塵にも思っていないですよ?」
「先のイベントで、『電脳新入生の若い子たちをを私の手でぶち抜いてやったぜ。これもう疑似だけど姦通でいいよね、初 物 姦 通。あー本当に食べたーい。勿論性的に』て言ってたよな」
「……………イヤダナア、冗談ニ決マッテイルジャナイデスかカヤダナア」
「その言葉、こっちを見てから言えるのか?」
「……………」
「やっぱお前、樹君のそばにはやれねえわ。」
「嫌だー!こんなムサイおっさんしかいない場所に拘束されるなんて嫌ぁ―!若い男の子が良いの!精通迎えたばかりの男の子に手取り足取り女の子の神秘を教えてあげたいのぉー!」
「黙れこの変態がぁぁぁぁ!」
そうやってすったもんだの言い争いを始める永水と椿。その間でミオリが頭を抱えてうずくまっていた。
「あの、それで。自分らはいつダンジョン潜るんですか?」
騒ぐ一角を放って置き、今まで部屋の隅で集まっていた男たちの一人が呟く。
彼らは永水のチームメイトだ。ここには最初からいたのだが、椿の喧騒で存在を消されていたのだ。
その呟きに、これもまた空気と化していた大矢が答える。
「来週だね。ダンジョンの暴走時期がそのあたりらしいから、暴走が終わった直後の数が少ない時を狙って突入してもらうことになるよ」
「何か注意することは?」
「樹君が返ってきた時の記録を見る限り、暴走が終わった直後でも100を超える骸骨が既に湧いている状況だったみたいだ。最低でもそれだけの数は相手にすると考えて行動してほしい」
「弾薬が足りるかわかりません。既定の7割を下回ったらどうしましょう」
「その時は規定通り撤退だ。既に死亡は樹君が確認している。危険をおかして達成しなければいけないものでもないんだ。今は無理だった。それも立派な成果だからミイラ取りがミイラにならないよう気を付けて行って帰ってきて欲しい」
「了解です」
「あと、樹君のこと頼むよ。志願してやりたいと言ってたけど、メンタルにどういった影響が出るかわからない。注意しておいてくれ。」
「わかりました」
「頼んだよ。生きて帰ってきてちょうだい」
「はい」
彼らはそうやり取りを交わす。
その背景では、大騒ぎする二人が今にも喧嘩を始めそうにしていた。