6-17 虎視眈々と狙われる
さて、目の前には骸骨がいる。高さ5mほど、ダンジョン内の化け物だ。
そいつはボケっと突っ立っており、こちらへ危害を加える意志があるとは微塵も感じられない。
それもそのはずだ。こいつはダンジョン産じゃないし、本来ここには存在するはずのないものだ。
ここは電脳スペース、その中でもサンドスペースと呼ばれる実験空間。
そこにこいつはいた。
つまり、こいつはデータモデルだ。
先の大矢さんの話の件だ。ダンジョン内で骸骨を多目的近接単槍、つまり、スコップで倒せないか検討してほしいというので、ここで実験することになったのだ。
というわけで、今僕が乗るMULSにはスコップが装備されている。僕以外にもチラホラと似たようにスコップ片手に骸骨を攻撃しているMULSがいる。たぶん僕と同じで頼まれたのだろう。
スコップで殴り、コアを砕けば検討は終了。簡単な話だと思っていた。
ところがどっこい、それがうまくいかない。
骸骨に近づいて、剣のようにスコップを振る。
「ああ、もう。またか!」
殴りつけたおかげで、コアを砕くことには成功した。
しかし、その衝撃でスコップの柄の部分がひしゃげてしまうのだ。
スコップはそれなりの長さと軽さを両立させるため、その構造は簡素であり、鉄板と鉄パイプを張り合わせただけのものだ。
基地の物資で急増できるもので作られているため仕方ない面はあるものの、さすがに一体倒しただけでおシャカになるというなら素直に銃をぶっ放した方がマシなのは明らかだった。
「大矢さん、これ本当に必要なことなんですか?」
僕は思わず大矢さんにそう聞いた。
これで実験を始めてから10度目の破損になる。
さすがに嫌気がさしてきた。
「必要じゃないけどな、できれば便利なんだから。実験してるのさ」
「どういうことです?」
「とりあえず、今のところ弾薬を消費しない攻撃手段が近接格闘しかないだろう?」
「ええ」
「その上で、実用に耐えられるのは今のところ剣しかない」
「そうですね」
「その上で、他に使える手段が何か考えたら、このスコップがまあ使えそうだっただろう?」
「まあ、確かにスコップも近接武器とはいえますけども」
ちょっと僕はそこで言葉を濁す。実際に実験してみて失敗しているのが現実だ。
「おまけに、どっちにしろスコップは大量に必要になるみたいからね」
「どういうことですか?」
「今いるMULSの全てにスコップを装備させる羽目になりそうなんだよ」
「え、と、つまり…?」
「あとで連絡があるらしいけど、ダンジョン攻略や魔物の間引きを中断して、内部の資源を回収するように御上から話があったらしいんだ」
「採掘ですか?僕たちに?」
「そうだよ。ダンジョン攻略は建前で君たちがする必要はないからね、そっちよりは、内部の骨粉を資源として回収させた方がお金になると考えたんだろう」
「成程。で、その為にスコップが大量に必要になると」
「そういうこと。んで、どうせ持って行くことになるならそれで魔物を駆除できれば効率がいいだろう?」
「だからスコップで敵を倒せないか検討してほしいということなんですね。暇な格闘技能持ちにも声をかけて」
「そういうことだね。それで、どうだい?近接武器として使えそうかい?」
「あんまりうまくいかないですね」
僕は大矢さんの言葉にそう否定した。
「強度が足りないんで、殴るとスコップが壊れます」
そう言って手に持った、殴打でひしゃげたスコップを掲げて見せる。
「突いたりとかはできないのかい?叩きつけるんじゃなくて」
「難しいですね。それなら素直に剣持たせて殴りかからせた方がマシです」
大矢さんの提案に、僕はそう答えた。
槍で突くというのは、人の体で行うとなると基本的に腰の筋肉を使い、腰のひねりを利用して突き出すことになる。
それをMULSで置き換えると、腰のタレットを旋回させて実現することになるが、構造上、そう早くMULSの腰は回せない。
結果としてつくという動作をMULSで行っても有効打は与えられないのだった。
元々、槍自体ゲームの中では使えない不遇武器の代名詞として扱われている。
本来、槍自体のメリットがより遠くの場所から攻撃するというものなのだが。MULSの場合、槍よりも銃の方がより長い射程を持つために槍のメリットがメリットとして機能しなくなっている。
そうなると残るのはまあ、武器の規模に対して非常に軽量であることなのだが、これがMULSの場合攻撃力の低下につながるためこれまたデメリットにしかならなくなっている。
挙句には槍の基本である突くという動作がMULSでは非常に難しいという結論も合わさって、MULSには合っていない。
結果、槍のメリット全てがデメリットへと姿を変えたため、槍はMULSじゃ使えない武器となってしまったのだ。
ぶっちゃけ、スコップで攻撃するくらいなら丸太でも持った方がマシだった。
僕がボーリング作業でスコップを使いこなせていたのは、地均しのために地面の表層を削るように使った結果だ。コアまで突き立てるような使い方をする場合、地面に突き刺すようなものなのだ。そんな使い方は僕にはできなかった。
「やっぱり?」
「ええ。ていうか、分かってたならそう言っておいてくださいよ」
「いやあ、こういうのって、できないっていう実績作らないとなかなか信用されないんだよ。悪いけど、もうちょっとだけ付き合ってね」
「むぅ。まあ、いいですけど」
その時、周囲に鐘の音が響き渡る。ちょうど正午になった合図だ。
「あ、昼か。じゃあ、樹君たちは昼飯行っておいで」
「大矢さんはどうするんですか?」
「私はこれから実験のレポート作らないといけないからね。すぐ終わるけどちょっと遅れてくるよ」
「あ、そうですか。じゃあ、お先失礼します」
「はいはい、いっといでー」
その言葉と共に、僕は大矢さんと別れ、現実世界へと戻っていった。
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というわけで、僕は今食堂に来ている。
余程のことが無い限り、僕たちはいつもここで食事をしている。
高い評価を受けていると噂される食事の質だが、僕にはよくわからない。もっとも、決してまずいわけではないし、普通にうまいとは感じるのだが。
さて、カウンターで食事を受け取ったわけだが、これからどうしようか。
いつもは大矢さんやミコトさんあたりと一緒に食べていたが、あいにくその二人はまだここにきていなかった。
まあいか、偶には一人でボッチ飯もいいかもしれない。
「あら、樹君じゃないですか」
そんな時に声をかけられた。声のした方向に振り向くと、腰まで伸ばした髪を持つそれなりに整った日本美人的な女性。ビン底的な丸メガネが特徴的だ。
その後ろには永水さん以下見知った顔。
「あ、椿さん」
昨日一緒に潜った、永水さんのチームだ。
丁度僕と同じタイミングで食堂にやってきたらしい。
「樹君も今からですか?じゃあ、一緒にどうです?」
「ええ、いいですよ」
そう椿さんが言ってくる。否定する理由もないので了承した。なぜかその背後で永水さんがヤバいというような顔をしていたが。
「樹君は格闘技能持ちなんですよね」
席に着き、食事を初めて開口一番、椿さんが僕にそう話しかけてきた。いつの間にか僕の隣に陣取っている。
「ええ、はい。格闘技能持ちです。椿さんは狙撃手でしたっけ」
「そうですよ。後方からの援護ならお任せあれ。です。(貴方の純潔も打ち抜いちゃうZE)」
「? そうなんですか。頼もしいですね」
何か言っているような気もするけど…、まあいいか。
「樹君は怖くないんですか?」
「? 何がです?」
「格闘技能持ちってことは、近づいて殴るってことでしょう?ほかの格闘技能持ちの方々もですけど、何でそんな危険なことをするんでしょうね」
「ああ、そういうことですか」
僕は椿さんの言葉に納得する。実際、ゲームにおいても、格闘技能持ちは畏怖の対象にはなるが、脅威にはあまりならない。近づかれなければ怖くないからだ。
それでも僕らは近接武器を片手に敵めがけて突貫していく。
何故するのかと言われたら、まあ、こう答えるだけだろう。
「それが僕がMULSに乗る、一番の醍醐味だからでしょう」
「醍醐味ですか…」
MULSに乗って敵の攻撃を装甲板で弾きながら肉薄し、必殺の一撃を叩き込む。
近接攻撃が可能な兵器なんてMULS以外に存在しないし、それ以外のゲームではビームやらシールドやらと何かしらの理由を付けて決定打にならないものが殆ど。
リスクは高いが、しかし決まれば一撃必殺。
それができるのはVRMMOメタルガーディアンだけであり、そしてMULSだけだった。
「敵の砲撃を掻い潜って肉薄し、必殺の一撃を叩き込む。格闘技能持ちの中で、この魅力にハマっていない人なんていませんよ」
「けど、近づけば近づくだけ、銃撃に晒されますよね。いくら死なないとわかってても、怖くないわけないですよね」
「それが怖くて格闘技能持ちなんかやってられませんよ」
「ははぁ、成程。(樹君は痛いのが好きフヒィありがとうございます)」
納得して頷く椿さん。何か聞こえた気がするし、椿さんは何か自分の体を抱きしめてるし、永水さんが何故か渋い顔をしているのだが、何だったんだろうか。
まあいいや。
「椿さんは、撃たれるのは嫌なんですか?」
「撃たれるのは誰だって嫌だと思いますけど」
「あ、そうですね。すみません」
「いえいえそんな気にしないでください。(ショタの困り顔フヒィ。おっと)私が狙撃手やってるのは技能的な意味もありますが、実際のところは一方的に攻撃できるのが大好きだからですね」
「あ、そうなんですか」
「はい。(ショタ)プレイヤー手の届かないところから(お姉さんが)リードを取って一方的に(もてあそんで)撃破するのが楽しいからですね」
「ははあ、そうなんですか」
その言葉に曖昧に頷く。
「あれ?私、何か変なこと言いました(やっべぇバレた?)」
「いえ、僕は気にしませんけど、他所の人が聞くとやばいよなぁって」
「(何が!?ショタ狂いが!?)え、と。やばいって何が…」
こちらの引き気味な様子に若干焦ったように見える椿さん。
「いや、椿さんが言ってることって、人をいじめて楽しんでますってことですからね。まあ、聞く人が聞けばやばいよなぁ、と」
「あ、ああ。そう言うことですか(よっしゃバレてなかったぁあああ!)」
「ゲームだとそう言うのって戦術ですから問題ないんですけどね」
「場合によるって言葉を知らないんでしょうね」
そんなことを話しつつ、というか、殆ど椿さんと会話しかしていなかったが、つつがなく僕たちは食事を済ませる。
「じゃあ、僕は先に言ってますね。付き合って頂いてありがとうございました」
そう言って僕は席を立った。午後からのスコップの格闘訓練がもうそろそろ始まってしまう。
「いえいえ、こちらこそ一緒に食事ができて楽しかったです。また一緒に食べましょう(今度は性的にNA!)」
「あ、ハイ」
「約束ですよ(よっしゃ言質取ったどー!)」
何か怖気を感じたが、それ以上に時間が押していたので急いで食堂を出ていく。
「…お前、次から樹君の隣禁止な?」
「何で!?」
「「「「子供の教育に悪いからだよ!」」」」
僕が食堂を出て行った後にそんなやり取りがあったのは僕の知るところじゃなかった。
何とか今週も投稿できそう。やっと話が進み始めた。