3-16 そのモノ、危険につき
僕はMULSを歩かせる。
目の前には全長5mほど、僕の乗るMULSと同じ高さの骸骨がいる。
明らかに人のそれではないそれは、内部にあるコアを核とし、骸骨の形をとっているだけの砂の塊だ。
ゴーレム。そう表現するのが、たぶん一番正しい。
より正確に言えば、砂を代表する微細粒子で作られているので、サンドゴーレムと分類した方がいいのかもしれないが、それは割愛する。
そいつは複数体でまとまってそこにいたのだが、僚機の攻撃でそのすべてはコアを破壊されて物言わぬ骨粉へと姿を変えていた。
目の前のソレは最後の一体だ。そして、こいつだけは僕の手で倒さないといけなかった。
まあ難しい話じゃない。
僕は剣を一閃。敵の上半身へと吸い込まれたそれは、その質量の持つエネルギーを余すことなく骸骨へと伝え、その身を弾けさせた。
亡くなった上半身の断面から、目的のものが姿をさらす。
それはコアだ。鈍く冥い、青い光をまき散らし、それは骸骨の体内から顔をのぞかせていた。
僕はそれに手を伸ばし、しっかりと掴んで骸骨の体から引き離す。
骨粉の一辺も残さずきれいに切り離されたとき、残っていた骸骨の下半身が崩れ、物言わぬ骨粉の山に成り下がった。
残ったコアは、大切に腰の弾薬庫へと収納する。
これで作業は終了だ。
「…ふう」
「いやー、凄いね」
一息ついた僕に対し、そう話しかけるMULSが一体。
そのMULSは他のMULSと違い、両手で手に持った機関砲を保持していた。
その為、盾は装備していない。射撃時に干渉するので付けられないのだ。
別に両手じゃないと撃てない、当てられないというわけじゃない。現にほかのドライバーは片手持ちだ。
その機体のドライバーにとっては、それがプレイスタイルなのだ。
勿論理由はある。
そのドライバーは狙撃手だった。AR表示されるNameは“ツバキ”
「ええ、と。青葉さん、でしたっけ?」
「そうだよ。青葉 椿。よろしくね?」
そう答える椿さんの声は若い女性の物。
MULSドライバーの中では珍しい、女性ドライバーだった。
「まさか椿さんがあの時の百錬だとは思いませんでした」
「洗礼イベントのときの剣持ち百錬が君だったとはね。」
彼女とは以前出会ったことがあった。
先のゴールデンウィーク中に、僕の乗る百錬の装甲を引っぺがした、アトラスを駆る永水さんと同時に出てきた狙撃手の百錬乗りが彼女だったのだ。
「あの時はどうも」
「いえいえこちらこそ。むしろこんなショタっ娘属性なんてありがとうございますフヒィ」
「…うん?」
最後の方は小声だったのでよく聞こえなかった。まあいいか。
「とりあえず、背中貸してください」
「あ、はいはい。どうぞーよろしくお願いします」
椿さんはそう言うと、機体の背中をこちらへ向けた。
そこには背部装備があった。僕が土木工事を行っていた時に使っていたものと同じく、それはコンテナだ。
ただし、コンテナとして機能するのは背部装備の上半分のみ。残りの下半分には僕たちの乗るMULSの腰に装着される、円筒形の弾薬庫が装備されていた。
背部装備のコンテナの容量を減らして、弾薬の積載量を増やすために改良したものだった。
もっとも、今回のそれには弾薬は一発も入っていないのだが。
僕は“ツバキ”のバックパックの弾薬庫を一つ取り外し、そこに僕の腰の弾薬庫からコア入りのものを取り外してそこへ入れる。残ったからの弾薬庫は僕の腰に装着した。
今僕たちはダンジョン内に入り、骸骨たちの駆除を行っている。
今回突入しているのは5班、僕を含めて26機のMULSがダンジョン内にいる骸骨たちを見つけては殲滅している。
僕たちのチームはそれに加え、骸骨のコアを採取するのも仕事に含まれていた。
そこで一つ問題があった。
コアを採集したとして、それらコアが複数個近くにあるとどうなるのか、予測がつかなかったのだ。
その為、物理的な接触ができないよう完全隔離するために、コアの収納は弾薬庫一つにつき一個と定められてしまった。
しかし、骸骨のコアは可能な限り大量に欲しい。
となると、どうするか。それがこれだ。予備弾薬庫つきの背部装備を装備して回収可能なコアの数を底上げしたのだ。
どうせ後々弾薬量の底上げに必要な装備だ。問題は無かった。
これのおかげで、一機につき弾薬庫は4つ。6機すべてで24個のコアが回収できる。
要求されたコアの数は20個。全部コアで埋めれば、研究用には問題ないだろう。
既に弾薬庫の半分が骸骨のコアで埋められてしまっていた。
「弾薬の残りは?」
誰かが他のMULSドライバーにそう聞いた。
「7割切った」
「てことは、これでおしまいか」
誰かがそう答えた。ダンジョン内の探索と間引きを終了し、すぐに地上へ帰還するのだ。
これはミオリさんからの命令だ。弾薬の消費量が3割を超えた場合、僕たちは地上へと帰還することになっている。
MULSに装備できる総弾薬の3割なので、まだまだ余裕があると思うかもしれない。
しかし、帰り道に骸骨が出現しない可能性は、骸骨の性質上否定できない。
そのうえ、現状、僕以外のMULSは射撃戦しかできない。弾薬の枯渇は戦闘能力の喪失に等しい。
その為、ダンジョンにMULSを投入する場合、どんな理由があっても弾薬消費量が3割を越えたら帰還するよう定められたのだ。
なので、今から僕たちは来た道を引き返して地上へ戻ることになる。
「じゃ、戻りますか」
チームリーダーの永水さんがそう言い、一同地上へ向けて帰還する。
薄暗いダンジョン内部で来た道を引き返し、そして強い光が僕のMULSのセンサーを刺激した。
太陽の光だ。僕は地上へと帰還した。
「さすがに何も起こらなかった。か」
僕は誰にともなくそう呟く。
今回のダンジョン攻略では落とし穴にハマったり遭難したりすることは無かった。
予定通りに侵入し、予定通りに敵を駆逐し、予定通りにダンジョンから生還した。
それが当たり前なのだろうが、僕は初手でチームが全滅する一歩手前の状況に陥っていた。
すわ何か起こるのではないかと、ひそかに警戒していたのだ。
杞憂で済んでよかった。
「樹君、どうしました?」
椿さんが話しかけてくる。物思いにふけって足が止まっていた。
「いえ、何でもありません」
「大丈夫?後で気分転換にどこかいいところにでも行く?フヒィ男の子をホテルにお持ち帰りぃー」
「いえ大丈夫です。ちょっとダンジョンから出て気が抜けただけですから」
「あそう?残念。チナミダー。おいしいショタっ子がぁぁぁぁぁ」
「…?」
椿さん。なんか通信の向こうで何か言っているような気がするんだけどな。何なんだろう。
まあいいか、こっちに聞こえないということは、特に関係もない事なのだ。
僕はコアを回収しに来た自衛官に弾薬庫ごと渡し、駐機庫にMULSを停めた。
後は整備士たちがやってくれる。明日は他のMULSドライバーがダンジョンに突入する予定だ。
「おい椿さんや。ちょっとこっち来い」
永水さんがちょっと真剣な表情で、椿さんを物陰に引きずっていった。
「お前、一応………とくけど、……………するなよ?……未……なんだからな?」
「わかっ………よ。YES……………NO………。そのくらいの分…は………いるつもりですよ」
「本…………な」
「本………。まあ向こう…ら……れたら………すが」
「…………!」
「………!」
「……!」
物陰で聞こえないように、しかし激しく言い合いをやっているのがわかるが、何を話し合っているのだろうか。
まあ、いいか。
「あ、居た居た。樹君。お帰り」
そこに、大矢さんがやってきた。
「お疲れ様です。大矢さんの方は問題なかったですか?」
「あ?ああ。まあ、作業の方は問題ないよ。ただちょっと手伝ってほしいことがあるんだが、手伝ってくれないか?」
僕の方はもう一度ダンジョンに潜ってコアを取らないといけないが、それは明後日までない。
あと二日は暇と言えた。
「何ですか?」
僕の問いに大矢さんは答えた。
「スコップで骸骨を倒せないか、試してほしいんだ」
ごめん、最近忙しい。更新ペース落とすかも。残弾尽きた